俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章56 Away Dove Alley ⑨

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 分厚い防音扉に身体ごとぶつかり、その勢いのままフロア内に転がりこむ。


「――た、たすけてくれぇ……っ!」


 フロア内に居た者たちは『殴り込みか』と一瞬気色ばむが、続いてあがった情けない懇願と、その声の主が知っている顏だったことで肩透かしをくったような表情になる。


「なんだよ。馬島くんかよ……って! うおっ⁉」
「な、なんでチンコ出してんだ、コイツ……っ⁉」


 そして今度は驚愕を露わにする。

 “R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”の拠点の一つであるライブハウスの“South-8”。

 その地下フロアに飛び込んできた馬島の下半身には一切の衣服が着用されていなかったからだ。


「アンタ客連れてこれなかったからってテンパって、自分で“WIZ”キメたんじゃねェだろうな……?」
「つか、戻ってきたのかよ……、おい」
「あぁ」


 意外そうな、少し感心したような、半々の表情で一人の男が目配せをすると、それを受けた者がどこかへ電話をかける。

 焦燥感に駆られている馬島は店の中をキョロキョロと見回しており、男たちのそんな仕草には気が付いていなかった。


「これしか居ないのか⁉」

「アン……?」


 忙しなく首を左右に動かす馬島に眉を寄せながらスカルズの男も店内をグルっと見回す。


「……誰か探してんのか? ヤマトくんならいねェぞ」

「なっ――じゃ、じゃあ、ジュンペーは……っ⁉」

「ヤマトくんに着いてったぜ」

「そんな……」


 当にしていた者が出払っていたことを知り茫然とする馬島に男たちは怪訝な目を向ける。


「つーかヤマトくんに会おうにもオメェ手ぶらじゃねェかよ。またボコられんぞ」
「あー……、今連絡とれたぜ。なんかスケボー通りでモメてっからそっちに連れて来いってよ」


 すると、先程電話をかけていた男がヒラヒラと手に持ったスマホを振って見せる。


「スケボー通り……?」
「ほら、廃ビル並んでっとこだよ。一時期あそこでスケボーやってたじゃん。すぐ飽きたけどよ」

「あぁ、はいはい。連れて来いってオレらが?」
「いや、馬島くんに客連れてこさせろって意味じゃね?」

「客なんかいねェぞ?」
「てっきり客連れてきたと思ったからそう言っちまったよ」

「……ま、オレらカンケーねェか」
「だな」


 自失する馬島を置いてそう暢気にやり取りをし、それから馬島へ目を戻す。


「つーことで行ってこいよ」

「イ、イヤだ……っ!」

「ア?」


 即答で拒否を示したホストをギロリと睨みつける。


「テメェそんなこと言えた立場かよ」
「拒否権なんざねェんだよ」

「オ、オレは、イヤだ……っ」

「アァ……⁉ ナメてんのかよこのヤロウッ!」

「ていうかムリだ! 殺される……っ!」

「なに言ってやがんだコイツ……」
「いや、待て」


 馬島を殴りつけようと前に出ようとした男を別の者が止める。


「殺されるって誰にだ?」

「わ、わかんねェ……!」

「なんだそりゃ。あんまテキトーなこと言ってっと――」
「――落ち着けって。もう少し話を聞かせろ。馬島クンアンタよ、外で喧嘩に負けて逃げてきたな?」

「そ、そうだ……っ!」


 馬島の答えに男は不機嫌そうな顏で舌打ちをする。


「ドコのドイツだ?」

「わ、わかんねェ、女と話してたら急に襲われて……」

「……オイ、女ってのは客か?」

「あ、あぁ……」

「馬鹿野郎がっ! そりゃ完全に話が変わってくるだろうが……!」


 そしてついには怒りを露わにした。


「なんだ? どうしたんだよ?」
「バカやろう。コイツは“WIZ”を捌いてるとこを襲われたんだぞ? オイ、馬島。そいつ何か言ってなかったか?」

「な、なんか……?」


 鋭い目で睨まれた馬島は怯えながら思い出す。


「えっと、仲間を全部呼べとか、あと何か喋れとか尋問みたいな……」

「チッ、クソが……! オイ、いくぞ!」

「えっ?」


 男は茫然と目を見開く馬島の胸倉を掴んで無理矢理立たせる。


「や、やめてくれ……! オレはムリだ!」

「ウルセェ! いいからその野郎の場所まで案内しろよ!」
「なんだよ? ヤんのか?」

「ったりメェーだろうが! オレらのシノギにケチつけてきたってことだろ⁉ んなもん見逃せっかよ!」

「オ、オレは行きたくねェ!」

「黙れやカスが! つべこべ抜かすな!」
「……なぁオイ。マッポじゃねェよな……?」

「ち、ちがう……! “ダイコー”の制服着てた……、一人だ……っ!」

「……また“ダイコー”かよ。アイツらマジでチョーシのってやがんな……」

「な、なぁ……? 行くならせめてもう少し人数を……」

「なんだテメェ? オレじゃ不服だっつうのか……?」

「ち、ちがう……! これを見てくれ……!」


 馬島は慌てて男の前に自身の手を差し出した。


「こりゃあ……」

「あの野郎いきなりオレの指折りやがったんだ……! 何か言う前にソッコーで! ヤベェやつなんだよ……!」

「へェ……? そりゃおもしれえ。上等だよ」

外人街スラムのバウンサーみてェな目ェしてやがった……! あんなおっかねェヤツが狙ってるなんて聞いてねェぞ……!」

「まぁいい。オイ、一人残れ。それ以外は全員で行くぞ」


 男の号令に店内に居たスカルズのメンバーたちは準備をし始める。

 その数は10人ほどだ。


「な、なぁ……? これしかいねェのか? さっき店の外もやけに少なかったしよ……」

「あ? あぁ……、なんかよ、表の“はなまる通り”の方で派手な喧嘩してるらしくってよ。かなりの数がそっちの応援に行っちまってるんだわ」

「な、なんだそりゃ……、こんな時に……!」

「まぁ、外に居るヤツらにも声かけてやっからちょっと待ってろ……」


 男は馬島から手を離すとスマホを取り出す。

 それを操作して電話をかけようとしたが、それよりも先にそのスマホに着信が入った。


「……もしもし? ちっと今たてこんで――あ? リクオか。どうした?」


 電話に出た男が話を始めると馬島は床にへたり込んで爪を噛む。


「オイ、馬島クン。これ穿けよ。ちっと前に誰かが“カゲコー”のヤツらからボンタン狩した時のモンだけどよ」

「……あぁ、悪い」

「……あー、今いねェんだわ。スケボー通りに居るらしいからそっち行ってくれ。オレらもこれからモメっから……、あぁ、じゃあな」


 受け取ったズボンに馬島が着替え終わるとほぼ同時に男の電話も終わる。

 男はすぐに番号を選んで今度は電話を発信した。


 馬島は忙しなく視線を動かしながら貧乏ゆすりを始める。


 そのまま10秒、30秒と時間が過ぎて、そろそろ1分になろうかという頃。


「……まだ出ねェのか?」


 違和感に気付く。


 先程応援を呼ぶと言って電話をかけ始めた男が一向に喋り出さないので、馬島は怪訝な目を向けて催促をした。


「……出ねえな。外で見張りしてるはずなんだが、なにやってんだアイツら……」


 その返答に馬島が嫌な予感を感じると同時――


 地上と直通になっている避難用の扉が派手な音を立ててぶっ飛んだ。


「――ぶぎゃっ⁉」


 扉の前に居た二人の男を薙ぎ倒して、破壊された扉が地下フロアの中央に転がってくる。


「な、なんだ……っ⁉」


 店内に居たスカルズのメンバーたちの狼狽える声がいくつもあがる。

 馬島は騒ぐようなことはせず、ただ抉じ開けられた入り口の方を茫然と見ていた。


 そこから現れた男は、馬島の嫌な予感の原因となっているモノと違わぬモノだった。


 “R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”の拠点に乗り込んできたのは弥堂 優輝びとう ゆうきである。



「だ、誰だテメェ……! ここが何処だかわかってんのか⁉」


 恫喝の叫びを浴びせられても弥堂は涼しい態度で、一度店内を右から左へ視線を流す。


 男の問いには答えずに、弥堂は手近にあったビリヤード台に手をかけながら、脳内でスターターを蹴り降ろしドルンッ――と心臓に火を入れた。


 一息に持ち上げた手でビリヤード台をひっくり返し、その裏面の腹に掌を当て“零衝ぜっしょう”を叩き込む。

 力の方向を調整して徹された威に台は砕けず、床と平行に冗談のような軌道で吹っ飛んだ。

 ビリヤード台は1階のフロアへの階段に繋がる防音扉にぶつかり落ち、その出入口を塞いだ。


 地下フロアに居た者たちは思わず弥堂の背後へ目線を誘われる。


 今しがた彼が通ってきた非常口。

 ここから出るにはあそこを通るしかなくなった。



 それからようやく、弥堂は声をかけてきた男へ無機質な眼をゆっくりと向けた。


「客だ」

「……ア⁉」

「俺は客だ」

「……ライブでも演りにきたってのか? 鏡でツラ見て出直して来いよ」

「“WIZ”をありったけ出せ。報酬はお前らの生命だ」

「な、なんだと……⁉」

「素直に差し出せば殺さないでやると言ったんだ」

「ナ、ナメんなこのヤロウ……ッ!」


 静かだが確かな圧力を感じさせる弥堂の眼に堪らず、数人が先走って弥堂に殴りかかる。

 捌いて打って、躱して打って。

 弥堂は問題なく確実に敵の意識を刈り取る。


「コ、コイツ……、強ェぞ……っ!」

「ク、クソ……ッ!」


 ここには“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”の中でも喧嘩自慢を売りにしている“RAIZINライジン”のメンバーが多い。

 それが歯牙にもかけられずに倒されていく光景を、怯えた馬島の瞳が映していた。


「ウソだろ……」


 こうなる予感はあった。

 ただ信じたくないだけだ。


 茫然と口から出た呟きは、答える者が居なければ意味を為さないただの音に過ぎない。

 その音は人が人を殴る音に掻き消された。








「――それでね? 弥堂くんは真面目でがんばり屋さんだから一生懸命になりすぎちゃっただけなんだよって、私言ったんだけどね? でもななみちゃんパンツとか見られちゃったのがヤだったみたいでね? アイツはヘンタイだからキライって怒っちゃって。私ね、二人にもっと仲良しになってもらいたいの……」


 薄暗い路地裏の通りで、そんな意味のないお喋りが続いている。


 喋っているのは水無瀬 愛苗みなせ まなで、聞き手はリクオたちスカルズのメンバーだ。


 現在彼らは危機感がまるでない水無瀬を騙して、自分たちの溜まり場に連れて行っている最中だ。

 そんな中で要領を得ない水無瀬のお喋りを延々と聞かされて、彼らはうんざりとしていた――


「――いや、でもそれはビトーくんがワリィよ。なぁ?」
「あぁ。悪気はねェって言ってもセクハラはダメだぜ」


――と思いきや、わりとちゃんと彼女の話を聞いてあげていた。


「でもでもっ、セクハラかもしれないけど、いいセクハラなんだよ?」

「……いいセクハラ? お、おいリクオ、オマエわかるか……?」
「い、いや……、セクハラな時点でダメなんじゃねェか……?」

「あのね? 弥堂くんはななみちゃんのことが大好きだから、“いいこと”をしようとしたんだと思うのっ」

「あー、そういうことか。あのよ、水無瀬ちゃん。好きだからオッケーみたいなことが言いたいんだと思うけどよ、それって男の方じゃなくって女の方が好きじゃないとダメなやつだぜ」

「女の子が好き……?」

「だからよ、この場合……、そのナナミちゃんって子がビトーくんを好きじゃないと駄目ってことだよ。感じたらオッケーってわけじゃねェしな。オレのダチがそれで強姦っつわれてカンベツ入れられちまったんだよ」
「おぉ、アイツな。女って好きな男には何されても喜ぶけど、そうじゃねェ男には何されてもキモイって言うだろ?」

「そんなこと……、あっ――」


 即座に否定をしようとした水無瀬だったが、そういえば大好きな親友の七海ちゃんはよく弥堂くんに「キモイ」と言っていたことを思い出してハッとする。

 そして『そんなはずはない』とすぐに首を振った。

 彼女の理屈では、自分の大好きなお友達同士もお互い大好き同士になるのだ。


「でもね? ななみちゃんも弥堂くんのこと好きだと思うの」

「そ、そうか……? 聞いてる限りそうは思えなかったけど……」
「どう考えても好きになる理由がねェっていうか……」


 ギャング少年たちは純真な少女を気遣って断言はしなかったが難しい顔をした。


「なんつーかそのビトーくん?はナナミちゃんに対して配慮が足りねェと思うんだ」
「それにキライって言っちゃってんだろ?」

「あのね? ななみちゃんは恥ずかしがりやさんだから、たまに素直に言えなくてツンってしちゃうの。でもでも、そういうところがホントにカワイイんだよ?」

「えぇ……、なんかメンドくせェな……。男からすっとそういうの求めてねェっていうか……、なぁ?」
「だな。女のキライはホントにキライなんだよ。オレよ、女オトす時はとりあえずスカート手ェつっこんで『ヤらせろよ』って言うんだけどよ。イケる女はそのまま濡れっけどイケねェ女はその前にビンタしてくっからな」

「そんな……」


 愛苗ちゃんは愕然とする。

 “イケねェ”とは多分“いけないこと”だ。

 “いけないこと”とはきっと“えっちなこと”だ。


 そういえば弥堂くんは七海ちゃんに“えっちなこと”を言ったりしたりしていた。さらに先週、七海ちゃんが弥堂くんをぶとうとしていたことがあった。

 きっと弥堂くんが“えっちなこと”をしちゃったからだ。


 先週は事なきを得たが、今度二人が会った時にまた七海ちゃんが弥堂くんをぶとうとして、そのビンタが当たってしまったら――


――そうしたら七海ちゃんは“イケねェ女”になってしまい、そして弥堂くんをキライになってしまう。


「どどどど、どうしよう……っ⁉ タイヘンだぁ……!」


 “よいこフィルター”のおかげで卑猥な文言が自動的に処理された結果、そのような理解になった。

 幸いにもあんまり間違っていない。


「オマエよ、水無瀬ちゃんに下品な話聞かせんじゃあねェよ」
「あ? ワリィワリィ、これが配慮か……、ムジィな。オレらロクなことしてねェから何言ってもアウトになっちまう」

「オイ、オマエら」


 水無瀬が苦悩している間に男同士の会話がなされ、これまで黙って後ろから着いてきていた男が口を挟んでくる。


「オマエらなにほのぼのやってんだよ」

「え? いやなんか自然と……?」
「おぉ、なんか気付いたら……?」

「ズリィぞ、オマエら……」


 スカルズの中でも割とライトな不良である彼らは、あっという間に愛苗ちゃんに絆されてしまっていた。

 しばし無言になり「うんうん」唸る水無瀬を前後に挟んで歩く。


「……なぁ」


 やがて先頭を歩くリクオは隣の男に小声で話しかけた。


「……なんだよ」

「なんつーか、よ……、これ、なんだ……?」
「あぁ……、まぁ、わかるよ……」

「これが罪悪感か……」
「…………」


 また言葉を無くす。


「――あ、ねぇねぇっ。みんなにアメあげるねっ」


 すると、割かし早く悩みが解決したらしい水無瀬が制服のポケットから出したキャンディをみんなに配り始める。

 弥堂くんと七海ちゃんの件は、自分がいっぱいがんばることで仲良しになれるはずと思ったようだ。


「……おぉ、アリガト……?」
「サンキュ……」
「……ッス」


 それを無抵抗に受け取ってしまってから彼らは手の中の軽さに戸惑う。


「あれっ? みんなアメ好きじゃなかった? 甘いよ?」


 水無瀬はそんな彼らを不思議そうに首を傾げて見上げる。


「……いや、スキだぜ? ウマいもんな」

「うんっ。よかったぁ、えへへ」


 嬉しそうに笑う彼女から目を逸らし、包み紙から取り出した飴を口の中に放り込む。


 また会話が途切れる。


「……スケボー通りってよ、かなり奥だよな」
「だから……?」

「すぐには表通りに戻れねえよな」
「……だからなんだよ」


 二人は目を合わせずに声だけでやりとりをする。


「……この子、“WIZ”なんかやってねえと思うんだ」
「……どうしようもねえだろ」

「勘違いだったって言えば――」
「――ムリだ。もうヤマトくんに話通っちまった。とりあえず連れてくだけ連れてかねえと。バックレんのはナシだ」

「……あのガキ疑り深ぇからな」
「あっちからしてみたらオレらは仲間じゃねぇんだろ」


 地面に視線を向けて発した言葉は誰に向けたものでもない。ただの独り言だ。


「あのクスリ、売るヤツ選んでるよな……?」
「あのゴーグルな。意味わかんねぇけどな」

「……まぁ、多分この子大丈夫だよな」
「基準わかんねぇけど、不良じゃねえしな」

「もしもの時はオレがボコられっからオマエらバックレろよ」
「ハッ――代われよ。それだとオレらジュンペー君に捕まるじゃねぇか。警棒で殴られる方がマシだぜ」


 皮肉げに笑ってふと目線を上げると、いつの間にか前には自分たちの顔を覗き込む水無瀬の顔があった。


「どうしたの? お腹痛いの?」

「あっ――いや……」
「な、なんでもねェよ……」

「そう? 私お薬持ってるからいつでも言ってね?」

「……あぁ」


 そう言ってから水無瀬はまたリクオたちの後ろに回る。


 後を着いてこいと言った自分たちのことを少しも疑っていない。

 彼らにもそれくらいのことはわかった。


 重い足をまた動かし始める。


「……全力で詫び入れるか」
「いざとなったらそれしかねえな」


 薄く鼻で嘲笑ってスケボー通りの方へ歩いていく。


 コロコロと――


 固飴が歯を打つ音がしばらく続いた。

 ひと時の甘さに心を委ねる。








 はなまる通り。


 すっかりと暴動の現場と化してしまった繁華街の表通りにて、喧噪は未だに続いていた。


 それとは裏腹に、この騒動の原因のはずの法廷院や高杉の周辺は静かになっていた。


 あちこちではまだ不良少年たちが特に理由もなく殴り合いをしている。

 法廷院の扇動が発端ではあったが、一度始まってしまえばその後はもう理由も相手も何でもよく、相手が居なくなるか自分がノサれるまでは止まらないのだろう。

 自分から退く。

 それだけが敗北だ。


「さて、もうそろそろいい塩梅かなぁ」

「目的は達成しましたか?」

「う~ん、たぶん? ボクたちの与えられた目的は達成したけれど、そもそもこの騒ぎがなんの目的で起こされたのかはさっぱりわからないねぇ」


 高杉の問いに法廷院は苦笑いで答えた。

 ショッピングカートから降りて高杉の顔を見る。

 かなりの数の不良を相手にしたはずだが彼には大して疲弊した様子はない。


「それを見極めたいところではあるんだけど、とはいえいい加減にそろそろ警察も来るだろうしねぇ。潮時かもねぇ」

「わかりました。この路地をこのまま進んでバス通りを目指しましょう」

「――ま、待て……っ!」


 撤収の算段をつけていると背後――はなまる通りへの入口の方から制止の声をかけられる。


「――む、浅かったか」


 先程高杉に倒されたスカルズの男だ。

 よろめきながらも何とか足を立たせて、敵意を向けてくる。


「テ、テメェら……、一体なんのつもりで……!」

「それがねぇ、ボクらにもわかんないんだぁ。ここはわからない同士仲良く『平等』に手を取り合って和解にしようぜぇ」

「ふ、ふざけんな……! 意味もなくオレらに喧嘩売りやがったってのか……⁉」

「意味はあると思うよ? その意味が知りたかったからこうして乗ってみたわけだけれども……、いやぁ、結局わかんなかったよぉ。アハハ」

「――オイ! なんだこりゃ⁉」


 盛大に頬を歪めながら目の前の男を煽ってやろうとしていたが、彼の後ろからまた何名かの仲間が集まってきた。


「オ、オマエら! こっちだ! コイツらが原因だ!」

「おやおや、嬉しそうだねぇ」


 あっという間にまた5人ほどのスカルズと対峙することになる。

 本当にとんでもない数の構成員がいるようだった。


 法廷院は高杉にチラリと視線を遣る。


「――さて、高杉君。まだヤれるかい?」

「承知」


 高杉は前に出ることで答えとした。


 ギロリと鋭い眼光を向けると、スカルズの男たちは気圧される。


「気をつけろ……! コイツ強ェぞ……っ!」
「誰だよコイツら! こんなヤツら知らねェぞ!」

「ジュンペー君は来てねェのか⁉」
「ジュンペー君はヤマト君の護衛だとよ……」

「クソッ! コイツ多分ジュンペー君くらいやるぞ……!」
「マ、マジかよ……」

「おい、ジュンペイと言ったか?」


 高杉は彼らの話に直感するものがあり聞き咎めた。


「な、なんだよ……⁉」

「お前らの言うジュンペイとは、瀬能 盾兵せのう じゅんぺいのことか?」

「ア? だったらなんだっつーんだっ!」

「……そうか」


 敵の問いには答えず、高杉は口の中で小さく「馬鹿者め」と唱えた。


 そしてすぐに思考の外へ捨て置き、空手の構えをとった。


 頼もしく大きな背中に法廷院は苦笑いをした。


「キミはタフだねぇ。ボクなんか何もしてないのにもう疲れてきちゃったよぉ」

「それが俺の価値ですから。それに、これくらいの連中なら何十人いようとも問題に――」


 高杉の言葉の途中で、対峙するスカルズの男たちの後ろから新たな影が現れる。


「――オマエら。この騒ぎはなんだ?」

「――えっ……?」


 突然の背後からの声に彼らは驚き振り返り、そしてその表情を輝かせた。


「――三嶽ミタケさん……っ!」


 190cmの身長がある高杉と同じかもう少し大きな体躯。

 頭はスキンヘッドに、側頭部には稲妻のタトゥーが目立つ。


 喧嘩チーム“RAIZINライジン”の頭領ヘッド――三嶽 梁呉ミタケ リョウゴだ。


「何故ここで暴れてるヤツらがいる?」


 三嶽に目線を向けられるとスカルズのメンバーたちは自然と背筋を伸ばした。


「コ、コイツらが……!」
「なんかワケわかんねェこと喚いて気付いたらあちこちで関係ねぇ野郎どもまで暴れ始めて……!」

「……つまり、オレらがナメられたということか?」

「…………」


 三嶽が続けて問うと兵隊たちは言葉を失くした。


「前に出ろ」

「……ッス!」


 短い命令に一人の男が応え、腰の後ろで手を組んで三嶽の前に立つ。


「――っ⁉」


 時間を置かず、三嶽は男の頬を張った。


「……ッス! アリヤーザッス!」


 一度地面に倒れた男はすぐに立ち上がると三嶽に頭を下げ、仲間の列に戻った。


「オレたちは“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”だ。ここで余所者にナメた真似をさせるな。行け――」


 三嶽がそう指示を出すと男たちは表情を一変させ、目をギラつかせながら表通りに引き返し、暴れる不良たちに次々と襲いかかり始めた。


「さて――」


 それを確認することもなく三嶽はこの場に残った二人に目線を向ける。


「……代表。逃げてください――」

「――えっ?」


 高杉は振り向かずに背後の法廷院にそう伝えた。

 その頬には一筋の冷たい汗が。


「オマエらが原因だそうだな。何のつもりかは問わぬ。ただ、オマエらはオレたちに喧嘩を売った。理由はそれだけで十分だ――」


 三嶽の前で構えをとる高杉の身体が無意識に硬くなる。

 目の前のスキンヘッドの男から受ける重圧に身体が勝手に緊張状態になった。


「……この男は少々違う」


 敬愛する主へ言葉をかけながらその顔を見ることが出来ない。

 対峙する敵から目を逸らせなくなっていた。


 三嶽はズボンのベルトに引っ提げていたオープンフィンガーグローブを着けながら、ゆっくりと間合いを狭めてくる。


「――オレが“RAIZINライジン”の三嶽だ」


 その威容とその名に戦慄をしつつしかし、高杉 源正たかすぎ もとまさはその顔に獰猛な笑みを浮かべた。
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