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月夜の夜明け編
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しおりを挟むシュレンガーは今すぐにでも飛び出していきそうになるくらいはやる気持ちをなんとか押し込めて、木の影に隠れながらジッと様子を伺った。
ユルミルと魔法使いファナスは二人でなにやら話した後で、ファナスが家の中に戻っていく。
ユルミルも、シュレンガーの方へと走ってくる。
「おいどうだ? 顔見えたか?」
そう聞くユルミルにシュレンガーは静かに頷いた。
ユルミルは意外そうな顔をして驚く。
「おい、じゃあ本当にあいつなのか? マジか、話してみた感じ、悪人には思えなかったのにな」
ユルミルはシュレンガーのことを信じられないというよりも、素顔を隠して応対したファナスの演技力に驚いている様子だ。
「何を話したんだ? やけにあっさり戻ってきたけど」
今度はシュレンガーがユルミルに聞く。
偶然とはいえせっかく見つけた親の仇である。
下手をしてファナスに怪しまれるのは避けたかった。
「ああ、お前の言った通り行商人として話しただけだよ。何か珍しい物を売ってくれってな。断られたし、別にそっちが本命ってわけでもなかったからすんなり引き下がったわけだ」
ユルミルの説明にシュレンガーはホッとする。
旅商人には押しの強い奴もいればやけにあっさりと引き下がる奴もいる。
それは商人の性格次第だ。
ファナスがいかに頭のよく回る男であってもこの出来事だけで怪しむことはないはずだ。
「じゃあ、やるんだよな?」
ユルミルは深刻そうにシュレンガーに尋ねる。
その意味がわかったシュレンガーはもう一度静かに頷いた。
♢
二人は夜がふけるのを待った。
村の人も、件の魔法使いでさえも寝静まるであろう時刻である。
灯りの一切ない丘の上で、闇に目を鳴らした二人が身を潜めて屋敷の様子を伺う。
屋敷の中にも灯りは灯っていない。恐らく寝ているのだろう。
「よし、行ってくる」
復讐を心に決めたシュレンガーは意を決して立ち上がる。
その手には旅商人であっても滅多に手に入れることのできない魔道具が握られていた。
まだ、ハンクが生きていてシュレンガーと二人で旅をしていた頃。
二人の間で度々話題に上がる議論があった。
それは、魔法使いファナスをどうやって倒すのか。
不意打ちで後ろから刺すのか、それとも寝込みを襲うのか。
どんな計画を立てたとしても、障害となるのは「ファナスが魔法使いである」ことだった。
魔法の使えないシュレンガーではファナスに気づかれた時点で全てが終わってしまう。
あっという間に無力化されて、返り討ちにあってしまうだろう。
そんな時に見つけたのが今シュレンガーの持っている魔道具である。
それは、とある街の裏路地で黒いフードを被って頬には大きな火傷の跡がある不気味な男が売っていた物だ。
男はどういうわけか、魔法使いでもないのに魔道具の類を揃えて売っているようだった。
そこに偶然訪れたシュレンガーがファナスを倒せるようなものがないかと品定めをしていたところ、シュレンガーの心の内を読んだように男が一つの魔道具を差し出したのである。
「これはね、昔あるところに現れた魔物と呼ばれる生物の素材で作られた魔道具だよ。こいつはなんと、相手を痺れさせる上に魔力を練れなくする優れものさ」
その男の妙な雰囲気と話す内容には胡散臭さがあった。
男が提示した金額もシュレンガーが払える金額のギリギリであり、その安さがますます怪しい。
しかし、結局シュレンガーはその魔道具を購入した。
ファナスを見つけた時の切り札として。
「なぁ、やっぱり俺も行くよ」
立ち上がるシュレンガーに側についていたユルミルが言う。
しかし、シュレンガーは首を振った。
「あいつが過去にどんなことをしていたってこの村では英雄だ。俺がどんな弁明をしたって村の人間達は信じないだろう。これが終われば、それがどんな結果になっても俺は犯罪者になる。たった一人、心から信頼できる友人にそんな真似はさせたくない」
ユルミルはまだ何か言いたげだったが、シュレンガーのその言葉に結局は何もいえず祈る思いで見送るしかなかった。
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