透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第一章 色無しの魔物使い

018 兄の苛立ちと愚かな弟の末路

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「あぁ、クソッ!」

 だんっ、とブルースがジョッキをテーブルに叩きつける。その衝撃で割れなかったのは奇跡だったと、周りは思っていた。

「ブルース。お前の気持ちは分からんでもないが、少しくらい落ち着け」
「チッ! これが落ち着かずにいられるか!」

 運ばれてきた乾き物の盛り合わせを、ブルースは手掴みで乱暴に口へ運ぶ。その衝撃でピーナッツやら何やらがバラバラと零れ落ちるが、ブルースはそんなこと知ったことではない。
 指摘したエルトンも効果がないと分かっていたのか、特にこれといった反応を見せることもなく、ジョッキの中身をあおる。

「そうも言ってられないぞ、ブルース」

 しかしこれだけは告げておかねばと思い、エルトンは彼に視線を向けた。

「これから俺たちは大事な商談を控えているんだぞ。いくら成功が固いとはいえ、余計なことが禁物だということは、お前が一番よく分かっているだろう?」
「……それぐらい分かってる」
「なら、俺が言いたいことも、少しくらいは理解してくれるな?」
「へいへい。そりゃ悪うございましたね、センセ」

 ブルースは拗ねた態度を取りながら、残りのジョッキの中身を飲み干す。そして店員にお代わりを注文し、乾き物のつまみを手に取り出した。

(まぁ、悔しいがエルトンの言うとおりだわな。あのバカ弟のせいで、もう何日もつまらんイライラを背負わされた)

 彼らは今、商人との取引を控えていた。そのために彼らは森の外に出ており、待ち合わせ場所に指定している町へやって来たのである。
 予定よりも早く到着してしまい、数日ほど滞在することとなった。
 それ自体は別にどうということはないのだが、問題はその原因にあった。

「しっかしまぁ、ブルースの弟君も、盛大にやらかしてくれたもんだよねぇ」

 どこか楽しげにドナが切り出す。

「よりにもよって、ドラゴンライダーのディオンさん相手に――」
「おい、それ以上言うな! 虫唾が走る」

 ブルースが強引に言葉を断ち切らせると、ドナは苦笑とともに肩をすくめる。

「そんなカリカリしなくても……ブルースさんがなんかしたワケでもないし」
「……似たようなもんだ。周りがそう思ってくれないのならば、尚更な」

 忌々しそうにブルースはギリッと歯を噛み締める。

「全くあの時ほど、アイツの『兄』という立場を呪ったことはない」


 ◇ ◇ ◇


 数日前――ブルースたちはクエストの遠征を終え、森に帰ってきた。
 そこで彼らを待っていたのは、森の人々からの冷たい視線と陰口のオンパレードであった。

「ほら見て、帰ってきたわよ」
「全くどんなふうに育てたらあんな子になるのか……」
「兄が兄なら弟も、ってことだろうな」
「ホント、みっともないったらありゃしない」
「今回ばかりは流石に、レスリーもこっ酷く叱られるだろうな」
「あぁ。そうじゃなきゃおかしいぜ」

 そんな露骨なひそひそ話が、ブルースたちの耳に次々と飛び込んでくる。ドナが若干居心地悪そうな表情を浮かべていたが、ブルースとエルトンは、至って平然とした様子を見せていた。

「ブルース、どう思う?」
「どうもこうも……またレスリーが、何かイタズラをやらかしたんだろう」

 エルトンの質問に、ブルースが苦笑しながら肩をすくめる。

「なぁに、帰ったら叱ってやるさ。あんな悪ガキでも、ちゃんと言えばきちんと理解してくれるだろうからな」
「……だといいが」

 フッと笑いながら、エルトンが空を仰ぐ。実のところ彼らからすれば、割と珍しくないことでもあったのだ。
 それだけレスリーが、割と日常的に色々とやらかしているということなのだが、果たして本人たち――特に兄であるブルースは、それに気づいているのか。
 森で暮らしている者たちもそれを考えたことはあるが、こぞって期待はできないという結論を導き出していた。
 要するに『諦めた』ということである。
 それなのに、今になって再び、凄まじい陰口が発生している。エルトンは少しだけ違和感がしてならなかった。

「ブルース。どうにも胸騒ぎがする。今回ばかりは、ちゃんと話を聞いて……」
「分かってるよエルトン。弟のことは兄に任せておけばいいんだよ」

 しかしブルースは軽く聞き流し、そのまま三人で彼の自宅へと向かう。そして家の扉を開けると、ボロボロの状態と化したレスリーが出てきた。

「に、にいぢゃあぁーんっ!」

 レスリーが文字どおり、みっともない声とともに泣きついてきた。流石にただ事ではなさそうだと思わざるを得ない。ブルースは困惑しつつ、弟の肩を掴んで大きく揺らした。

「落ち着け! 一体何があったんだ!?」
「じ、じづは――」

 グスグスと泣きながら、レスリーは語り出す。あの【色無し】のせいで酷い目にあったから、兄ちゃんたちの力で懲らしめてやってほしいと。
 またあの小僧の仕業かと、最初はブルースもマキトに対して憤慨していた。
 しかしそこから更なる事情を聞くと――

「レスリー……この大バカヤロウがああぁーーっ!!」

 怒りの矛先は、完全に実の弟へと向けられていたのだった。

「お前、よりにもよってディオンさんに、そんな恥ずかしいマネを……自分が何をしたのか分かってるのかっ!?」
「だ、だっで……お、おれも」
「」

 ブルースはきつく固めた拳を、思いっきりレスリーの頭に叩き落とす。そして冷たい表情で弟を見下ろした。

「俺はもう、お前のことなんか知らん。これ以上、顔も見たくない」
「えっ?」
「今この瞬間、俺はお前と兄弟の縁を切る!」
「な、なんで……」
「お前はお前で勝手に生きろ。俺はもうこの家には帰らん。住むなり焼くなり好きにするがいい」

 ブルースは冷然と告げ、踵を返す。そんな兄に対し、レスリーは涙を零しながら必死に手を伸ばした。

「そんな……冗談はやめてくれよ、兄ちゃん!」
「もう兄なんかじゃない! 俺たちはもう他人同士だ! お前たち、行くぞ」
「兄ちゃん!」

 歩き出すブルースの足にレスリーがしがみつく。

「待ってくれよ兄ちゃん! 俺を置いてかないでくれよおぉーっ!」
「うるさい!」
「ぐあっ!」

 しがみついてくるレスリーを、ブルースは容赦なく蹴り払う。痛みと絶望で悶える弟を見捨てて、ブルースは二人を伴い、自宅だった家を後にするのだった。
 そして森の広場に戻ってきたところで彼らは、またしても陰口という名の雨を浴びせられることとなる。

「アニキ頼りで口先だけのヤツなんざ、怖くもなんともねぇよなぁ♪」
「あの【色無し】のほうが、まだマシってもんだぜ」
「俺は最初からレスリーよりも、あのバンダナのほうが凄いと思ってたぞ!」

 子供たちが、チラチラとブルースを見ながら、あからさまに聞こえるような音量の声で陰口を言い放つ。そして彼が睨みを利かせるなり、キャーッとわざとらしい叫び声をあげつつ、子供たちは逃げていった。
 なんとも情けなくて愚かだと、ブルースは思った。
 それなりの【色】に恵まれ、やる気に満ちていた姿はどこへ行ったのか。もはや弟と思うことすら恥ずかしくて仕方がない。

 ブルースの中から、弟に対する感情が完全に薄れていった。やはり見放して正解だったと、心の底から思ったのだった。


 ◇ ◇ ◇


「俺たちも森の連中から事情を聞いたが……残念ながら本当のようだ」
「よりにもよって、私たちが憧れている大先輩に、恥を晒しちゃうなんてねぇ」

 エルトンとドナが揃ってため息をつく。
 彼らも冒険者として、追いかけている腕利きの先輩の背中はいくつかある。そのうちの一人がディオンだった。初めて話しかけた時は緊張し、頑張ったなと認めてもらった時は、涙が出そうになったほどだった。
 故にブルースは、弟のしでかした過ちが許せなかった。
 尊敬する先輩に弟が恥を晒した――それは自ずと、兄である自分にも影響を及ぼすことを意味し、自分の顔に泥を塗ったも同然の行いであると。

「ねぇ、一応聞くけどさ――」

 ドナは顔色を窺いつつ、ブルースに尋ねる。

「ホントにこのまま、弟君と絶縁しちゃうつもりなの?」
「当たり前だ」

 間髪入れず、ブルースは答えた。

「ディオンさんに恥を晒した罪は大きい。むしろあれだけで済ませたのなら、安いほうってもんだろうよ」

 そう断言する彼の言葉に、迷いの欠片もない。そしてコホンと一つ、咳ばらいをするのだった。

「くだらない話はここまでにしておこう。大事な商談を控えているからな」

 そうキッパリとブルースが言うと、他二人は顔を見合わせ、そして頷いた。

「分かったわよ」
「お前がそれでいいなら、俺たちも何も言わんさ」

 その言葉にブルースは少しだけ笑みを見せ、無言のまま歩いていく。あくまでほんの少しだけだが、気持ちが楽になったような気がしていた。

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