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6. 揺さぶられる心
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指定されたバーは、ジャズが微かに流れ、大人の空間的だった。琥珀色のライトがグラスを照らしている。
桐生さんはカウンターに座り、グラスを軽く傾け、涼しげに笑った。
「待っていたよ」
「今日は、ラジオ出演に付き合ってくれて、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。楽しかったよ」
ナッツとピクルスをつまみに、軽い雑談が続いたあと、
「桐生さん。どうして、オレを誘ったんですか?」
「君には、謝罪の念があってね」
「謝罪?」
オレは伊勢とは違い、演技は上手くないから、ドラマの仕事はほとんどない。だから、俳優の桐生さんとも接点は無かった。
だから、言葉の意味が全く思い付かない。
「伊勢と湊さんは、随分と仲良しだね」
「え、まぁ、湊さんは、マネージャーですから」
まさか、伊勢と湊さんの関係を、桐生さんは気づいているのか?人気アイドルが男性マネージャーと、熱愛なんてバレたら大変だ。
「驚くことはないよ。俺がこのバーで、二人が結ばれるのを手伝ったんだから」
その言葉に、オレは思わず目を見開いた。
「つまり、キミの恋路の邪魔をした、元凶ってことになるのかな」
ウイスキーと香水が混ざった匂いが、頭をくらくらさせる。
「伊勢のことが、好きなんだろう?」
「な、なにをーー」
否定できない。心臓を見透かされたみたいで、目を逸らした。
さらに、桐生さんは追い打ちをかける。
「俳優なんてやってると、演技かどうか、自然と分かるんだ。さっきも放送事故ギリギリだったね」
「上手くフォローしていただき、助かりました」
これでは、認めてしまでたようなものだ。
「無理して笑ってるの、バレバレだよ」
返す言葉がなかった。指先が震え、グラスの氷がカランと揺れる。
「片倉くん」
耳元に近づいた声は、ささやきに近い。
「君はもっと、楽に笑っていいんだよ」
桐生さんは少しだけ目を細めた。
その眼差しに、オレの胸の奥で何かが崩れ落ちる音がした。桐生さんの言葉は甘く危うくて、それでも救いのように響いた。
頬が熱くなる。ウイスキーのせいか、それとも――。
「……桐生さんは、その、男性が好きだという噂、本当なんですか?」
思い切って口にした瞬間、心臓が跳ねた。空気が凍るかと思った。
桐生さんはグラスを揺らし、ゆっくり笑った。
「へぇ、君の口からそれを聞けるとはね。噂なんて信じるんだ?」
「もし本当なら、男性を好きになることに、戸惑いはありませんでしたか?」
伊勢への想いをきっかけに、自分が変わってしまったこと。アイドルの自分では、決して口にできなかった切実な悩みが、つい口をついて出た。
桐生さんはグラスを揺らし、ゆっくりと笑った。
「簡単だよ」
琥珀色の液体を一口含み、氷の音を響かせる。
「俺は“好き”に嘘をつかない。ただそれだけ」
言葉が胸に突き刺さる。ずるい。そんなふうに簡単に言えるなら、オレはこんなに悩んでない。
「だから、君にも興味があることも、隠さずに伝えておくよ」
「え?」
次の瞬間、世界が反転する。
桐生さんがカウンターから身を乗り出し、オレの顎をすくい上げた。ウイスキーと香水の匂いが濃くなる。
「今ごろ、伊勢と湊さんがどんなことをしているのかな」
「な、なにを言って」
「気になる?どんなふうに抱き合うのか」
カッと身体が熱くなる。酒のせいではないーー。
「ずっと物欲しそうな目をしているね。それが、映画のせいなら、俳優としては誇らしいかな」
グラスを持つ手に、力が入ってしまう。この人には、完全に見透かされている。
「試してみない?」
桐生さんの唇が、オレの唇に触れる。
オレは呼吸を忘れ、ただその熱に押しつぶされそうになった。
桐生さんはカウンターに座り、グラスを軽く傾け、涼しげに笑った。
「待っていたよ」
「今日は、ラジオ出演に付き合ってくれて、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ。楽しかったよ」
ナッツとピクルスをつまみに、軽い雑談が続いたあと、
「桐生さん。どうして、オレを誘ったんですか?」
「君には、謝罪の念があってね」
「謝罪?」
オレは伊勢とは違い、演技は上手くないから、ドラマの仕事はほとんどない。だから、俳優の桐生さんとも接点は無かった。
だから、言葉の意味が全く思い付かない。
「伊勢と湊さんは、随分と仲良しだね」
「え、まぁ、湊さんは、マネージャーですから」
まさか、伊勢と湊さんの関係を、桐生さんは気づいているのか?人気アイドルが男性マネージャーと、熱愛なんてバレたら大変だ。
「驚くことはないよ。俺がこのバーで、二人が結ばれるのを手伝ったんだから」
その言葉に、オレは思わず目を見開いた。
「つまり、キミの恋路の邪魔をした、元凶ってことになるのかな」
ウイスキーと香水が混ざった匂いが、頭をくらくらさせる。
「伊勢のことが、好きなんだろう?」
「な、なにをーー」
否定できない。心臓を見透かされたみたいで、目を逸らした。
さらに、桐生さんは追い打ちをかける。
「俳優なんてやってると、演技かどうか、自然と分かるんだ。さっきも放送事故ギリギリだったね」
「上手くフォローしていただき、助かりました」
これでは、認めてしまでたようなものだ。
「無理して笑ってるの、バレバレだよ」
返す言葉がなかった。指先が震え、グラスの氷がカランと揺れる。
「片倉くん」
耳元に近づいた声は、ささやきに近い。
「君はもっと、楽に笑っていいんだよ」
桐生さんは少しだけ目を細めた。
その眼差しに、オレの胸の奥で何かが崩れ落ちる音がした。桐生さんの言葉は甘く危うくて、それでも救いのように響いた。
頬が熱くなる。ウイスキーのせいか、それとも――。
「……桐生さんは、その、男性が好きだという噂、本当なんですか?」
思い切って口にした瞬間、心臓が跳ねた。空気が凍るかと思った。
桐生さんはグラスを揺らし、ゆっくり笑った。
「へぇ、君の口からそれを聞けるとはね。噂なんて信じるんだ?」
「もし本当なら、男性を好きになることに、戸惑いはありませんでしたか?」
伊勢への想いをきっかけに、自分が変わってしまったこと。アイドルの自分では、決して口にできなかった切実な悩みが、つい口をついて出た。
桐生さんはグラスを揺らし、ゆっくりと笑った。
「簡単だよ」
琥珀色の液体を一口含み、氷の音を響かせる。
「俺は“好き”に嘘をつかない。ただそれだけ」
言葉が胸に突き刺さる。ずるい。そんなふうに簡単に言えるなら、オレはこんなに悩んでない。
「だから、君にも興味があることも、隠さずに伝えておくよ」
「え?」
次の瞬間、世界が反転する。
桐生さんがカウンターから身を乗り出し、オレの顎をすくい上げた。ウイスキーと香水の匂いが濃くなる。
「今ごろ、伊勢と湊さんがどんなことをしているのかな」
「な、なにを言って」
「気になる?どんなふうに抱き合うのか」
カッと身体が熱くなる。酒のせいではないーー。
「ずっと物欲しそうな目をしているね。それが、映画のせいなら、俳優としては誇らしいかな」
グラスを持つ手に、力が入ってしまう。この人には、完全に見透かされている。
「試してみない?」
桐生さんの唇が、オレの唇に触れる。
オレは呼吸を忘れ、ただその熱に押しつぶされそうになった。
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