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番外編
いつか、また【三】
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「あれ?」
それから数日後、昼に天婦羅と西瓜と云う組み合わせを決めて、腹を下した瑞樹が医務室へと向かったら、そこから天野が出て来るのが見えた。さっさと昼を食べ終えて、昼寝すると言っていたが、まさか医務室で仮眠していたのだろうか? それとも。
「天野副隊長。また昼を食べ過ぎたんですか?」
先日の事が脳裏を過って、つい、そう訊ねたら、天野が白い歯を見せて胃の辺りを押さえた。
「おおい。どれだけ俺、食い意地張ってると思われてんだあ? いや、油物で胃がムカムカしてさ。俺も歳かな?」
「おい、天野。腕…って…」
医務室の前でそんな会話をしていたら、戸が開き、そこから須藤が顔を見せたが、言い掛けて『しまった』と云う顔をした。
「…腕…?」
軽く首を傾げる瑞樹の肩に天野が腕を回す。
「いや、実は蜂にも刺されてさ! それを診て貰っていたんだ! 橘は? 用があったんだろ?」
天野の何時も通りの様な、そうではない様な、そんな勢いに釣られて、瑞樹は頷く。
「あ、はい。食べ合わせが悪かったみたいで腹を…」
「おお、なら早く薬を飲め! 明日は新月だからな。腹下したままじゃ集中出来ないからな! じゃあな!」
「…はあ…」
片手を挙げて手を振る天野の背中を見送りながら、瑞樹は何とも腑に落ちない声を出していた。
(…蜂って何時、刺されたんだろう? 昼を食べ終わった後? もしかして外で昼寝してた?)
「おう、橘。腹下したって、どんな感じだ? こっち来い」
「あ、はい」
しかし、瑞樹のそんな考えは、須藤の声に中断された。
頭を軽く振って、瑞樹は須藤の後に続いて医務室へと入った。
明日は新月で、遠征に行かなければならない。
見た限り、天野は何とも無い様だった。ならば、今、瑞樹が気にしなければいけないのは、己の腹具合の事だ。明日、妖との対峙中に、腹が雷ではどうにもならない。まさか、妖相手に『待て』等と言える筈も無いのだから。
◇
そうして、その日がやって来た。早くに梅雨が明け、晴天が続いて居たのに、気温は下がり、朝からしとしとと降っていた雨は、夕方には本格的な土砂降りとなっていた。
そんな天候の中、この地に来たのは、何の因縁なんだろうかと瑞樹は思った。
今回の遠征地は、加藤少年が予備の刀を持ち出し、そして、優士が妖に怪我を負わされた、あの村だった。己の弱さを嘆き、また、一歩を踏み出す為の勇気を貰った場所ではあるが。優士の身体に残る傷を見ると、どうしても、動けずに、情けなく固まって泣く事しか出来なかった自分を思い出してしまう。
それを強さに変えて行ければ、と、そう思うのだが、中々これが出来ない。
それでも。
「大丈夫だ」
と、優士に肩を叩かれて、塩っ気の無い目で微笑まれれば、不安はある物の、少しずつ気分は落ち着いて来る。
少しでも、張りぼてでも、強く在ろうと思える。それが、何時か本当になる様に。
「おー! もう、刀を取るなよ!」
「なっ、何年前の話をしてんだよっ!!」
なんて、炊き出しのおにぎりを手に、加藤少年をからかう星のせいかも知れないが。
星にその気があるのか無いのか解らないが…いや、あるとは思えないが、何時でも騒がし…賑や…陽気な星は、月の無い夜でも変わらずに、その名前の通りに、周りを照らす光だと瑞樹は思った。
雪緒が度々口にする様に『ぽかぽか』とした光が星を中心として辺りを照らす。きっと、そんな星の在り方に救われて居る人は、沢山居るのだろう。
「良いか、ここは、姿を消す妖が出た場だ。常に気を張れ。僅かな気配も見逃すな。雨で紛れて気付かない等と云う言い訳は聞かない。見極めろ」
やがて炊き出しが終わり、住民達を一つの屋根の下へと避難させてから、隊員だけとなった広場に高梨の凛とした声が響いた。ざあざあと降る雨に負けない、良く通る低く深いその声は、誰の耳にも届いた。
「天野。お前はここで待機だ。橘とは俺が組む」
「はあ!?」
そして、そんな高梨の言葉に目を剥いたのは瑞樹では無くて天野だった。
「何でだ!? 俺は行けるぞ!!」
不本意だと叫ぶ天野に、高梨は冷たく鋭い視線を向ける。
「お前がここ数日、医務室通いなのは知っている。不安要素は取り除く。それだけだ。ここで、駐屯している者達と住民達の安全を守れ」
「冗談じゃない! ちょっと胃の調子が悪いだけだ! 須藤のおやっさんも、この間来た時に診て貰った津山さんも、そう言っていただろ!?」
「しかし…」
だが、天野は引かない。
滅多に見せない天野の剣幕に、高梨は僅かに押された様だ。
「吐きながらでも戦う」
眉を寄せ渋る高梨に、天野は近くへと歩み寄り、その肩に手を置き、低い声音でそう言った。
「………爪痕一つでも付けてみろ。ここから叩き出してやる。橘、世話を掛けるが、この馬鹿の面倒を頼む。星、期待はしていないが、この二人に付いてやってくれ」
「馬鹿って言った!」
「は、はい!」
「気が向いたらな!」
三者三様の返事に、その場に笑いが起こるが、高梨が腰の刀を抜いた事で、その笑いは一斉に静まる。
「良いな? 誰も怪我をするな。誰も死ぬ事は許さない。誰も怪我をさせない。誰も死なせない。いざと云う時は躊躇わずに引け。連絡は密にしろ。行くぞ!」
「おお!」
高梨が天高く刀を捧げれば、隊員達も続いて刀を抜き、雨の降る天へとそれを突き上げた。
それから数日後、昼に天婦羅と西瓜と云う組み合わせを決めて、腹を下した瑞樹が医務室へと向かったら、そこから天野が出て来るのが見えた。さっさと昼を食べ終えて、昼寝すると言っていたが、まさか医務室で仮眠していたのだろうか? それとも。
「天野副隊長。また昼を食べ過ぎたんですか?」
先日の事が脳裏を過って、つい、そう訊ねたら、天野が白い歯を見せて胃の辺りを押さえた。
「おおい。どれだけ俺、食い意地張ってると思われてんだあ? いや、油物で胃がムカムカしてさ。俺も歳かな?」
「おい、天野。腕…って…」
医務室の前でそんな会話をしていたら、戸が開き、そこから須藤が顔を見せたが、言い掛けて『しまった』と云う顔をした。
「…腕…?」
軽く首を傾げる瑞樹の肩に天野が腕を回す。
「いや、実は蜂にも刺されてさ! それを診て貰っていたんだ! 橘は? 用があったんだろ?」
天野の何時も通りの様な、そうではない様な、そんな勢いに釣られて、瑞樹は頷く。
「あ、はい。食べ合わせが悪かったみたいで腹を…」
「おお、なら早く薬を飲め! 明日は新月だからな。腹下したままじゃ集中出来ないからな! じゃあな!」
「…はあ…」
片手を挙げて手を振る天野の背中を見送りながら、瑞樹は何とも腑に落ちない声を出していた。
(…蜂って何時、刺されたんだろう? 昼を食べ終わった後? もしかして外で昼寝してた?)
「おう、橘。腹下したって、どんな感じだ? こっち来い」
「あ、はい」
しかし、瑞樹のそんな考えは、須藤の声に中断された。
頭を軽く振って、瑞樹は須藤の後に続いて医務室へと入った。
明日は新月で、遠征に行かなければならない。
見た限り、天野は何とも無い様だった。ならば、今、瑞樹が気にしなければいけないのは、己の腹具合の事だ。明日、妖との対峙中に、腹が雷ではどうにもならない。まさか、妖相手に『待て』等と言える筈も無いのだから。
◇
そうして、その日がやって来た。早くに梅雨が明け、晴天が続いて居たのに、気温は下がり、朝からしとしとと降っていた雨は、夕方には本格的な土砂降りとなっていた。
そんな天候の中、この地に来たのは、何の因縁なんだろうかと瑞樹は思った。
今回の遠征地は、加藤少年が予備の刀を持ち出し、そして、優士が妖に怪我を負わされた、あの村だった。己の弱さを嘆き、また、一歩を踏み出す為の勇気を貰った場所ではあるが。優士の身体に残る傷を見ると、どうしても、動けずに、情けなく固まって泣く事しか出来なかった自分を思い出してしまう。
それを強さに変えて行ければ、と、そう思うのだが、中々これが出来ない。
それでも。
「大丈夫だ」
と、優士に肩を叩かれて、塩っ気の無い目で微笑まれれば、不安はある物の、少しずつ気分は落ち着いて来る。
少しでも、張りぼてでも、強く在ろうと思える。それが、何時か本当になる様に。
「おー! もう、刀を取るなよ!」
「なっ、何年前の話をしてんだよっ!!」
なんて、炊き出しのおにぎりを手に、加藤少年をからかう星のせいかも知れないが。
星にその気があるのか無いのか解らないが…いや、あるとは思えないが、何時でも騒がし…賑や…陽気な星は、月の無い夜でも変わらずに、その名前の通りに、周りを照らす光だと瑞樹は思った。
雪緒が度々口にする様に『ぽかぽか』とした光が星を中心として辺りを照らす。きっと、そんな星の在り方に救われて居る人は、沢山居るのだろう。
「良いか、ここは、姿を消す妖が出た場だ。常に気を張れ。僅かな気配も見逃すな。雨で紛れて気付かない等と云う言い訳は聞かない。見極めろ」
やがて炊き出しが終わり、住民達を一つの屋根の下へと避難させてから、隊員だけとなった広場に高梨の凛とした声が響いた。ざあざあと降る雨に負けない、良く通る低く深いその声は、誰の耳にも届いた。
「天野。お前はここで待機だ。橘とは俺が組む」
「はあ!?」
そして、そんな高梨の言葉に目を剥いたのは瑞樹では無くて天野だった。
「何でだ!? 俺は行けるぞ!!」
不本意だと叫ぶ天野に、高梨は冷たく鋭い視線を向ける。
「お前がここ数日、医務室通いなのは知っている。不安要素は取り除く。それだけだ。ここで、駐屯している者達と住民達の安全を守れ」
「冗談じゃない! ちょっと胃の調子が悪いだけだ! 須藤のおやっさんも、この間来た時に診て貰った津山さんも、そう言っていただろ!?」
「しかし…」
だが、天野は引かない。
滅多に見せない天野の剣幕に、高梨は僅かに押された様だ。
「吐きながらでも戦う」
眉を寄せ渋る高梨に、天野は近くへと歩み寄り、その肩に手を置き、低い声音でそう言った。
「………爪痕一つでも付けてみろ。ここから叩き出してやる。橘、世話を掛けるが、この馬鹿の面倒を頼む。星、期待はしていないが、この二人に付いてやってくれ」
「馬鹿って言った!」
「は、はい!」
「気が向いたらな!」
三者三様の返事に、その場に笑いが起こるが、高梨が腰の刀を抜いた事で、その笑いは一斉に静まる。
「良いな? 誰も怪我をするな。誰も死ぬ事は許さない。誰も怪我をさせない。誰も死なせない。いざと云う時は躊躇わずに引け。連絡は密にしろ。行くぞ!」
「おお!」
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