透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第一章 色無しの魔物使い

040 隠れ里にさようなら

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「そーいえば、お前って名前あるのか?」
「キュウ」

 マキトが尋ねると、フェアリーシップは首を左右に振る。どうやら名前はなさそうであった。

「じゃあ、俺が新しく付けてやるよ。えっと――」

 抱き上げていたフェアリーシップを地面に下ろし、マキトは考える。そして五秒ほど経過したところで、ある一つの名前が浮かぶのだった。

「ロップル――うん、ロップルでいこう」
「キュウッ♪」

 その名前が気に入ったのか、フェアリーシップ改めロップルは、嬉しそうな笑顔を見せる。そしてマキトに飛びつき、体をよじ登っていく。

「うわ、ちょ、おい、どうしたんだよ?」

 突然のくすぐったさに驚くマキトだったが、ロップルは構うことなく、マキトの体の上を移動していく。
 肩などを行き来した結果、落ち着いたのは頭の上であった。

「キュウゥ~♪」

 どうやら居心地がいいらしく、巻かれたバンダナの上にペタッとへばりつき、安らぎの表情を浮かべる。どうやら定位置を見つけたようであった。
 マキトもロップルの重さは思ったほど感じず、好きにさせることに決める。

「ロップル、これからもよろしくなー」
「キュウ♪」

 頭の上に手を伸ばし、マキトはロップルの背中を優しく撫でる。それもまた気持ちがいいらしく、ロップルは嬉しそうに鳴き声を上げた。

「やれやれ、少年には驚かされっぱなしじゃのう」

 長老スライムがぽよんと弾みながら、近づいてきた。

「妖精に続き霊獣ときたか。それもいとも容易く従えてしまうとはな」
「そんなに凄いの?」

 マキトが問いかけると、長老スライムはうむと小さく頷く。

「全く事例がないというワケでもないが、少なくともワシがこの目で見るのは初めてじゃな」
「そうなんだ。でも……」

 少しだけ浮かない表情で、マキトはスライムたちのほうを見る。

「スライムとかは何度やってみても、全然テイムできなかったんだよなぁ」
「ふーむ……それはそれで不思議な話じゃな。お前さんほどの才能なら、それこそ容易くできてもいいじゃろうに……」

 それを聞いたアリシアも、心の中で確かにと思った。ありふれた魔物はまるでテイムできないのに、ラティやロップルはアッサリとテイムできてしまった。
 懐くなどの条件は変わらないはずなのに、だ。
 考えられることがあるとすれば――

「やはり少年には、何か特別なモノがあるのやもしれんな」
「長老もそう思われますか」
「ほぅ、ではお主もか、ディオン?」
「えぇ」

 ディオンも腕を組みながら大きく頷いた。

「俺の相棒も、彼には最初から心を許していました。俺以外の誰かをアッサリ背中に乗せちまったのは、もしかしたら初めてだったかもしれません」
「ほう。また興味深いことじゃな」
「今度ゆっくり話しますよ」

 ディオンと長老スライムの語り合いを聞いていたアリシアは、あの人たちも仲いいんだなぁと、そんな呑気なことを考えていた。
 それ相応に付き合いも長く、そしてそれなりに深いのだろうとも思える。
 魔物使いでなくとも、ヒトと魔物が交流することは可能――それを如実に示している姿だ。もっともディオンの場合、既にドラゴンという色々な意味で大きな魔物を相棒にしているからこそ、とも言えそうな気はするが。

(あれ――?)

 しかしここでふと、アリシアは思う。

(なんだろ……なんか妙な感じがするような、しないような……)

 そんなことを考えながら、無言でマキトとラティとロップルの姿を見る。しかしその『妙な感じ』とやらの正体は、全く分からなかった。


 ◇ ◇ ◇


 テイムされたロップルは、マキトたちと一緒に来ることが決まった。しかしその一方で、ある魔物との別れの時も来たのであった。

「そっか……お前はこの里で暮らしていくことにしたんだな」
「ポヨポヨ」

 一番最初にマキトが友達になった魔物――スライム。どうやら隠れ里のスライムたちと仲良くなり、みんなと一緒に暮らさないかと誘われたというのだ。
 マキトとの別れも惜しいとは思っていたが、やはりスライム同士で暮らしていきたいという気持ちも強かった。
 そんなスライムの決断が、ラティの通訳によって明かされたのである。

「分かったよ。ちょっと寂しいけど、お前がそうするって決めたんだもんな」

 マキトも少しだけ力のない笑みを浮かべ、頷いた。

「元気でな。またいつか、遊びに来るよ」
「ポヨ――」

 スライムも寂しいという気持ちがあるのだろう。別れの挨拶がてらマキトに体を擦りつけ、そのまま数秒続けた。
 そして潔く離れ、新しい仲間となるスライムの群れの元へ向かう。

「――ポヨポヨーッ!」

 振り向きながら見せてきた笑顔は、スライムの意志の硬さを表していた。
 もう止めることはできないし、するつもりもない。黙ってその決断を受け入れ、潔く別れようじゃないかと、マキトとラティは無言で頷き合う。
 その一方で、アリシアはグリーンキャットと話していた。

「あなたはどうするの? 良かったら一緒に来る?」
「うーん、それもミリョクてきなんだけど……」

 グリーンキャットは顎に手を当てる。とは言っても小さな猫の手であり、その仕草がアリシア的に可愛くてたまらなかったのは、ここだけの話である。

「ぼくは今までどおり、ここで暮らしていくよ」
「……そっか。それが一番よね」

 アリシアは受け入れたが、実のところ少し残念にも思っていた。自分も可愛い魔物をペットにできる日が来るかもしれない――そんな期待をしていたからだ。
 これまで彼女は、そんなことを考えたことすらなかった。
 それが一転して考えるようになったきっかけが、どこぞの魔物使いの少年であることは、もはや言うまでもないだろう。

「だってさー」

 苦笑を浮かべていたアリシアに、グリーンキャットが話を切り出してきた。

「せっかくアリシアみたいなヒトとしゃべれるようになったんだもん。ちょーろーさま以外にも、そーゆー魔物がいたほうがいいと思うんだ」
「うん、まぁ確かに言えてるかもね」
「でしょー? もしちょーろーさまが死んじゃったら、こまっちゃうもんね♪」

 その無邪気な言葉に、長老スライムはすぐさま反応を示す。

「こらこら、縁起でもないことを言うな! ワシはまだまだ死なんぞい!」
「えー? そうなのー?」
「当たり前じゃ。ワシの生命力の粘り強さを甘く見るでないわ!」

 長老スライムの言葉に、アリシアは言い得て妙だと思えてしまった。
 特にそのぷるんぷるんとした体が、『粘り』強さという言葉をよりしっくりとさせている気がする。まだまだ長老は元気で居続けるのだろうと、お世辞抜きでアリシアはそう思えてならなかった。

「まぁ、とにかく……アリシアよ」

 長老スライムが落ち着きを取り戻しつつ、笑顔を向ける。

「お主にも世話になったな。あの魔力ポーションには、ワシも驚かされたぞ」
「あれは単なる偶然に過ぎませんよ。多分同じのは作れません」

 謙遜ではなく、正直な感想であった。少なくとも普通の環境ではまず不可能。色々な意味で限定された錬金だと、アリシアは思っている。

「でも、確かにいい勉強にはなりました。これからも錬金の腕を磨いていきます」
「お前さんならきっと、素晴らしい錬金術師になれるじゃろう。これでも長く生きておるワシの勘は、結構当たるんじゃ♪」

 ホッホッホッと笑う長老スライム。その言葉は温かく、そして強い励ましとなってアリシアの胸に響くのだった。
 その様子を見ていたディオンもフッと笑い、ゆっくりと顔を上げる。

「マキト君、アリシア君。もうすぐ夜になる。そろそろ出発しよう」
「分かりました」

 里の魔物たちとじゃれ合っていたマキトも、それぞれに別れを告げて、ラティとロップルを連れてドラゴンの元へ向かう。
 アリシアも改めて長老スライムに別れを告げるのだった。

「じゃあ、長老さま。いつか、また」
「うむ。いつでも遊びに来てくれて構わんからな」

 そしてアリシアも急いでドラゴンの元へ向かい、マキト共々背中に乗り込む。ドラゴンもあらかじめ了承していたのか、彼女を乱暴に振り下ろすなどの文句を示すことはなかった。
 そしてディオンが手綱を握り、ドラゴンが翼を羽ばたかせる。
 ばっさばっさと威勢のいい音を立てながら、段々と飛び上がっていった。

「バイバーイッ♪」

 明るい声とともに手を振るラティに、里の魔物たちもそれぞれ、鳴き声や動作を用いて別れを告げていた。
 たくさんのスライムたちも、ポヨポヨと弾んでさよならを言っている。
 その中には、先ほどマキトと別れたスライムと、里の魔物たちと和解した赤いスライムの姿もあった。

「さぁ――行くぞ!」
「グオオオォォーーーッ!!」

 ディオンの掛け声に、ドラゴンが雄叫びで応えながら空の道を進み出す。
 改めて、隠れ里の魔物たちとの別れが少しだけ寂しく感じる――マキトたちは揃ってそんなことを考えていた。

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