化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物運び屋、氷の上でキツネを釣る。【後編】

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 上り始めた太陽は、窓を通して小屋の中に光を与える。



 そのころ、雪男は扉の前で、ノックを繰り返した。

「ケイトさん? もう時間ですよ?」

 なんども手の甲で軽快な音を鳴らしても、その扉が開かれることはない。

「寝坊かな……」

 雪男はドアノブを握り、扉を開けた。



 その部屋……寝室には、人はいなかった。
 あるのは、ベッドの上に新聞紙に包まれた本があるだけだ。

「……」

 雪男が部屋中を見渡していると、

 昨日と同じように、本は自らページをめくり始めた。



 そのページから、ケイトの顔が現われ、ベッドの上に体を投げ出された。



「ふぅあああああああ……」

 起き上がりながらあくびをするその目元には、大きなクマがある。

「ケイトさん……だいじょうぶです?」
「ああ、すまねえ。氷の上で釣りすることを想像していたらよお、なんだか眠れなくて……修学旅行前日の気分だったぜ」

 ボサボサになった金髪をかきながら、本を手に取るケイト。
 その本を、雪男はじっと見ていた。

「ん? そういえばあんた、どこで寝たんだ?」
「あ、ここは来訪客用の寝室で、僕は自分の寝室で寝ましたよ。ところで……その本……いや、陸さんは一体……」

 ケイトは本を手にとって、笑みを浮かべた。

「ああ、陸のページを開くと、図書館みたいな部屋に行けるんだ。鬼塚のおっさんも普段はそこにいるんだぜ」

 話を聞いた雪男はアゴに手をそえた。
 鬼塚というのは、昨日本から出た紫色の腕の持ち主であることを思い出しているのだろうか。

「それよりもさ、早く出発しようぜ! 昨日もらった道具も、図書館でしっかり準備したからよお!」

 たしかに、ケイトは既にスキーウェアを着ていた。
 雪男は納得したようにうなずいて、すぐにいい案が思い浮かんだように眉を上げた。

「……その前に、ケイトさんに朝食を用意しましたが……現地で食べます?」
「おおっ!! 現地メシってやつだ!! もちろん、現地で食うぜ!!」
「では、コーヒーもいります? まだ賞味期限が切れていないやつがあるので……なんだか、在庫処理みたいで申し訳ないですが」
「ぜんぜんっ! 俺様は苦いの苦手だから、ミルクと砂糖ガンッガン入れてくれよな!!」

 笑顔でサムズアップするケイトに対して、雪男は小さく笑いながら、部屋を後にした。



「……あ、そういえば牛乳って、まだ残っていたっけ……」









 数十分後、小屋の出入り口には、すでに足跡が存在していた。

 その足跡は道なりに続いていると思いきや、

 途中で氷が張っている方向に向かって、途切れていた。



 そこから離れた場所。

 もはや草原の草のように、どこを見渡してもほとんど雪と氷。
 ある1方向にだけ、小さく池の絵が描かれた看板が存在するだけ。

 その氷の上に、ケイトと雪男は立っていた。

「ここで穴を掘ればいいんだな うっしゃあ!!」

 ケイトは持ってきた釣り道具箱を地面に置き、ともに持ってきた本と釣りざおも一度置く。
 本は氷に触れる直前、クモの足を出して立った。



 雪男が用意したパイプイスに、ケイトと雪男はそれぞれ座る。

 ケイトは釣り道具箱の中から専用のドリルを取り出し、ハンドルを握って一生懸命回す。

 雪男は自身の毛をいじっている様子だった。



「まさか手動で穴をあけるなんてな……こう……なんというか……電動のドリルであけるもんだと思ってたぜ」
「あ、もうできましたよ」
「早ッ!!?」

 雪男の毛は数本をまとめた細長いもので、針のようにまっすぐになっていた。
 既に出来上がった穴からそれを引き上げている様子から、その毛で穴を空けたのだろう。



 ふたりは開いた穴を前に横に並び、

 穴に釣り糸を、垂らした。



 冷風がケイトの髪の毛と雪男の毛並みを揺らす。

 ケイトはサンドイッチを口に入れ、

 そして魔法瓶の水筒の中に入っていたコーヒーを喉に通す。

 山から顔をのぞいていた太陽も、少しずつ下半身を出していく。



 釣り竿が動く気配は、なし。

 それでも、ふたりは待っていた。

 流れる水の音の代わりに、ひんやりとした空気を、味わいながら。



 その静寂を破るように、ケイトのポケットから小さなキツネ……明里が飛び出した。



「ネエ、ナニカ沈ンデイルワ」
「ん? なんだ?」

 穴をのぞいている明里の上から、ケイトものぞく。

「……魚の影がちょろっとしかねえぜ」
「イヤ、ヨク見テヨ。ナニカ光ッテイルジャナイ」

 明里は指をさし、体を前のめりにしていく。


「ホラ……ソコ、ソコ、ソ――!!」



 前のめりになりすぎた。



 明里は、頭から穴の中へ……

 氷水の中へと……

 入水した!!


「明里ぃ!?」


 ケイトは驚き、思わず釣りざおから手を離しそうだった。

 すぐに持ち直すと、ケイトは穴をのぞきながら釣りざおを意味もなく動かした。

「明里!! 釣り糸につかまれ!!」



 しかし、釣り糸はまっすぐにはならなかった。

 なにも、釣れていないのだ。



「ケイトさん!? どうなさいました!?」
「明里が!! 明里が落ちちまったんだ!!」



 あわてふためくケイトだったが、すぐにクモの足を生やした本を見つけて、それを手に取る。

「なあ陸!! 中にいる鬼塚のおっさん!! 行けるか!?」

 本は迷いもなく、うなずくように足を出し入れする。

「その穴では小さくて陸さんが入りません! 今、穴を空けます!!」
「頼んだぜ!! みんな!!」



 雪男は右手の手のひらを開くと、

 腕から生えている毛皮の毛が、長くなっていく。

 それを左手で、1本の大きな針になるように器用に整えていく。



 そして、その針をケイトの前に存在する穴に突き立てた。

 すると、針の大きさに合わせて、穴が空いていく。

 付近にヒビは、どこにも見当たらなかった。



「こっちは準備OKだぜ!!」



 ケイトは既に、本に釣り糸を引っかけていた。

 正確には、白紙のページの中に釣り糸を沈ませている。
 しかし、中で何者かがつかんでいるのか、空中でぶら下げても落ちることはなかった。



「頼む!!」



 ケイトはかけ声をかけると、本を穴の中に入れた。









 本を沈めて、しばらく立った。



 糸が沈み、釣りざおの先端が曲った!!

「来たッ!!」



 ケイトが力強く振り上げると、

 本は、勢いよく空に投げ出された。



 よく見てみると、巨大な紫色の腕が現われており、



 その腕は、ティッシュにくるまれたキツネをつかんでいた。









「……ミンナ、本当ニ……ゴメン」

 氷水の中にいたというのに、そのキツネ……明里は寒気を感じていないようで、ケイトと雪男、そして震えている本に対してお辞儀をした。

「びっくりしたけどよお……明里が無事に戻ってきてホッとしたぜ……」

 胸をなで下ろすケイトに対して、雪男はじっと明里が持っているものを見ていた。

「ん? どうしたんだ?」
「……あ……あの……」

 雪男の腕が、ゆっくりと上がっていく。

 指先を……人差し指を……突きだして。

「それ……は……」
「ア、コレ……水ノ中ニ落チテイタワ」

 その手に持っていたのは、指輪。

 雪男は手を震わせて、その指輪を手にした。



「この指輪……アイツの……なぜ……この氷の……下に……」











 それから、空の太陽は山から出てきて、再び隠れる。

 それが4~5回ほど繰り返された後の朝。



 小屋の前には、白いバイクは存在していなかった。

 そのバイクが、今、戻ってきた。

 ヘルメットを被った少年は、リアバッグから本を取り出して、小屋の扉をたたく。










「話は……聞けましたか?」

 小屋の中の暖炉の前で、ケイトから指輪を受け取った雪男は、たずねる。

「ああ……この指輪の持ち主は、あの池で行方不明になっていたぜ。1年前にな」

 雪男は「やっぱり……」と肩を落とした。

「これ、あんたのか?」
「いえ、僕は2年前からこのような姿になったんです。これは……この写真を撮った友人のものでした」

 暖炉の上にある、写真立てを手に取る。

「最後に会った時……友人はプロポーズすることを僕に相談して……一緒に結婚指輪を選んだ……その時の……指輪なんです」



 雪男は、写真立てを暖炉の上に戻す。

 そして、その写真立ての前に、指輪を置いた。



 ずるりと、雪男が来ていたコートが、落ちた。

 以前は着ていなかったコートを、今日の雪男は着ていたのだ。



「この体になってから、寒さなんて感じなかった。それが、あの指輪を見た時……それが彼の物だと気づいて……心から体へと、寒さを感じました」

 

「……寒いのは、つれえか?」



「はい。つれえです」



 雪男は、落ちたコートを広い、着直す。



「寒いことがつらいということなんて、この体になる前は気づいていたのに……それを感じなくなったとたんに、寒いことは幸せだったなって感じて……ほんと、どっちなんでしょうね」



 その背中を見ていたケイトは、言葉を出す決心を固めるようにまぶたを閉じ、



 開いた。



「暖めても、いいか?」



「……どうぞ、お願いします」



 ケイトの深呼吸は、冷気を口の中へ、肺の中へ、



 言葉を滑らかに出せるように、吸い込んでいく。



「……この指輪の持ち主を教えてくれたのは、持ち主の妻だったぜ。とても……暖かくて幸せな1年だった……そう……言っていた」
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