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化け物運び屋、氷の上でキツネを釣る。【前編】
しおりを挟む「よっと……待たせたな……ハックショイン!!」
暗く、色鮮やかなオーロラの下。
小屋の玄関の前で、少年はくしゃみをした。
「だ、だいじょうぶですか!? というか……その服装で寒くないですか!?」
玄関から顔を出す男性は、目を丸くして少年の服装を指摘した。
この少年、髪は金髪で、一見すると不良学生に見えた。
オオカミの頭蓋骨が描かれた白色のTシャツの上に、学ランを着ている。しかし、その学ランにはボタンが付いておらず、校門らしきものはどこにもなかった。
ズボンは動きやすいバイク用パンツ。その太ももには、レッグバッグが付けられている。顔には、ゴーグルのようなものを装着している。
この服装に対して、男性が指摘した理由は少年の後ろにある。
タイヤの跡が残る道に降り積もった、雪だ。
それだけではない。その雪の外側にあるのは、氷。
そして上には、一面に輝くオーロラ。
こんな極寒の中にいるというのに、少年の服装はTシャツの上に学ランを羽織るだけ。まるで、真冬に半袖で登校してくる小学生のようだ。
「でもさ、あんただって、真っ裸じゃないか」
「僕はちゃんと毛皮に包まれているから平気なだけですよ! まあこのせいで、人目に出られなくなったんですけどね……」
そう言っている男性の体は、言葉通り、白い毛皮に包まれていた。
一言で表わすなら、雪男。かろうじて人間だった面影を残しているのは、気弱そうな顔だけであろう。
「ハックショイン!!」
再び、少年はくしゃみをする。
「とにかく、長旅で疲れているでしょう。そろそろ吹雪も降りそうですし、今日はここに泊まっていってください」
「あ……ああ、悪いなあ……あ、ちょっとタンマ! 持ってきた荷物はあいつらが持ってんだよ!」
少年は体を震わせながら、近くに止めておいたバイクに近づいた。
雪のように白いアドベンチャーバイク。
その後部座席に設置されているリアバッグを開き、少年はあるものを取り出した。
それは、新聞紙に包まれた本。
それを手に、少年は小屋の入り口まで急いだ。
小屋の中を暖める暖炉は、その部屋をオレンジ色に染めていた。
その暖炉の前で、学ランの上に毛布を羽織った少年は手を温めていた。
「この暖炉を使ったのも久しぶりですよ……あ、よかったらたまねぎスープ、いただきません?」
「おっ!! いたたきまーす!!」
雪男にカップをもらった少年は、それを一気に飲み干す。
「くううううううぅぅぅぅぅぅ!! 体の芯が燃え上がるぜえ!!」
そんな少年のズボンのポケットが、モゾモゾと動き出した。
「チョット、依頼、忘レテイナイヨネ?」
顔を出したのは、テルテルぼうずのようにティッシュを身にまとった小動物。
頭にはキツネのような耳の形が見られ、顔にはのぞき穴と思われるふたつの穴が空いている。
「わかっているって! 今、手も温まってきたからよお」
歯を見せて笑みを見せる少年は、そばの床に置いていた新聞誌に包まれた本を開いた。
しばらくすると、その本はひとりでにページをめくり始めた。
パラパラと、ページはめくられていく。
しかし、そのページの内容は視認できるであろう。
映し出されるのは、雪のように真っ白……つまり、すべてが白紙であるからだ。
やがて、本はとある白紙のページで止まった。
そしてその白紙のページから、巨大な腕が伸びてきた。
紫色の巨大な腕。その手に握られているのは、水の入っていない水槽。
腕は水槽を部屋の隅に設置すると、本の中へと戻っていった。
「……先ほどの腕も、僕と同じ“変異体”で?」
その様子を見ていた雪男が、関心するようにうなずく。
少年の代わりに説明しようと言わんばかりに、ポケットのキツネは雪男に顔を向けた。
「エエ。サッキノ腕モ、“ケイト”ト同ジ、化ケ物運ビ屋ノ一員ヨ」
すると少年は「“明里”、おまえだってそーだろ?」と補則する。
「あと、さっきの腕……“鬼塚”のおっさん、それと明里だけじゃねえ。この本……“陸”も化け物運び屋の一員だ」
「つまり、その本自体が変異体……というわけですか」
ケイトと呼ばれていた少年は「そういうことだぜ」と再び笑みを浮かべる。
ふと、ケイトの興味は雪男から、先ほどの水槽に向けられた。
「それにしてもよお、この水槽、なにに使うんだ?」
「ああ……それはですね……」
雪男は、暖炉の上を指さした。
そこに飾ってあったのは、人間の男性の写真が飾られた、写真立て。
ところどころに小さな穴が空いた氷の上で、男性は釣りざおを持っていた。
側で一緒に写されているのは、小さな魚が数十匹入った、バケツだ。
「ソノ写真……アナタガ人間ダッタコロノ?」
「ええ。昔から好きだったんですよ。ワカサギ釣り」
雪男は暖炉に近づき、懐かしむように写真立てを手に取った。
「今でも、たまにはワカサギを釣りに言っているのですが……この姿になってからは食事が必要がなくなったんですよ。今では、釣ってもリリースするだけで、なんだか味気なくて……」
「それで、釣ったワカサギを飼おうと思ったのか」
雪男は写真立てを置いて、「孤独なひとり暮らしが、ちょっとは彩ると思いまして」と苦笑いをする。
「この写真……友人に撮ってもらったんですよ。よくふたりでワカサギ釣り、していたなあ……アイツ……うまくプロポーズできたのかなあ……」
雪男が懐かしむように、ため息をつく。
それとともに、新聞紙に包まれた本が、ガタガタと揺れ出した。
そして、表紙からクモのような足を、1本、また1本……
……8本で、全部。その本は、まるでクモのような足を生やしていた。
どこかに移動をすることもなく、
ただ、足を支えに体を上下させていた。
「……陸、おまえも行きたいのか?」
ケイトがたずねると、なんどもうなずくように本の上下運動が早くなった。
「しかし……ケイトさん、あなたも次の仕事が……」
気遣う雪男に「は? ねえよ」とケイトは鼻で笑う。
「あんたの依頼が、久々の仕事だったんだぜ」
「タシカニ、最近ハ目的モナク移動ト観光ヲ繰リ返シテイタダケダカラネ……」
雪男は納得したようにうなずき、再び写真立てを手にして、眉の筋肉を緩めた。
「……ワカサギを誰かと一緒に釣るなんて、久しぶりですからね。せっかくなので、明日の朝一番、出発しましょう」
ケイトの「うっしゃー!」というかけ声とともに、
ケイトとクモの足を生やした本は、飛び上がった。
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