いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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後日談:甘い日に菓子を添えて

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 バレンタインデー。

 それは、甘いお菓子に気持ちを込めて親しい者へ贈るという近代イベント。中にはプレゼントや花束とかもあるらしいが、ポピュラーなのは菓子だろう。

 と、いうことで。

『…ふむ。なるほど、なるほ…いや待て。なんだ今の工程は?!』

 もう一回っ、とスマホの動画を巻き戻してからもう一度視聴する。

 バレンタインデーは過ぎたが、世の中はもうすぐホワイトデーだ!

『慈策さんには色々と貰っちゃったから。せめてホワイトデーに何か手作りのお菓子を作りたい!』

 そう。部屋の一番良い場所に飾られたポロポッチぬいぐるみに、毎日のように贈られる服やら靴やら。もう要らないと言っても全く止めないから、説得にはそれなりに時間が掛かった。

 刃斬が言うには、本当はもっと一緒にいたいのを我慢しているが故の行動らしい。

 慈策はあれからも毎日忙しそうに駆け回っている。

『イメトレはバッチリ。実行あるのみ』

 昨日の夜からこっそり集めた材料を持ってキッチンに立つが…、流石に仕事部屋でやったら一瞬でバレてしまう。

『うーん。アニキは仕事が遅くてまだ部屋で寝てるはずだし…』

 困ったな。使えるキッチンがない…。

『おや? どうしたの。そんな荷物抱えちゃって』

 仕事用フロアで材料を抱えながら途方に暮れていた俺に声を掛けたのは、犬飼だ。相変わらずシャツのボタンを開いてジャラジャラと装飾品を付けた彼は、笑みを浮かべながら首を傾げる。

『なんだ、そんなこと。ワタシの部屋のを使って良いよ。基本お湯沸かしてコップ洗って、惣菜あっためるしかしてない新品同然のキッチンだよ』

 材料と道具を持ってお邪魔するのは、居住区の中でも降りたことのないフロア。幾つか部屋はあるが、たった三つしか扉がない。

『此処は今はワタシしか住んでないんだよね。前は覚とその番、もう一つは刃斬サンがいたけど色々不便なことが多くて結局ワタシ一人。

 一番手前ね、はいどうぞー』

 後ろから伸びた手が扉を開けると、部屋から犬飼の付ける香水の匂いがフワッと香る。お邪魔します…と声を上げてから靴を脱ぐと、そのままで良いのか犬飼は靴下のままズンズン歩く。急いで替えの靴下を履くと、先に行った彼を追い掛ける。

『ワタシは甘いもの好きだし、好きに使って全然良いからね! 冷蔵庫も好きに使って良いし、一応氷とかもあるから。

 あ! アレ、電子レンジ兼オーブン。ゴミ箱はそっち。わかんないことあったら隣の部屋で仕事してるから、気軽に声掛けてね~』

 じゃっ! と言って隣の部屋に入った犬飼。怒涛の説明で相槌しか打てなかったが、気を取り直して材料を並べたり計量を始め、忘れないようオーブンの余熱を開始。

 俺のホワイトデーの始まりだ!

 慣れない作業だが、お気に入りのエプロンをして動画を見つつお菓子を作っていく。

『ふぅ…。時間掛かっちゃった。もうお昼になるのか。慈策さんは今日も夜遅いから時間はいくらでもあるけどさ~』

 時間の掛かるお菓子をチョイスしたので、二時間近く掛かってしまった。俺の手際が悪いせいでもある。

『しまった。作ることばっかりでラッピングのこと考えてなかったな』

 折角なら少し可愛らしく包みたい。しかし、ラッピングの材料は持っていなかったのでどうしようかと悩んでいた。

『うわ。めっちゃ良い匂いするわ…。宋平くーん、ワタシお腹空いちゃったから何か食べに行かない?』

 ガチャリと扉が開くと、二時間ガッツリ仕事をしていた犬飼が出て来た。前髪をピンで留めた可愛らしい姿に少し笑いつつ、交渉の為に彼に近付く。

『犬飼さん! お昼好きなもの作りますし、なんならデザートもお付けするので買い物に連れて行ってください!』

『買い物? 別に良いけど…、え?! ていうかお昼作ってくれんの? わーい、ラッキー』

 とは言っても犬飼のキッチンにはカップラーメンくらいしかなかったので、仕事用フロアのキッチンでリクエストの親子丼を振る舞う。

『うまーっ! あー最高、このお出汁の効いた玉子が良い…。鶏肉も沢山で美味い!』

『ありがとう…。でもごめんなさい、三つ葉だけなくて…』

『良いってそんなん! ワタシこのクタクタの玉葱が大好きでさ~、嬉しいんだけどー』

 美味い美味いとガツガツと食べ進める犬飼。俺も一緒に親子丼を食べていると、ふと動きを止めた犬飼にどうしたのか問いかける。

『…あは。ごめん…、その。おかわりってある?』

『早っ!! ありますけど、ちゃんとゆっくり食べてよ犬飼さん…』

 ごめーん、とソファから声がするのを聞きながらキッチンでおかわりをよそってから戻る。再び元気よく食べ始めた犬飼は二杯目で漸く満足したようで、お茶を飲みながら幸せそうに目を閉じた。

『ふぅ。ありがとう、宋平くん。めちゃくちゃ美味しかったよー』

『お粗末さまです』

 一息入れたら犬飼と、護衛として昼に起きた猿石と共に買い物に出た。ラッピングの材料を買うとアジトに戻り、再び犬飼の部屋でチョコレートを綺麗にラッピングして完成だ。

『はい、どうぞ。キッチンを貸していただいたお礼と日頃の感謝です』

 少し多めに入れたオランジェットが詰まった袋を持ち、犬飼は目を丸くした。その間に猿石にも甘めのやつを手渡すと大喜びで持ったまま駆け出してしまう。

『…すご。何これ、オレンジ…?』

『そうそう。オランジェット、砂糖漬けのオレンジを焼いて、チョコレートを付けたやつです。慈策さんと刃斬の兄貴はビターなやつで、他の皆はちょっと甘めのミルクとかホワイトチョコが付いたやつですよ』

 慈策さんのはちょっと豪華に箱に入れてみた。黒い箱に上はフィルムで中身が見えるようになったやつ。赤いリボンを付けたら完成。

『ホワイトデーだから…。慈策さんや皆に色々貰ってるから、お返しです』

『いやー…こちらこそ色々貰ってばっかで申し訳、って猿!! テメェちょっとは有り難みってもんを持てよ?!』

 バリバリと早速ラッピングを剥いでオランジェットを口に入れる猿石。犬飼の罵声もなんのその、もぐもぐと口を動かした猿石は笑顔で俺に飛び付く。

『甘くて美味い! ソーヘー、また作って!』

『はいはい。お気に召したようで何よりです』

 そんな俺たちを見て眉間を押さえた犬飼は、嬉しそうにオランジェットを一枚だけ取り出してから食べた。すぐにパッと目を輝かせた後、めちゃくちゃグーサインを出す彼に同じポーズを返す。

 後は、本命に渡すだけ…。

 慈策さんは凄く忙しい。正式に就任してからの方が、うんと忙しくなった。挨拶やら会合やら色々とやることが多いし、最初が肝心らしい。

 夜遅く帰って来て、寝て、また出掛ける彼の生活にはあまり隙がない。

『…ん』

『…宋平。今日はもう寝た方が…、多分まだ帰って来ませんよ』

 夜遅く。というかもう日付けが変わっている。そんな中でもチョコを渡したくてパジャマのままチョコを膝に置いて待っているが、一向に帰って来ない。

 何度も寝落ちしそうな俺を心配して覚が声を掛け、猿石はもう既に向かいのソファで爆睡している。

『でも…、っ…そうだね。もうホワイトデーも終わっちゃったし。感謝を伝えるのはいつでも良いはずだもんね…』

『…ソファで横になってなさい。仮眠室を整えて来ますから、そのまま寝ても良いですよ。運んであげる』

 素直に頷いてズリズリと横になる。あっという間に寝てしまったが、すぐに誰かに抱っこをされる感覚に薄ら意識を取り戻す。

『…あ。おかえりなさい、ボス』

『ああ。…宋平か? なんで此処にいる』

 ボス…、あ。慈策さん…?!

 良かった。今日も無事に帰って来てくれた!

『うーん。本当にこういうタイミングは悪いようで。…数時間前まで何の日か、わかります?』

『は? …なんか忘れてたか?』

 それから二人が何か会話する様子が続いたようだが、俺はその内容を知らずにそのまま眠ってしまった。なんだか久しぶりに心地良い眠りにつけて目を覚ますのが惜しいくらい。

 そんな中、目を覚ましたらソファではなく慈策の私室のベッドに寝かされていて遠くからシャワーの音が聞こえる。

『…あれ? 仮眠室じゃない?』

 やはり慈策のベッドに違いない。一人であろうとこのベッドで寝るものだから枕もちゃんと並んで一緒にあるのだ。

 スマホを見ればまだ朝の五時。変な時間に起きたなぁ、と顔を洗って歯磨きをしてから自分の部屋に行く。すると部屋のテーブルの上にラッピングしたチョコが置かれていた。

『良かった。何処に置いて来たかと思った』

 ホッと安心していると、部屋の外が何やら騒がしい。バタバタと足音がしていて彼にしては珍しく取り乱してるなぁと暢気に思っていたらノックをされて返事をする前にガチャリと扉が開く。

『っ、宋平…!』

『慈策さん! おかえりなさ、い?!』

 部屋に入って来た彼に台詞を言う前に抱きしめられ、そのまま胸に押し込められる。お風呂に入ったばかりの彼は温かくて良い匂いがするから俺から擦り寄る。

『すまねェ。寂しい思いをさせた…、まだ来たばっかりだってのに』

『ん。平気…ちゃんと無事で帰って来てくれるだけで、凄く嬉しいから』

 そう言うと更に抱きしめてくる慈策。離れようとしたらそうはさせまいと持ち上げられ、慌ててチョコを胸に抱く。

『…それ。俺の為に作ってくれたって? こんな婚約者にお前はまだそれをくれるか?』

『勿論っ! 貴方の為に作ったんで…、食べてください。いつもありがとう。此処に来れてとても幸せです』

 どうぞ、とチョコを渡せば俺を易々と片手で持ち上げた後で器用にチョコを受け取ってしまう。中を見てから嬉しそうに目尻を下げる人の姿に思わず胸が高鳴る。

『俺ァ幸せモンだなァ…、ありがとよ宋平。

 お返しってわけでもねェが、今日は一日休みを取った。俺にしてほしいことがあれば何でも言ってみな』

 一日休み?! それは凄い、今までそんなことなかったのに!

『本当に?! ぁ、えっと…じゃあ一つだけお願いがあって…』

『ん? 何でも言ってみろ』

 そっとバスローブを掴みながら視線を逸らしつつ、でもハッキリと答えた。

『今日はずっと傍にいてください…。

 その、…やっぱり…寂しかったから』

 今日だけ。と付け足すと慈策は息を飲んでからチョコをテーブルに置き、両腕を回してしっかりと俺を抱きしめる。俺も負けじとくっ付いた!

『…どんだけ嫌がっても離れてやんねェ』

『むしろ嬉しいです!!』

 一人の時間を埋めるように、その日は慈策とだけ過ごした。二人でオランジェットを食べて、美味しいと笑う彼を目に焼き付け、いっぱい話をして一日なんて一瞬で過ぎ去る。

 たまにはこんなご褒美の日も良い、素晴らしい。

 …だが!!

『お風呂とトイレは勘弁してっ!!』

『嫌がっても離れねェと、先に宣言してやったはずだがなァ?』

 変態!!

 変態ヤクザ!! 一番良い笑顔するな!!


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