透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第一章 色無しの魔物使い

019 宝の持ち腐れを活かすとき

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「ん~、もうそろそろワンステップ上げたいんだけどなぁ……」

 錬金釜の前で腕を組みながら、アリシアが唸る。それをマキトとラティ、そしてスライムが後ろからジッと見守っていた。

「ワンステップって、どんな?」
「アリシアの錬金術はフツーに凄いと思うのですよ?」
「ポヨポヨ」

 マキトたちがそれぞれ疑問や感想を口にする。
 実際、お世辞ではなかった。森で薬草などの素材を集め、錬金釜にてポーションを中心に錬金する。その手際は素人目からしても見事だと思えるほどだった。
 しかしアリシアからしてみれば、まだまだ納得はいっていなかった。

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、ここで満足するワケにはいかないわ。錬金術にゴールは存在しないし」
「え、そうなのか?」

 マキトが目を見開くと、アリシアがすました笑みを向けてくる。

「そうよ。錬金術師に限らず、全ての適性に言えると思うわ」
「魔物使いも?」
「当然」

 断言するアリシアに、マキトもそういうもんかと、とりあえず受けとめる。少しだけ話が逸れてきたと実感したアリシアは、コホンと咳ばらいをして、話を元に戻すこととした。

「まぁ、とにかくアレよ。新しい種類のポーションを錬金したいと思っててね。そのアイディアが浮かんでこないってワケ」
「ポーションって、一種類だけじゃなかったんだ?」
「色々な種類があるわ。毒消しポーションとか、麻痺消しポーションとか。けれどポーション自体、もう色々と研究が進められているからね。他の種類の薬草を混ぜて作ったポーションは、もう粗方存在しているって感じかな」

 つまり、単なる薬草の種類で勝負するのでは、事実上意味がないということだ。故にアリシアは、何か別のアイディアで勝負したいと思ったのだが、そのネタが全く浮かんでこないのである。

「あー、もう! 新しい何かが一つでも浮かんでくれば、そこから芋づる式に考えていけるんだけどなぁ!」
「新しい何か……」

 そう呟きながらマキトは、なんとなく視線をアリシアに向ける。そこでマキトはあることを思い出した。

「アリシアって、確か魔力持ってるんだよな?」
「うん。それがどうかしたの?」
「それ使ってみたら?」
「……へっ?」

 意味が分からず、アリシアは目を見開きながら振り向く。とても冗談とは思えないほどの純粋な笑みを浮かべ、マキトは言う。

「だから、その魔力を錬金素材にしてみたらって言ってんの」
「魔力を……」

 返事とも取れない呟きを放つアリシアに、マキトは不安な表情と化す。

「もしかして、それって無理だった?」
「え? あぁゴメン。そもそも考えたこともなかったもんだから……」

 ポーションの素材に魔力そのものを加えて錬金する――それがマキトの言いたいことであるのは、すぐに分かった。
 しかし前例がないため、アリシアはどう答えたらいいか分からない。

「魔力を錬金素材に……それができたら面白そうなのです」
「ポヨー」

 ラティとスライムも、それぞれ呟く。確かになぁとアリシアも思った。

「そうね。そのアイディアは使えそうかもだわ」

 あくまで前例がないだけで、魔力を注いで錬金することはできないという保証も聞いたことはない。だからもしかしたら、魔力の入ったポーションも錬金できるかもしれないとアリシアは思った。

(灯台下暗しとは、よく言ったモノよね……)

 魔力なんて、ずっと宝の持ち腐れとしか思っていなかった。それを錬金に活かすなど考えたこともなかった。
 これまで自分なりに、色々と錬金術の研究を重ねてきたつもりだった。
 しかし、まだまだ視野が狭かったようだと、アリシアは反省する。

「ありがとうマキト。その方向性でやってみるわ」
「わたしも手伝うのです! わたしも魔力を持っていますから」
「ラティもありがとう。よろしくお願いね」

 アリシアとラティが笑い合う。新しい錬金への挑戦に、ワクワクする気持ちが抑えきれない。
 早速始めるべく、アリシアは拳を握り、気合いを入れるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「やったなブルース。商人への説得は大成功だ」
「フッ、この俺にかかれば当然のことよ」

 賞賛を送るエルトンに、ブルースは気分良く笑みを浮かべる。

「森の連中のために、ポーションを適宜大量輸入させる――もうあと一歩だ。商人は前向きに考えると言ったからな」
「ギルドがないあの森だと、ポーションの仕入れは錬金術師へ依頼するか、たまに来る行商頼りになっちゃうもんね。いわば私たちは森の冒険者たちを助ける行動をしてるってワケだよ」

 ドナも清々しい表情で胸を張る。そして――

「まぁ……表向きは、だけどね♪」
「狙いは錬金術師の活躍の場を奪うこと、だからな」

 してやったりと言わんばかりに、ブルースもニヤリと笑う。
 そう、全ては策略だった。
 森でポーションを手に入れる場合、これまではどうしても割高になってしまう傾向が高かった。しかし、外からポーションが常時大量輸入されるようになれば、自然と森で販売されるポーションの値段も下がる。
 そうなれば自然と、森の錬金術師が錬金したポーションの価値も下がる。
 何か特殊な力でも入っていれば別だが、そのような代物をポンポン作り出せる錬金術師はいなかったはずだと、彼らは記憶していた。
 つまりこのままいけば、ポーション作りをメインとする森の錬金術師にとって、途轍もない痛手を受けることとなる。
 それはすなわち――

「アリシアの芽を潰すことにもなるってワケよね♪」

 ドナが面白おかしく笑い出す。まるで、ざまぁみろと言わんばかりに。

「でも別に、何も悪いことはしてないもんね。あくまで森の人々を助けるために動いているだけなんだから」
「そのとおりだ。冒険者として人助けをするのは当然だからな♪」

 ポーション輸入による功績が加算され、ブルース一行は更に、自分たちの立場を上げることができる。
 商人への説得には骨が折れたが、見返りとしては上々と言えていた。
 するとここでブルースは、隣を歩くドナに視線を向ける。

「いい加減、お前も満足したんじゃないか、ドナ?」

 その声にドナが振り向くのを確認しつつブルースは続ける。

「アリシアを陥れたくて仕方なかったんだろ? 念願が叶ってなによりだな」
「……うん」

 ドナは頷いた。いつもならば、明るい笑顔で『ありがとねっ♪』と言う。しかし今回は、むしろ『そのとおり』という言葉がピッタリ当てはまるほど、今の彼女の目には強い意志が宿っているように感じられた。

「あの子は前から忌々しく思ってたからね。いい気味だよ」
「そうか」

 ブルースもフッと笑うだけに留めた。
 なぜ彼女がアリシアをここまで目の敵にするのか、その理由は全く知らない。しかし詮索するつもりもなかった。それ相応の事情があることだけは、ブルースもなんとなく分かっている。
 ドナも割とおちゃらけることが多く見られる。しかし真剣になれば、その表情はガラリと印象を変える――今のように。

「まぁ、俺たちも功績を上げられるワケだし、それはそれで構わんがな。あんな錬金術師の子供がどうなろうと、正直知ったことではない」

 なにより、利害が一致しているというのが大きい。立場を上げるためならば、違法にならない程度になんでも行い、切り捨てるものはなんでも捨てる――そんな強い意志を彼は持っていた。
 自分の弟さえも、決して例外ではない。

「余計なことかもしれんが、ブルース……まだ確定ではないぞ?」
「わーってるよ。エルトンも相変わらず慎重派だな」

 ブルースは肩を大きくすくめた。

「だからと言って、ここで迷う必要もねぇ。一気に畳みかけてやるさ」
「――お前らしい言葉だな」
「だろ?」

 ブルースがニカッと笑い、エルトンが静かに笑みを浮かべる。それにつられてドナも明るく務め、いつもの三人らしい空気が戻ってきた。

 この後――当てが外れる展開が訪れることを、彼らは知る由もなかった。

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