いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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大好きなのに

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『は、わわ…』

 こんなにゲームについて語れるなんて最高!

『うっ、うう』

 しかも二人とも凄く聞き上手に話し上手だ。ああ、こんなに語れたのは人生で初めてかもしれない。家でもみんな途中で辞めちゃったし。

『ひん』

 楽しいなぁ!

『ソーヘーを返しやがれ泥棒猫ツインズが!! なんなんだコイツらっ、ソーヘーがっ…ソーヘーがあんなに楽しそうにっ…!!

 ブッ殺す!!』

 あれ。アニキたち帰ってたのか!

 溜まり部屋ではなくボスのフロアに案内され、三人でキミチキ! の過去のイベント映像なんかを見て楽しく過ごしていたら猿石と犬飼が先に戻って来た。

 何故か敵意剥き出しで怒り狂う猿石を他所に、犬飼は軽く手を振ってからお茶を淹れに行ってしまう。

『えー。兄者どーするヨー? なんかキーキー言ってるヨ~』

『猿だからネ。しょうがないネ』

 左右に座る双子が何故か煽るようにそう言ってから身体を寄せて来る。

 あ、ごめん。画面見えなかった?

『~っ?! 殺す!! 今、ここでブチ殺す!!』

『外行け外ー。ボスにお前が殺されるぞー』

 お盆に人数分のお茶を乗せて持って来てくれた犬飼にお礼を言ってから湯呑みを持つ。だけどまだ熱かったようでアチ、と声を上げるとすぐに黒河がそれを奪い取り白澄が手の具合を見てくれる。

『おやおや、熱かったですネ? あ。我は皮膚分厚いんで問題ないですからネ』

『冷ましてあげるヨ! フーフーしてやる?』

 何故か先程から妙に双子がニヤニヤしている。見せつけるようにするその視線は、エレベーターの前に立つ猿石に向けられたものかと理解する。

 おいおい、小学生かアンタら…。

 猿石に声を掛けようとした瞬間、エレベーターが更なる住人を乗せてやって来る。中から現れたのはボスと刃斬だが、目の前にいる猿石に文句を言って蹴りを入れた。

 だが、

 刃斬の蹴りで猿石はピクリとも動かない。

『うおっ?!』

 刹那。部屋に広がる強力なアルファの威嚇。しかし、たまにある猿石の癇癪とは様子が異なる。次々と周囲が頭を抱えたり鼻を押さえる。

 は? な、なんだこれ…?

『どうしたの? え、なに?』

 すぐ隣の双子に声を掛けると更なるフェロモンの放出が始まる。ボスですら足を止めるそれにいよいよヤバいのではと立ち上がった。

『はは…! スゲーや、こりゃ!! というか、この中でピンピンしてるとかやっぱ宋平くんヤバすぎ!』

『っ、クソ…! 宋平! 気を付けろ、こりゃだ!!』

 え? ラットだって?

 ピンと来ないのも当然だ。だってラットとは、世間一般的にはアルファとオメガの間に起こるのが普通であり、アルファがオメガへの庇護欲ひごよくを暴発させた末に起こる現象。

 つまり、簡単に言うと…

 俺のオメガを見るな! 触るな! 取るな! みたいな状態ってこと。この場にオメガなんていないし、ラットの主な対象はオメガはオメガでも番のオメガ。

 猿石のアルファ性は普通とはかけ離れているから特殊なラットなんだろう。だからこそ、これを浴びると他のアルファは大ダメージだしベータなら失神もの。

 いやぁ…バランサー状態で助かった。

『よし、行きます』

 ソファから立ち上がって猿石に駆け寄る。不安定な彼に手を伸ばしたら、初めて俺は猿石にその手をはたき落とされた。

『てめ、クソ猿っ!!』

『触んなッ!! 俺に触んな、お前なんか嫌いだ! くそっ、痛ぇ…なんなんだよ、どいつもこいつもっ! 俺の心臓痛くすんな!!』

 叫び声に同調するように強くなるラット。周囲から苦しげな呻き声が聞こえる。そりゃ対アルファ用の威嚇なんだから無理もない。

 息を吸って、吐いて…俺は目の前の男に向き合う。

『アニキ』

『ッ呼ぶな!! あっち行け、バカ!!』

『そっ。でも、出て行く前に一個だけ言いたいことがあるんだけど』

 怒りに染まった金色の瞳と、ようやく目が合う。俺の大好きな金色の綺麗な瞳。ちゃんと目が合ったのが嬉しくて笑ったら、猿石は怯えたように一歩、下がる。

『この間、言ってくれたでしょ。君、凄く大きな声で俺に…だいすきー! って。嬉しかったんだ。とっても、嬉しかった。

 でも、大好きだって言われたのに…俺はお返ししてなかったからさ』

 スッ、と息を呑んでからニヤリと笑う。

『俺もっ!! 俺もアニキのこと、

 大好きだよーッ!! っは、なにこれクソ恥ずかしいんですけど!』

 真っ赤になったであろう顔のまま照れ隠しで笑えば、キョトンとした猿石が口をぱっかりと開ける。

『ごめんなさいねぇ、嫌いな男に大好きなんて言われてさぞや最悪な気分でしょうが…現実です。

 じゃ、嫌いな男はこれにて去ります。…ごめんね。おにぎり作るって約束したのに。誰か別の大好きな人に作ってもらってくださいね』

 松葉杖を拾ってエレベーターに向かおうとすると、後ろから小さな声がした。すれ違った際に座り込んだ猿石からだ。

『だ、…や、だ…』

『やだ、やだっ…! ソーヘーの作ったおにぎりじゃなきゃヤダ!! 誰だよ別の人って?! そんな奴やだっ、ソーヘーがいいっ!

 俺が先に大好きって言ったのにぃ…っ、』

『だって嫌いなんでしょう? じゃあ仕方ないですよ』

 ぶんぶんと首を横に振る猿石。目に涙を溜めた姿にギョッとすると、泣き声も上げずにボタボタとそれを流し始める。

『…きらいじゃない。嘘ついた…っ、叩いてごめん…あれ? 俺ソーヘー叩いた…?』

 どうやらラットで気が動転していたらしい。みるみると顔が青白くなる猿石にこっちが心配になる。

『うわぁあああっ!! 俺ソーヘー叩いた!! 叩いたんだぁあああ』

 コツン、とポケットからサングラスを落として非常用の扉を突き破る勢いでタックルし、外に通じる道を駆け出してしまった猿石。

『あ!! あの馬鹿! オイ馬鹿帰って来い、今日まだ太陽が…』

 ぎゃぁああ、という叫び声がして周囲のメンバーが頭を抱えた。尋常じゃない叫び声に慌てて周囲を見渡すと刃斬がサングラスを指差す。

『…アイツはな、先天性の目の病で太陽の光がダメなんだよ。電気も微妙だ。今は精神的な負荷と涙、後はまぁ角膜も傷付いてたんだろ…』

『スリーアウト…』

 ボソッと呟く犬飼だがそんなこと言ってる場合じゃない。慌てて現場に向かうと丁度外からフラフラと目を押さえながら帰って来た。

 倒れるように座り込む猿石をすぐに抱きしめてから自分の膝の方に頭が来るようにしてあげると、震えながら俺の服を握った。

『えっと…触っても良い?』

 キッ、と白目の部分が真っ赤になった瞳に睨まれる。思わず両手を上げて降参のポーズをすると、途端に悲しげな顔をして丸くなってしまう。

『さっきちゃんと謝ってくれたでしょ? もう怒ってませんよ。びっくりしましたね? 大丈夫、ちゃんと此処にいますよ』

『ぇ…?』

 よしよしと膝に乗る猿石を慰めていると、目を押さえた猿石が寝転がりながら座る俺を抱えるようにしてから尋ねる。

『本当か…? 俺のことも大好きなままだし、弐条会にもいてくれるか?』

『本当ですよ。誰かさんが特に心配でしょうがないんでね。全くもう、次に嫌いだなんて言ったら張り手しますから』

 ぎゅうぎゅうとしがみ付く猿石を撫でつつ、先生を呼ぶ。すぐに来てくれた先生は猿石の目を見てすぐに顔を顰めた。

『…いい大人が自分の弱点を晒すな。この子の護衛を名乗るくらいなら出来なくとも完璧を貼り付けろ』

 治療をしてから最後に目薬をさされると暴れたせいで失敗したらしい。再び悲鳴を上げた猿石が俺のお腹に突っ込む。ソファに座りながら頭を撫でていると先生が俺に目薬を投げた。

 あ、お前がやれ…と。はいはい。

『はーい。頑張って目を開いて下さいねー、すぐに終わりますよー』

『まんま医者の言い回しで笑うわ』

 犬飼にクッションを投げ付ける猿石。ノールックなのに的中する辺りが流石だ。

 何度も励まして無事に両目に目薬が落ち、すっかり意気消沈した猿石がソファに横になる。丁寧に頭を撫でていると俺のお腹に顔を押し付けたまま寝てしまった。

『終わりましたよ。…一応起きた時も俺はいた方が良いかと』

『そうですね。突発性のアルファ特有のラット。しかし、彼の場合は血筋も少々異質な上に高いアルファ性があります。

 宋平さえいればなんとかなるでしょう。目薬は一日三回、サングラスは必須。室内でもあまりサングラスを外さないように。それでは』

 相変わらず長居は無用な先生はすぐに荷物を纏めて帰ろうとする。手を振る俺に気付いた先生はピタリと止まると眉間に皺を寄せてから俺の頬に手を当てた。

『…隈がありますね』

 ビクッ。

 医者の鋭い指摘にガクガクと震えると、少し様子を見てから目尻を撫でられた。

『何かあったらすぐに来なさい。良いですね?』

 何度も頷くと先生も満足したようでフロアを出て行く。医務室に強制連行されなくて良かったと思いつつ、膝に乗せた猿石の頭を撫で続けた。

 その後すぐに目を覚ました猿石は暫く俺の後ろから離れなかった。


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