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第十一王子と、その守護者
メイド長の嫌な予感
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小さな可愛らしい、しかし大変お強いあの方は今日も帰りが遅かった。初めてギルドに出向いた日に初クエストで見事なまでの仕事振りを披露し、満足度最高位を出したことであの方はすぐにギルドでも話題の人物へと至りました。
しかし。
『タタラ様……なにも毎度このような時間に帰らずとも……。朝からずっとクエストを熟していると聞いています。たまには早くお帰りになってもっ』
『……でも、私がいたところで殿下はあまり関わりたくないようですし、ご迷惑ならギルドでクエストをしていた方が役に立てます。幸い殿下はお城にて過ごすことが多いようですし』
彼の働きっぷりには目を見張るものがあります。既に稼いだ額は相当なもの。数もありますが何より質が良いために誰もがまた来てほしいと追加報酬を加えるため。
それでも彼は、誇ることはない。
『……少し顔色が優れない気がします。貴方様がその気であれば私から殿下にギルドでの活動日数を減らすよう進言致します』
とても賢くて気も利く優しい男の子。素直で真面目なところがまだ小さな彼を何度も蝕んできた。それを察して気を遣わなくてはならないのが我々大人の役目なのに、彼はそれを隠すのも上手い。
唯一彼を止められる方が、彼を引き離すが故にどんどん悪い方へ物事が進んでしまう。
『……いいえ。結婚を控えた大切な時期です。直にいなくなる人間の心配など、要りません。それよりも殿下のことを、皆さんでお支え下さい。
私に出来るのは、精々殿下の顔に泥を塗らぬようにするだけです。心配してくれて、ありがとう……メイド長』
『タタラ様……』
駆けて行く小さな体。初めて彼が訪れた日から変わらないその姿。むしろ、あの時よりも心なしか小さくなってしまったような背中に心が痛む。
ギルドでの活躍が増える度に、あの子の自信はみるみる小さくなり……笑顔も少なくなってしまった。それこそ最初にギルドに行き始めた頃は楽しそうだったのに、今ではから元気に見えて仕方ない。
『……限界です』
そう言ったのは私でもメイドたちでもなく、あの子よりも後に入った守護騎士でした。
『なんですか、あの我儘王子……。酷過ぎますよ本当に。小競り合いはすぐ起こすし、教え者はすぐにクビにしますし、食事は食べないし……悪夢だ』
不寝番として殿下の部屋の前に設置された椅子に座り、頭を抱える騎士ノルエフリン・ポーディガー。最近ギルドで忙しいタタラ様に代わって守護者を頑張る彼が、とうとう根を上げたのです。
『オマケに私の心を読んで』
【不満ならとっとと出て行け、使えない無能め。僕は一人でも何も問題ない】
『ですって!! それがタタラ様に何度も命を救われた人間の台詞ですか?!』
ここ数日の不満が爆発したらしく、タタラ様が大好きだと噂の髪を掻き乱して暴れる。彼はよく耐えた方です……常人なら三日も保ちません。
同情したメイドたちが彼の背を叩いて励ましては仕事に戻って行く。
『タタラ様は本当に凄いです……。あの王子相手にずっと付きっきりで守護をして、周りへの配慮も怠らず機嫌を損ねたことはほぼ無かったと聞きます。私なんて毎日怒鳴られたり、物を投げ付けられたり、罵倒の嵐ですよ……』
『ええ。最初は私たちも年齢のせいかと思っていたのですが、違います……タタラ様だからこそ殿下は心を開いていたのです。あの二人が共にいると、本当に纏う空気が違いますから』
殿下を心から慕う守護魔導師と、その守護魔導師を受け入れて信頼する殿下。どんなに殿下が暴走してもあの方ならそれをピタリと止められる。なんでもないようにそれをするから、私たちはその偉大さを理解するのに時間が掛かりましたとも。
どう考えてもあの二人は、共にいなくてはならない存在だというのに。
『何故……殿下はタタラ様を避けるのでしょう』
消沈する守護騎士を宥める。明日もタタラ様はいないのだから彼には頑張ってもらわなくてはならない。この第十一王子の居住区の平和は、大変心細いが彼の手腕に掛かっているのですから。
次の日も、タタラ様は朝早く出掛けました。
部屋を出て……隣の殿下の部屋の前に立ち、まるでいってきますの合図のように一礼をしてから出掛けていく。どこまでも律儀で可愛らしい子。
今日もあの子に、良い出会いがありますよう。
『失礼します、殿下。カーテンの交換を致します。少々騒がしくなるかと』
『……構わない』
タタラ様がいない日の殿下への接触は、主に私や長く勤める執事長が中心となります。殿下の許しを得て部屋に入りカーテンの交換に移る。緊張した面持ちのメイドたちと共に速やかに作業をしている時のことだった。
『タタラ。お前も部屋のカーテンを外して来い、お前はすぐあれで遊ぼうとするから埃が……
……、ああ……今日も、ギルドだったか』
何を、
『ノルエフリン。アレの部屋のも外して来い』
何故、殿下がっ……殿下があの子を無理に外にやるからではないのですか?
『御意』
何故殿下が、そんな悲しそうな顔をするのです?
『……お聞きしても宜しいでしょうか』
『なんだ』
作業を終え、メイドたちを出してから部屋に残ると私は椅子に座って本を読む殿下の前に立つ。今日も大変難しそうな本ですが、それは……四日前から同じ本のまま。
『タタラ様がギルドにて素晴らしいご活躍をしているそうですが、先日見掛けた際に顔色が優れないご様子でした。
真面目なあの方のすることです。張り切って無理をしない内に守護魔導師としてお側に置いてはどうかと。本来あの方の実力はギルドではなく王族を守るに相応しい力です』
パタリと閉ざされた本は、ページを覚えたのか、或いは覚える必要すらなかったのか。美しいのに冷たい瞳はいつだって我々の肝を冷やす。
『それはお前が介入すべき問題か?』
『はい。メイド長たる者、同じく殿下に仕える者の体調は把握し改善に努めるべきです。
いくら魔力の消費が必要とはいえ、少々無理矢理過ぎるかと』
長年城に勤め、生きていてもハルジオン殿下の相手だけは一向に慣れないものでした。彼はいつも自分の権力も理解し、その口から出した言葉を曲げることは滅多にない。加えて異質な目の力。どこまでも見通すその目に全てを暴かれた人間は数知れず。
何よりも恐ろしかったのは、それだけ人間の内側を覗いても怯えも恐怖も出さない彼の姿。
『何故こんなに彼を? 殿下はタタラ様をお気に召していたのではないのですか』
幼い殿下が恐ろしい。
未知の力がとても怖い。
しかし、それで済ましてしまえるほど愚かな者にはなりたくないのです。ましてそれが、あの可愛らしい子どもの未来に繋がるなら尚更。
『私は、あの方が悲しむ姿をこれ以上見たくはありません』
褒めてもらいたいと健気に頑張るあの子を救えるのは、貴方だけなのですよ。
『……そんな一時の感情で終わらせられるか』
ポツリとそう呟いた殿下は、主人のいない部屋の扉を見つめてから目を閉じた。思えばあの子と同様に殿下もどこか遠くを見るような場面が増えたような気がする。
『アレは本当に不思議なものだ。
突き放せば簡単にいなくなると思ったのに、ギルドでは評判の人材となった。守護魔導師のくせに。良い暮らしをさせてやっていたのに、それがなくなって不満を言うどころか毎日汗を流して真面目に働き尽くしている。何故か僕の株まで上がって、知らずに懐まで温まる始末だ。
本当に腹立たしい。僕の守護魔導師を、あんな連中に使われるなどな』
そう、そうですよ。
『誰が見ているわけでもない。一日くらい遊びにでも行けば良いものを、アレは本当に愚かだな。息抜きというものを知らぬのか』
そんなこと出来るはずないでしょう、あの子が。
『わかっている……、出来ないからこそ止めてやらねばならないことは』
『ならば、何故っ……!』
思わず上げてしまった声を謝罪し、平静を取り戻すように深呼吸をしてから殿下の言葉を待つ。ゆるりと開いた碧い瞳は、淀んでいた。
『神殿にて、タタラの魔力が暴走した時にあの子は自分の体が魔人と化していると怯えてるいた』
『……魔人に?』
魔人。
それは、私たち常人にとっては終わりを示す。出会えば最後。抗う術など持ち合わせていない人間はただ淘汰されるのみ。
タタラ様はその魔人と向き合ったにも関わらず無事に生き残った奇跡の人。
『……他の守護魔導師に、あの黒い姿と無事に生きて帰ったことを追求され……魔人の手先なのではと馬鹿げたことを言われたのだ』
『そんなっ?! そんなことがあって堪りますか、あの方は常に自身を前に出して皆を守ってくれたと他の騎士たちも話していました!』
そんな子どもが、魔人の手先だなんて。
よく知りもしない他人の勝手な持論を押し付けられ、どれだけ傷付いたか。
『……泣いていたのだ』
腹立たしさと頭の痛くなるような話に思わず額を押さえていれば、再び殿下の言葉が聞こえた。ハッとして姿勢を正す。
『僕の守護魔導師となり、多くの心労を重ねていたらしい。神殿にてそれが決壊しアレは酷く取り乱した。このままでは成長途中の体にも重大な欠陥を残してしまう可能性すらある。
……もう良いのだ。これ以上付き合わせてはアレは本当に壊れてしまう。契約通りの日付まで、外のことを学ばせて逃してやれば良い。
僕は、自由に……のびのびとあの子に生きてほしい。それは僕の守護者でなくとも良い、良いのだ……だから放っておけ』
もう話すことはないとばかりに、体を逸らして本を読み出す殿下。また最初から読み始める姿にもう何も言えず私も部屋から退室した。外で待っていたメイドたちに囲まれ、まずは無事を喜ばれる。
何も説明することは出来なかった。同じようにタタラ様を慕い、心配するメイドたちだが簡単に話すことなど出来ない。
あの、殿下が……人の命を欠片も大切にせず、ゴミのように扱っていたような殿下が。
『そこまで……お考えになっていたなんて』
確かにタタラ様はまだ成人もしていない。最初の頃よりも遥かに魔力量が増え、外見よりも内側の成長が著しい。今が一番成長する時と言っても過言ではない。
『でも、殿下……それでは、タタラ様のご意志はどうなるのですか』
すれ違ってばかりの二人。不器用で臆病な二人に頭痛は止まないどころか、嫌な予感さえ過ぎってしまう。どれもこれも年寄りの要らぬ心配なら良いのですが。
『メイド長!! 大変です!』
しかし運命は、いつだって非力な我々を嘲笑う。
カーテンを洗っている最中、一人の騎士が慌ててやって来た。メイドたちに仕事を代わってもらい騎士から火急の知らせを聞く内にみるみると体温が下がっていくような気分だった。
話を聞いてしまったメイドたちが顔を真っ青にする中、私はいの一番にその場を駆け出す。
思い浮かべるのは、今朝出て行ったあの小さな背中。
『殿下!! ハルジオン殿下、失礼します!!』
許可を得てすぐに部屋に入れば、未だ本を見ていた殿下とその近くで控えていた騎士ノルエフリン・ポーディガー。息を整えることもなく騎士から知らされた内容を叫ぶように伝えた。
『大変ですっ……!
バトロノーツ・ギルドにてハードクエストが発注されました! 内容はバビリアダンジョンの崩壊により魔物がダンジョンより放たれ、近くを通っていた第六王子タルタカロス様の救出です! っギルドにいたタタラ様がギルド長命令により先程……出発されたそうです……。
階級は、クエスト階級は……最高難易度の、全等級並みです……』
『……ハード、クエストだと……? 何故? あの子はまだ大分低い等級のはずだぞ……』
膝から本を落とし、信じられないとばかりに掌で顔を覆う殿下とその横で絶望感を露わにするポーディガー。
『緊急事態で……ギルドにはまともに戦える人材が不足していたようです、ギルド長もギルド不在で今駆け付けているところだそうでっ!
バビリアダンジョンが崩れ、足止めが間に合わなければタルタカロス様だけでなく王都にもすぐにその余波が押し寄せます、それを……それを知ったあの方が……無理をしないはずありません!』
どうして悪い予感というものは、こうも簡単に訪れてしまうものなんでしょう。
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しかし。
『タタラ様……なにも毎度このような時間に帰らずとも……。朝からずっとクエストを熟していると聞いています。たまには早くお帰りになってもっ』
『……でも、私がいたところで殿下はあまり関わりたくないようですし、ご迷惑ならギルドでクエストをしていた方が役に立てます。幸い殿下はお城にて過ごすことが多いようですし』
彼の働きっぷりには目を見張るものがあります。既に稼いだ額は相当なもの。数もありますが何より質が良いために誰もがまた来てほしいと追加報酬を加えるため。
それでも彼は、誇ることはない。
『……少し顔色が優れない気がします。貴方様がその気であれば私から殿下にギルドでの活動日数を減らすよう進言致します』
とても賢くて気も利く優しい男の子。素直で真面目なところがまだ小さな彼を何度も蝕んできた。それを察して気を遣わなくてはならないのが我々大人の役目なのに、彼はそれを隠すのも上手い。
唯一彼を止められる方が、彼を引き離すが故にどんどん悪い方へ物事が進んでしまう。
『……いいえ。結婚を控えた大切な時期です。直にいなくなる人間の心配など、要りません。それよりも殿下のことを、皆さんでお支え下さい。
私に出来るのは、精々殿下の顔に泥を塗らぬようにするだけです。心配してくれて、ありがとう……メイド長』
『タタラ様……』
駆けて行く小さな体。初めて彼が訪れた日から変わらないその姿。むしろ、あの時よりも心なしか小さくなってしまったような背中に心が痛む。
ギルドでの活躍が増える度に、あの子の自信はみるみる小さくなり……笑顔も少なくなってしまった。それこそ最初にギルドに行き始めた頃は楽しそうだったのに、今ではから元気に見えて仕方ない。
『……限界です』
そう言ったのは私でもメイドたちでもなく、あの子よりも後に入った守護騎士でした。
『なんですか、あの我儘王子……。酷過ぎますよ本当に。小競り合いはすぐ起こすし、教え者はすぐにクビにしますし、食事は食べないし……悪夢だ』
不寝番として殿下の部屋の前に設置された椅子に座り、頭を抱える騎士ノルエフリン・ポーディガー。最近ギルドで忙しいタタラ様に代わって守護者を頑張る彼が、とうとう根を上げたのです。
『オマケに私の心を読んで』
【不満ならとっとと出て行け、使えない無能め。僕は一人でも何も問題ない】
『ですって!! それがタタラ様に何度も命を救われた人間の台詞ですか?!』
ここ数日の不満が爆発したらしく、タタラ様が大好きだと噂の髪を掻き乱して暴れる。彼はよく耐えた方です……常人なら三日も保ちません。
同情したメイドたちが彼の背を叩いて励ましては仕事に戻って行く。
『タタラ様は本当に凄いです……。あの王子相手にずっと付きっきりで守護をして、周りへの配慮も怠らず機嫌を損ねたことはほぼ無かったと聞きます。私なんて毎日怒鳴られたり、物を投げ付けられたり、罵倒の嵐ですよ……』
『ええ。最初は私たちも年齢のせいかと思っていたのですが、違います……タタラ様だからこそ殿下は心を開いていたのです。あの二人が共にいると、本当に纏う空気が違いますから』
殿下を心から慕う守護魔導師と、その守護魔導師を受け入れて信頼する殿下。どんなに殿下が暴走してもあの方ならそれをピタリと止められる。なんでもないようにそれをするから、私たちはその偉大さを理解するのに時間が掛かりましたとも。
どう考えてもあの二人は、共にいなくてはならない存在だというのに。
『何故……殿下はタタラ様を避けるのでしょう』
消沈する守護騎士を宥める。明日もタタラ様はいないのだから彼には頑張ってもらわなくてはならない。この第十一王子の居住区の平和は、大変心細いが彼の手腕に掛かっているのですから。
次の日も、タタラ様は朝早く出掛けました。
部屋を出て……隣の殿下の部屋の前に立ち、まるでいってきますの合図のように一礼をしてから出掛けていく。どこまでも律儀で可愛らしい子。
今日もあの子に、良い出会いがありますよう。
『失礼します、殿下。カーテンの交換を致します。少々騒がしくなるかと』
『……構わない』
タタラ様がいない日の殿下への接触は、主に私や長く勤める執事長が中心となります。殿下の許しを得て部屋に入りカーテンの交換に移る。緊張した面持ちのメイドたちと共に速やかに作業をしている時のことだった。
『タタラ。お前も部屋のカーテンを外して来い、お前はすぐあれで遊ぼうとするから埃が……
……、ああ……今日も、ギルドだったか』
何を、
『ノルエフリン。アレの部屋のも外して来い』
何故、殿下がっ……殿下があの子を無理に外にやるからではないのですか?
『御意』
何故殿下が、そんな悲しそうな顔をするのです?
『……お聞きしても宜しいでしょうか』
『なんだ』
作業を終え、メイドたちを出してから部屋に残ると私は椅子に座って本を読む殿下の前に立つ。今日も大変難しそうな本ですが、それは……四日前から同じ本のまま。
『タタラ様がギルドにて素晴らしいご活躍をしているそうですが、先日見掛けた際に顔色が優れないご様子でした。
真面目なあの方のすることです。張り切って無理をしない内に守護魔導師としてお側に置いてはどうかと。本来あの方の実力はギルドではなく王族を守るに相応しい力です』
パタリと閉ざされた本は、ページを覚えたのか、或いは覚える必要すらなかったのか。美しいのに冷たい瞳はいつだって我々の肝を冷やす。
『それはお前が介入すべき問題か?』
『はい。メイド長たる者、同じく殿下に仕える者の体調は把握し改善に努めるべきです。
いくら魔力の消費が必要とはいえ、少々無理矢理過ぎるかと』
長年城に勤め、生きていてもハルジオン殿下の相手だけは一向に慣れないものでした。彼はいつも自分の権力も理解し、その口から出した言葉を曲げることは滅多にない。加えて異質な目の力。どこまでも見通すその目に全てを暴かれた人間は数知れず。
何よりも恐ろしかったのは、それだけ人間の内側を覗いても怯えも恐怖も出さない彼の姿。
『何故こんなに彼を? 殿下はタタラ様をお気に召していたのではないのですか』
幼い殿下が恐ろしい。
未知の力がとても怖い。
しかし、それで済ましてしまえるほど愚かな者にはなりたくないのです。ましてそれが、あの可愛らしい子どもの未来に繋がるなら尚更。
『私は、あの方が悲しむ姿をこれ以上見たくはありません』
褒めてもらいたいと健気に頑張るあの子を救えるのは、貴方だけなのですよ。
『……そんな一時の感情で終わらせられるか』
ポツリとそう呟いた殿下は、主人のいない部屋の扉を見つめてから目を閉じた。思えばあの子と同様に殿下もどこか遠くを見るような場面が増えたような気がする。
『アレは本当に不思議なものだ。
突き放せば簡単にいなくなると思ったのに、ギルドでは評判の人材となった。守護魔導師のくせに。良い暮らしをさせてやっていたのに、それがなくなって不満を言うどころか毎日汗を流して真面目に働き尽くしている。何故か僕の株まで上がって、知らずに懐まで温まる始末だ。
本当に腹立たしい。僕の守護魔導師を、あんな連中に使われるなどな』
そう、そうですよ。
『誰が見ているわけでもない。一日くらい遊びにでも行けば良いものを、アレは本当に愚かだな。息抜きというものを知らぬのか』
そんなこと出来るはずないでしょう、あの子が。
『わかっている……、出来ないからこそ止めてやらねばならないことは』
『ならば、何故っ……!』
思わず上げてしまった声を謝罪し、平静を取り戻すように深呼吸をしてから殿下の言葉を待つ。ゆるりと開いた碧い瞳は、淀んでいた。
『神殿にて、タタラの魔力が暴走した時にあの子は自分の体が魔人と化していると怯えてるいた』
『……魔人に?』
魔人。
それは、私たち常人にとっては終わりを示す。出会えば最後。抗う術など持ち合わせていない人間はただ淘汰されるのみ。
タタラ様はその魔人と向き合ったにも関わらず無事に生き残った奇跡の人。
『……他の守護魔導師に、あの黒い姿と無事に生きて帰ったことを追求され……魔人の手先なのではと馬鹿げたことを言われたのだ』
『そんなっ?! そんなことがあって堪りますか、あの方は常に自身を前に出して皆を守ってくれたと他の騎士たちも話していました!』
そんな子どもが、魔人の手先だなんて。
よく知りもしない他人の勝手な持論を押し付けられ、どれだけ傷付いたか。
『……泣いていたのだ』
腹立たしさと頭の痛くなるような話に思わず額を押さえていれば、再び殿下の言葉が聞こえた。ハッとして姿勢を正す。
『僕の守護魔導師となり、多くの心労を重ねていたらしい。神殿にてそれが決壊しアレは酷く取り乱した。このままでは成長途中の体にも重大な欠陥を残してしまう可能性すらある。
……もう良いのだ。これ以上付き合わせてはアレは本当に壊れてしまう。契約通りの日付まで、外のことを学ばせて逃してやれば良い。
僕は、自由に……のびのびとあの子に生きてほしい。それは僕の守護者でなくとも良い、良いのだ……だから放っておけ』
もう話すことはないとばかりに、体を逸らして本を読み出す殿下。また最初から読み始める姿にもう何も言えず私も部屋から退室した。外で待っていたメイドたちに囲まれ、まずは無事を喜ばれる。
何も説明することは出来なかった。同じようにタタラ様を慕い、心配するメイドたちだが簡単に話すことなど出来ない。
あの、殿下が……人の命を欠片も大切にせず、ゴミのように扱っていたような殿下が。
『そこまで……お考えになっていたなんて』
確かにタタラ様はまだ成人もしていない。最初の頃よりも遥かに魔力量が増え、外見よりも内側の成長が著しい。今が一番成長する時と言っても過言ではない。
『でも、殿下……それでは、タタラ様のご意志はどうなるのですか』
すれ違ってばかりの二人。不器用で臆病な二人に頭痛は止まないどころか、嫌な予感さえ過ぎってしまう。どれもこれも年寄りの要らぬ心配なら良いのですが。
『メイド長!! 大変です!』
しかし運命は、いつだって非力な我々を嘲笑う。
カーテンを洗っている最中、一人の騎士が慌ててやって来た。メイドたちに仕事を代わってもらい騎士から火急の知らせを聞く内にみるみると体温が下がっていくような気分だった。
話を聞いてしまったメイドたちが顔を真っ青にする中、私はいの一番にその場を駆け出す。
思い浮かべるのは、今朝出て行ったあの小さな背中。
『殿下!! ハルジオン殿下、失礼します!!』
許可を得てすぐに部屋に入れば、未だ本を見ていた殿下とその近くで控えていた騎士ノルエフリン・ポーディガー。息を整えることもなく騎士から知らされた内容を叫ぶように伝えた。
『大変ですっ……!
バトロノーツ・ギルドにてハードクエストが発注されました! 内容はバビリアダンジョンの崩壊により魔物がダンジョンより放たれ、近くを通っていた第六王子タルタカロス様の救出です! っギルドにいたタタラ様がギルド長命令により先程……出発されたそうです……。
階級は、クエスト階級は……最高難易度の、全等級並みです……』
『……ハード、クエストだと……? 何故? あの子はまだ大分低い等級のはずだぞ……』
膝から本を落とし、信じられないとばかりに掌で顔を覆う殿下とその横で絶望感を露わにするポーディガー。
『緊急事態で……ギルドにはまともに戦える人材が不足していたようです、ギルド長もギルド不在で今駆け付けているところだそうでっ!
バビリアダンジョンが崩れ、足止めが間に合わなければタルタカロス様だけでなく王都にもすぐにその余波が押し寄せます、それを……それを知ったあの方が……無理をしないはずありません!』
どうして悪い予感というものは、こうも簡単に訪れてしまうものなんでしょう。
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