イケメンとテンネン

流月るる

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結婚式出席編

02

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「……豊原、課長?」

「やっぱり牧野だ。驚いたよ、さっきから社の人間によく遭遇するから何かと思えば、桜井透の結婚式だってな。それならおまえもいるんだろうと思ったらやっぱりだ」
 
 なんで、なんで、なんでここに課長が!?

 豊原久幸とよはらひさゆきは私の元上司だ。というより私は彼にしごかれて仕事を覚えさせられた。そして三年前海外転勤になって、日本に戻るのはもう少し先だって聞いていたのに。

「帰っていらっしゃったんですか?」

「ああ、急に決まってな。来週からは社にも顔を出す予定だ。今日はたまたま同窓会でなんとか間に合ったからここにきた。まさか偶然会えるとはな」

 男の人の年齢はよくわからない。三年たっているのに昔とかわらないちょっと皮肉めいた笑み。 髪が少し短くなったけれど昔からある貫禄みたいなものは健在で、彼を目の前にすると私は自然に姿勢がのびてしまう。
 彼の指導は厳しかった。
 彼が直接指導をした人間は辞めるか、ものになるかどちらかだという噂があった。褒めるよりけなすことが多い人なのに慕われて信頼される不思議な人だった。
 私も何度も泣かされて、でも何度も歯向かった。幸いというか私は彼のしごきに耐えた人間として周囲からは認められたと思う。

 帰ってきた……? 豊原課長が。

 近づいてきた課長が私のすぐそばで足を止める。私はただびっくりして彼を見上げることしかできない。

「おまえ……なにそんな無防備になってんの? 昔はあんなにがちがちだったくせに」

 細めた目に見えるのは儚い私。

「桜井が結婚したせいか? ま、これでオレは心おきなくおまえに挑めるけど」

 三年前……海外転勤の決まった彼を空港まで見送ったのは私一人だった。
 私だけが呼び出されたと知ったのは彼が発った後。
 課のみんなで行こうと言われていたから行ったのに、私なんか餞別のプレゼント係に任命されて機内で邪魔にならないものを選ぶのに苦労した。
 私にとって彼は指導係で厳しい上司で、恋愛対象にするなんて思いもしない人で。
 まさかそんな目でずっと見られていたなんて知らなくて、どうしていいかわからない、そんな揺さぶりだけを残して離れていった人。




 空港内には人があふれ、独特な空気の中で耳になじむアナウンスが流れていた。

『まだ、誰もきてないんですか?』 

 おろおろと見上げた私にやっぱり意地悪に課長は笑って言った。
 
『おまえしか呼んでないよ、理由わかるか?』
 
 そう言われたってわかるわけがない。

『本当はおまえを一緒に連れて行きたかった。でも入社して数年しかたっていない有能な人間をやめさせるわけにはいかない。そのかわり、オレが戻ってきたらもう遠慮はしないから』

 そんな遠まわしなセリフの意味さえ頭には入らなくて。
 
『それまでは見逃してやるから、いい女になっておけ』

 そう言って。
 そう、言って……。




 ぐいっと腕がひかれる。
 化粧室に向かう廊下の奥。スタッフオンリーがかかげられた扉のそばは忘れさられた空間だった。三年前の空港の時と同じように引き寄せる腕の強さが、簡単に私を過去に引きずり込む。


「牧野」


「と、よ原課長」


 三年前……それは透がまだ夏井さんと出会う前。
 私が透をひきずりながら別の人と付き合っていた頃。
 朝陽とも接点が少なくて、あの日のあの瞬間まで私は彼を男として意識したことはなかった。


 別れ際の……強く押しつけられたキスをされるまでは。


 そしてその瞬間、彼は私を一瞬で落とし込み、一瞬で傷つけた。


「牧野……やっぱりオレはおまえが好きだ。今度は必ず手に入れる」


 ぐいっと抱きしめてくる背中にあてられる掌。
 知らない香りとささやく声。
 顎をつかまれて傾く顔をみた瞬間。
 私は両手で口をおさえると同時に、誰かにひっぱられた。



 ***



「咲希!!」


 化粧室に行くと言った背中を見送った後、オレはタイミングを見計らって席をたった。隣の同期はにやにや意味深に笑っていたけれど無視をする。
 どうとでも思え。今の咲希を一人きりにするのはやっぱりどこか危うい。過保護だというより独占欲。人の視線を集める服装もそうだしすでに酒に酔っている風情もあるし、やっぱり透の結婚式ということでどこか不安定に見える。
 三月最後の気候のいい時期なせいもあって、このホテルは何組か結婚式が入っているし、他にもいろいろやっているようで人があふれている。酒がはいった陽気な笑い声や女性たちが集まって話す高い声、誰もが浮かれた様子で廊下のガラスの窓からは桜の花びらが風にただようのが見える。

 化粧室のそばで薄い桃色のドレス姿の背中を見つける。目の前にたつ男が近づいて何か会話を交わしているかと思えば、いきなりひっぱられてオレは慌てて走った。
 こんな場所で何かが起こるとは思えないがいくらなんでもおかしい。案の定、男に抱きしめられる形で顔を寄せられている咲希がいてオレは本気で驚いていた。


 誰だよ! この男!


「咲希!!」


 名前を呼んで彼女の腕をぐいっとひくと後ろに隠す。両手で口をおさえた咲希の目は明らかに動揺していて、それはオレがいるせいなのか目の前の男のせいなのかわからない。オレはとりあえず咲希をいきなりひっぱりこんだ男を睨みつけた。


 ……この男、どっかで見たことある。


 スーツ姿の男なんて結婚式の関係者かそうでないかの区別などつかない。年齢はオレよりは上、何より突然の行動から軽薄そうな雰囲気を予想していたのにあてられた威圧感に怯みそうになる。こういう空気を簡単にだせる男をオレはあまり知らない。

「朝陽! 課長、昔うちの課だった豊原課長なの!今は海外戦略室室長で」

 咲希が慌ててオレの腕をつかみ説明する。海外戦略室の豊原……その名前を本社の人間で知らない者はいない。現場で指揮をとっていたトップがもうすぐ日本に帰ってくる噂は耳にしていた。どこかの部長のポジションにおさまるだろうという話も。

「……失礼しました。彼女を強引にひっぱったので、どこのナンパかと心配しまして」

 けれどそういった肩書は今はどうでもいい。オレより上の人間だろうがなんだろうが咲希を人気のない場所にひっぱりこんだ男だ。何よりオレを値踏みする上下に動く視線が不快でたまらない。

 感じ取る、この瞬間に。

 咲希とこの男の間に流れる微妙な空気。オレへ隠しもしない苛立ちと威圧感。咲希がぎゅうっとオレの腕をつかむ。その左手の薬指にはオレが送った指輪。普段は右手にはめているそれを今日はこいつはあえて左にはめていた。たったそれだけのことでオレは咲希を手に入れた気分になっていたけれど。


「そうか……牧野に余計なことをしたのはどうやら君みたいだな」


「…………?」


 言われた意味がわからずにオレは男を見た。けれど視線はオレではなく、オレの腕にすがるようにしがみつく咲希にあってそれを辿る。甘えたいのに甘えられない咲希のこんなあからさまな態度はなかなかお目にかかれない。オレに頼りきる眼差しは甘くぎゅっと力のこもった指先や肩はいますぐ抱きしめたくなる。


「警戒心露わな牧野も懐かない猫みたいでかわいかったのに、なんでこんな無防備で隙だらけの女にしたんだか……。余計な男引き寄せるだけだろうが」


 その言葉にオレは反射的に思ったことを行動に起こした。つまり咲希を強く腕の中に抱きしめる。ついでにかわいらしいパールのちらばった髪飾りの端に唇を落とす。


「咲希はオレの婚約者です。余計な男を引き寄せたりはしません。もちろん元上司なだけの男も近づかせるつもりはありません」


「あ、朝陽!!」


 咲希は驚いたような声をあげたけれどオレの腕の中から逃れる様子はない。いつもだったら恥ずかしがって引き離すだろう彼女が本音はどう思っていようと抗わない。咲希の顔を見せることも咲希の目にこの男をうつすこともしたくなくて胸にぎゅっと押しつける。
 呆気にとられた表情からは不快さのかわりに好奇が滲む。そこに男の余裕を感じるのは癪で、あえて冷静であれと言い聞かせる。


「やっと桜井離れしたのかと思えば思わぬ伏兵だな。オレも焦りすぎた……牧野があまりにかわいかったから。これから時間はたっぷりある……牧野、これからもよろしくな、ついでに君も」


 にやりと笑って鮮やかに背中を向ける。温かな光さす日差しの中に去る背中を睨みながら、裏腹にぬくもりを失っていく気がしていた。
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