40 / 252
第一章 色無しの魔物使い
040 隠れ里にさようなら
しおりを挟む「そーいえば、お前って名前あるのか?」
「キュウ」
マキトが尋ねると、フェアリーシップは首を左右に振る。どうやら名前はなさそうであった。
「じゃあ、俺が新しく付けてやるよ。えっと――」
抱き上げていたフェアリーシップを地面に下ろし、マキトは考える。そして五秒ほど経過したところで、ある一つの名前が浮かぶのだった。
「ロップル――うん、ロップルでいこう」
「キュウッ♪」
その名前が気に入ったのか、フェアリーシップ改めロップルは、嬉しそうな笑顔を見せる。そしてマキトに飛びつき、体をよじ登っていく。
「うわ、ちょ、おい、どうしたんだよ?」
突然のくすぐったさに驚くマキトだったが、ロップルは構うことなく、マキトの体の上を移動していく。
肩などを行き来した結果、落ち着いたのは頭の上であった。
「キュウゥ~♪」
どうやら居心地がいいらしく、巻かれたバンダナの上にペタッとへばりつき、安らぎの表情を浮かべる。どうやら定位置を見つけたようであった。
マキトもロップルの重さは思ったほど感じず、好きにさせることに決める。
「ロップル、これからもよろしくなー」
「キュウ♪」
頭の上に手を伸ばし、マキトはロップルの背中を優しく撫でる。それもまた気持ちがいいらしく、ロップルは嬉しそうに鳴き声を上げた。
「やれやれ、少年には驚かされっぱなしじゃのう」
長老スライムがぽよんと弾みながら、近づいてきた。
「妖精に続き霊獣ときたか。それもいとも容易く従えてしまうとはな」
「そんなに凄いの?」
マキトが問いかけると、長老スライムはうむと小さく頷く。
「全く事例がないというワケでもないが、少なくともワシがこの目で見るのは初めてじゃな」
「そうなんだ。でも……」
少しだけ浮かない表情で、マキトはスライムたちのほうを見る。
「スライムとかは何度やってみても、全然テイムできなかったんだよなぁ」
「ふーむ……それはそれで不思議な話じゃな。お前さんほどの才能なら、それこそ容易くできてもいいじゃろうに……」
それを聞いたアリシアも、心の中で確かにと思った。ありふれた魔物はまるでテイムできないのに、ラティやロップルはアッサリとテイムできてしまった。
懐くなどの条件は変わらないはずなのに、だ。
考えられることがあるとすれば――
「やはり少年には、何か特別なモノがあるのやもしれんな」
「長老もそう思われますか」
「ほぅ、ではお主もか、ディオン?」
「えぇ」
ディオンも腕を組みながら大きく頷いた。
「俺の相棒も、彼には最初から心を許していました。俺以外の誰かをアッサリ背中に乗せちまったのは、もしかしたら初めてだったかもしれません」
「ほう。また興味深いことじゃな」
「今度ゆっくり話しますよ」
ディオンと長老スライムの語り合いを聞いていたアリシアは、あの人たちも仲いいんだなぁと、そんな呑気なことを考えていた。
それ相応に付き合いも長く、そしてそれなりに深いのだろうとも思える。
魔物使いでなくとも、ヒトと魔物が交流することは可能――それを如実に示している姿だ。もっともディオンの場合、既にドラゴンという色々な意味で大きな魔物を相棒にしているからこそ、とも言えそうな気はするが。
(あれ――?)
しかしここでふと、アリシアは思う。
(なんだろ……なんか妙な感じがするような、しないような……)
そんなことを考えながら、無言でマキトとラティとロップルの姿を見る。しかしその『妙な感じ』とやらの正体は、全く分からなかった。
◇ ◇ ◇
テイムされたロップルは、マキトたちと一緒に来ることが決まった。しかしその一方で、ある魔物との別れの時も来たのであった。
「そっか……お前はこの里で暮らしていくことにしたんだな」
「ポヨポヨ」
一番最初にマキトが友達になった魔物――スライム。どうやら隠れ里のスライムたちと仲良くなり、みんなと一緒に暮らさないかと誘われたというのだ。
マキトとの別れも惜しいとは思っていたが、やはりスライム同士で暮らしていきたいという気持ちも強かった。
そんなスライムの決断が、ラティの通訳によって明かされたのである。
「分かったよ。ちょっと寂しいけど、お前がそうするって決めたんだもんな」
マキトも少しだけ力のない笑みを浮かべ、頷いた。
「元気でな。またいつか、遊びに来るよ」
「ポヨ――」
スライムも寂しいという気持ちがあるのだろう。別れの挨拶がてらマキトに体を擦りつけ、そのまま数秒続けた。
そして潔く離れ、新しい仲間となるスライムの群れの元へ向かう。
「――ポヨポヨーッ!」
振り向きながら見せてきた笑顔は、スライムの意志の硬さを表していた。
もう止めることはできないし、するつもりもない。黙ってその決断を受け入れ、潔く別れようじゃないかと、マキトとラティは無言で頷き合う。
その一方で、アリシアはグリーンキャットと話していた。
「あなたはどうするの? 良かったら一緒に来る?」
「うーん、それもミリョクてきなんだけど……」
グリーンキャットは顎に手を当てる。とは言っても小さな猫の手であり、その仕草がアリシア的に可愛くてたまらなかったのは、ここだけの話である。
「ぼくは今までどおり、ここで暮らしていくよ」
「……そっか。それが一番よね」
アリシアは受け入れたが、実のところ少し残念にも思っていた。自分も可愛い魔物をペットにできる日が来るかもしれない――そんな期待をしていたからだ。
これまで彼女は、そんなことを考えたことすらなかった。
それが一転して考えるようになったきっかけが、どこぞの魔物使いの少年であることは、もはや言うまでもないだろう。
「だってさー」
苦笑を浮かべていたアリシアに、グリーンキャットが話を切り出してきた。
「せっかくアリシアみたいなヒトとしゃべれるようになったんだもん。ちょーろーさま以外にも、そーゆー魔物がいたほうがいいと思うんだ」
「うん、まぁ確かに言えてるかもね」
「でしょー? もしちょーろーさまが死んじゃったら、こまっちゃうもんね♪」
その無邪気な言葉に、長老スライムはすぐさま反応を示す。
「こらこら、縁起でもないことを言うな! ワシはまだまだ死なんぞい!」
「えー? そうなのー?」
「当たり前じゃ。ワシの生命力の粘り強さを甘く見るでないわ!」
長老スライムの言葉に、アリシアは言い得て妙だと思えてしまった。
特にそのぷるんぷるんとした体が、『粘り』強さという言葉をよりしっくりとさせている気がする。まだまだ長老は元気で居続けるのだろうと、お世辞抜きでアリシアはそう思えてならなかった。
「まぁ、とにかく……アリシアよ」
長老スライムが落ち着きを取り戻しつつ、笑顔を向ける。
「お主にも世話になったな。あの魔力ポーションには、ワシも驚かされたぞ」
「あれは単なる偶然に過ぎませんよ。多分同じのは作れません」
謙遜ではなく、正直な感想であった。少なくとも普通の環境ではまず不可能。色々な意味で限定された錬金だと、アリシアは思っている。
「でも、確かにいい勉強にはなりました。これからも錬金の腕を磨いていきます」
「お前さんならきっと、素晴らしい錬金術師になれるじゃろう。これでも長く生きておるワシの勘は、結構当たるんじゃ♪」
ホッホッホッと笑う長老スライム。その言葉は温かく、そして強い励ましとなってアリシアの胸に響くのだった。
その様子を見ていたディオンもフッと笑い、ゆっくりと顔を上げる。
「マキト君、アリシア君。もうすぐ夜になる。そろそろ出発しよう」
「分かりました」
里の魔物たちとじゃれ合っていたマキトも、それぞれに別れを告げて、ラティとロップルを連れてドラゴンの元へ向かう。
アリシアも改めて長老スライムに別れを告げるのだった。
「じゃあ、長老さま。いつか、また」
「うむ。いつでも遊びに来てくれて構わんからな」
そしてアリシアも急いでドラゴンの元へ向かい、マキト共々背中に乗り込む。ドラゴンもあらかじめ了承していたのか、彼女を乱暴に振り下ろすなどの文句を示すことはなかった。
そしてディオンが手綱を握り、ドラゴンが翼を羽ばたかせる。
ばっさばっさと威勢のいい音を立てながら、段々と飛び上がっていった。
「バイバーイッ♪」
明るい声とともに手を振るラティに、里の魔物たちもそれぞれ、鳴き声や動作を用いて別れを告げていた。
たくさんのスライムたちも、ポヨポヨと弾んでさよならを言っている。
その中には、先ほどマキトと別れたスライムと、里の魔物たちと和解した赤いスライムの姿もあった。
「さぁ――行くぞ!」
「グオオオォォーーーッ!!」
ディオンの掛け声に、ドラゴンが雄叫びで応えながら空の道を進み出す。
改めて、隠れ里の魔物たちとの別れが少しだけ寂しく感じる――マキトたちは揃ってそんなことを考えていた。
10
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
目つきが悪いと仲間に捨てられてから、魔眼で全てを射貫くまで。
桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。
タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。
出戻り勇者は自重しない ~異世界に行ったら帰って来てからが本番だよね~
TB
ファンタジー
中2の夏休み、異世界召喚に巻き込まれた俺は14年の歳月を費やして魔王を倒した。討伐報酬で元の世界に戻った俺は、異世界召喚をされた瞬間に戻れた。28歳の意識と異世界能力で、失われた青春を取り戻すぜ!
東京五輪応援します!
色々な国やスポーツ、競技会など登場しますが、どんなに似てる感じがしても、あくまでも架空の設定でご都合主義の塊です!だってファンタジーですから!!
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる