俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章56 Away Dove Alley ⑩

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 身体を左右に揺すりながら三嶽がステップインしてくる。


「オオォォォォ……ッ!」


 的を絞らせぬよう動く頭部を狙って高杉は正拳突きを放った。


 三嶽は僅かに首を傾けて高杉の拳を外し、その突きと擦れ違うように懐に侵入する。そして腕をコンパクトに畳んだまま左でボディブローを繰り出した。


 高杉は素早く引き戻した右肘でそれをガードする。

 すぐに反撃に思考を移すがそれよりも速く相手のジャブが飛んできた。


「――くっ……!」


 左腕でそれをガードすると連続して細かいジャブが繰り返される。

 高杉は顎とコメカミを守ることを余儀なくされ、両腕を頭部に釘付けにされた。


「シィィィィ……ッ!」


 相手が上下を打ち分けるコンビネーションに移行する前にと、高杉は半ば当てずっぽうに右でローキックを出す。

 三嶽は難なくバックステップでそれを躱し、高杉の間合いのギリギリ外でまた身体を揺すり始めた。


(こいつ……、ボクサーか……?)


 構えを直しながら高杉は相手を考察する。


 相手は“RAIZINライジン”の三嶽 梁呉ミタケ リョウゴ

 特に不良をしているわけでもない高杉でも聞いたことのある名だ。

 この街の最強は誰だという話題には必ず挙がってくる名前で、何か格闘技をしているという噂がある。


 強い相手と戦うことに喜びを感じる高杉としては願ってもない相手のはずだが、どうにも身体がまだノッてこない。

 緊張状態が残ったままだ。


 一合目は問題なくやり合えた。

 その手応えはある。

 もしかしたらここまでの戦いにおける疲労でコンディションが落ちている可能性があると、そのように自己分析をした。


 今の初手の指し合いで、肉体が無意識に直近の敗北をイメージしたことを自覚していなかった。


「……道場空手か」


 動作を止めぬまま三嶽が静かに声を発する。


「そういう貴様はボクシングか」

「そうかもな」


 反射的に言い返すがやはり静かに流される。

 一合で自分が格上だと確信したはずだが、三嶽は変わらず油断のない鋭い目を向けてくる。


 その佇まいから受ける重圧を撥ね返す為、高杉は歯を剥いた。


 今度も三嶽から仕掛ける。


(打撃の打ち合いでは話にならん……っ! 多少打たれてでもガードを固めてローで削る……!)


 高杉はそのようなプランを立てた。


 先程同様に少し背を丸めながら身体を揺する三嶽が飛び込み、丁寧に上と下を打ち分ける。

 それをある程度防いで高杉はローキックを振り、それを躱すために三嶽がバックステップを踏み距離が出来る。


 どちらにも決定打が無いまま、その流れを何度か繰り返す。


 慣れたトレーニングを熟すように黙々と繰り返す三嶽。

 高杉にもまた慣れが生じていた。


 格上との攻防をここまで凌げている。

 自分は通用している。


 その思考が彼に欲をかかせた。


(奴の構えは典型的なインファイターだ。本来は懐に留まりたいはず……)


 ここまでの三嶽は何発かパンチを打った後、こちらがローキックを出すとそれを躱すために必ず下がっていた。


(ボクサーの三嶽には恐らくローの威力を殺すようなガードが出来ないからだ……っ!)


 ボクサーは足が命。

 素早いステップを踏めなくなればパンチも死ぬし、相手にも捕まる。


 それを嫌って足を守ることを優先した立ち回りをしているのだと踏んだ。


(それを逆手にとる――)


 パンッパンッと乾いた音が高杉の腕を打つ。

 ある程度打たせてからローキックを出すとこれまで同様に三嶽はバックステップで避けた。


(――ここだっ!)


 避けられる前提でローを軽く振った高杉は、相手の後退に合わせて前に出る。

 インファイトボクシング特有の前傾姿勢で構えていた三嶽はバックステップを踏んだことで今は上体を起こしている。

 高杉は三嶽の首を見る。ガードは下がっている。


(腹にしこたま膝をくれてやる……!)


 首相撲を仕掛けようと伸ばした手が三嶽に触れようとした瞬間――


――中途半端に胸のあたりで握られていた三嶽の左手が煌めいた。


 パパンッと、乾いた音が鳴り高杉の視界は弾けた。


(なんだ――ッ⁉)


 白む視界の中、高杉は混乱する。


 高杉に触れられる直前、適当に振ったような三嶽の左腕は鞭のようにしなる軌道を描き、高杉の腕を潜って死角から彼の顔面を打った。

――フリッカージャブだ。

 そしてその左を引くのとほぼ同時に追撃の右が高杉の顔面に直撃する。


 ハンドスピードのみを優先させた高速のワンツーがクリーンヒットした。


 それには即座に高杉を昏倒させるような威力はない。

 骨が骨を打つ痛みもなければ、芯まで抜けるような重さもない。


 しかし、グローブを装着していることで皮膚を打たれる痛みがある。

 高杉の経験したことのない衝撃だ。

 素手よりは接地面が増した打撃によって、意識にほんの一瞬の空白を作られた。


「――う、うおぉぉぉ……っ!」


 混乱の最中、高杉は牽制のミドルキックを放つ。

 手応えはない。

 相手を下がらせる為の蹴りなのでそれは問題ない。


 空ぶった勢いのままグルっと一回転して元の向きに戻る頃には、高杉の視界も意識も戻っている。

 グローブによる打撃はフラッシュダウンを起こしやすいが回復も早い。


 すぐに敵の姿を捉えようとするが――


「――居ない、だと……っ⁉」


 三嶽の姿が忽然と消えたことに瞠目する。


 視界の中に敵の姿はない。

 しかし下方から確かな重圧を感じた。


 空ぶったまま浮いていた右足を地に下ろすと、そこから三嶽が現れる。


 這うように身を屈めて高杉のミドルを空かし、そこからタックルを仕掛けてきた。


 下ろした瞬間の足を左手で掴まれ逆の手で身体を押される。

 手慣れた手口と動作に高杉はあっさりとテイクダウンを取られた。


「――ぐっ……⁉ この動き……、総合か……っ⁉」

「そんなことよりも先に抜け出すことを考えた方がいい。もっとも――」


 その言葉どおり、気が付いた時にはもうマウントポジションをとられていた。

 地面に背をつける高杉の上に跨り、三嶽はグッと拳を固めた。


「――もう手遅れだがな」


 高杉が動揺から立ち直る暇は与えられず、無慈悲な鉄槌が打ち下ろされた。








「――うっ……、ぐっ……、いってぇ……っ」


 スケボー通り。


 新美景駅南口繁華街の路地裏の奥にある廃ビル群の一角、そこがそう呼ばれている。


 比較的綺麗なまま残っていた平坦なその道にモっちゃんたちは転がされている。彼らの顔にはいくつもの殴られた痕があった。


「ち、ちくしょう……。モっちゃん……、オレ、くやしいよ……っ」

「バカ、大人しくしとけ……。やりあっても勝てるわけねェ……」

「わかってるよぉ……」


 彼らは身の程を知った不良だ。

 普段天下を獲るなどと息巻いていても、自分たちが大した人物でないことはよくわかっている。


「アイツらもう飽きたみてェだし、もうちょいで帰れるだろ……。気合いで耐えろ」

「お、おぅ……、じょうとうだぜ……」


 彼らは弱い分、自分たちより強い不良にカラまれる状況は間々ある。

 こういった時にどう立ち回ればいいか、それには慣れたものがあった。


 モっちゃんの言葉どおり、激しい暴行を加えられたのは初めの内だけで、今では敵の主要なメンバーは下がって雑談をしており、残った見張りの者が時々思い出したように蹴りを入れてくるくらいのものだ。

 一通り痛めつけたことでこちらへの興味も大分薄れたようで、このままいけば解放されるだろうと思えた。


 そんな雰囲気を感じ始めた頃、この場に新たな人間が数名現れる。


 スカルズのメンバーと思われる男が3名ほど。


「――なっ……、あれは……っ⁉」


 しかし、その男たちに紛れる形で同行していた一人の人物を目にして、モっちゃんは驚愕に目を見開いた。




 スケボー通りに入ってから何か雰囲気が違うとリクオは感じていた。

 どこかピリついたような、殺気立った空気。

 彼らには割と馴染みのある、喧嘩が起こっている時の特有の空気感。


 少し進んでいくと人が集まっているのを見つける。

 探していた仲間たちで、あそこが目的地だ。

 自然と気が重くなる。


 近づいていくとすぐに自分がつけた見当が合っていたことがわかる。

 制服を着た何人かの男たちが奥の方に転がされていた。


(ここまで入ってくるたぁ、気合い入ってんじゃねェか……)


 既に喧嘩は終わっているようだし自分たちには関係ないと、目的の人物を探す。

 群れから少し外れた所に彼らはいた。

 そちらへ近づいてリクオは声をかける。


「――ヤマトくん」

「あん?」


 呼び声に反応して振り向いたのはパーカーフードを目深に被った小柄な少年だ。

 気の抜けた声で返事をする彼がこの場のリーダーとなる。


「誰? オマエ?」

「あー……、リクオッス。“龍頭ドラゴンヘッド”ッス」

「ふーん。で? なに?」

「……“South-8”に連絡したらここに行けって言われて」

「あっそ。ジュンペー聞いてる?」


 ヤマトの物言いに眉を顰めそうになるのを自制しながらリクオは立ち止まる。

 後ろに居る者を背に隠しながら、ヤマトとジュンペーの会話が終わるのを黙って待った。





「どういうことだ……?」


 彼らの様子を見ながらモっちゃんは訝しむ。


「どうして水無瀬ちゃんが……⁉」


 この場に居るはずのない者がスカルズに連れてこられ、先程弛緩しかけた緊張感が一気に膨れ上がる。

 状況把握とこの後どうするかということに思考を回そうとして、すぐ間近で聴こえてきた声にそれを止められる。


「ん? モっちゃん、あの子知ってんのか?」

「は?」


 眉を寄せてサトルくんの方を見た。


「何言ってんだサトル?」

「え?」


 続けて「こんな時にふざけるな」と叱ろうとするが、その前に他の仲間たちからも同様の声が上がる。


「モっちゃん、あれウチの制服じゃねェか?」
「しかもカワイイぞあの子……!」

「オ、オマエら何言って……」


 唖然とした顔で仲間たちを見て、言いかけた言葉を失ってしまう。


「ん? どうしたんだモっちゃん?」
「オレらなんか変なこと言ったか?」
「それよりあっちヤバそうじゃね?」


 まるで何も思い当たることがないように本気で疑問を口にする彼らに、思わず声を荒げる。


「な、何言ってんだよオメェら! 水無瀬ちゃんだろ! なんでわかんねェんだよ……!」

「えっ……?」
「……あっ!」
「そうだ!」


 すると今思い出したかのように彼らはハッとした。


「いくらオマエらがバカでもおかしいだろ! しっかりしろよ、昼休みに会ったばっかじゃねェか!」

「わ、わりぃ」
「な、なんでだろ」
「うっかりしてたぜ」


 口々に言い訳をする彼らを怒鳴りつけそうになるが――


「――オイ、オマエら! なに騒いでやがんだ⁉」

「な、なんでもねェ……、ちっと腹が痛くなってよ……」

「大人しくしてねェと、その腹にまたイクぞ⁉」


 声を荒げたことで見張りに見咎められ、慌てて適当に誤魔化す。

 そして声を潜めて話を続ける。


「なんで水無瀬ちゃんが……」

「ワリィ、モっちゃん……。オレ馬鹿だからわかんねェや……」
「こ、このことビトーくんは知ってんのか?」
「水無瀬ちゃんに来るなって言ってたよな?」

「……オマエらスマホ持ってねェか? あの変なアプリによ、SOSボタンとかあっただろ?」

「ダメだ。さっき取り上げられちまった」
「オレも……」
「ワリィ、オレもだ……」

「クソッ……! どうする……ッ⁉」


 何も出来ないモっちゃんたちは水無瀬の居る方の様子を窺うことしか出来なかった。

 焦燥感だけが膨らんでいく。







 その頃――


 弥堂は壊滅させた“South-8”の店内で、“R.E.Dレッド SKULLSスカルズ”の構成員たちの身ぐるみを剥いでいた。


「思ったより少ないな……」


 手に持った紙幣を数えながら足元の男の脇腹に蹴りを入れる。


「おい、まだあるだろ。有り金を全部寄こせ」

「――ぅぐっ……! も、もうねェよ……、それで全部だ……」

「悪いことをしているのにこれしか稼げていないのか? クズめ」

「ク、クソが――ぅごっ⁉」


 毒づいた男にまた蹴りを入れて黙らせる。

 腹を押さえて横倒れになったその顔を踏みつけて、一段声を低くする。


「じゃあ現物で許してやるよ」

「げ、現物……?」

「“WIZ”を出せと言っただろ。そろそろ出す気になったんじゃないか?」

「だ、だから……! ここにはねェって言ってんだろ⁉」

「そうか」

「――ぃぎゃあぁぁーーっ⁉」


 無感情に返事をしながら男の膝に足を落として踏み折る。


 足元でゴロゴロと転がる男に再度蹴りを入れて昏倒させ、周囲へ眼を向ける。


「最初にブツの在処を吐いた者だけ見逃してやる。自分の生命の価値がわかる賢い者は手を上げろ」


 そう言って倒れている男たちを見廻すが、意識のまだある者たちは一様に目を逸らした。

 どうやら本当にここには無いようだ。


「使えねぇなクズどもが。弱い上に何も知らないのか」

「……チョーシにのるなよ……っ!」

「あ?」


 ボソっと聴こえた鼻声の方に眼を向けると、顔を押さえた男が憎しみを滾らせた目で睨んできた。

 鼻が折れたのか、鼻血が止まらないようだ。


「ジュンペー君とヤマト君さえいれば……、テメェなんか……!」

「へぇ……」


 その負け惜しみに弥堂は怒ることはなく、感心の声を漏らした。

 ようやく有益な情報が得られそうだからだ。


 ゆっくりとその男の倒れている場所へ近づき、無機質な眼で彼を見下ろした。


「そいつらは誰だ?」

「ア? ウチの幹部だよ。つーかテメェ、オレら“RAIZINライジン”に喧嘩売りにきてジュンペー君も知らねえわけねェだろ……! ナメてんのか⁉」

「どこに居る?」

「は?」


 男は不可解そうな顔をした。


「まさか本当にオレらのこと知らねえでカチこんできやがったのか……?」

「どうでもいい」

「ナメやがって……!」

「いいから居場所を吐け」


 最期通告のつもりで質問を繰り返すと、男はニヤリと哂いベッと血の混じった唾を吐いた。

 弥堂はその顔に靴底を落とす。




「――追っているか?」

『現在3号機が目標を追跡中なのだ』


 床に転がっている男たちの中に、ここまで弥堂を案内してくれたホストの姿はない。


 店内での乱闘の真っ最中にコソコソと馬島は非常口から逃げていった。


 弥堂はそれに気づいていたが、万が一この連中から情報がとれなかった時の為にわざと見逃して泳がせていたのだ。


「どこだ?」


 3機のドローンと“M.N.S”を駆使して作戦エリアを監視中のY'sに通信を通して情報を催促すると、耳に装着したイヤホンから合成音声にてその答えが返ってくる。


『MAPに3号機の位置とルートを表示するのだ』

「…………」


 弥堂はスマホを取り出して画面を確認する。

 激しく点滅する光点とそこまでの道順を示す線が表示されていた。


『目標はこのルートの先の廃ビル地帯に向かっているものと思われるのだ』

「そうか」

『暫定的にポイント・ベータと呼称するのだ。ポイント・ベータには既に2号機で先回り。そこにはホワイトチーム4名が居るのだ』

「そこに向かう」

『了解なのだ。監視を続けるのだ』


 端的に返事をして弥堂は踵を返す。


 次の交戦ポイントを目指して地上への階段を昇る。


 動く者の居なくなったライブハウスにカン、カンッと金属の鳴る音が響いて消えた。
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