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第三章 子供たちと隠れ里
106 リーダー、心をかき乱す
しおりを挟む隠れ里は静かで穏やかだった。時折吹き付ける風は冷たくて心地良く、木の葉や草を揺らせる音は、優しく心を撫でて安らぎを与えてくれる。
しかし、どれだけそれを味わったところで、アレクの心が晴れることはない。
むしろ一人になってから、余計に苛立ちが募っていた。もし幼なじみたちが今の彼の表情を見たら、ため息をつきながら「そんな顔をするな」と励ましの言葉をかけるだろう。
そしてその言葉が、余計に心を掻き立てさせるのだ。
不意にアレクは思った――ジェイラスも、同じような気持ちだったのかと。
その瞬間、彼の頭の中に、彼の顔が浮かんできた。
魔物たちのために一生懸命ブランコを作り、満更でもなさそうに笑う、生き生きとした彼の顔が。
(あれほど恨んでいた大工に、アイツが自分から手を付けるなんて……)
正直、信じられない気持ちでいっぱいだった。自分ではどうにもならなかった彼の気持ちが、この数時間でガラリと変わってしまったことが。
否――ジェイラスだけではない。他の幼なじみたちに対しても、同じ気持ちを抱いていた。
サミュエルとメラニーの魔法ショーも、遠巻きから見ていた。
あの二人らしいと言えばらしいし、それほど驚くようなことでもない。しかし当初の目論見から大きくずれていることは間違いない。
少なくとも、魔物を喜ばせるために魔法を特訓していたわけではなかった。あの二人もこの数時間で、一気に考えが変わった口なのだろう。
そして極めつけは――リリーだ。
(あんなガムシャラな表情……初めて見たぞ)
幼い頃から人見知りで、争い事が苦手であった。
いつも誰かと喧嘩をしているジェイラスを、痛々しそうな目で見ていた。何かにつけてサミュエルとメラニーが言い合いをする度に、浮かない表情をしていた。自分が剣の特訓をする姿を見て、心配そうに見つめてきていた。
そして、楽しく笑っている自分たちの姿を見て、彼女も笑っていた。
正直それだけで全然良かったのだ。リリーはいわば、自分たちにとっての精神安定剤そのもの。彼女がいてくれるだけで、幼なじみ五人のバランスが保てる。それがどれほどありがたいことか、リーダーとして誇りに思っていた。
そんなリリーが、あんなに険しい表情で錬金に挑むとは――アレクは驚きを隠せなかった。
むしろ――ショックだったと言えるだろう。
彼女だけは変わらないと思いきや、ジェイラスと同等の大きな変化を見せた。傍から見れば、それは喜ばしいと言えるのかもしれない。
恐らくジェイラスやサミュエル、そしてメラニーの三人は、喜びの笑顔でそれを受け入れるだろうと、アレクは思っている。
だからこそ――アレク自身は、それを受け入れられないでいた。
(僕の知らないところで、皆が変わっていく……僕を差し置いて皆だけが……)
幼なじみたちの行動は遠巻きから見ていた。もし困っていたら、リーダーとして力になろうと思っていた。
けれど、皆揃ってその必要はなかった。
否、先に動き出していたのだ――あの【色無し】の魔物使いと魔物たちが。
特に表立って、背中を押すなどはしていない。ただその場にいただけに等しい。なのに何故か皆は動き出した。まるで彼がその場にいたから、自分たちは動けたんだと言わんばかりに。
ジェイラスがその筆頭だと見て分かった。
言葉にこそ出していないが、彼の視線はマキトと魔物たちに向けられていた。自分と対等の立場として、心から認めている目をしていた。
自分たち幼なじみ以外で、初めての人物だといっても過言ではない。
(皆が動いている。それは喜ばしいことなんだ。でも……)
自分だけが輪に入っていない――アレクはそう思っていた。リーダーとして皆を引っ張ってきたという自負があるだけに、余計そう感じてならなかったのだ。
だったら、普通に入って来ればよかったじゃないか――恐らくジェイラスあたりはそう思うだろうし、実際に言ってくるだろう。
しかしアレクはできなかった。プライドが邪魔をしていたのだ。
五人のリーダーとして、トップに立つ男は、無暗にしゃしゃり出てはいけないんだと思い込み、気持ちを抑えてしまう。
その結果がこの有様――見事なまでにチャンスを逃してしまっていた。
アレクもそれを自覚しており、焦りを募らせる。しかし考えがまとまらない。自分もリーダーとして前に進まねばと思うも、どうすればいいのかまるで見当もつかないでいるのだった。
(このままでは、俺の立場が……)
アレクは恐れていた。これまではずっと、皆の先頭に立ち、動いてきた。しかし皆が動き出せば、自然とその必要性もなくなってくる。
それに気づいてしまったことで、急激に恐怖がのしかかってきていた。
(どうして皆は、変わろうとしているんだ?)
無意識にアレクはそう思い浮かべ、慌てて考えを振り払う。変化するのはいいことじゃないか。皆が成長するのはとても大切なことだと。
(俺を差し置いて活躍しやがって)
またしても黒い考えが浮かび、アレクは慌てて顔を左右に振る。
プラスに考えようとすればするほど、余計にマイナスの考えが押し寄せてくる。まるで自分の知らない自分が潜んでいるかのように。
(――っ!)
アレクは自分の手が震えていることに気づく。これは恐怖だ。周りが変化していくことに対して――醜い考えを抱く自分自身に対して。
もっともこれは、決して珍しいことでもない。
光があれば闇も存在する。ヒトの心も同じことであり、アレクも例外ではない。
しかし、アレクはそれを認めたくなかった。
悪を連想させる闇なんて必要ない。正義の象徴である光があれば十分だと、幼い頃からずっと抱き続けてきた。
常に『皆の光』でいようと心掛けていた。
それは今でも変わらない。だから自分もこの里で活躍しなければと思っていた。
なのに自分だけが上手くいかない。他の四人にできたことが、自分には全然できないでいた。
試しに通りすがりの魔物に近づいてみる。しかし魔物は怖がってしまい、どこかへ逃げ去ってしまう。これまでだったらなんとも思わなかっただろう。しかし今は虚しさがこみ上げてきてならない。
どうして僕だけが――そんな重々しい気持ちがのしかかる。
(何故だ? 魔物たちは皆、僕から逃げ出していく。僕には魔物と仲良くなる資格すらないということか?)
それは、あながち的外れとも言い切れない。
アレクはずっと、魔物というのは『倒すべき存在』と見なしてきた。マキトたちと出会って行動することにより、多少なり認識は改めたが、それでも考えの根本的な部分は変わっていない。
確かに魔物と接する者がいてもいいとは思う。しかし自分の気持ちだけは、絶対に変えたくはない――そんな頑固な一面が噴き出してしまっていた。
表向きは魔物たちと仲良くなろうとしているが、心の中では認めていない。
それが闘争心と化して、無意識に魔物たちに向けられている。
魔物の察知能力は、ヒトよりも遥かに敏感であるため、魔物たちもアレクは自分たちを倒そうとしているのだと思ってしまうのだ。
それ故に魔物たちは、アレクを避ける。そのことにアレク本人は、全くもって気づいていなかった。
「くそっ!」
アレクは木に思いっきり拳を叩きつける。しかし気持ちは全く晴れない。むしろ鈍い痛みが広がり、更に惨めにさせるだけであった。
(今までこんなことはなかった。壁にぶつかることはあっても、何かしらの打開策は必ずあったというのに!)
それは、あくまで『用意されていたもの』であることに、残念ながらアレクは気づいていない。
確かに最終的には、自分で考えて行動し、切り抜けてきたのだろう。しかしそのきっかけは、常に周りの大人たちがそれとなくほのめかしたり、ヒントを与えたりしてきたものに過ぎない。
そのヒントすらも自分で見つけなければならない事態を、冒険者でもなんでもない子供であるアレクは、まだ経験したことがない。
模範解答すらも存在しない、自分なりの答えのみが正解である物事に、彼は直面したことがない。
早い話が、ようやく『本当の壁』に突き当たったに等しい。
そんなようやく訪れた試練に、果たしてアレクが気づくときは来るのか――少なくとも今のままでは、厳しいと言わざるを得ないだろう。
「あー、いたいた! おーい、アレクー!!」
遠くからサミュエルの声が聞こえてきた。アレクが振り向くと、本人が駆け寄ってくるのが見える。
「こんなところにいたのか。皆もキミのことを探している。早く戻ろうぜ!」
目の前で立ち止まり、サミュエルは手の甲で額の汗を拭う。あちこち駆けずり回った証であり、アレクもなんとなくそれを察した。
どうやら皆に心配をかけているようだ――それはアレクもすぐに分かった。
しかし――
「えっ、ちょ、ちょっと待てよ! おい、アレクってばぁ!!」
アレクは無言で背を向け、そのまま歩き出す。いつもの彼らしくない――そう思いながらサミュエルは、慌てて後を追いかけるのだった。
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