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月夜の夜明け編
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しおりを挟むシュレンガーはそれから三日三晩母の遺体の側で泣き続けて、四日目の朝にようやく母の墓を作った。
村を出て、小高い丘の上にである。
そこは、小さな漁村とその向こうにある広大な海を見渡せる生前の母が一番好きだった場所である。
墓を作った後、シュレンガーは何も言わずに膝を抱えてただジッと母の墓とそこから見える景色を見ていた。
そこにハンクがやってきて、シュレンガーの横にそっと腰を下ろす。
「花を手向けてもええか?」
赤く目を腫らしたハンクの言葉にシュレンガーはそっちを見ずに頷いた。
ハンクは母の墓の前に黄色い花を置いて、それから静かに拝む。
グスッと花を啜る声がハンクの大きな背中からシュレンガーに聞こえた。
「ルシアの好きだった花だ。お前の生まれる前、お前の父さんと母さんはよくこの花の咲く草原で楽しそうに話してた」
ハンクの話をシュレンガーは静かに聞いていた。
母親はあまり父の話をしてくれなかった。
ハンクから聞くその話はシュレンガーにとって初めて聞く話だったのだ。
「ワシはな……ワシは、ルシアが好きだった。お前の父親が死んだ時、代わりにワシがお前とルシアを守ろうと思った。それなのに……それなのに、ワシは……なんて不甲斐ない」
悔いるように、何もできなかった自分を責めるようにそう言って、ハンクは拳を地面に叩きつける。
シュレンガーは「ありがとう」と小さくお礼を言った。
丘から見下ろせる漁村の方が何やら騒がしい。
その理由はわかっていた。
流行病による村人達の混乱は、患者の死という最悪の形で終息していた。
村長が出した王都宛の手紙の返事は全てが終わった後にようやく届いた。
しかも、そこには村人達にとって追い打ちをかけるような言葉が書かれていてのだ。
「ファナスという名前の魔法使いは王都にはいない。そんな者を派遣した覚えもない」
短く書かれたその言葉に村長は目を疑った。
そして、その手紙の言葉を裏付けるかのように村に戻ってきた使いの者がこう言ったのである。
「王都への道中でファナス様を見つけられませんでした……そればかりか、王都中を駆け回って探したのですが、誰も『そんな人は知らない』と言うのです」
小さな漁村にやってきたファナスという名の魔法使い。
それは全てが嘘の存在であった。
自分達が騙されたのだと気づいた村民達は大切な人を亡くした悲しみを怒りに変え、されどその怒りをぶつける矛先が見つからずに毎日のように荒れているのである。
「ファナスという名前も、あいつの持ってきた書状とやらも全て偽物だった。ワシらはまんまと騙されて村の金を全てあいつに渡してしまったんだ」
丘の上から村の様子を眺めていたハンクが言った。
その言葉には静かな怒りが込められていた。
ファナスに対する怒りももちろんあるが、まんまと騙された自分達を許せないのである。
「きっと奴はもうこの国にはおらんのだろう。いたとしても、ここから相当遠くに逃げたはずだ。シュレンガー、ワシはこれから村を出て何年かかっても奴を探す。探しだして、殺してやる。なぁ、お前も一緒にこんか?」
ハンクはシュレンガーにそう言った。
まだ幼い子供を復讐の旅に誘うなど、普通の考えではない。
ファナスを憎む気持ちがハンクの判断を誤らせたのか、それともシュレンガーの気持ちが痛いほどにわかったから誘ったのか。
どちらにせよ、ただ一つ言えることはシュレンガーはこの時ハンクに誘われなくても村を飛び出していただろうということだけだ。
父親を亡くし、たった一人の肉親である母親まで亡くした。
そんなシュレンガーにとってファナスという存在は一時だけではあるが、尊敬できる存在だった。
それが全て嘘だとわかった時、シュレンガーの中にファナスに対する憎しみの強い感情が生まれたのである。
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