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後日談:両腕にいっぱいの愛
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『う、ううっ、…う~っ!!』
号泣する俺とその手を引く白澄。側から見たら若干誘拐されていると勘違いされそうな絵面だが全く違う。
『泣ける…!! ぽろぽっちぃ!!』
『はいはい。感受性高い子はこっちにおいでなさいネ』
前を歩く黒河も、ずっと笑顔で俺の手を引く白澄も涙一つ落としていない。
時は春。劇場版キミチキ!の先行上映会を鑑賞した俺たちは会場を出て帰るところだ。ネタバレになるのでまだ何も語れないが俺は、今すぐパンフレットが欲しい。
『うぅーっ!!』
『まだ泣くヨ。本当に仕方ない子だヨ…、よいしょっと!』
見かねた白澄が俺を抱っこする。今日も今日とていつもの服装の二人は容姿もあって、かなり目立つ。そんな二人に甲斐甲斐しく面倒を見られる俺は一時は世間を騒がせた身。今日は身バレしないよう、しっかりと変装済みだ。眼鏡をして髪の毛も上げているから、いつもとはかなり印象が違うと思う。
『我はちょっとお話あるから、…愚弟。ウチの可愛い花嫁をよろしくネ』
『あいヨ、兄者』
白澄にハンカチで強引に顔を拭かれる。いつもなら何をするんだと、文句の一つも言いたくなるが今日はされるがまま。
早く語りてぇ…!!
『白澄ぅ…』
『はいはい。ちゃんとこの後、個室用意してるからそこで存分に話すと良いヨ』
流石…! 話がわかる!!
『泣いたり笑ったり忙しい子だヨ』
口ではそう言うくせに、向ける視線は優しい。大きな手の甲でスッと目元を撫でるとその手が冷たくて気持ち良い。泣いて熱を持った俺の肌には最適だった。
『…本当に熱いヨ。ちょっと大丈夫? まさか熱でも出たんじゃ…』
熱を持った俺の肌の温度に驚いたのか、施設内にある近くのソファに一緒に座るとおでこや首に手が置かれてしまう。大袈裟な白澄に大丈夫だよ、と笑っていたら人もまばらになってきた通りに機材の乗った大きな台車を押して通り掛かるスタッフがいた。
自分の背丈より大きな機材で、進む度にガタガタ揺れるそれを不安に思いながら見ていたら…案の定、床の小さな段差で機材がこちらに倒れて来た。すぐに白澄を引っ張って逃げようとした時。
ガッ、と彼が振り返ったと同時に聞き慣れない音がしたかと思えばいつの間にか胸の中にいてしっかりと腕が身体に回っている。
『ひっ…?!』
『…なんだ、堅気か。行って良いヨ』
バタバタと走り去るスタッフ。足元には真っ二つにされた機材が落ちていて、その理由は彼の持っている物だ。
『か、刀…』
一体何処に隠し持っていたのかというくらい、しっかりとした日本刀。鞘に入ったままのそれで機材を叩き折ったらしい。
どんな馬鹿力だよ…。
『ちょっとー。片付けて行きなヨ、全く。
宋平くん。大丈夫だった? ごめんヨー、大きな音させちゃって』
す、スゲェ…。流石は処理部隊隊長。というかこの人、刀まで扱うのか。
『白澄スゲェ! 刀? 見たい見たいっ、帰ったら見せてよ!』
『…もう。ちょっとは怖がるとかしてヨ。相変わらずワンコみたいに擦り寄って来てさ。可愛い弟だヨ…、あ。もう弟じゃないか』
弟分じゃない?!
そうか、と納得する。慈策さんの婚約者だから立場が上になってしまった。だけど俺たちの関係を表すのに他にどんな表現が最適だ?
『えー。やだ。刀使うお兄ちゃん欲しい、良いじゃん白澄』
そんなんカッコ良すぎる! 最強のお兄ちゃんが爆誕してしまうな!
『あー抜け駆けとは許せないネ。我だって色々使えるんだからネ? 刀なんてすぐ折れるし近接だからネ…ロケランとか撃てるけど』
ヌッと横から現れた黒河が俺の頭を撫でながらそう話すと、途端に俺は目を輝かせる。
ロ、ロケットランチャー?! 何処に放つ気だ!!
『黒河は毎回武器が奇想天外過ぎるよ…』
『早くて派手で良くない? …お前いつまで呆けてるネ。弟がデレたからってだらしない』
しっかりしろ、と足で蹴られる白澄。だけどその顔はなんだか嬉しそうで…穏やかだ。
『ふっ。残念だヨ、兄者…。やはり武器は男の子心を擽るもの。刀を使うオニイチャン!! 儂お兄ちゃん!!』
『うっさいわ愚弟が』
がはは、と笑う白澄に抱っこをされたままの俺。テンションマックスな白澄を放置して黒河に用事は終わったか聞く。
『終わったから行くかネ。…宋平ちゃん、目元ちょっと赤いネ。ホテルに濡れタオル頼んどくか』
『ホテル?』
『そっ。そろそろ他の幹部も集まってるはずだネ。ラウンジ貸し切ってるそうでネ、ボスの就任祝いにってある製薬会社の代表が用意したってさ。景色も良いしお茶にスイーツも出るから、新しい婚約者殿とごゆっくり…だそうだネ』
なんだその代表…、めちゃくちゃ良い人じゃん。
黒河がお土産、と言って貰った映画のポスターを持ちながらウキウキで外に出ると、ホテルはすぐ目の前だそうで三人で歩きながら向かう。
『着いたらいっぱい語ろうね! 映画公開したらまた行きたい!』
『モチ。…うん、良い反応。ちゃんと予算ぶち込んで正解だったネ』
『なーに?』
なんでもない、と笑う黒河が俺を守るように右手を取り未だに変なテンションの白澄が俺の左手を掴んでホテルの方へ向かう。すぐにホテルに着くと中に案内されてラウンジに入る。中には既に全員が揃っていて、入れ替わるように覚と犬飼が現れた。
『宋平くん! 待ってたよ~、スイーツビュッフェ形式になってるから取りに行こう』
『ちゃんと安全確認済みだから、大丈夫ですよ』
甘党な二人がニコニコでビュッフェを指差す。双子に行っておいで、と言われて三人で取りに行く。流石はホテルと言うべきか、並んだスイーツはどれも繊細なデザインで美味しそうだ。
両隣にいる二人が興奮したようにアレやコレやと腕を引っ張る。俺も楽しくなって色々取ってもらうと、飲み物のリクエストを聞かれて紅茶をお願いした。
『小さいからたくさん食べれちゃいそうじゃない?!』
『犬飼、あまり食べさせ過ぎないように。お腹壊したらどうするんです』
相変わらずの二人に思わず笑みを浮かべると、ソファで寛ぐ猿石がパタパタと走ってきて俺の腕の中に飛んでくる。最近はちゃんとご飯を食べて体型もガッシリしてきた。それを褒めると、すぐに嬉しそうに満面の笑みを浮かべるからよしよしと頭を撫でる。
ふにゃふにゃになって近くのソファに横になる猿石。どうしたのかと思えば、大変良い笑顔を浮かべて寝ていた。
うーん。自由人…。
『宋平』
愛しい人に呼ばれ、反応する。二人掛けのソファに座る慈策が自分の横をポンポン、と叩くのですぐに駆け寄ってから座る。大きなソファはまだまだ余裕がある。
『…宋平、ちょっとこっちを…』
ふと慈策が座るのと反対のソファが沈むと、刃斬が浅く腰掛けてタオルを片手に俺の顔に手を伸ばす。目を閉じると温かいタオルが目に当てられ、ホッと息を漏らしてリラックス。
あったけー。
『あんまり擦らないようにな』
立ち上がろうとする彼の腕を引き、再び座らせる。驚く彼に対してまだ座っててと我儘を言う。
いくら広いソファでも、慈策と刃斬が座れば丁度良いし、その間にいる俺は結構ギチギチだ。刃斬も慌てて退こうとするがこの距離感が堪らなく嬉しい。
『…今日皆が近くにいて嬉しいから、二人ももう少し一緒にいて?』
なんなら慈策の方に思いっきり重心を寄せている。優しい彼が文句なんか言うはずもなく、むしろ自分の膝に乗れと言い出す始末だ。
『ったく、物好きな奴め』
そう言いながらも離れる気配はない。幸せな気分のまま正面に座る双子と映画の話をしたり、目の前に置かれたスイーツの感想を言いあったり、共通の話題で盛り上がった。
『ネコブちゃんてば、猫武さんて呼び直しても反応してくれないんです。だから基本は先生って呼ぶようにしてて』
『…本当にめんどくせェ奴だな』
『隊長なのに好き勝手ですから。…新しいアジトも気を付けた方が良いですよ。あの人ってば、一人で潜入してウェイターに扮してたんですから。
なんか潜入と、俺の唾液からサンプル採ってたんですって』
物好きですよね、とケーキを口に運びながら喋っていたら全員の動きが止まる。
『…クロ、シロ。すぐにアジトの入口の防犯カメラ増やせ。防衛も強化しろ』
『あいあい。ネズミ一匹侵入させないネ』
『…アイツやっぱ変態だヨ、キモ…』
おかわりを、と立ち上がろうとしたら慈策さんに抱き上げられて一緒に選びに行く。彼の好みのものを選んで戻るとパカッと口を開けた慈策。
意図に気付いた俺は恥ずかしながら、あーん…と震える声で言いながら彼の口にケーキを運んだ。
『…甘ェな』
『じゃ、じゃあもう…』
『次はそっちだ』
『っ、もう! 慈策さんてば!』
周りでニヤニヤしている人たちの視線が喧しい! 刃斬も穏やかな顔でコーヒーを口にして、誰一人として止めてくれない。
仕方なくせっせと彼にケーキを食べさせるが、自分が食べて終わらせれば良いと気付く。
天才だ! 俺天才!
パクパクと残りのケーキを食べてドヤ顔を晒すも、慈策はどこか一点を見つめている。どうしたのかと思えば、彼の顔が近付き唇の端をペロリと舐められた。
『ひゃぁっ?!』
驚きのあまり、後ろに飛び退いて落ちそうになる俺の身体を引いた彼によってその身に寄り掛かる。完全に固まった俺に、僅かに身体を震えさせた後…慈策が豪快に笑って更に俺を抱きしめた。
『っ~、慈策さんてば! 意地悪ばっかりしないでよ!』
もうっ、とピッタリ胸にくっ付くと慈策の手が背中に触れる。そっと見上げた彼は心底幸せそうで…それを見る度に俺は甘く締め付けられる胸の痛みを持て余す。
熱を持った手が、そっと頸に触れる。
ビクッと反応する身体を抱きしめる人に、されるがまま身を許す。いつかそこを噛んでもらう日を夢見つつ、俺は…今日も彼らと共に進む。
例えどんな困難でも、
例えどんな幸福でも、
共にいられる幸せ。それを知る限り、大丈夫。
『意地悪な俺は嫌いってか?』
『…ぅ。す、好き…ですけど?!』
『そォかい。俺は愛してるぜ?』
…やっぱりこの人、ズルい!!
『俺だって! 弐条会ごとっ、貴方を愛してます!!』
やだ、告白?! と騒ぐ幹部たちと嬉しくも牽制を欠かさない慈策。いつもの騒がしい日常に笑いながら、俺は…運命の人をしっかりと抱きしめた。
end.
号泣する俺とその手を引く白澄。側から見たら若干誘拐されていると勘違いされそうな絵面だが全く違う。
『泣ける…!! ぽろぽっちぃ!!』
『はいはい。感受性高い子はこっちにおいでなさいネ』
前を歩く黒河も、ずっと笑顔で俺の手を引く白澄も涙一つ落としていない。
時は春。劇場版キミチキ!の先行上映会を鑑賞した俺たちは会場を出て帰るところだ。ネタバレになるのでまだ何も語れないが俺は、今すぐパンフレットが欲しい。
『うぅーっ!!』
『まだ泣くヨ。本当に仕方ない子だヨ…、よいしょっと!』
見かねた白澄が俺を抱っこする。今日も今日とていつもの服装の二人は容姿もあって、かなり目立つ。そんな二人に甲斐甲斐しく面倒を見られる俺は一時は世間を騒がせた身。今日は身バレしないよう、しっかりと変装済みだ。眼鏡をして髪の毛も上げているから、いつもとはかなり印象が違うと思う。
『我はちょっとお話あるから、…愚弟。ウチの可愛い花嫁をよろしくネ』
『あいヨ、兄者』
白澄にハンカチで強引に顔を拭かれる。いつもなら何をするんだと、文句の一つも言いたくなるが今日はされるがまま。
早く語りてぇ…!!
『白澄ぅ…』
『はいはい。ちゃんとこの後、個室用意してるからそこで存分に話すと良いヨ』
流石…! 話がわかる!!
『泣いたり笑ったり忙しい子だヨ』
口ではそう言うくせに、向ける視線は優しい。大きな手の甲でスッと目元を撫でるとその手が冷たくて気持ち良い。泣いて熱を持った俺の肌には最適だった。
『…本当に熱いヨ。ちょっと大丈夫? まさか熱でも出たんじゃ…』
熱を持った俺の肌の温度に驚いたのか、施設内にある近くのソファに一緒に座るとおでこや首に手が置かれてしまう。大袈裟な白澄に大丈夫だよ、と笑っていたら人もまばらになってきた通りに機材の乗った大きな台車を押して通り掛かるスタッフがいた。
自分の背丈より大きな機材で、進む度にガタガタ揺れるそれを不安に思いながら見ていたら…案の定、床の小さな段差で機材がこちらに倒れて来た。すぐに白澄を引っ張って逃げようとした時。
ガッ、と彼が振り返ったと同時に聞き慣れない音がしたかと思えばいつの間にか胸の中にいてしっかりと腕が身体に回っている。
『ひっ…?!』
『…なんだ、堅気か。行って良いヨ』
バタバタと走り去るスタッフ。足元には真っ二つにされた機材が落ちていて、その理由は彼の持っている物だ。
『か、刀…』
一体何処に隠し持っていたのかというくらい、しっかりとした日本刀。鞘に入ったままのそれで機材を叩き折ったらしい。
どんな馬鹿力だよ…。
『ちょっとー。片付けて行きなヨ、全く。
宋平くん。大丈夫だった? ごめんヨー、大きな音させちゃって』
す、スゲェ…。流石は処理部隊隊長。というかこの人、刀まで扱うのか。
『白澄スゲェ! 刀? 見たい見たいっ、帰ったら見せてよ!』
『…もう。ちょっとは怖がるとかしてヨ。相変わらずワンコみたいに擦り寄って来てさ。可愛い弟だヨ…、あ。もう弟じゃないか』
弟分じゃない?!
そうか、と納得する。慈策さんの婚約者だから立場が上になってしまった。だけど俺たちの関係を表すのに他にどんな表現が最適だ?
『えー。やだ。刀使うお兄ちゃん欲しい、良いじゃん白澄』
そんなんカッコ良すぎる! 最強のお兄ちゃんが爆誕してしまうな!
『あー抜け駆けとは許せないネ。我だって色々使えるんだからネ? 刀なんてすぐ折れるし近接だからネ…ロケランとか撃てるけど』
ヌッと横から現れた黒河が俺の頭を撫でながらそう話すと、途端に俺は目を輝かせる。
ロ、ロケットランチャー?! 何処に放つ気だ!!
『黒河は毎回武器が奇想天外過ぎるよ…』
『早くて派手で良くない? …お前いつまで呆けてるネ。弟がデレたからってだらしない』
しっかりしろ、と足で蹴られる白澄。だけどその顔はなんだか嬉しそうで…穏やかだ。
『ふっ。残念だヨ、兄者…。やはり武器は男の子心を擽るもの。刀を使うオニイチャン!! 儂お兄ちゃん!!』
『うっさいわ愚弟が』
がはは、と笑う白澄に抱っこをされたままの俺。テンションマックスな白澄を放置して黒河に用事は終わったか聞く。
『終わったから行くかネ。…宋平ちゃん、目元ちょっと赤いネ。ホテルに濡れタオル頼んどくか』
『ホテル?』
『そっ。そろそろ他の幹部も集まってるはずだネ。ラウンジ貸し切ってるそうでネ、ボスの就任祝いにってある製薬会社の代表が用意したってさ。景色も良いしお茶にスイーツも出るから、新しい婚約者殿とごゆっくり…だそうだネ』
なんだその代表…、めちゃくちゃ良い人じゃん。
黒河がお土産、と言って貰った映画のポスターを持ちながらウキウキで外に出ると、ホテルはすぐ目の前だそうで三人で歩きながら向かう。
『着いたらいっぱい語ろうね! 映画公開したらまた行きたい!』
『モチ。…うん、良い反応。ちゃんと予算ぶち込んで正解だったネ』
『なーに?』
なんでもない、と笑う黒河が俺を守るように右手を取り未だに変なテンションの白澄が俺の左手を掴んでホテルの方へ向かう。すぐにホテルに着くと中に案内されてラウンジに入る。中には既に全員が揃っていて、入れ替わるように覚と犬飼が現れた。
『宋平くん! 待ってたよ~、スイーツビュッフェ形式になってるから取りに行こう』
『ちゃんと安全確認済みだから、大丈夫ですよ』
甘党な二人がニコニコでビュッフェを指差す。双子に行っておいで、と言われて三人で取りに行く。流石はホテルと言うべきか、並んだスイーツはどれも繊細なデザインで美味しそうだ。
両隣にいる二人が興奮したようにアレやコレやと腕を引っ張る。俺も楽しくなって色々取ってもらうと、飲み物のリクエストを聞かれて紅茶をお願いした。
『小さいからたくさん食べれちゃいそうじゃない?!』
『犬飼、あまり食べさせ過ぎないように。お腹壊したらどうするんです』
相変わらずの二人に思わず笑みを浮かべると、ソファで寛ぐ猿石がパタパタと走ってきて俺の腕の中に飛んでくる。最近はちゃんとご飯を食べて体型もガッシリしてきた。それを褒めると、すぐに嬉しそうに満面の笑みを浮かべるからよしよしと頭を撫でる。
ふにゃふにゃになって近くのソファに横になる猿石。どうしたのかと思えば、大変良い笑顔を浮かべて寝ていた。
うーん。自由人…。
『宋平』
愛しい人に呼ばれ、反応する。二人掛けのソファに座る慈策が自分の横をポンポン、と叩くのですぐに駆け寄ってから座る。大きなソファはまだまだ余裕がある。
『…宋平、ちょっとこっちを…』
ふと慈策が座るのと反対のソファが沈むと、刃斬が浅く腰掛けてタオルを片手に俺の顔に手を伸ばす。目を閉じると温かいタオルが目に当てられ、ホッと息を漏らしてリラックス。
あったけー。
『あんまり擦らないようにな』
立ち上がろうとする彼の腕を引き、再び座らせる。驚く彼に対してまだ座っててと我儘を言う。
いくら広いソファでも、慈策と刃斬が座れば丁度良いし、その間にいる俺は結構ギチギチだ。刃斬も慌てて退こうとするがこの距離感が堪らなく嬉しい。
『…今日皆が近くにいて嬉しいから、二人ももう少し一緒にいて?』
なんなら慈策の方に思いっきり重心を寄せている。優しい彼が文句なんか言うはずもなく、むしろ自分の膝に乗れと言い出す始末だ。
『ったく、物好きな奴め』
そう言いながらも離れる気配はない。幸せな気分のまま正面に座る双子と映画の話をしたり、目の前に置かれたスイーツの感想を言いあったり、共通の話題で盛り上がった。
『ネコブちゃんてば、猫武さんて呼び直しても反応してくれないんです。だから基本は先生って呼ぶようにしてて』
『…本当にめんどくせェ奴だな』
『隊長なのに好き勝手ですから。…新しいアジトも気を付けた方が良いですよ。あの人ってば、一人で潜入してウェイターに扮してたんですから。
なんか潜入と、俺の唾液からサンプル採ってたんですって』
物好きですよね、とケーキを口に運びながら喋っていたら全員の動きが止まる。
『…クロ、シロ。すぐにアジトの入口の防犯カメラ増やせ。防衛も強化しろ』
『あいあい。ネズミ一匹侵入させないネ』
『…アイツやっぱ変態だヨ、キモ…』
おかわりを、と立ち上がろうとしたら慈策さんに抱き上げられて一緒に選びに行く。彼の好みのものを選んで戻るとパカッと口を開けた慈策。
意図に気付いた俺は恥ずかしながら、あーん…と震える声で言いながら彼の口にケーキを運んだ。
『…甘ェな』
『じゃ、じゃあもう…』
『次はそっちだ』
『っ、もう! 慈策さんてば!』
周りでニヤニヤしている人たちの視線が喧しい! 刃斬も穏やかな顔でコーヒーを口にして、誰一人として止めてくれない。
仕方なくせっせと彼にケーキを食べさせるが、自分が食べて終わらせれば良いと気付く。
天才だ! 俺天才!
パクパクと残りのケーキを食べてドヤ顔を晒すも、慈策はどこか一点を見つめている。どうしたのかと思えば、彼の顔が近付き唇の端をペロリと舐められた。
『ひゃぁっ?!』
驚きのあまり、後ろに飛び退いて落ちそうになる俺の身体を引いた彼によってその身に寄り掛かる。完全に固まった俺に、僅かに身体を震えさせた後…慈策が豪快に笑って更に俺を抱きしめた。
『っ~、慈策さんてば! 意地悪ばっかりしないでよ!』
もうっ、とピッタリ胸にくっ付くと慈策の手が背中に触れる。そっと見上げた彼は心底幸せそうで…それを見る度に俺は甘く締め付けられる胸の痛みを持て余す。
熱を持った手が、そっと頸に触れる。
ビクッと反応する身体を抱きしめる人に、されるがまま身を許す。いつかそこを噛んでもらう日を夢見つつ、俺は…今日も彼らと共に進む。
例えどんな困難でも、
例えどんな幸福でも、
共にいられる幸せ。それを知る限り、大丈夫。
『意地悪な俺は嫌いってか?』
『…ぅ。す、好き…ですけど?!』
『そォかい。俺は愛してるぜ?』
…やっぱりこの人、ズルい!!
『俺だって! 弐条会ごとっ、貴方を愛してます!!』
やだ、告白?! と騒ぐ幹部たちと嬉しくも牽制を欠かさない慈策。いつもの騒がしい日常に笑いながら、俺は…運命の人をしっかりと抱きしめた。
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どんどん吸い込まれていくストーリー展開と、全ての登場人物の過去や今の想いが…読んでいくうちに共鳴してしまい心苦しくなる部分もありました😿
とっっても素敵な作品を投稿してくださりありがとうございます!!!
もし、続編(赴任編や誘拐編)の予定ありましたらお待ちしてます…🍀🍀
きゃぴ様
ご感想をいただき、ありがとうございます。完結まで読んでいただき本当に感謝しかありません。こちらこそ素敵な感想を貰い、力になります。今後も楽しんで読んでいってください。
初めて投稿させていただきます。
毎日楽しみにしていました。完結おめでとうございます。これから日々の楽しみがなくなるかと思うとさみしいです…
最終話にあった、ネコブ先生とか、幹部候補の話とか、誘拐されちゃったとか是非とも読んでみたいです。
波乱万丈なソーヘーくんとボス、ちょろい先生も兄貴達も皆好きです。ありがとうございました。すごく面白かったです。
おりおり様
ご感想をいただき、ありがとうございます。お陰様で無事に完結まで至れました、いつも見ていただき本当に感謝しかありません。彼らを好きになっていただき、本当にありがとうございました!
完結おめでとうございます!
バランサーの設定を見た際、設定の秀逸さとオメガバースの新しい可能性を感じ作者さんは天才か?と感じながら小説をみていました。
溺愛もヤクザもオメガバースも大好きな私にとって好きな物欲張りセットを堪能できてとても幸せでした。ありがとうございました!
さかな様
ご感想をいただき、ありがとうございます。こちらこそ、独自設定ですが受け入れていただき恐縮です。楽しんでいただけたようで幸いです、完結までお付き合いいただきありがとうございました!