寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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離れてみたら

【六】悪魔の誘い

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「…は…?」

 優士ゆうじ瑞樹みずきが言った事が面白く無くて、思わず聞き返していた。

「や、だから。須藤すどうさんが、俺の歓迎会をやってくれるって…だから、晩飯は食堂で済ますか、自分で作って食べてくれ」

 就業後の更衣室で、瑞樹は顔の前で両手を合わせて優士を拝んでいた。
 今日午後からだが医務室へと行き、手伝いをしていたら、その様な話になったのだ。
 須藤の他の二人も乗り気で、それを断る勇気は瑞樹には無かった。
 社会へ出れば、こう云った付き合いが付き纏って来る事は理解している。現に、瑞樹達が入隊した時は同じ様に歓迎会が開かれたのだから。

「…明日の朝は作ってくれるんだろ?」

 それでも、面白くない物は面白くない。
 優士は不機嫌を声に乗せて、確認する様に瑞樹を睨む様に見詰めた。

「当たり前だろ! 明日は休みだから、あまり早くに来るなよ!」

 瑞樹は僅かに身を後ろに退きながらも、当然だと言う様に真っ直ぐと優士の目を見て言った。

「それなら良い。親睦を深めて職場での居心地を良くするのも必要な事だしな。異動前にそう云った環境を整える事が出来るのは悪い事ではないな」

「お、おう、そうだよ、な?」

 親指と人差し指を顎に添えて、ほぼ一息で言い切った優士に、瑞樹はやや気圧されながら頷いた。

 ◇

「こんばんは」

「あれ? こんな時間に。それも一人なんて珍しい。相方はどうした?」

 瑞樹と更衣室で別れた後、優士は食堂へと来ていた。瑞樹は着替えた後、再び医務室の方へと向かって行った。夜勤との引継ぎの様子も見てみたいと口にして。
 帰って一人で味気ない飯を食べるよりは、誰かしらが居る食堂で食べた方がマシだと優士は思い、ここへ来た。

「瑞樹は異動先になる相手と呑みに行きました。と云うか、小野さんは何時まで居るんですか?」

 厨房に居る小野と呼んだ男の後ろを覗く様に優士は言った。小野の後ろには、昼間には見た事のない者達が動いている。夜勤の人間だろう。

「ああ、そういや九月からあっちに行くんだよなあ。昼も向こうで食べるだろうし、寂しくなるなあ。ん? あ、俺はもう少ししたら帰るよ。明日、俺休みだから、ちっと残ってたんだ。何食べる?」

「天ざるをお願いします。普通盛りで」

「あいよ! 出来たら呼ぶから座って待っててくれな」

 テーブル席の椅子を引いて、優士はそこへ腰を下ろして辺りを伺う。
 思っていたよりも、人数が居る。と云うか、多い。
 食堂には優士の他に、十人程の者が居た。
 酒類の提供はしていないのに、皆、くだを巻いている様だった。
 耳を傾ければ『今年も一手を入れられなかった』とか、その様な言葉が聞き取れた。
 なるほど。同じ隊の者は居ないが、皆、日中に見た顔だ。
 皆、昼間のあの特別訓練で杜川もりかわにのされた者達かと、優士は納得した。
 しかし、せいも大概だと思ったが、それは杜川譲りだったのかと納得もする。
 あの歳で現役の者達を相手に息を切らす事無く、全員の足を地につけさせたのだ。現役時代の動きは如何程だったと云うのか。
 名指しで指名された優士は、地面に転がされた拍子に腕を擦り剥き、高梨に瑞樹と医務室へ行けと言われてしまった。
 そこで瑞樹のつたない手当てを受けつつ、外の様子を見ていたのだが、最後まで倒れずに残っていたのは、飄々と逃げ回っていた星だけだった。まあ、その星も『うん。ちょっと座ってみないかね?』と、やたら良い笑顔を浮かべる杜川の前で『ん!』と、素直に正座して額に指を突き付けられたと思ったら、背中から地面に倒されていたが。そして『また、去年と同じ手をっ!!』との叫び声も聞こえて来ていた。
 本当に、星と云う人間を知れば知るほど、頭を抱えたくなるのは何故なのだろうか?
 しかし、その実力は間違いのない物だしと、優士はまた頭を悩ませるのだった。

 ◇

 そして、休みが明けた翌日の就業後の更衣室にて。

「は? また歓迎会?」

「うん。昨日の日曜日から、人が変わってて…」

 申し訳無さそうに項垂れる瑞樹を、優士はまた渋々と送り出して、その足で食堂へと向かった。

 それから数日後。
 更衣室で項垂れる瑞樹が何かを言うよりも早く、優士が口を開いていた。

「また、か?」

「…悪い…」

「謝らなくても良い。明後日には異動だし、これで終わ…」

 これで終わりだろうと言い掛けて優士は口を噤む。

「優士?」

 言葉を途切れさせた優士を瑞樹は不安そうに見詰める。

「…鍵…」

「は?」

 ぽつりと漏らした優士の言葉に、瑞樹は首を傾げた。

「合鍵を作る。お前の部屋の鍵を貸せ」

 異動前から歓迎会をやらかす連中だ。異動後も異動おめでとう会をやらかすに違いないと、優士は思った。現に明日は瑞樹の異動を惜しむ会が、こちらでは開かれる事になっている。
 そう、本番はこれからなのだ。
 瑞樹が異動すれば、こんなすれ違いはこれからも度々ある筈だ。
 朝は共に出る事が出来るだろうが、帰りはそうも行かなくなるだろう。今がそうである様に。
 そんなのはゴメンだと優士は思った。
 部屋で一人で瑞樹は帰って来たのだろうかと、悶々とするのはもう止めだ。
 瑞樹の部屋で待つ方が良いに決まっている。
 だから、優士は瑞樹に鍵を寄越せと迫ったのだが。

「え? 嫌だよ。俺、部屋に入れなくなる」

 そんな優士の男心を知らない瑞樹は、明後日過ぎる事を口にしたのだった。
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