いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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アルファ野郎

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『…どうかな?』

 長い夏休みにも、いよいよ終わりが見えてきた。大きな貸しを作った蒼二から手厚い夏休みの宿題のサポートを得て、憂いはない。

 いや、一つあったのでそれを晴しに来た。

『うんうん。良いんじゃない? 宋ちゃんは下手にアクセサリーとか付けない方が似合うよ』

『うん…。無くしそうで怖いし、止めとく』

 バイト終わりの自宅にて、蒼二と帰り道にショッピングをして買った服を改めて部屋で着てみる。回転椅子に座る蒼二は似合うと絶賛してくれた。

『ふーん。コラボカフェねぇ…。これ絶対向こうの人と行くんでしょ?! というか、その上の空っぽい仕草! 絶対あの男とでしょ!』

『蒼二うるさい』

『お兄様でしょ!』

 古くなってきたからと、蒼二が靴も新調してくれたので履いてみる。一目惚れしたスニーカーはピッタリと合う。

『…はぁ。もう…、相手に張り合うくらい出来るのに。なんなら国家レベルの重要人物なのに。

 難儀だね、バランサーは。本当に後悔するかもしれないんだから奪い取る、くらいの意気込みで行ったら?』

『だって…オメガにはなれても、ウチは普通の家だし。ボスだってこんな子どもは嫌だよ、きっと』

『相手も十七って言ってたじゃん?! 誤差でしょ、そんなん! だってだの、きっとだの。相変わらず宋ちゃんは…って。

 これは俺のせいだよね…ごめん』

 首を横に振って否定する。

 辰見にいざという時の着替えを持って来るように言われていたのでリュックの中に詰める。怪我の頻発ひんぱつのせいだ。

 キミチキ! のコラボカフェの前にアジトに寄って辰見のところへ来た。怪我の具合を見た彼は満足気に頷いてから笑った。

『綺麗に塞がってる。傷跡も少しずつ薄くなるだろう』
 
『よっしゃ!』

 医務室でピョンピョン飛び上がると先生も嬉しそうに電子カルテに怪我の経過を記録するがイマイチ調子が悪いようで書体に変えてた。その間に持ってきた着替えを詰めたり、要らなくなった松葉杖を綺麗に拭いて返す。

『これから学校が始まるから、正体はこちら側にも敵にもバレないように。…夏が終わったらサイズの大きな服で体型を隠すのも良い。

 この間の反省を活かして動き易さを重視したゴーグルと手袋を用意しておいた。仮面やフルフェイスでは目立つから』

『おお、全部真っ黒…。でもありがとう、先生。俺の変身セットだ!』

 カゴに沢山詰められた服を見ていると何人か患者さんが来て辰見が無言のまま俺のいる場所のカーテンを閉める。相変わらずヤクザの仕事は嫌なんだな、と苦笑いで静かに過ごしていた。

 そんな時、アジト全体に鳴り響く警報。まだ朝の静かなアジトは二度目の警報によって全員が叩き起こされる。

 …今回は何もしてないぞ?

『また襲撃?』

『…様子を見て来る。君は此処にいなさい、今は弐条や刃斬は出払っているはずだから』

 そうか。午前中はいないって言ってたから他の幹部が仕切ってるのか。医務室でスマホを抱えながら待って暫く経つと、辰見が顔を真っ青にしたまま戻る。

『襲撃だ…、しかもかなり大掛かりで既に包囲されつつある。周到だな。いや、それだけなら想定内だ。しかし問題が起こった…

 現在、このアジトには幹部は誰もいない。それどころか他の兄弟関係のところや馴染みの店に問題が起きて幹部に近い階級の部下も出払っているらしい。

 これほど手薄な状態で奇襲を受けたら一溜りもないぞ…』

 辰見からの衝撃的な話を聞き、すぐに残っているメンバーがいるロビーへと向かう。その場に混乱はないが誰もが不安を隠し切れていない。

 しかし彼らは辰見と一緒に降りて来た俺を見て一気に顔に生気を取り戻して俺の名前を口々に、集まる。

『宋平…! お前来てたのか!』

『おい、どうする! 取り敢えず宋平だけでも逃がさねーと…』

『馬鹿! この状況で外に出す方が危険だ、何が起こるかわからねぇ! こんな大襲撃は久方振りだ…』

 襲撃に関しては見張りが目で確認している。そして何より重要なのが、通信機器だ。今日は朝から繋がりにくい電波状況だったらしいが先程からそれが閉ざされるも、これは経験があるので冷静でいられる。

『どうやら幹部の方も各自、襲撃を受けて少しずつ予定がズレてアジトに誰も戻っていない状況が発生したらしいな。

 …宋平?!』

 辰見を置いて一人、エレベーターに乗る。医務室に着くと買ってもらったばかりの服に着替えてゴーグルを装着する。キャップとフードを深く被り、手袋をしてから新品のスニーカーで床を蹴る。

 非常階段から降りて周囲を観察。確かにあらゆる場所から人の気配が集まりつつある。

『よし』

 コントローラーを呼び出してボタンを押し、更に強いアルファへと変化する。一時的に肉体が変わって正体がバレないよう前傾姿勢になり、動き出す。

 階段を降りて二階辺りまで来るとかなりの敵の数が揃っている。幹部がいないのも敵の計算の内かはわからない。それでも、まだ戦っていない今なら俺の方に分がある。

『っ誰だ!?』

 一人が俺の威嚇フェロモンに気付くと次々と視線がこちらに向く。階段から飛び降りて地面に降り立つと、普段と姿勢を変えて構える。

 刹那、自ら放たれた上位アルファの圧倒的な力により敵は混乱し始める。一体どういうことだと口にする様子に一歩、近付く。

『幹部は全員出払ったはず…! 何故こんな上位アルファがいる?!』

 混乱しつつ銃を取り出す連中に更なる威嚇フェロモンを叩き付けて、圧倒的な力の差で顔を上げる気力すら奪い取る。

 確かボスや猿石の威嚇フェロモン、こんな感じだったから真似してみたけど…やっぱり全員が気絶とまではいかないか。あの二人は別格だ。

 残って戦えるのはまだ数十人はいる。武器なんて使えないし、手袋をした手を構えてから走り出す。乱射される銃を避けて走り、敵の中に入り込んで立ち回ることで銃の使用が出来ないようにした。敵からしたら小さな身体を駆使して、死角から蹴り上げたりタイミングを見計らって同士討ちにさせる。

 気付けば脇腹が痛くて、息も忘れて戦っていたのかと笑う。

『っ…なんだ、この化け物…!』

 ああ。久しぶりに言われた。酷いな、そんなことを言うなんて。

『ぐあっ…! こ、のッ!!』

 男が持つナイフをかわして顎に一発くれてやる。呆気なく倒れた男を見下ろすと、まだ残っていた敵が一斉に襲い掛かってきた。

 再び戦闘態勢に入ろうとしたら、横から物凄い勢いで伸びてきた足に対応出来ず腕でガードしつつ、吹っ飛ばされる。

『…ふーん。防げるんですネー』

 く、黒河?!

 気付けば実行部隊が割って入り、残っていた敵を一掃していた。時間をかけ過ぎて皆が帰って来たのだと内心慌ててしまい、足がもつれる。

『というか、何故お前が我々のアジトに背を向けるのですかネ? 意味がわからない。取り敢えず気絶させて色々吐いてもらいますネ!』

 ヤバいっ! ダメなんだよぉ…! 双子は単純に戦闘能力とか経験値が凄過ぎて技術が追い付かない!

『っ…!』

『あは! 全然ダメ、足にも腰にも、ケツにも力入って無さすぎネ! ポテンシャル高いだけの金の卵じゃ割れてすぐにお終いです、ネっ!!』

 ガードしても何の意味もない。一発の拳の威力が桁違いに重くて泣きそうになる。

 っいっ、てぇー!!

『あまり構っていられないんですよネ。中にいる可愛い弟分の安否が心配なもので』

 黒河も部下が心配で早く来たのか…。だからこんなに力が乗ってるのか、納得だけど。

 兎に角、黒河が来たならとっとと逃げよう。…いや。逃げたいのは山々なんだ!

『く、…!』

 あまりの体格差と、腕や足のリーチの長さ。勝てる要素が一つもない。ならばと唯一張り合えるアルファの威嚇フェロモンを放つも、目をギラギラさせてそれに耐えて踏み留まる姿は鬼神だ。

 どう逃げようか判断を迷っていたら、アジトから辰見の叫び声がした。

『魚神兄!! そんな奴の相手をしている場合ではない! 宋平がいなくなった、早く探すのを手伝え!』

 せ、先生ぇえ!!

『宋平ちゃんが…?!』

 今までどこにも隙がなかったのに、辰見の言葉で黒河の意識がそっちに向いた。その隙を逃さず走り出せば黒河の舌打ちが聞こえはしたが、追うつもりはないらしい。

 全速力で逃げるとパーカーを脱いでゴーグルと帽子を外す。ふと足元を見ると買ってもらったばかりのスニーカーにはナイフが当たったのか、表面がバッサリと切られてもう履けない有様になっている。

 アジトの裏に辰見の車が置いてあったので、その下に靴と服を隠す。靴下のまま歩いてアジトの中に入ろうと駆け出した時。

 建物の陰から現れた残党が、鉄パイプを振り上げた。目が合うと血走った眼をギョロリと動かし…口はニタリと笑うのだ。あまりに狂気的な様子に完全に動きが止まってしまう中、反射的に腕を伸ばす。

 ガッ、と鉄パイプを掴んで奪い取って今度は俺が男にそれをお見舞いしてやるが同時に隠れていたもう片方の手に持っていた警棒のようなもので腹を殴られる。互いに軽く吹っ飛んで地面に倒れた。

『おい…! ベータのガキだぞ、早く連れてけ!』

『おっ! よくやった! 手ぶらで帰ったらアイツらまたウルセーからな。口だけはよく動きやがる』

 ぞろぞろと逃げたはずの敵の残党が集まり、囲まれる。手足を拘束されて俵担ぎにされるとそのまま攫われそうになり、あることを思い出す。

 ベータ誘拐犯共か…!

 暴れ回ったツケと、お腹の痛みで上手く抵抗が出来ない。声を上げようとした瞬間、口をテープで塞がれて声が出せなくなってしまう。

 っクソ! こうなったらアルファになって抜け出すしかない!

 コントローラーを呼び出してアルファに切り替え、威嚇フェロモンを出して態勢を崩す。気絶こそしないが足を止めて力が緩んだ瞬間、全員を蹴り倒してアジトに向かって全速力で走る。

『宋平ちゃん!!』

 裏口に向かっていたら中から開いて黒河が飛び出して来た。

 良かったー!! 今度は味方だよ、本当敵だと嫌だわ!!

 腕を広げる彼の胸元に飛び込むとすぐに抱き上げられて口に貼られたテープを剥がされる。黒河の指示ですぐに中から出て来た実行部隊によって敵は捕縛ほばくされた。

『疲れた…』

『え?! ちょ、宋平ちゃん? えーっ、この子ってば寝そうだネ?! 嘘でしょ、催眠薬でも飲まされたのコレ!?』

 アタフタする黒河にしがみ付き、疲れが限界突破してコロっと眠りにつく。もう相手をするのは御免だからしっかりと黒河のサスペンダーを握り締めた。

 まだ回線が復活しないこの瞬間もボスが待ち合わせ場所でずっと俺を待っていると知らない俺は、力の使い過ぎによる症状から深い眠りにつくのだった。


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