俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章05 Bad Morning ②

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(もう……っ! どうすんのよこれっ…………!)


 怒りをこめて当事者を睨みつけるが奴はまるで他人事のような素振りだ。

 このまま激情のままに奴が困ることを捨て身でぶちまけてやりたくなる。


『むむむむっ』と睨んでいると、ムカつくあんちくしょうと目が合った。


 弥堂は鼻で嘲笑う。


「どうした希咲。何か言いたいことでもあるのか? さっきから先生がお前に質問しているだろう? しっかり答えたらどうだ? 出来るものならな」


 その言葉に周囲はどよめき、希咲は額に手を当てる。


(あの、バカっ……! この状況でそんなこと言ったら、あんたが脅迫に絶対の自信を持っているようにしか見えないでしょうが……っ!)


 他人の目をまったく気にしなくなると、こうも空気が読めなくなるものなのかと、希咲は頭痛を感じる。

 
(ここであたしにチキンレース仕掛けてどうすんのよ……っ!)

 
 事を明らかにされて弥堂が困るのは間違いない。

 そして困るのは希咲も同じであることを奴は理解している。


 恐らく反抗的な態度をとった自分をイジメたいがためにあんな態度をとっているのだろうと希咲は判断した。


「……希咲さん。彼もこう言っていることですし、どうか…………!」

「うっ」


 先程よりも自分に集まる視線に熱が入って希咲は怯んだ。


 教室中の目が自分に向けられている。


 そしてこの時に、昨日感じていた罪悪感が蘇る。


『嘘をついてはいけない』


 昨日は弥堂と権藤の汚い取り引きに辟易としたことで有耶無耶になってしまったし、することが出来た。


 だが、学校を汚して、壊して、おまけに他人にまで迷惑をかけておいてさらに嘘まで重ねるなど、そんなことを彼女の道徳心が許してはくれない。


 自分にとって知られたくないことを告白しなければならなかったとしても、優先度は全体に関わることの方が上なのではないかと思ってしまう。


 迷いは深まる。


 
 そもそも――


 そもそも、あれは希咲のせいではまったくない。


 菓子を捨てたのも壁を破壊したのも全部弥堂がやったことだ。


 それでも彼を庇ってやったり罪を被ってやるほどの、義理も道理も存在しない。

 

 それでも――


 それでも、彼女があれを他人事だと考えられないことが、機微に聡く器用に熟すだけの能力があるわりに無用な苦労を背負い込む彼女の損な性分の所以なのかもしれない。


 視線を何処に向けても自分を見つめる目玉しかない。


 教室中の目玉が自分を見ていて、自分を見ていない目玉は此処にはない。


 視線にこもる人々の情念が物理的な圧迫感をこの身体に与えてくるようだ。


 希咲は動揺し、救いを求めるように誰とも目が合わない視線の逃げ場を探す。


 すると、自身の親友である水無瀬 愛苗と目が合った。


 身体の緊張が溶ける。


 彼女の瞳には他の者にあるような疑心も好奇心もない。


 多分この場の話についてこられていないのだろう。みんなが見ているから釣られてのことだろう、ぽへーっと自分を見ている。


 彼女も希咲が自分を見ていることに気が付いた。


 水無瀬はニコーっと笑った。


 希咲は苦笑いする。


(おし……! ちゃんと全部言っちゃうか)


 気持ちが定まる。


 悪いことが起こって、本当のことを知っているのに、自分の利益を守るために隠し立てる。


 上手くやっていく為には時にはそんな嘘も必要だ。


 そう考えていたし、それは今も変わらない。


 だけど、彼女の前ではそんなことは出来ない。


 仮にそうしたとしても彼女は自分を責めたりしないだろうが、そこは自分のプライドの問題だ。


 なにより、彼女に自分がそんな人間だとは絶対に思われたくない。


 自分に勇気を与えてくれた親友に心で感謝をし、希咲は胸を張って木ノ下の方へ向き直る。


「先生っ、あたし――」


 真実を白日のもとへ――


 そのための言葉を発しようとした瞬間、視界に異物が映る。


 教室の最前方。


 希咲の位置から見れば最後方。


 期待を膨らませた無数の目と目と目を全て越えていった向こう側にその男は居る。


 この場に居る教師や生徒たちとも違う、水無瀬とも違う瞳の色。


 何の感情も灯さない乾いた瞳で希咲を見ながら、その男は自身の胸元に手を挿し入れた。


 彼の後ろには誰もいなく、彼の前の全員は希咲を見ている。


 つまり、彼の様子に気付く者は自分以外には誰もいない。


 そんな中で彼は懐から何かを取り出した。


 その手にあるのはスマホだ。


 希咲にだけ見えるように画面を向けてくる。


 距離も遠く蛍光灯の光が画面に反射して何が映っているのかよく見えない。


 希咲は首を動かして目を細めて画面にピントを合わせる。


 そしてようやく見えたその画面に映っていたのは――



「あああああぁぁぁぁぁぁぁっ――⁉」



 突然の大絶叫。


 希咲から語られる真相を聞こうと彼女の挙動に集中していた全ての者がその大音量に驚き、そして彼女に近い位置の席に居た何人かのお耳がないなった。


「き、希咲さん……? どうし――」

「――あんたそれっ…………それっ――⁉」


 木ノ下が驚いて容態を問うが、希咲はもはやそれどころではない。


 弥堂を指差して彼の持つスマホに映されたものについて言いたいことが多すぎて言葉が上手く出てこない。


 そして、突然大声をあげた希咲がビシッと弥堂を指差したのに釣られて、全員がその指が示す方向へ首を回す。


 弥堂はサッとスマホを懐に隠し、他の者と同じような動作で自身の背後を見る。


「おまえだっ! おまえーっ!」

「ん? 俺か? どうした?」

「どうした? じゃないでしょっ! あんたどういうつもりよ⁉」


 ベタなスッとぼけ方をする弥堂に希咲の怒りは燃え上がる。


「俺のことより、お前の話をしているんじゃなかったか? そら、全員が待っているぞ。お前らも俺を見ていないであっちに注目をしろ。希咲が面白い話を聞かせてくれるそうだぞ?」


 その声に誘導されて再び全員の目が希咲の方へ向く。

 弥堂は悠々と教室を見回し自分へ視線を向けている者がいないことを確認すると、また胸元からスマホを取り出して希咲へ画面を向ける。


「あ、あんた……まさか…………っ⁉」


 ここにきて希咲はようやくあの野郎の思惑に気が付く。


(こっ、こいつ――っ! あたしを脅迫してる……っ⁉)


 驚愕の目で弥堂の持つスマホの画面を見る。


 そのディスプレイに表示されているのは、希咲のあられもない姿を写した写真画像だ。


 そう、『希咲 七海おぱんつ撮影事件』の例の証拠画像である。


(そう言えば忘れてたーーーっ‼‼)


 彼に画像を消すように言った覚えはあるが、色々あってそれを実行したのか確認をするまでには至っていなかった。


(言われて素直に従うような奴じゃないってわかってたのに…………っ! もうっ! バカっ! あたしのばかっ……!)


 はしたなく膝をあげてスカートの中を思い切りカメラに晒している自分の姿に、己の手落ちを悟り猛烈な後悔が湧き上がるが最早手遅れだ。

 自分の方へスマホを向けてくるあの無表情顏が下衆なニヤケ顏に見えてきた。


 これを公開されたくなければ都合の悪いことを言うな。そういう意味であろう。


(こんのやろう……っ! やっていいことと悪いことがわかんないわけ……っ⁉ …………わかんないんだった! てゆーか、わかっててもやるヤツだった! 知ってた!)


 何故朝っぱらから特に理由もなくここまで追い詰められなければならないのか。

 七海ちゃんは今日も朝から不憫だった。


「あの、希咲さん……!」


 木ノ下先生に名を呼ばれてハッとする。


 周囲はやはり自分を見る目玉だらけだ。


 先程よりも段違いのプレッシャーを感じて思わず喉を鳴らす。


「言い辛いかもしれません……ですが、どうか勇気をもって……!」


『さっさと言え』と、全ての目玉が自分を責め立てているように感じる。


 さっきまでは真実を話す心づもりでいた。

 だが、今はそうもいかない。


『昨日パンツ見られて泣かされました』と情報の一部として知られるのと、『この場で全員にパンツ見られて泣く』のでは話はまったく変わってくる。

 こんなところでクラスメイト全員にあんなもの見られたら自分は絶対に泣く。泣く自信がある。

 そんなことは乙女的に全くを以て受け入れられるものではない。


「ぐぬぬぬぬぬっ」


 怒りと悔しさに歯を噛み締め弥堂へ憎しみの目を向けるが彼は動じない。

 もしも自分がヤツの意向に沿わない行動をとれば、あの野郎は間違いなくやるだろう。やるに決まっている。


 進退窮まった希咲は救いを求めるように親友へと目を向ける。


 再び目が合ったことで水無瀬は嬉しそうにニコっと笑顔を向けてくれた。


 大好きな愛苗ちゃんのお顔を見た七海ちゃんはふにゃっと眉を下げ情けない顏をする。

 大好きな七海ちゃんの悲しげなお顔を見た愛苗ちゃんもふにゃっと情けない顏をした。


 当然水無瀬さんは希咲さんに何が起こっているのか一つも理解をしていない。何となく釣られただけだ。


 両手を握りしめプルプルと震えた希咲はやがて――



「――なんでも、ない……です…………」


 彼女は屈した。

 例え嘘を吐くことになろうとも自身のおぱんつを隠し通すことを選んだのだ。
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