透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第三章 子供たちと隠れ里

107 今更ながらのスリリングな冒険

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「おーい、アレクってばー!」

 無言で歩き続ける彼を、サミュエルは必死に追いかける。

「どうしたんだよぉ? なんかキミらしくないよ?」
「……らしくない」

 アレクは呟きながら立ち止まる。問いかけたわけではなく、小さな声故にサミュエルにも聞こえてはいない。
 一方、やっと止まってくれたと安堵するサミュエルであったが、振り向いたアレクの表情を見て驚愕する。

「ア、アレク……ど、どうしたのさ、一体?」

 表情を引きつらせながら、サミュエルが問いかける。これまでに見たことがあっただろうかと疑問に思えてしまうほど、今のアレクの表情は異常であった。
 怒りと悲しみと虚しさの全てが通り過ぎた、無に等しい笑み。
 どうやったらそんな表情ができるんだろうかと、サミュエルは笑いたくても笑えない状況に陥っていた。

「今、らしくないって言ってたけど――」

 言葉を失っているサミュエルに対し、アレクが口を開く。

「僕らしいってのは、そもそもどういったことを指すんだい?」

 それは、素直な問いかけだった。特に裏も何もない、アレクが純粋に聞きたいから聞いてみただけのこと。
 しかしサミュエルには、大いなる難題のように思えてしまった。
 ここでしくじったら全てを失ってしまう――そんな気がしたが故に、口を閉ざしてしまった。

「……なんだよ」

 答えようとしないサミュエルに、アレクは失望したかのように視線を逸らす。

「どいつもこいつも、偉そうなこと言いやがって――このっ!」

 そして、たまたま足元にあった石ころを、思いっきり蹴り飛ばした。
 石は放物線を描いて、遠くの草むらの奥へと落ちる。
 ――こつんっ!
 何かに当たる音がした。それに気づいたアレクとサミュエルは、重々しい雰囲気から一転、きょとんとした表情となり、互いに顔を見合わせる。
 あそこに何かあるのだろうか――そう思った瞬間、草むらが大きく揺れ動いた。

「グルアァッ!」

 勢いよくそれは飛び出し、重々しい音を立て、アレクたちの前に着地する。
 その正体は、アレクたちもよく知っている存在であった。

「ア、アースリザード?」
「もしかして、さっき森の中で僕たちに襲い掛かってきた?」

 正解だと言わんばかりに、アースリザードがニヤリと笑みを浮かべる。血走った鋭い目は敵意丸出しとしか思えず、やはりそうなのかとアレクとサミュエルは戦慄を覚えるのだった。

「えっと、その……このまま見逃してくれる可能性は……」
「万が一にもないだろうな」

 即答するアレクに、サミュエルが前方を向いたまま顔をしかめる。

「……あの、せめてさぁ、断言しないでくれるとありがたいんだけどねぇ?」
「状況を適切に判断したまでだ」
「そりゃ確かにそうかもしれないけど……うん、とりあえず、やっとキミらしさが戻ってくれてなによりだね」
「いきなり何の話だ、サミュエル? いつにも増してワケが分からんぞ」
「その言葉、キミにだけは言われたくなかったなぁ」

 視線は確かに前を向いているのだが、完全に二人はアースリザードではなく、互いに隣のほうしか見えていない。
 それがアースリザードにも伝わってしまったのだろう。相手にされていないと判断したらしく――

「――グルワアアアァァーーーッ!!」

 いい加減にしろ、と言わんばかりに怒りの咆哮を上げてきた。

「ひいいぃーーっ!?」
「逃げろ!」

 サミュエルとアレクが、踵を返して走り出す。アースリザードが勢いよく地を蹴って追いかけ、それが二人を更なる恐怖に包み込んでいく。
 今更ながらのスリリングな冒険が、幕を開けてしまう形となった。


 ◇ ◇ ◇


「えぇっ! アレクとサミュエルが!?」

 里の魔物たちからの目撃情報に、マキトは驚きの声を上げる。

「アースリザード……アイツ、この里に潜り込んできていたってことか」
「早く助けに行くのです!」
「あぁ」

 ラティの声に頷き、マキトは動き出そうとする。
 その時――

『まって、ますたー! ぼくにのってったほうがはやいよ!』

 フォレオが声をかけてきた。どういうことだと思いながらマキトが振り向くと、体を光らせ姿形を変える真っ最中のフォレオがそこにいた。
 大きくて立派な狼が、マキトたちの前に現れる。

『さぁ、みんなはやくのって!』
「お、おぅ……」

 マキトが戸惑いながら、フォレオの背に乗る。その毛並みはまるで本物の如く滑らかであり、ふかふかで温かい感触がとても心地よかった。

「んー、こっちもしっかりともふもふ♪」

 そしてノーラも、背中に飛び乗るなり、その感触を堪能し始める。ある程度の予想はしていたようだったが、それでもマイペースなノーラの行動に対して、マキトたちは苦笑を浮かべずにはいられない。

『みんなのったー?』
「おーぅ、乗ったぞー」
『それじゃあ、あれんたちをたすけにしゅっぱあぁーつ!』

 ブワッ――と、勢いよく飛び出したフォレオに、マキトは思わずバランスを崩しそうになる。それでもなんとか持ちこたえ、爽やかな風を感じながら隠れ里の中を疾走し始めるのだった。
 その途中で、メラニーやリリー、そしてジェイラスやスライムにも事情を説明。改めて里の魔物たちとともに、皆でアレクたちを助けに走り出した。
 メラニーとリリーは、隠れ里で暮らす狼の魔物――フォレストウルフに乗って移動していた。そのまま走るよりも圧倒的に早いからだ。
 魔物の背中に乗ることに対し、最初はビクビクしていたものの、あっという間に慣れてしまう姿は、なんともたくましい。冒険者候補は伊達じゃないとも言えそうな気はするが。
 そんな中、ジェイラスとスライムは――

「うおおおぉぉーーーっ!!」
「キイィッ!」

 普通に走っていた。ジェイラスも乗れるくらいの大きさを誇るフォレストウルフもいたのだが、彼が鍛えがてら自分で走ると言って聞かなかったのである。
 ――どこまでもブレない男ねぇ。
 メラニーがフォレストウルフに乗りながら、呆れた表情でそう呟いていたのは、ここだけの話であった。

「……ん?」

 ガラガラガラ――と、遠くで何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

「マスター」
「ラティも聞こえたのか?」
「はい。あっちのほうからなのですっ!」

 ラティが指をさした方向をマキトが見渡す。ちょうど緩やかな丘の向こう側で発生したらしく、今いる場所からでは確認できなかった。
 故に、選択肢は一つしかない。

「――よし、行こう!」

 マキトの合図で、フォレオやフォレストウルフたちが、その方向へと駆け出す。ジェイラスとスライムも、凄まじい雄たけびとともにその後を追うのだった。

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