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月夜の夜明け編
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しおりを挟む屋敷の扉には鍵がかかっていた。
立派な屋敷に合う頑丈なものである。
シュレンガーは扉からの侵入を諦めて、屋敷の周りをぐるりと一周し開いている窓がないか確認した。
しかし一階の窓には全て鍵がかかっていた。
こうなっては、一か八か気づかれないことを祈って窓を破るしかないかとシュレンガーが思い始めた時、二階の窓の一つが少しだけ開いていることに気がついた。
さらに、その横には庭に植えられた木が生えていてよじ登ればなんとかその窓に手が届きそうな距離である。
シュレンガーは奥の手の魔道具を落とさないように懐にしまい、それから極力音を立てないようにして木に登った。
シュレンガーの思った通り、木の枝から窓に向かって手を目一杯伸ばすと指の先が窓の淵に触れた。
普段から特別鍛えていたわけではないが、自分を支える程度の筋力をシュレンガーは持っていた。
窓の淵に捕まって、一度ぶら下がると壁を足がかりにして窓から屋敷の中に侵入する。
そこは廊下ではなく、部屋の中だった。
暗闇に目を慣らしておいたお陰でその部屋の中の様子は少しわかる。
壁際に棚のような家具が置かれていて、その先が扉。
反対側にはベッドがある。
そして、そのベッドのシーツは人の形に膨らんでいる。
シュレンガーが忍び込んだのはファナスの部屋だったのだ。
部屋に入ってすぐ標的を目の前にしたシュレンガーは危うく驚きの声をあげそうになった。
なんとかそれを押し殺し、決して足音を立てないようにベッドへと近づく。
暗闇の中、そっと上から覗き込んで顔を確認するとどうやらファナスで間違いはないようだ。
いびきをかいて気持ちよさそうに眠っている。
シュレンガーは懐から魔道具を取り出して、それを自分の足元にそっと置き作動させた。
この魔道具は確かに奥の手ではあるが、シュレンガーはこれに頼りきりになるつもりはなかった。
なにしろ、怪しい男から買ったものだ。
本物かどうかは使ってみなければわからない。
これはあくまで保険であり、他の手段でファナスの命を奪うつもりだった。
シュレンガーは腰に差した短剣をゆっくりと引き抜く。
護身用にととある街で買った安物だが、寝ている魔法使いの胸を突き刺すくらいはできるだろう。
短剣をゆっくりと振り上げて、シュレンガーはファナスに近づく。
シーツの上から左の胸に狙いをつける。
ドクドクという心臓の音が自分に聞こえてくるくらい、シュレンガーは昂っていた。
鼓動が早く、緊張感が増す。
息を押し殺しながらシュレンガーは短剣を突き立てた。
その刹那、寝ていたファナスがカッと目を見開いたのである。
防御の魔法を自分にかけていたのか、それとも気配を察したのか。
とにかく、命を奪われるその前にファナスは目を覚ましてしまった。
「誰だ!!」
ベッドの上でサッと身を翻したファナスの腕にシュレンガーの持つ短剣ははじかれてしまう。
まさか目を覚ますとは思っていなかったシュレンガーは緊張のあまり短剣をしっかりと握りしめていなかった。
短剣ははじかれて、シュレンガーの手から離れベッドの脇に落ちる。
「どこのどいつだ……私を殺そうとしたな……愚か者が」
ファナスはベッドから降りて、両手を前に構えた。
ファナスには襲ってきた相手の顔は見えていなかったが、そのシルエットで場所はわかる。
寝込みを短剣で襲ったことから相手が魔法使いではないことも察していた。
寝ている間に刺されていたらどうすることもできないが、目を覚ました今魔法を使えない者など相手ではない。
簡単な魔法で襲ってきた者を返り討ちにするつもりだった。
しかし
「が……ぐっ……なぜだ、魔力が……」
ファナスはその場で力無く前のめりに倒れてしまう。
魔法を使おうとした途端、急に体が痺れて動けなくなり魔法を発動させるどころか立っていることもできなくなったのだ。
シュレンガーが買った魔道具は本物だった。
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