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常春に誘う
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…此処は、どこ…?
【やっぱり寝ちゃったわ。きっと病院までぐっすりよ】
ふと目を覚ますと、そこは海ではない。雪の気配すら感じさせない春の陽気が窓から差し込むので車内は凄く暖かい。
そう。そこは、車の中だった。
【宋平は本当に猫みたいだな。ずっと寝てる】
後部座席の助手席の後ろに座っている俺には、きちんとシートベルトがされていた。まさか弐条会の車かとキョロキョロと周囲を見渡すが、中にいるのは三人。運転席に座る男性と助手席に座る女性。
見知らぬ二人に、何故か声が出せない俺は黙ったまま座っている。
…何処に向かってるんだろう?
【今日はお誕生日だから帰ったらパーティーね。…病院の検査で詳しいことがわかると良いけど】
【そうだな。…大丈夫、バース性に詳しい先生らしいから、きっと何かわかる】
まるで夢の中にいるような不思議な居心地。ふと振り返った女性の顔を見た瞬間、俺は声なき言葉を上げて…涙が溢れた。
女性は肩まで伸ばした髪を揺らし、愛おしげな瞳に俺を写す。
【起きたの! …ふふ、目がしょもしょもしてる】
【起きたか?! 二回目のおはようだぞ~宋平】
お母さん…、お父さん。
二人が亡くなってから俺はその記憶を閉ざすように二人の顔を忘れてしまった。兄ちゃんは、まだ小さかったから仕方ないと言ったけど…気を遣って家ではあまり二人の写真や動画を俺の目に触れないようにしていた。
【…なんだか不安そう。お兄ちゃんたちがいないから? 宋平はお兄ちゃんたち大好きだもんね】
【末っ子だもんな。…いや宋平は比較的、人懐っこいか】
車内は暫く二人の声で溢れ、楽しかった。
兄ちゃんの高校生活、双子はもうすぐ中学生。そして俺は小学生になる。二人の会話の内容は全て子どもたちのものだと気付き、楽しい車内なのに…どうしようもなく悲しくなった。
暫くして、
車内が突然静かになる。
そっか…このまま事故に遭うのか。本当は、俺も二人と一緒に此処で終われば良かった。五歳児なんて手の掛かる弟が生き残ってしまったから、兄ちゃんは学校を辞めて働き…双子は家のことやら忙しくなる。
俺も、二人と一緒にこのまま…。
何処かで聞こえる着信音。
運命の独特な始まりの音に驚いて閉じていた目を開けると、何故か車は停車していた。
【宋平】
お母さんの声に、肩を揺らす。
【行きなさい、宋平。貴方はまだよ】
いつの間にかシートベルトが取れている。慌ててお母さんの言葉に嫌だと首を振ると、バックミラー越しにお父さんと目が合う。
【大丈夫だ。外にお迎えが来てくれてるから】
車のドアが開けられる。向こう側にいる人は、暖かな春の陽気の中で手を伸ばしている。思わず腰を浮かせてその人の元に行こうとしたけど、二人を置いて行けなくてシートに戻った。
【宋平】
まるで背中を押すように、両親が名前を呼ぶ。
【お兄ちゃんたちと仲良くね】
【宋平が生きていてくれて、嬉しいんだ。いっておいで】
もう一度外を見る。相変わらず自分を待つその人を見ていると、心が惹かれて仕方ない。
綺麗な濡れ羽色の髪を風に揺らし、一度見たら虜になってしまうような美しい赤黒い瞳。声は出ていなかったけど口が、確かに俺の名前を呼んだのがわかる。
…あっちに、行きたい…。
『お母さん…、お父さん…』
あんなに出なかったはずの声が、すんなりと出る。大きくなったはずの俺も…声も。知らないはずの二人が微笑むのがわかった。
『行っても良い…?』
勿論、と頷く二人に…いってきますの挨拶をしてから目を逸らした。
車から降りて走り出す。走って来た俺に嬉しそうに笑ったその人は、両腕を目一杯伸ばして待っていてくれた。飛び付いた俺をものともせず受け止めた人をしっかりと抱きしめる。
ふと振り返ると、車が発車して行ってしまう。思わず声を上げて車を追い掛けようとする俺を彼は止め、再び自分の腕の中に収めた。
何度も大丈夫、大丈夫と声を掛ける人と一緒に小さくなって見えなくなる車を見送った。子どものように泣く俺を、彼はずっと慰めて傍にいてくれた。やがて落ち着いて来ると、涙を止めた俺を褒めてから優しく手を引いてくれる。
一緒に。
今度こそ、と言う彼に何のことかよくわからなかったけど…一緒なら、良いか。と笑って頷いた。
振り返った先にはもう何もない。だけど俺は今度は笑顔のまま手を振り、迎えに来てくれた人と共に道の先へと進んで行った。
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【やっぱり寝ちゃったわ。きっと病院までぐっすりよ】
ふと目を覚ますと、そこは海ではない。雪の気配すら感じさせない春の陽気が窓から差し込むので車内は凄く暖かい。
そう。そこは、車の中だった。
【宋平は本当に猫みたいだな。ずっと寝てる】
後部座席の助手席の後ろに座っている俺には、きちんとシートベルトがされていた。まさか弐条会の車かとキョロキョロと周囲を見渡すが、中にいるのは三人。運転席に座る男性と助手席に座る女性。
見知らぬ二人に、何故か声が出せない俺は黙ったまま座っている。
…何処に向かってるんだろう?
【今日はお誕生日だから帰ったらパーティーね。…病院の検査で詳しいことがわかると良いけど】
【そうだな。…大丈夫、バース性に詳しい先生らしいから、きっと何かわかる】
まるで夢の中にいるような不思議な居心地。ふと振り返った女性の顔を見た瞬間、俺は声なき言葉を上げて…涙が溢れた。
女性は肩まで伸ばした髪を揺らし、愛おしげな瞳に俺を写す。
【起きたの! …ふふ、目がしょもしょもしてる】
【起きたか?! 二回目のおはようだぞ~宋平】
お母さん…、お父さん。
二人が亡くなってから俺はその記憶を閉ざすように二人の顔を忘れてしまった。兄ちゃんは、まだ小さかったから仕方ないと言ったけど…気を遣って家ではあまり二人の写真や動画を俺の目に触れないようにしていた。
【…なんだか不安そう。お兄ちゃんたちがいないから? 宋平はお兄ちゃんたち大好きだもんね】
【末っ子だもんな。…いや宋平は比較的、人懐っこいか】
車内は暫く二人の声で溢れ、楽しかった。
兄ちゃんの高校生活、双子はもうすぐ中学生。そして俺は小学生になる。二人の会話の内容は全て子どもたちのものだと気付き、楽しい車内なのに…どうしようもなく悲しくなった。
暫くして、
車内が突然静かになる。
そっか…このまま事故に遭うのか。本当は、俺も二人と一緒に此処で終われば良かった。五歳児なんて手の掛かる弟が生き残ってしまったから、兄ちゃんは学校を辞めて働き…双子は家のことやら忙しくなる。
俺も、二人と一緒にこのまま…。
何処かで聞こえる着信音。
運命の独特な始まりの音に驚いて閉じていた目を開けると、何故か車は停車していた。
【宋平】
お母さんの声に、肩を揺らす。
【行きなさい、宋平。貴方はまだよ】
いつの間にかシートベルトが取れている。慌ててお母さんの言葉に嫌だと首を振ると、バックミラー越しにお父さんと目が合う。
【大丈夫だ。外にお迎えが来てくれてるから】
車のドアが開けられる。向こう側にいる人は、暖かな春の陽気の中で手を伸ばしている。思わず腰を浮かせてその人の元に行こうとしたけど、二人を置いて行けなくてシートに戻った。
【宋平】
まるで背中を押すように、両親が名前を呼ぶ。
【お兄ちゃんたちと仲良くね】
【宋平が生きていてくれて、嬉しいんだ。いっておいで】
もう一度外を見る。相変わらず自分を待つその人を見ていると、心が惹かれて仕方ない。
綺麗な濡れ羽色の髪を風に揺らし、一度見たら虜になってしまうような美しい赤黒い瞳。声は出ていなかったけど口が、確かに俺の名前を呼んだのがわかる。
…あっちに、行きたい…。
『お母さん…、お父さん…』
あんなに出なかったはずの声が、すんなりと出る。大きくなったはずの俺も…声も。知らないはずの二人が微笑むのがわかった。
『行っても良い…?』
勿論、と頷く二人に…いってきますの挨拶をしてから目を逸らした。
車から降りて走り出す。走って来た俺に嬉しそうに笑ったその人は、両腕を目一杯伸ばして待っていてくれた。飛び付いた俺をものともせず受け止めた人をしっかりと抱きしめる。
ふと振り返ると、車が発車して行ってしまう。思わず声を上げて車を追い掛けようとする俺を彼は止め、再び自分の腕の中に収めた。
何度も大丈夫、大丈夫と声を掛ける人と一緒に小さくなって見えなくなる車を見送った。子どものように泣く俺を、彼はずっと慰めて傍にいてくれた。やがて落ち着いて来ると、涙を止めた俺を褒めてから優しく手を引いてくれる。
一緒に。
今度こそ、と言う彼に何のことかよくわからなかったけど…一緒なら、良いか。と笑って頷いた。
振り返った先にはもう何もない。だけど俺は今度は笑顔のまま手を振り、迎えに来てくれた人と共に道の先へと進んで行った。
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