旦那様と僕

三冬月マヨ

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咲き綻ぶ

【結】旦那様と僕・後編

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「…ここは…」

 旦那様に連れられて来た場所は、奥様のお墓がある墓地でした。
 夜の墓地とは、不思議な物です。
 月明かりに浮かびます墓石が白く見えます。
 お供えされている花々も、静かな輝きを放っている様に見えます。
 ふわふわと見えます緑の光は、蛍でしょうか?
 微かに虫の鳴き声も聞こえます。
 何とも言えない、不思議と穏やかな感じが致します。

雪緒ゆきお、これを」

 奥様のお墓の前まで来ました時、旦那様が着物の袖の中から、それを取り出し僕に差し出して来ました。
 掌で軽く包めてしまいそうな四角い丸みのある青い箱です。

「…待たせてすまん。受け取ってくれるか?」

 奥様のお墓に向けていた身体を動かして、旦那様と向き合いまして、僕はそっと胸の高さまで両手を上げて、掌を旦那様の方へと向けました。
 そうしましたら、そこへ静かにその箱が置かれました。
 左手はそのままに、右手でその箱に触れます。
 柔らかな手触りのこれは、天鵞絨てんがじゅうでしょうか?

「開けて見てくれないか? 今日、出来上がって来てな」

「…はい…」

 真っ直ぐと静かに僕を見詰めて、小さく微笑みます旦那様に促されて、蓋に手を掛けます。
 思いもしなかった贈り物に、手が震えます。
 震える指先で、蓋を開けましたら、そこにありましたのは銀色の指輪でした。
 月の光に照らされて、神秘的な感じに光って見えます。
 胸の奥がぽかぽかとして来ました。
 また、月の光に誘われたのかは解りませんが、それがきらきらと輝いている気がします。
 激しい光ではありません。
 穏やかに、優しく包み込む様な、眩し過ぎない光です。
 ですが、その輝きに僕はそっと目を伏せました。

「…約束の二年前に渡せたら良かったんだが…。…頑張るお前の邪魔になるかもと思った。…ならば、職が決まった時、と思ったが、いや、やはり、仕事に慣れてからの方が良いかと思って、今まで待たせてしまった…その…今でも俺を好いていてくれているか…?」

「…隠し事が致命的に下手だと仰ったのは、旦那様ですよ…」

 何処か不安を滲ませます旦那様に、僕は指輪の箱をきゅっと胸に寄せて、目を伏せたままで小さく笑います。

「ぐっ…、ま、まあ、そうだが…その…」

 …言葉が欲しいんだ…。

 その呟きは小さくて、ともすれば消えて行きそうでしたが。

「…以前に奥様が言って下さいました…」

 僕は、身体を動かして奥様のお墓を見詰めます。

鞠子まりこが? 何を?」

 僕の動きに合わせて、旦那様もお墓へと身体を向けました。

「…雪が嫌いだと…僕はこれ程に暖かい場所に居て良いのかと…何時か、僕も雪の様に消えてしまうのではないかと…。この暖かい場所から去る日が来るのではないかと…そう口にした事があったのです…」

 そうです。
 旦那様のお屋敷へと来まして、初めての冬、雪の降る日でした。

「…雪緒…」

 苦しそうな旦那様のお声に、僕は静かに首を振ります。
 大丈夫です。そんな苦しそうな、心配そうなお声を出さないで下さい。

「…そんな僕に、奥様は言って下さったのです…。…僕の名前にあります緒は結ぶ物だと。それも、僕の緒は空から降る雪の様に無数にあるのだと…だから、雪が降り続ける限り、地面に落ちた雪が溶けても…結んだ緒が切れても、幾らでも結び直せると…。…あの人…旦那様なら、必ず結び直して下さるから、私達の雪は…僕は消えたりしないと…。…雪は溶けましたら、お水となって、地面に染み込みますから、消える物では無いと。ただ、見えなくなるだけで、そこに在るのだと…それを、旦那様は必ず見つけ出して、何度でも結ぶからと…」

「…そうか…。…そんな事を話していたのか…」

 ふっと、旦那様が軽く息を吐く様に笑いまして、奥様のお墓を優しく見詰めました。
 その横顔を見詰めながら、僕はまた口を開きます。

「…ですから…。結んで下さい…。…旦那様の手で、新たな僕達の緒を…切れてしまう事がありましても、何度も何度でも結び直して欲し…?」

 言い終わる前に、ぐっと腕を掴まれて身体を引き寄せられて、気付けば旦那様の逞しい腕の中に、僕は居ました。

「…旦那様…?」

 ぎゅっと抱き締められまして、僕の後頭部に回された大きな手が、ゆっくりと頭を撫でて行きます。
 突然の抱擁に驚きましたが、それによって少しずつ落ち着いて来ます。

「…当然だ。何度でも、幾度でも、お前が望もうとも望まないとも、結んでやる。俺が。俺のこの手で」

「…はい…。…お願いします…」

 力強い旦那様のお声ですが、僅かに震えている気がしました。
 喉に何かが詰まったのでしょうか?

「…雪緒…」

 僕を包む腕が緩くなり、僅かに身体が離れて、でも片手は背中に回されたままで、顎に手を掛けられ上を向かされました。

「…はい…」

 真っ直ぐと僕を見詰める濡れた目に、何処か熱を感じる目に、溶かされてしまうのではないかと思いまして、僕は静かに目を閉じました。
 そうして唇に触れる熱に、どうしようも無く胸が熱くなりまして。

「…ふぇ…」

「…今夜…って、え、おい、雪緒っ!?」

 唇が僅かに離れた途端に、僕は情け無い声を出してしまいました。
 と、同時にぽろぽろと大粒の涙が零れて行きます。
 そんな僕を旦那様が慌てて、また、その胸に抱き締めてくれます。

「ふえ…っ…、お、したひしていま…。…す、きでしゅ…」

 その胸に顔を埋めて、ぎゅっとその胸を掴んで僕は言いました。
 これまでの想いと、これからの想いを合わせて。

「…ああ、俺もだ。これからも、ずっと傍に居てくれ。こんな仕事だから、また、お前に怖い思いをさせてしまうだろうが…だが、約束する。決してお前が居ない処では死なないと…」

 僕を抱き締める力を強くして、旦那様が耳元で囁きます。
 そのお声は、とても優しく温かくて。
 雪が溶ける様に、涙が次から次へと流れて行きます。

「…ふぁい…。でも、だんなしゃまが死ぬのは、いや…でしゅ…。もっと、もっと、知りたい…でしゅ…。まだ、僕の知らない…だんなさまを…もっと、旦那様から教えてほし…でしゅ」

 そうです。
 誰も…奥様も知らない旦那様を僕に見せて下さい。

「…ああ…」

 僕の言葉に、また、僕を抱き締める旦那様の力が強くなった気がします。

「…おち…ぺにすに…触って欲し…でしゅ…」

 それを言葉にするのは勇気が入りますが、僕は旦那様にして欲しい事を口にしました。

「…あ、ああ…その…こ…今夜から…その…共に…その、風呂から出たら…」

「お風呂!?」

 その言葉に、僕は勢い良く旦那様から身体を離して、そのお顔を見上げました。
 嬉しくて、嬉しくて、涙がぴたりと止まりました。

「お風呂をご一緒して下さるのですか!? せい様とえみちゃん様の様に!?」

「……………………は…………………?」

 興奮して一気に言います僕に、旦那様は鳩が豆鉄砲に撃たれた様なお顔をされました。

「か、髪! 髪を洗って下さいっ! あ、いえ、その前に僕が旦那様の御髪を…っ…!!」

「は? いや、ちょ、何だって? 星と司令が何だって?」

 背中に回されていた手を動かしまして、僕の肩に置いて旦那様が聞いて来ますが。

「はっ!? いえ、お背中が先ですか!? あの時みたいに旦那様が飛び上がらない様に、細心の注意を払いますのでっ!!」

「は!? いや、ちょ、落ち着け!!」

 更には、空いていた右手も、僕の肩に置かれましたが。

「はあ、はあっ、あ、ああああああの、そのっ、だ、旦那様のおちんち、あ、いや、ぺ、ぺぺぺぺぺ、ぺにっ…ふがっ!?」

「良いからっ! とにかく、落ち着けお前はっ!!」

 興奮した勢いのままに、旦那様のおちんち…ぺにすにも触れても良いですか、と、言おうとしたのですが、赤いお顔をされた旦那様に鼻を摘ままれて止められてしまいました。

「こんな場所で何を言い出すんだ、お前はっ!! とっとと帰るぞっ!!」

 こんな場所に連れて来たのは、旦那様ですが?
 僕は悪くは無いですよね?

「いた、痛いですーっ! 鼻を摘まんだまま歩き出さないで下さい! もげますーっ!!」

「もげるか、阿呆っ!!」

「本当の本当に痛いですーっ!!」

「痛いままで居ろっ!! …ったく、どうしてこうなる…。情緒を期待した俺が馬鹿だったのか…?」

 僕の鼻を摘まみながら、旦那様がぶつぶつ言っています。
 その背中を見ながら、僕は思いました。
 やはり、旦那様は怒りん坊です。と。

 その時、ふわりと優しい風が吹きまして。

『あらあら…本当に、もう。困った弟達ね…』

 と、困った様な、それで居て嬉しそうに笑う奥様のお声が聞こえた気がしました。
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