ある日突然タイムリープしてしまった社畜、自分の書いた物語が現実となった過去をやり直す。

智恵 理陀

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033 決意

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「ふー……」
「ち、治世……?」

 深く、深呼吸をする治世はなんとか冷静さを取り戻そうとしているようだった。
 怒りは静まっただろうか、彼女へ言葉を掛ける事さえもちょっとした勇気がいる。

「大丈夫よ……私は大丈夫。ぐずぐずしてないでそれ、取ったら?」
「そうだね、あぁすっごくいたーい……」
「ったく。取ってあげるわ」

 あら、なんだか優しい。
 なんて一瞬思ったが、治世は間髪容れずに容赦なくケーブル二本を強引に引っこ抜いた。

「ぐほぉ!!」
「抜けたわ」
「抜き方!」

 俺の両手に刺さってたのは針なんだよ針、そこいらの雑草を引っこ抜くような扱い方はやめてもらいたいものだね。

「ちっ」
「舌打ち!? ……あの、お、怒ってる?」
「は? 何が?」

 ああ、怒ってるね。
 その睨むような視線がもはや彼女の心情そのものだ。

「ごめん……」
「……」
「いだだだっ! 無言で頬抓るのやめて~?」

 しかしここは彼女の怒りが少しでも静まるのなら、甘んじて受け入れよう。

「私の異能で治すから、手を出して」
「あ、うん。ありがとう」

 治世が両手の傷に手を当てるとあっという間に痛みは引いていく。
 数秒後、彼女は手を離すと両手の傷はすっかりなくなっていた。

「君の異能は本当にすごいねえ」
「それはどうも」
「わ、私も……」

 凛ちゃんが渾身の力を込めて這いずってくる。ゾンビか何かかな?

「今やってあげる」
「感謝」

 委員長は気絶している、事態は終結した――が、どこかしっくりこない。
 悲劇の回避はできたとは思われるも、なんだろうな……この引っかかる感じは。まだこれも先輩の描く原稿通りな気がしてならない。気のせいであってほしいな。

「……異音が、止まないわね」
「それどころか、音が大きくなっているね」
「装置は破壊するつもりだったけれど……これは躊躇しちゃうわね。破壊するより早くここから離れるべきかしら」
「もしかしたら装置が不具合を起こして暴走してるのかも、なんて」

 なんて、と付けて冗談混じりに言うが、案外的を射ているかも。
 振動は強くなっていくばかりだ。

「うわっ!?」

 その時――足場が不安定になり、足元に亀裂が走っていった。
 装置は爆音をあげて、俺達は軽く吹き飛ばされた。

「うぐっ……みんな、無事か!?」
「無事よ!」
「私も無事」

 装置を止めなくちゃならないが……装置周辺はもはや炎に包まれ、足場もほとんど不安定な状態になってしまっている。容易くは近づけない。

「あっ、委員長が……」

 彼女は装置の近くで倒れたままだ。
 このまま炎が広がっていけば委員長は命を落としてしまう。

「もしかして……悲劇の対象は……治世じゃなくて委員長か?」

 物見谷先輩の思い描く結末は、そういう事……なのだろう。
 敵である委員長が命を落として終わり、と。
 ……それでいいのか?
 いいや、よくない。よくないなそれは。

「――二人は、先に行っててくれ!」
「先にって……お前はどうするのよ!」
「俺は委員長を助けてから出るよ!」
「待って、私も――」

 すると俺と治世の間に亀裂が走り、床が崩れた。
 崩壊までの猶予はあまりないと思われる。

「治世、行ってくれ! 時間が無い!」
「無茶をするにしてもここは回復の異能を持った私が行くべきよ!」
「でも君がこっちに来るまでに時間が掛かりすぎる! 先に退路を確保していてくれ!」
「ちょっと文弥! 無茶しないで!」

 果たして俺の帰り道はあるのかどうか定かではないが、少なくとも一秒でも早く急ぐ必要があるね。

「最後の大仕事といくか」

 俺は苦笑いを浮かべつつ、辛うじて残っている床を渡って装置へと向かっていった。
「委員長ー!」
 呼び声で意識を取り戻してくれればいいのだが、どうだろう。
 視界はかなり悪い、この黒煙が非常に厄介だ。こういう時は姿勢を低くするのがいいんだよな確か。
 僅かに装置の輪郭は捉えられてはいるが、目を凝らしてやっとってとこだ。すると、その黒煙中から紙が一枚飛んでくる。
 ……このタイミングとなれば。
 俺は溜息をついて、俺はその紙を掴んだ。


 --------------------

 装置からの出火によって建物の状況は深刻であった。
 あと数分もすれば装置は限界を迎えて停止するが、炎はそうもいかない。
 装置の傍で倒れていた望月月子も当然炎に呑み込まれるであろう、彼女はまだ気絶したままだ。
 文弥は間に合わないとみて踵を返した。
 この物語をよりよく知っている彼ならば当然の判断だ。
 危険を冒すわけにはいかない。主人公である彼は――

 --------------------


「委員長を見捨てるわけ、ないじゃないか。先輩……!」

 途中で読むのをやめて、原稿を捨てた。
 まだ何か書かれてはいたがどうせ俺の望まぬ展開が綴られているんだ、読まなくても支障は無い。
 こうなったら委員長は何が何でも助けようじゃないか!

「登場人物の――主人公の立場になると作者ってのは時に自分勝手に感じるな」

 作者の望む展開のために、登場人物達が振り回される。
 俺も物語を書いている時は登場人物達に憎まれる事もあったかもしれないな。
 然程崩壊していない壁側に、壁伝いに歩いて進んで装置の近くまでようやくたどり着いた。炎も所々に上がって熱気が激しきなっていく。
 額もすっかり汗でべったりだった。

「委員長!」

 足元が不安定であるため、慎重に彼女の傍へと近づきケーブルを伝っていった。
 意外にこのケーブル、束になっていて頑丈だ。こいつはいい。

「委員長、起きて!」
「……うぅ、文弥……君?」
「動ける? 帰るよ、さあ立って」
「私は、敵ですよ……」
「今はどうでもいい!」
「あぅっ」

 頭にチョップを食らわせた。
 時間が無いんだ、早く逃げようじゃないか。先輩も流石に主人公ごと委員長を炎に呑み込もうと展開を進めないよな? 大丈夫だよな?

「さあ、手を回して」
「文弥君、私は……貴方に、怪我までさせて……」
「そうだね、痛かったよ! でも治世にもう治してもらったしラスボスが敗北して落ち込んでしんみり展開は別に今はいいから行くよ! 壁側だとまだなんとか歩ける、足元に気をつけて!」
「あの……」
「まだ何か言いたい事でもあるの!? 無駄口叩かないで逃げる事に優先したいんだけど!」

 治世に殴られたのがまだ効いているのか、委員長の体は若干ふらついていた。
 彼女を支えながら壁側へと移動する、後は来た道を戻るだけだ。
 彼女が落ちて呑み込まれるという展開も未だに無きにしもあらずだ、ここは……よし、いい事を思いついた。

「まだ足元が覚束ないな、背中を貸すよ!」
「えっ、でも……」
「いいからいいから!」

 彼女の手を引いて背中へと乗せる。
 一人くらい俺だって背負えるんだぜ、疲れても後はもう気合だ。これで委員長とは不離一体、落ちるなら俺も一緒に落ちる事になるぞ先輩。

「これに懲りたら特異に手出ししないでね! 異能教の人達も説得してね!」
「考えておきます……」

 急げ、急ぐんだ。
 道を塞がれたら詰みだ。
 装置についていたいくつものケーブルが音を立てて切れていく、装置の音も徐々に小さくなっていっていた。
 けれども熱気がすごい、周りのガラクタにも炎が移ってしまっている。

「やばいよなあこれ!」
「私は文弥君とならば、一緒に死んでも構いませんよ」
「嬉しい事言ってくれるけど残念ながら死ぬつもりはないよ!」

 呼吸は速くなる一方だが両足は動く。動かすしかない、兎に角。
 出口はそれほど遠くはない。
 治世と別れたあたりは亀裂が阻んでいたよな、迂回すればきっと、大丈夫だ。
 すぐそこのはず――だが、足が止まった。

「くそっ、床が……」
「万事休す、ですか」
「まだ諦めるな、何かあるはずだ……絶対に、何か手はあるはずなんだ……!」
 そうだ、今こそ試すべきか。
 ――特異を。 
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