旦那様と僕

三冬月マヨ

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はじまって

【九】旦那様は止められない

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『…一人で食べても美味しくはないです…』

 何故、あの様な事を口にしてしまったのでしょうか? 
 何年も一人で食べて来ていましたのに。
 お妙さんがいらした頃は、お妙さんと共に食べてはいましたが。
 お妙さんが高梨家を去ってから、養子となるまでは、また一人で食べていましたのに。
 それを寂しいとか思う事はありませんでしたし、それは、当たり前の事でしたのに。
 何故、あの様な我儘な子供みたいな事を口走ってしまったのでしょうか?
 ああ、いえ。
 実際に子供なのですけれど。
 …子供なのですけれど…。
 ですが、旦那様はそんな僕の我儘を叱る事なく、鼻を摘まんで下さいました。
 その事が、物凄く嬉しくて、自然と笑みが溢れてしまいました。
 きっと、だらしのない顔だったと思います。
 慌てて、おむらいすを戴きましたが、正直お味の方は良く解らなかったです。

「…うぅん…」

 …また、です。
 目が覚めましたら、また下着が酷い事になっていました。
 替えの下着を手に、お風呂場へと急ぎます。
 下着に付いているものを洗い流して、先日届いた洗濯機の中へと入れます。朝早いですから、洗濯機は動かせません。学び舎から帰って来ましたら、動かしましょうね。
 それにしても、です。
 これからも、この様な事を繰り返すのでしょうか?
 旦那様は御指南して下さいませんし。
 自分で、それをしたいとも思いませんが…旦那様や指南書に寄りますと、それをすればこの様な事は無くなる筈だと…。

「あ」

 そうです。
 あの指南書を書いたのは相楽さがら様です。
 相楽様に御指南戴くと云うのはどうでしょうか?
 そうです、そうです。
 何故、気付かなかったのでしょうか。
 相楽様は立派なお医者様ですから、旦那様よりもお詳しい筈ですし、この様な指南書を書かれるのですから、僕の様に御指南を受けた方が幾人も居るに違いありません。
 何故、今まで気付かなかったのでしょう。
 やはり僕は頭が悪いですね。
 思い立ったが吉日と言います。
 早速、学び舎が終わりましたら、相楽様の診療所へと行きましょう。

 ◇

「うん、雪緒君~? もう一度言ってくれるかな~?」

 診療所へと行きましたら、運良く相楽様が玄関前の掃き掃除をしていましたので、御挨拶をした後に指南書のお話をしましたら『ちょ、ちょ、待っ、中で話そう、ね?』と、珍しく慌てた様子で僕の手を引っ張って、診察室まで連れて行かれてしまいました。
 相楽様は、亡き奥様と同じ様に常に微笑みを湛えていらっしゃるお方です。
 身長は旦那様よりは低いですが、やはり僕よりはお高いですし、身体の厚みも旦那様よりは薄いですが、僕よりはあります。
 陽にあたると茶色く見える御髪は、ふわふわとして、とても柔らかそうです。
 大き目の瞳は少しばかり垂れていて、狸さんの様だと言いましたら、旦那様は『化け狸だがな』と眉を顰めていましたね、そう言えば。頭に葉っぱを乗せたりするのでしょうか?
 また、この相楽診療所の若先生として、主に女性の方に人気だと以前に奥様から教えて戴きました。
 何処か間延びした話し方をされる方ですが、それが良いとの事です。僕には良くは解りませんが。
 そんな相楽様ですが、今は黒い縁の丸い眼鏡を外して、片手で目と目の間を押さえていらっしゃいます。

「はい。戴いた指南書にあります手淫の御指南をお願いしたいのです。相楽様なら、御経験がありますでしょうし、多岐に渡っていらっしゃるかと思いまして」

「う~ん…これは、何てブーメランなのかな~?」

 そう僕が口にしましたら、相楽様は胸の前で腕を組んで天井を見上げてしまわれました。

「ぶうめらんが必要なのですか?」

「あ~、ごめんねえ、こっちの話~」

 天井へと向けていたお顔を戻して、そう笑ってから、相楽様は眼鏡を掛け直しました。

「あのねえ、雪緒君~? これはねえ、他人に見せる物じゃないんだよ~? 自然と身体が動くと思うんだけどなあ~?」

「そうは申されましても…指南書にあります、色事を考えながらとか、僕には理解出来ません」

 相楽様も、旦那様と同じ様な事を口にされます。
 必要な事だと仰るのに、何故、こうも渋るのでしょうか?
 やはり、僕には必要の無い物なのではないでしょうか?

「うんとねえ~? 色事…あ…そうだった。話したくないのなら、話さなくても良いんだけどねえ? 雪緒君は、どんな夢を見て下着を汚しちゃったのかなあ? って、話せる訳ないよねえ~」

「旦那様です」

 またも旦那様と同じ感じです。
 何故、その様に言い難そうに、回りくどく問い掛けてくるのでしょうか?

「うん、うん、ゆかり君かあ~…………………え…?」

 僕の言葉に相楽様は頷いたと思いましたら、その動きを止めてしまわれました。

「相楽様?」

 ここまで旦那様と同じ様な動きをされますと、やはり仲の良い御友人なのだと実感しますね。

「………紫君?」

「はい?」

「……紫君なの?」

「はい?」

「…そっかあ~…紫君なのかあ~…そっかあ~…」

「はい?」

 僕はただ聞き返しているだけですのに、相楽様は旦那様と同じ様に、お一人で何やら納得しておられる様です。
 うぅん…これは、天野様を頼ったとしても同じ結果になりそうな予感が致します。
 類は友を呼ぶと云う言葉がありますからね。
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