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月夜の夜明け編
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しおりを挟むユルミルは畑仕事をしていたその老人に村を救ったという魔法使いのことを訪ねる。
するとその老人は快く教えてくれた。
「ああ、アキナス様に会いに来なさったんか。それなら村を出て丘の上に少し行くと立派なお屋敷があるから、そこを訪ねなさい」
どうやら、件の魔法使いの名前はアキナスというらしい。
シュレンガーの探している魔法使いはファナスと名乗っていたが、当然ながら偽名の可能性もある。
この時点では同一人物かどうかの判断はつかなかった。
「そのお屋敷、魔法使いの方が一日で建てたというのは本当ですか?」
ユルミルはアキナスに会いに行く前に少しでも情報を集めようとそんなことを聞いた。
老人は二人を怪しむこともなく、すらすらと素直に教えてくれる。
というのもこの時期、村には噂を聞きつけて他所から人が頻回にアキナスに会いにくるようになっていたのである。
老人の話ではアキナスが村を訪れたのは村の半数以上の人が流行病に侵されて床に伏せっているような時だったらしい。
「私は他国から流れてきた旅の魔法使いです。その病、私ならば治せるかもしれません」
アキナスは村人たちにそう説明し、その言葉の通りに瞬く間に流行病を治療してしまったのだという。
泣いてお礼の言葉を言い、謝礼を支払うと村人たちは言ったがアキナスはそれを断った。
「お金などいりません。ただ、私は他国から流れてきてずっと旅を続けていたのですが、そろそろどこかに腰を落ち着かせたいと思っておりました。村の外でいいのでどうか住まわせてください」
アキナスはそう言ったのである。
それは村人たちにとって断る理由のない頼みだった。
村は小さく、畑の収穫と近くの森で採れる野草で細々と暮らす生活。
当然魔法使いなど一人も住んでいない。
そこに、恩人である魔法使いが住みたいと言ってきたのだ。
村人たちは快くそれを受け入れて、アキナスは村を出てすぐの丘の上に家を建てたのだと言う。
「あの人の魔法は凄まじかった。それまで何もないただの丘だったところに、一晩で立派なお屋敷を建ててしまったんだからな」
と老人は語る。
ユルミルとシュレンガーは老人にお礼を言ってから、村を出て言われた通りに丘の上に向かう。
「なぁ、急いできたけどもしかしたらただの別人かもな」
道中でユルミルが申し訳なさそうに言った。
街で噂を聞いた時は急いでシュレンガーに伝えなければと焦ったが今になって自分の早とちりだったかもしれないと反省しているのだ。
「人違いならそれでいいさ。魔法使いなら何か珍しい薬も持ってるだろう。何とか交渉して持ってる物といくつか交換してもらおうぜ」
シュレンガーはそんな風に笑い飛ばす。
仇を見つけたかもしれないと思った時の胸の高鳴りはいつの間にか消えてしまっていた。
一度はもう無理だと諦めた復讐である。
人違いだったとわかっても残念な気持ちよりもどこかホッとした気持ちの方が強かったのだ。
二人が丘の上につくと、そこには確かに立派なお屋敷が建っていた。
小さな村には不釣り合いな、とても一晩で建てたとは思えないのほどの豪邸である。
「俺が会ってくるから、お前は念の為その辺に隠れて様子を見といてくれ」
ユルミルはそう言うと一人で屋敷の扉の方に向かって行く。
シュレンガーは言われた通りに近くの木の影に隠れてユルミルの様子を見ていた。
ユルミルが屋敷の扉をノックすると、中から男の声が聞こえて少し待ってから扉が開かれた。
「おや、見慣れない顔ですが……私に何かご用でしょうか」
中から出てきたのは派手なローブを着た魔法使いである。
その魔法使いの姿を木陰から見たシュレンガーは背筋が凍るほどゾクッとして、それから消えかけている胸の鼓動が再び強くなるのを感じていた。
少し歳をとって、口元には似合わない顎髭が生えていたが間違いない。
そこには長年探し続けた魔法使いファナスの姿があったのだ。
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