時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第四節「慢心 先立つ思い 力の拠り所」

~激昂に吠え~

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 死とは絶望。
 例え馴れたとしても、人を想う者にとってその価値観が変わる事は無い。
 その想いが強ければ強い程、命を存外に扱う者を許しはしないだろう。

 その価値を強く理解しているからこそ。

 勇と、続く心輝がゆっくり女子達を迂回する様にして、ちゃなの側へと歩み寄っていく。
 勇が隣に来た事で安心したのだろうか、さっきまでどんよりと暗かった顔にほんの少しの笑みが浮かんでいて。
 そっと見上げれば、勇の横顔がこれ以上に無い頼もしさを感じさせてならなかったから。

「お前らは人が目の前で死んだ所を見た事があるのかよ!? どれだけそれが残酷なのか、わかって言ってるのかよ!?」

 人の死を経験してきたからこそ、勇の言葉に重みが滲む。
 死というものが如何に残酷で、無慈悲で、絶望か。
 それを知った勇だからこそ成せる業である。

 当然、少女達は死という概念に対する恐怖など知る由も無い。
 死を目の当たりにした事も無ければ、不幸を目撃した事も無いのだから。

 命に関して無知だからこそ、こう言い訳すら出来てしまう。

「だ、だってそいつが……ちゃなが悪いんだし! な、なんなのよアンタ、もしかしてちゃなの彼氏かなんか―――」
「そんな事なんの関係無いだろうがッ!!」
「ヒッ!?」

 だがその言い訳も勇の一喝で無に帰す。
 それ程までに勇の威圧感は凄まじかったのだ。
 二回の戦いを乗り越えた彼の一声は、今までとは比べ物にならない程に強い感情が籠っていたのだから。

 少女達もその威圧感に気圧され、逃げる事も叶わず身を寄せ合う。
 先程のちゃなへ見せた陰湿な雰囲気も掻き消え、「どうしよう」と困惑の様子を浮かべるのみ。



 しかしそんな彼女達の裏から、一人の人影がゆっくりと姿を現した。



「アキ何? なんかあったのかよ?」

 現れたのは……男だった。

 全体的に短髪で揃えられ、後ろに流れる様に跳ね上がる前髪。
 顔は面長で引き締まった筋肉が目立ち、面影だけで力強さを見せつけるかのよう。
 肩幅も広く、袖を捲し上げて覗く腕も盛り上がった筋肉が張り、普通の人間とは思えない様相を誇る。
 そして目付きは常に何かを狙う様に鋭く、睨み付けんばかりの様相を見せていて。

 その男が現れた途端、心輝が「うおっ!?」と声を漏らす。
 どうやら心輝はこの男の事を知っている様だ。

「コウ君、お願い助けて!」

 途端、少女達が待ちかねたと言わんばかりに声を張り上げ、コウと呼ぶ男の元へ駆け寄っていく。
 コウと呼ばれた男は突然の事に「はぁ!?」と困惑の表情を浮かべるも……

 間も無く事態を察し、勇達に鋭い視線をぶつけていた。

 彼はきっと事情を知らないのだろう。
 だが彼にもそんな事は関係無かった。
 彼女達を脅えさせた原因である勇達を、彼は見逃す訳も無かったのだ。

「人の女泣かせて何してんの? お前誰だよ」

「二年で剣道部所属の藤咲勇だ」

「ちげぇよ。 おめぇ何様だっつってんだよォ……!」

 その時、突如としてコウが握り拳を校舎に叩き付け。
 たちまち「ゴッ」という衝撃音が鳴り響き、勇達をこれ程までにと威嚇する。
 叩かれた壁には僅かな亀裂が走り、今の一撃の威力を物語るかのよう。

「やややべぇよ勇、やめとけマジで!?」

 心輝はといえば、震えを見せながら勇の袖を引いていて。
 その怯える様はコウという男の事情を知るからこその―――



「あ、あいつプロボクサー志望で三年の池上いけがみ 光一こういちだよ! し、しかも次の新人王候補の一人とか言われてる奴ゥ!!」



 心輝が何故そんな情報を持っているのか定かではない。
 ただその風貌と雰囲気から只者でない事は、彼の事を知らない勇の目からしても明らかだったから。

 池上という男の体を成す筋肉の造り。
 それは人を殴る為だけに鍛えられた形。
 骨と筋肉が浮かび上がった強靭な肉体は、それを見せるだけでも大抵の人間が逃げ出すだろう。

 それでも勇は怯まない。

 池上以上の肉体を持つ相手との戦いなど経験済みだったから。
 そんなものなど比べ物にならない相手と戦ってきたから。

 ―――恐れるものは何も無かったのだ。
 
「あんまよ、俺もめんどくせぇ事はしたくねぇんだが……人の女泣かせる奴に容赦するつもりもねぇんだよ」

「だからなんだよ。 そんなのお前だけの都合じゃないか……!」

 もはや勇に引き下がる意思は無い。

 しかしそれは当然池上も同じだ。
 そしてこの池上という男、体付き以上に好戦的なのだろう。
 勇の反論を前に苛立ちを隠せず、上唇をピクピクと震えさせている。

「お、オイイ勇!? や、やめろってッ!?」

 心輝の忠告など聞く耳持たず。
 勇も池上も……互いに睨み合い、敵意をぶつけ合う。
 事情も理由も何もかもをおざなりにし、二人はただ目の前の〝敵〟に対して戦意を滾らせるのみ。

「オイオイ随分度胸あるじゃねぇかよ。 そこの奴に聞いてんだろ、俺の事よぉ? だったら早い事謝って逃げりゃ済む―――」
「謝るつもりなんかない! 謝るのはそっちの方だ!!」

 もう既に勇は臨戦態勢だ。

 少女達の理不尽な物言いだけではない。
 池上が不条理で場を納めようとしている事。
 事情を知ろうともせずに敵意をぶつけてくるという事。

 勇にとっては、どれ一つを取ってもこれ以上腹立たしい事は無かったから。

 これは決して正義感でも、ちゃなを守ろうという気持ちでもない。
 至極単純に、池上や女子達の存在に堪らない嫌悪感を抱いたからである。

 勇の気迫を感じ取ったのか、池上も両腕をゆっくりと正面に構えて見せつけた。
 それはボクサースタイル。
 昔から戦う為に嗜み、培い、鍛えてきた集大成とも言えるべき戦闘姿勢だ。

「じゃあお前、後悔すんなよ? これからボッコボコにされて全裸で晒されようとさァ!!」

 コウが先陣を切ってゆっくり前進し、その距離を詰め始める。
 その足取りは軽快で、ステップを踏んでいるかのよう。

 池上はいわゆるアウトボクサーだ。
 身軽なフットワークと針の様に鋭い一撃を見舞って相手を翻弄する、スピード重視の戦闘スタイルを得意とするボクサーという事である。

 もちろん勇にそんなボクシングの知識がある訳ではない。
 池上がアウトボクサーであるという事など理解する余地も無い。

 それでも勇は一歩を踏み出していた。
 自信も、力も、技術も……あろうが無かろうが関係無かったから。

 感情が、怒りが、憤りが、ただただ彼を突き動かす。


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