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忍び寄る影編
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しおりを挟むエレノアはなんとかして人間界か、もしくは精霊界の様子を覗けないかと考えた。
その世界の様子を覗き見することができれば、その世界の住人が魔法を使う姿を見れるのではないかと思ったのだ。
しかし、それは簡単なことではなかった。
遠いところを覗き見するための魔法をエレノアは既に覚えていたが、その魔法では世界までは跨げない。
試行錯誤を繰り返し、既存の魔法にオリジナルの魔法を組み合わせてようやく異世界に声を届けられるようになったのはエレノアが陽の魔法を見たいと思い始めてから何年も過ぎた後だった。
完成した新たな魔法、「異世界伝達」は使用者の声を別の世界に送り届け、その先で声を受け取った相手からの返事を使用者に送り返す力を持っていた。
エレノアは早速人間界に自分の「声」を届けた。
精霊界ではなく人間界を選んだのは単純に人間という生物に興味を持っていたからだった。
エレノアの声は魔界を飛び出し、無事に人間界へと辿り着く。
その声は人間界の空をまっすぐに飛び、とある山の中へと入っていった。
「もし……どなたかにこの声が届いていれば良いのだが……」
山の中にエレノアの声が響く。
森の生物達が耳を澄ませてその声のする方を見たが、それに返事をする生物はいない。
「ダメか……なんとかこの魔法を完成させたはいいが……自分の思い通りの場所に声を届けられないのが難点だ」
エレノアは魔法を一度止めようと思った。
諦めるつもりはなく、この声が誰かに届くまで何度でも挑戦しようと思ったのだ。
「今……魔法って言ったんだべか?」
エレノアが魔法を止めようとした時、そんな声が聞こえた。
エレノアは驚き、魔法を中断することをやめた。
「誰か……誰かいるのか? 話をさせてほしい」
エレノアは魔界から懸命に声を届けようとする。
その声に反応して、また声が返ってくる。
「アンタ誰だ? この辺りにはオラの村の人間しかいねぇはずだ。それにアンタの姿がまったく見えねぇ。アンタどこにいるんだ?」
その声は幼いものだった。
声色には怯えが見え、それをなんとか噛み殺しながら声を発している様子である。
「君は子供かい? 怖がらなくていい。私は今は君の立っているところにはいない。遠い、全く別の世界から魔法で君に声を届けているんだ」
エレノアはその少年を安心させようとできるだけ優しい声色で語りかける。
その効果はあったようだ。
少年は怯えよりも「魔法」という単語対する好奇心が勝ったようだ。
「アンタ、魔法が使えるのかい? じ、じゃあ……本当に魔法はあるんだね?」
少年はすっかり興奮した様子である。
その姿はエレノアには見えていないが、少年が喜んでいるのが声だけでわかった。
「ああ、もちろんあるさ……待ってくれ、君のその口ぶりからするとそっちの世界には魔法はないのかい?」
おかしいな、と思いながらエレノアは話す。
魔界に伝わる言い伝えでは神は陰と陽の魔力を分けるために世界を分割したはずだ。
人間界にだって魔力はあるはず。
その陽の魔力がないのならば、エレノアは目的を達成できないことになってしまう。
「お話では勇者様が魔法を使って悪魔を倒すって話があるんだ。オラはその話が大好きで、いつかオラも魔法を使えるようになりてぇって思うんだけど、その話をすると村のみんなは笑うんだ。『魔法なんて御伽話だ』って」
勇者? 悪魔を倒した? とエレノアの脳内に疑問符が浮かぶ。
そして人間界に住む人間達が魔法の存在を信じていないことも不思議である。
どうやら、魔界と人間界では全く別々の言い伝えが浸透しているようだった。
「少年、もしよければ少し協力してくれないか? その世界に魔法があるかどうかを調べたいのだが」
「オラ、魔法が見れるんならなんでもするだよ!」
エレノアの提案に少年は二つ返事で了承した。
「それで、君の名前は?」
「オラ、トーマだ」
それは、エレノアと少年トーマの初めての出会いだった。
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