運命の君

沢渡奈々子

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番って……

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「実は僕、薄々そうじゃないかと思ってたんだ。蒼の匂い、最初は洗剤か柔軟剤って言ったけど、少しずつ匂いが強くなっていったみたいだから、多分フェロモンなんじゃないかな、って。っていうか、僕がオメガだって言ってなかったっけ? 僕、基本的に友達には隠してないんだけど! ごめん、蒼、みっつん!」
「俺は知ってたよ。前に話してたもんな。その時たまたま蒼と充は席外してたんだよ」
 放課後、凪と涼真に話があると言って残ってもらい、蒼は自分ががオメガになってしまったことを話した。凪はあまり驚くことなく、自分がオメガであることを逆にカミングアウトしてくれた。というより、すでに話したつもりになっていたらしい。
「だから実は僕、蒼の匂いには気づかなかったんだ。それもあって蒼がオメガなんじゃないか、って気づいたの。オメガ同士はほぼフェロモン作用しないし、僕にはもう番がいるから。あ、僕の彼女はアルファなんだよ。いずれ結婚もするつもりだよ」
 アルファである凪の美人彼女はもちろん優秀で。一流大学在籍で卒業後は一流企業への就職も決まっている。一方の凪はオメガであることで彼女ほどいい職にはつけないだろうこと、彼女自身が凪には専業主夫になって家に入ってほしいと願っていることから、今から家事を練習しているそうだ。
(どうりで洗濯にも詳しいわけだ。今から嫁入り修行してるなんて、凪も案外健気なんだなぁ)
 二人の関係性がだんだんと分かってきて、何だか微笑ましく思えた。凪はオメガの特徴が出始めた頃に空手道場をやめたことも判明し、やっぱり充は鋭いなぁと、蒼は感心した。
「ところで凪……番ってさ、どうやってなるの?」
「え、蒼知らないの? 教えてほしい?」
 蒼がうんうんと頷く。おそらく病院からもらった本に記載されているはずだが、まだそこまで辿り着いていない。昨夜、三分の一ほど読んだところで寝落ちしてしまったのだ。ショックを受けていたはずなのに、しっかり睡眠は取れているところが自分らしいと、蒼は自嘲した。
「あのね、セックスした時にアルファがオメガのうなじを噛むと番になるんだよ。正確に言うと、うなじのところにはフェロモンの分泌腺があって、そこを噛むの。みっつんと涼真は知ってるよね?」
「まぁな。常識だろ」
「常識だね。っていうか保健体育の時に習った気がするけど」
 充と涼真がうんうんと頷いた。
(そうか、常識なのか。俺は知らなかったぞ。セックスの時にうなじに噛みつかれると番になるとかどういうメカニズムなんだそれは。吸血鬼か!)
 思わず首元から背筋が寒くなり、うなじを擦ってしまった。
 その後凪に「蒼はお子様だからセックスの仕方も知らないんじゃないの?」とからかわれたが「アホか! 知ってるわ!」と言い放ってやった。
 たとえこの四人の中で蒼だけが童貞だとしても、そういう知識くらいあるぞ! と主張したかったが、自爆行為な気がして自重しておいた。
(っていうかよく考えたら凪だって童貞じゃ……?)
 どちらにしても未経験なのは自分だけなので、それもまた蒼の中だけで呟いて終わらせた。
「ま、もし蒼にこの先そういう機会があったら、僕がいろいろ教えてあげるよ。いい避妊方法とかさ。――あ、発情期に生ですると百パー妊娠するから気をつけなよ」
 オメガであることを隠すこともせずに、あっけらかんと【避妊】だとか【生】だとか【妊娠】だとか普通に話せてしまう凪を、ほんの少しだけ羨ましいと思った。が、自分にとっては少々刺激が強かったため、
「あ、そ……そうなんだ……ふーん……」
 ははははは、と、蒼は渇いた笑いを漏らした。

「あ、そうだ」
 夜寝る時にふと蒼は思い出した。母と姉に散々言われていたのだが、鳴海にお礼をするのを忘れていたのだ。鳴海は学校では相変わらず女子バリアーに囲まれていて近づきづらいので、全然お礼を言えていなかった。
 礼儀知らずだと思われたくない蒼は携帯電話を取り出した。
「どうせならせっかく友達になったんだから、映画にでも誘ってみよう、かな。いいよな?」
 ひとりごとを言いながら、蒼は携帯のメッセージアプリを開き、
 【遅い時間にごめん。この間は本当にありがとう。
 もしよかったら、今度の土曜日に映画にでも行かない?
 おごらせて欲しいんだけど。】
 と、書いて送ってみた。
「返事来るかな……」
 そわそわして二分ほど経った頃、携帯が鳴り、待ち受け画面に受信通知が出た。
 【お礼なんていらないけど、末永と一緒に映画は観たいな。
 土曜日空いてるから大丈夫。】
(俺と一緒に映画を観たい、って思ってくれてるんだ。やばい、思ってたより俺嬉しい)
 気分が一気に高揚したのを感じながら、
 【ありがとう!じゃあ、11時に桜浜駅東口改札前でどう?
  昼ご飯どこかで食べてから行こう。】
 とレスポンスした。すぐに、
 【分かった。楽しみにしてる。】
 と返って来たので、
 【俺も楽しみにしてる!おやすみ!】
 すぐにそう返した。
(よかった、断られなくて。女の子とデートで週末も時間ないなんて言われたら悲しいもんな)
 すでに今から三日後の土曜日に思いを馳せて、何を観ようか、その後どこかへ行こうか、などと考えを巡らせている蒼だった。

「やっべー! 遅れる!」
 蒼は走っていた。電車が桜浜駅に着くや否や、蒼は転がるようにホームに飛び出した。器用に人をすり抜け、改札口へと向かう。大きな駅なので改札は結構遠い。
 今日のことがあまりにも楽しみだったので、蒼はなかなか昨夜寝つけなかった。そして案の定寝坊した蒼は、準備もそこそこに家を出たのだった。
急いだお陰で、何とか待ち合わせ時間ジャストに改札に辿り着いた。そこにはすでに鳴海が待っていた。
(ふぇ~、すっげぇイケメン! あそこまでカッコイイと逆に怖ぇよ……)
 鳴海は立っているだけで周囲を虜にしていた。そこにいた女性のほとんどが目をハートマークにしており、男性までもが鳴海を凝視していた。服装自体はとてもラフであったが、鳴海が着ているとすべてが超高級品に見えてくるから不思議だ。
「な、るみ、ご、めん! 遅く、なって……!」
 蒼が息を切らせて鳴海の前に立つと、彼はじっと蒼を見つめたまま動かなくなった。
「え、っと……鳴海?」
息を整えた蒼が、なおも静止し続ける鳴海に、おずおすと声をかける。次の瞬間、我に返った鳴海が、ほんのりと顔を赤らめ、
「あ、ごめん」
 と、小声で謝罪した。
「どうかした?」
「いや……か……その格好、似合うな、と思って」
 鳴海がにっこりと笑う。その満面の笑みに周囲の女性の一部がめまいを起こしかけていたのを蒼は見た。
「え……マジ、で?」
「うん」
「あ、りがと……」
 蒼の服装はと言えば、翆が買って来たブランドものとはいえ、ニットTシャツの上にパーカー、下はカーゴハーフパンツというごく普通の出で立ちである。それをあんな笑顔で褒められてしまっては、何とリアクションしていいのか分からず、とりあえず礼を言ってみた。
「あっ、そういえば、遅くなってごめん!」
 改めて謝ると、鳴海は「ん?」と首を傾げた。
「時間ピッタリだよ。謝る必要ない」
「でも、結構待ったよな?」
「そんなことないよ。五分くらい」
「そ、か……とりあえず、飯行こ。どこか行きたいとこある?」
「末永が食べたいものがいいな」
(ま、眩しい)
 輝くような笑みはどんな人間をも魅了するだろうな、と蒼は思った。
「え、そう? じゃあ……和食でもいい? 俺和食好きだから」
「俺も和食好きだよ。行こう」
 蒼はたまに家族と行く和食レストランへと鳴海を案内した。その店のささみカツ定食と、それについてくる赤だしのしじみの味噌汁が大好物なのだと、蒼は力説する。すると鳴海は疑いもせずにそれを頼む。信用されているようで、蒼は嬉しかった。
「これ、本当に美味い。帰ったらうちの家族にも教えるよ」
 社交辞令とは思えない鳴海の喜びように、蒼は自然と顔がにやけてしまうのを堪えるのが大変だった。自分が気に入っているものを鳴海にも気に入ってもらえたのかと思うと、嬉しくてたまらなかった。
 店を出る時「俺が払う!」と蒼は何度も主張したのだが、何故か鳴海が全額出してしまい、蒼は困ってしまった。
「映画の金は絶対俺が出すから!」
 そう宣言して蒼は映画館に向かって勇ましく歩き始めた。鳴海はその横に優雅に並ぶと、蒼の顔を見てまたにこりと笑った。
「な、鳴海って学校ではあまり笑わない……っていうかいつも能面みたいな笑顔しか見せないのに、今日はすごくよく笑うんだな?」
 照れ隠しで聞いてみると、鳴海がくすくすと笑い出した。
「え……あっ、ごめん! 俺、能面みたいとか言っちゃってすげぇ失礼だったよな! って……そう言うと能面に失礼かな……。と、とにかく、馬鹿にしたわけじゃないから!」
 慌てる蒼を、鳴海が制する。
「大丈夫だよ、怒ってないよ」
「そ、そう? よかった」
「今日よく笑ってるのは……すごく楽しいから、かな」
 そう一言返って来た。蒼は自分の顔がかぁっと赤くなるのを感じた。
(と、友達に言われたぐらいで何を俺は……)
「そ、そっか。今日、誘ってみてよかった、ほんと」
 笑顔を無理矢理作りながらそう返すのが精一杯だった。
 映画館の自動券売機で蒼は何とか鳴海を押し留め、二人分の料金を支払うのに成功した。選んだのは、アメリカで大ヒットしたSFアクション映画で、日本でも何週間か連続で観客動員数一位を記録した作品だ。「ずっと観たかったんだ」と蒼が言ったところ、鳴海も「俺も観たいと思ってたんだ。楽しみ」と言ってくれたので選んだ。
劇場に入る前、
「やっぱり映画観る時のお供はポップコーンとコーラだよなぁ」
 券売機から離れる時に蒼が誰にともなくそう言うと、鳴海はさりげなくポップコーンとコーラのセットを買って持って来ていた。
「末永はコーラMでよかった?」
 二つのコーラが入ったトレイを軽く上に掲げながら、鳴海が尋ねる。
「マジで? ありがとう! いくらだった?」
 蒼が目を丸くする。
(い、いつの間に買って来たんだ……怖ぇ)
「いいよ。映画代出してもらったし」
「え、でも昼飯代も鳴海が出したのに」
「それじゃあ、今度どこか行った時におごってくれる?」
「う、うん……。じゃあ、コーラ俺が持つよ!」
「大丈夫だよ。末永は俺の分のチケットも持ってて?」
 鳴海がふわりと笑う。
「わ、かった……ありがとう……」
 一連の流れがあまりにも手慣れていてスマートなので、蒼はぼぅっと見とれてしまった。
「……鳴海、おまえが女の子にモテるの、マジで分かるわ」
 ただでさえドイケメンで、それだけでもモテる要素の八割を占めているというのに、更にキラキラした笑みでもってこんな扱いをされてしまったら、女の子はメロメロのイチコロだろう、と蒼はかぶりを振った。
(俺でさえ惚れちゃうよ、怖ぇよ)
 劇場係員に二人分のチケットを差し出しながら、蒼は小さく息を吐き出した。
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