化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物運び屋、氷の上でキツネを釣る。【前編】

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「よっと……待たせたな……ハックショイン!!」

 暗く、色鮮やかなオーロラの下。
 小屋の玄関の前で、少年はくしゃみをした。

「だ、だいじょうぶですか!? というか……その服装で寒くないですか!?」

 玄関から顔を出す男性は、目を丸くして少年の服装を指摘した。

 この少年、髪は金髪で、一見すると不良学生に見えた。
 オオカミの頭蓋骨が描かれた白色のTシャツの上に、学ランを着ている。しかし、その学ランにはボタンが付いておらず、校門らしきものはどこにもなかった。
 ズボンは動きやすいバイク用パンツ。その太ももには、レッグバッグが付けられている。顔には、ゴーグルのようなものを装着している。

 この服装に対して、男性が指摘した理由は少年の後ろにある。

 タイヤの跡が残る道に降り積もった、雪だ。

 それだけではない。その雪の外側にあるのは、氷。
 そして上には、一面に輝くオーロラ。

 こんな極寒の中にいるというのに、少年の服装はTシャツの上に学ランを羽織るだけ。まるで、真冬に半袖で登校してくる小学生のようだ。



「でもさ、あんただって、真っ裸じゃないか」
「僕はちゃんと毛皮に包まれているから平気なだけですよ! まあこのせいで、人目に出られなくなったんですけどね……」

 そう言っている男性の体は、言葉通り、白い毛皮に包まれていた。
 一言で表わすなら、雪男。かろうじて人間だった面影を残しているのは、気弱そうな顔だけであろう。

「ハックショイン!!」

 再び、少年はくしゃみをする。

「とにかく、長旅で疲れているでしょう。そろそろ吹雪も降りそうですし、今日はここに泊まっていってください」
「あ……ああ、悪いなあ……あ、ちょっとタンマ! 持ってきた荷物はあいつらが持ってんだよ!」

 少年は体を震わせながら、近くに止めておいたバイクに近づいた。



 雪のように白いアドベンチャーバイク。
 その後部座席に設置されているリアバッグを開き、少年はあるものを取り出した。

 それは、新聞紙に包まれた本。

 それを手に、少年は小屋の入り口まで急いだ。










 小屋の中を暖める暖炉は、その部屋をオレンジ色に染めていた。

 その暖炉の前で、学ランの上に毛布を羽織った少年は手を温めていた。

「この暖炉を使ったのも久しぶりですよ……あ、よかったらたまねぎスープ、いただきません?」
「おっ!! いたたきまーす!!」

 雪男にカップをもらった少年は、それを一気に飲み干す。

「くううううううぅぅぅぅぅぅ!! 体の芯が燃え上がるぜえ!!」

 そんな少年のズボンのポケットが、モゾモゾと動き出した。

「チョット、依頼、忘レテイナイヨネ?」

 顔を出したのは、テルテルぼうずのようにティッシュを身にまとった小動物。
 頭にはキツネのような耳の形が見られ、顔にはのぞき穴と思われるふたつの穴が空いている。

「わかっているって! 今、手も温まってきたからよお」

 歯を見せて笑みを見せる少年は、そばの床に置いていた新聞誌に包まれた本を開いた。



 しばらくすると、その本はひとりでにページをめくり始めた。

 パラパラと、ページはめくられていく。

 しかし、そのページの内容は視認できるであろう。

 映し出されるのは、雪のように真っ白……つまり、すべてが白紙であるからだ。



 やがて、本はとある白紙のページで止まった。

 そしてその白紙のページから、巨大な腕が伸びてきた。



 紫色の巨大な腕。その手に握られているのは、水の入っていない水槽。



 腕は水槽を部屋の隅に設置すると、本の中へと戻っていった。



「……先ほどの腕も、僕と同じ“変異体”で?」

 その様子を見ていた雪男が、関心するようにうなずく。
 少年の代わりに説明しようと言わんばかりに、ポケットのキツネは雪男に顔を向けた。

「エエ。サッキノ腕モ、“ケイト”ト同ジ、化ケ物運ビ屋ノ一員ヨ」

 すると少年は「“明里”、おまえだってそーだろ?」と補則する。

「あと、さっきの腕……“鬼塚おにづか”のおっさん、それと明里だけじゃねえ。この本……“りく”も化け物運び屋の一員だ」
「つまり、その本自体が変異体……というわけですか」

 ケイトと呼ばれていた少年は「そういうことだぜ」と再び笑みを浮かべる。
 ふと、ケイトの興味は雪男から、先ほどの水槽に向けられた。

「それにしてもよお、この水槽、なにに使うんだ?」
「ああ……それはですね……」

 雪男は、暖炉の上を指さした。



 そこに飾ってあったのは、人間の男性の写真が飾られた、写真立て。

 ところどころに小さな穴が空いた氷の上で、男性は釣りざおを持っていた。

 側で一緒に写されているのは、小さな魚が数十匹入った、バケツだ。



「ソノ写真……アナタガ人間ダッタコロノ?」
「ええ。昔から好きだったんですよ。ワカサギ釣り」

 雪男は暖炉に近づき、懐かしむように写真立てを手に取った。

「今でも、たまにはワカサギを釣りに言っているのですが……この姿になってからは食事が必要がなくなったんですよ。今では、釣ってもリリースするだけで、なんだか味気なくて……」
「それで、釣ったワカサギを飼おうと思ったのか」

 雪男は写真立てを置いて、「孤独なひとり暮らしが、ちょっとは彩ると思いまして」と苦笑いをする。

「この写真……友人に撮ってもらったんですよ。よくふたりでワカサギ釣り、していたなあ……アイツ……うまくプロポーズできたのかなあ……」



 雪男が懐かしむように、ため息をつく。



 それとともに、新聞紙に包まれた本が、ガタガタと揺れ出した。



 そして、表紙からクモのような足を、1本、また1本……



 ……8本で、全部。その本は、まるでクモのような足を生やしていた。



 どこかに移動をすることもなく、



 ただ、足を支えに体を上下させていた。



「……陸、おまえも行きたいのか?」

 ケイトがたずねると、なんどもうなずくように本の上下運動が早くなった。

「しかし……ケイトさん、あなたも次の仕事が……」

 気遣う雪男に「は? ねえよ」とケイトは鼻で笑う。

「あんたの依頼が、久々の仕事だったんだぜ」
「タシカニ、最近ハ目的モナク移動ト観光ヲ繰リ返シテイタダケダカラネ……」

 雪男は納得したようにうなずき、再び写真立てを手にして、眉の筋肉を緩めた。



「……ワカサギを誰かと一緒に釣るなんて、久しぶりですからね。せっかくなので、明日の朝一番、出発しましょう」



 ケイトの「うっしゃー!」というかけ声とともに、



 ケイトとクモの足を生やした本は、飛び上がった。
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