いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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【キミと旅するチキチキ道中!】

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 あれから俺はリムジンでずーっと寝ていたらしい。最初はボスに抱っこされ、膝枕をされ、ボスが所用で車から出た際には毛布に包まれグースカと。

 気付けば牛乳が入った袋を片手に車から出され、リムジンのエンジンの音に覚醒したら…早朝の自宅前だったというわけだ。

『宋平? なんだ、朝から牛乳買って来てくれたのか! …もしかしてまた眠れなかった?』

『兄さん…』

 玄関でボーっとしてた俺に新聞を取りに来た蒼士兄さんが声を掛けて一緒に家に入る。持っていた牛乳を兄さんに渡すと嬉しそうに冷蔵庫に入れた。

『今日は牛乳諦めてたから嬉しいな。座ってなさい。折角だからフレンチトーストを作ろう、好きだろ?』

『…うん』

 椅子に座ってキッチンで作業する兄さんを眺めつつ、テーブルに突っ伏した。バターが熱される音と良い匂いが広がって思わず目を閉じる。

 昨日のことは、よく覚えてないんだけど…何か大切な話をしたような気がする。

『はぁ』

『宋平は最近溜め息さんだな? 何かあったのか』

 コトリ、と皿が置かれると熱々の即席フレンチトーストが用意された。ハチミツと解凍した苺がトッピングされた最高の一皿だろう。

『うーん…、あのね。俺もよくわかんない』

『人間の悩みの大半は人間関係だ。…最近仲良くなった子と何かあったか?』

 フォークで刺した苺が潰れて、形が崩れる。苺だけを口に入れると予想より少し酸っぱかった。

『んー…特に、何かあったってわけじゃない。凄く楽しいし夢みたいだって思う時もある。

 でも』

 幸福であればあるほど、それを失うのが怖くて身動きが取れない。

『…この幸せがなくなるのが、怖くて堪らない』

 この恐怖を埋めてくれる存在に会えば会うほど傷は広がるなんて。互いの距離が縮まるほどに後が酷いことになると誰かが囁く。

『それはお前がバランサーだからか?』

 静かにそう尋ねる兄さんは、すぐ隣の椅子に座ってカフェオレを出してくれる。ランチョンマットには随分と可愛らしい朝食が揃ってしまった。

『それも、ある…』

『そうか。だがそれは、相手からしたらと言いたいところだろう』

『…っでも兄さんだって知ってるだろ! 俺は、俺のは!!』

『知ってる、勿論だ。だからこそお前が落ち込む理由もわかる。…お前がそれをセーフティと言わず邪魔なものだと言う時点で相手をどれだけ思い遣っているかもな』

 肩を窄めてカトラリーを離した俺の手を、兄さんはしっかりと握る。

『お前はバランサーだ。もしかしたらいつか…悲しい未来や望まない結末を迎えるかもしれない。力ある者はそういうものに引き込まれやすい、心底腹立たしいがそれが現実。

 でもお前は言ったじゃないか。楽しくて、夢みたいだと。その事実だけはお前の中では変わらない。宋平。そういう幸せな時間もあったとしっかり覚えて、胸に刻むんだ。

 …その時間を抱きしめて、生きていけるように』

 眼鏡の奥で優しく光る黒い瞳。紫色なんて俺だけで、兄はみんな綺麗な黒だ。

 蒼士兄さんの言葉に頷くとしっかりと肩を寄せ合う。

『安心しろ。俺たちは絶対にお前を一人になんてしないから。…例え何があっても俺たちは必ず宋平の味方だ。約束する。

 それが、兄というものだからな』

 ぐりぐりと額を兄さんの肩に押し付ければ、朗らかに笑う兄さんが頭を撫でてくれる。早く食べなさいと言われて再びフレンチトーストを見つめ、あることを思い出して口を開いた。

 だが、それより前に厳しい目付きをした兄さんが首を横に振る。

『ダメだ。アイスは乗せないぞ、流石にカロリーが高過ぎる』

 ガックリと肩を落とした。
 
 もう本当にガッカリ、そういうとこホント兄さんだわ。

『夏になったら毎日でも食べようとするだろ…。我慢して、そろそろ支度しろよ』

『はぁい…』

 部屋に戻って制服に着替えていると何処からかバイブ音がする。自分のスマホは目の前にあるが、うんともすんとも言わない。

 仕事用のやつだ!

『はいはいはい!』

 ベッドに巧妙に隠して充電してあるスマホを抜き取ると画面には刃斬の名前が表示されている。電話なんて珍しいな、と思いながら画面をタップして電話に出た。

『もしもし? 兄貴?』

【おう、おはようさん】

 久しぶりに聴いた刃斬の声に安心しながらベッドに座る。

【ボスにお前が今日来るって聞いたんだが、学校は何時頃終わりそうだ?】

『えっと…。十五時過ぎには終わるんですけど、お掃除当番だから半には』

【わかった。…覚か犬飼を向かわせたいんだが、覚はボスの移動でいねぇし犬飼も別件でな。猿の野郎も犬飼のとこな上に俺もボスと一緒で留守だ】

 それ俺が行く意味あるのか? 幹部の人は殆どいないじゃないか。

【なんかあった場合は対処できる人材に向かわせてぇんだ。てことで迎えは双子に行かせるからな。昨日顔合わせしたんだろ?】

 あの濃い双子がお迎え?! ぎょへ。

 返事まで若干の間があった俺にスマホ越しに刃斬が笑う気配がした。笑い事ではない。そう言いたかったが、なんとか言葉を飲む。

【すぐ戻るから、双子と遊んでろ】

 遊ぶ…ねぇ。

 なんとも不安が残る一言だったが、これは全て杞憂となる。何故ならこの日。出会って数分で俺と双子は普通に仲良しになってしまうからだ。

 お掃除当番としての責務を全うしてからクラスメートと別れを告げ、一目散に走って向かう先は学校裏にある小さな公園。こじんまりとした公園に似合わないシルエットを見つけて入口で足を止めた。

 一人は真剣にスマホを持ちながら原っぱに寝そべり、一人は絶対に登るべきではないイカの形をしたそれなりに大きな滑り台の天辺で日向ぼっこをしている。

 か、関わりたくねーっ!!

『おや来ましたネ。宋平ちゃん、お勤めお疲れ様ですネ』

『ご到着! はい今降りるヨ~』

 わらわらと集まって来た双子にお迎えのお礼を言ってから一緒に歩き出す。

『待つヨ! まだ完治してないって話、無理をさせてはいけないヨ』

『そうだったネ? おいで、宋平ちゃん。我が運んであげましょう』

 すっかり荷物と化した松葉杖を見て心配したらしい。黒河が片膝を着いてから手を伸ばすのでお言葉に甘えて運んでもらう。

 刃斬よりも筋肉が多いのかみっちりとした片腕に軽々と乗せられて驚く俺と、黒河。

 いや、なんでお前まで俺を見てビビってんの。

『…軽過ぎるネ…。吹けば飛んでしまう、これは刃斬君が心配する訳だネ…』

『いやそんなまさか』

 歩き出した双子によると車がこの辺まで入れなそうだったようで、大通りに停めてあるらしい。それまで三人でお喋りをしていたがここで重大な事実が判明する。

『えっ?! 二人ともっ、やってるんですか?!』

『やってるネ!』

『さっきも兄者がやってたヨ!』

 何ということだ!!

 キミチキとは【キミと旅するチキチキ道中!】というゲームの略称であり、この間刃斬がくれたパジャマもこのゲームのもの。ゲームの顔とも呼べるマスコットキャラクターの名前は【ポロポッチ】という柴犬風の可愛らしい子だ。

 ジャンルはシュミレーターゲームで、主な内容は主人公とポロポッチが一緒に異世界を旅して色々なことをするもの。ゲーム内容はプレイヤーによってかなり変わることで有名なまったりとした、しかし最近は根強い人気のあるゲームなのだ。

 これは俺が初めて兄ちゃんからスマホにダウンロードしてもらった思い出のゲーム。勿論今でもやってる。

『えー嬉しいっ、キミチキ! やってる人って周りには全然いなくて…人気なのにってヤキモキしてたから凄く嬉しいです!』

『わかるネ~。内容も手広くやってるからハマると辛いんですよ、時間なくて』

『まったりゲームだからだヨ! 最近のゲームはアクションとかキャラデザ重視なご時世!』

 大好きなゲームの話で盛り上がり、道中はずっと喋りっぱなしだった。車に乗ってからは二人にプレイ画面を見せてもらったりして更に興奮していた。

『めっちゃ課金してる! めっちゃガチャしてる!』

『あはは! 仕方ないネ! 我々、お金あっても時間足りない系のプレイヤーだからネ』

『時短アイテムは助かるヨ! その代わりイベント時期は辛いんだヨ~』

 俺と全くの逆じゃないか。

 重課金系のアイテムや見たこともないゲームマネー額に辟易としている俺とは逆に、双子の方は俺の画面を見てイベントの記念アイテムなどを懐かしがっている。

『もっと話そう!?』

『あはは、すっかり弟分が懐いてくれたネ~。良いネ。アジトで腰を据えて話そうネ』

『これぞゲームパワーヨ! わはは、帰って来た奴等に自慢してやるヨ~』

 今年三十九歳だという二人と、早々に話せる話題などないのではと危惧していたのに蓋を開けてみればこの有様だ。

 早めに仕事を切り上げて帰って来た幹部たちは仲睦まじくソファに並んで座りながらスマホを持つ俺たちの姿に驚くことになるのだが、ここから更に一悶着起こるなんて誰が予想しただろうか。

 わかることは、ただ一つ。

 キミチキ! 最高!!


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