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忍び寄る影編
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しおりを挟むエレノアの考えた通り、人間界にもしっかりと魔法は存在した。
人間達はその存在を知らなかっただけである。
エレノアが口頭で方法を伝えると、トーマは魔法を使うことができた。
「ゆ、夢みたいだ。オラが魔法使いになったなんて」
「トーマは才能がある。きっといつの日か、その魔法を私に見せておくれ」
「異世界伝達」の声だけのやり取りであったが、二人は幾度となく連絡を取るようになった。
初めは、エレノアから一方的に。
そのうち、トーマも同じ魔法を覚えて双方向から連絡が取れるようになった。
トーマはエレノアから教えて貰った魔法の使い方を他の人間達にも教え、魔法の存在を知らしめた。
トーマには才能があり、エレノアが教えた魔法は全て覚えた。
しかし、どれだけ時が経ってもどれだけ魔法を勉強しても、「エレノアに陽の魔法を見せる」ための魔法は完成しなかった。
声だけならば異世界を飛び越せるのに、映像を見せようとするとうまくいかないのである。
「……エレノア、話がある」
ある日のこと。
もうすっかり習慣になっていた「異世界伝達」の魔法を使った会話の途中で、トーマがそう切り出した。
エレノアはその声から伝わる真剣な空気を察した。
「ずっと言えなかったが、私は村では異端の子として扱われていたんだ」
と、トーマが言う。
突然の告白にエレノアは戸惑う。
なぜそんな話をしだしたのかがわからない。
いつものように魔法の話をしたかったが、トーマが急に話し始めたのだからきっと何か大事なことなのだろうとエレノアは黙って聞いていた。
「私は君にとても感謝しているんだ。あの日、あの森の中で君と出会っていなければ今の私はいないだろう。本当にありがとう」
トーマの声はまるで泣いているかのように震えていた。
「トーマ、どうしたんだい? なんだか様子が変だよ?」
エレノアは心配になり、声をかける。
しかし、トーマからの返事はない。
しばらくして、ようやくトーマが声を発した。
フフッと小さく笑ったようだった。
「君はきっと気にも留めていないのだろうが、私達が出会ってからもう六十年近くが経ったんだ」
「そうだね、言われるまで気付かなかったよ。悪魔はあまり時間に囚われないから……人間は時間を大切にしているよね? もしかして、出会ってから六十年経つと何かの記念日になったりするのかな」
二人はこれまでに魔法に関して多くのことを語り合った。それに、魔法以外のことも。
トーマは悪魔の文化に興味を持ったし、それはエレノアも同じだったのだ。
人間と悪魔。何が違い、何が同じなのか。
二人はお互いのことを教えながら、お互いのことを知り合ってきたのである。
「ふふふ、いくら人間でもそんなおかしな記念日は作らないよ。ただね、時が経てば経つほど、別れが近づいてくるものなんだ」
トーマは少し笑って、それから悲しそうに呟いた。
その次の言葉は、
「寿命なんだ」
であった。
エレノアはドキリとして空中を見る。
そこにはいないはずのトーマの姿を追って。
寿命、という言葉はエレノアがトーマから教えてもらった言葉だ。
人間はその時を迎えると自然と死に至るものだという。
その話を聞いた時、エレノアは「不思議な話だ」となんとなく思っていただけだったが、今直接トーマからその言葉を聞いて、その言葉の重みを理解した。
「実は、ずっと隠していたんだが……随分に前に病にかかってね。魔法や他のこともいろいろ試してみたんだが、結局良くならなかった。今じゃもう、指を動かすのも一苦労なんだよ」
トーマはさらに話を続けていたが、エレノアの耳にその声はうまく届かなかった。
なんだか声が遠く聞こえた気がしたのだ。
寿命という概念のない悪魔であるエレノアにとって、死とはよくわからないものである。
しかし、もう二度とトーマの声を聞くことができなくなるのだ。
このまま、一度も顔を合わせて話すこともできずに終わってしまうのだ、ということは理解した。
そして、「それは嫌だ……」とエレノアは思うのだった。
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