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第十三節「想い遠く 心の信 彼方へ放て」
~会合、勇と雄英~
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金曜日といえば……授業の量も少なく、比較的早く帰れる日だ。
翌日も授業がある場合は少し残念だと思う時もあるが、それでも早く帰れるというだけで心躍る者は多いだろう。
家に帰る時にはまだ日差しは高く……リビングのカーテンの隙間から差し込む光が明かりの灯っていない室内を照らし、人気の無い静かな空間で宙を舞う埃の姿を映す。
一足早く帰ってきた勇が家の中へ入ると、そんな様子が視界に映り込んだ。
「そういや……先週掃除機かけてないよな……今のうちにやっちゃうか……」
部活をやらなくなって久しい勇は、家に帰った後の空いた時間で家事をする事が増えた。
両親が共働きという事もあって掃除などが疎かになりがちであった勇の家であったが、そうなってからというものの家の中はいつも彼の手によって整頓されている。
そういう行動を始める様になったのも、ちゃなが家に来たのがきっかけ。
女の子を埃まみれの家に泊める訳にはいかない……そう思った勇が彼女に配慮したのが最初だった。
勇が掃除機をかけながら想いに浸る。
ちゃなが来てから色々な事があったものだと。
彼女が家に訪れてからもう9ヶ月……もうすぐ1年ともなろう事に感慨深ささえ感じさせる。
今では後から風呂に入る事に抵抗も感じないし、彼女がパジャマで居ても普通に接せる。
至って普通の事かもしれないが、9ヶ月前の勇を思えば間違いなく成長したと言えるだろう。
リビングの掃除を済ませると、掃除機を片し……次は洗面所へと向かう。
洗面所の扉に付けられていた「使用中/未使用」と書かれた札もいつの間にか無くなっており、引っ掛けるフックだけが虚しく残っていた。
もはやそれにすら目を向ける事無く扉を開くと、洗濯物が溜まった洗濯籠を軽々と持ち上げる。
その中には当然、ちゃなの身に付けていた下着等も入っている訳で。
洗濯機に洗濯物を放り込んでいると……不意に洗濯物に紛れた誰かのパンツが視界に入り、そっと目を背ける。
多少なりに羞恥心はあるが、それも気付けば抵抗無く取り扱える様になっていた。
そんな時、ふと彼の脳裏に心輝とあずーの姿が浮かぶ。
仲が良いのか悪いのかよく判らないあの兄妹の事を。
「もしかしたら俺は田中さんの事……妹みたいな風に思い始めてるのかもしれないな……」
確かに年もそんなものだろう……もし彼女が正式にこの家の一員となったら、やはり彼女は妹になるのだろうか。
「今更妹なんて言われても……まぁ今のままみたいな関係で続くよな、普通」
誰にも聞こえない独り言が増える中、勇は一人で家事を続ける。
気付けば一通りの家事は済み、残るは今朝の朝食で使った皿を洗うのみ。
いつもの様に台所に立ち、食器を洗い始めようと袖を捲る。
すると間も無く家の呼び鈴が家中に鳴り響き、来客到来を告げた。
「ん、誰だろう……?」
勇が蛇口から漏れる水から引き戻し、掛けてあったタオルで湿った手を拭う。
自身に掛けていた「うさ」と書かれたうさぎ柄のエプロンを脱ぎ、ダイニングチェアの背もたれに掛けて玄関へと向かった。
「はい、どなたですか?」
扉を開き、顔を覗かせた勇の前に現れたのは初めて会う男。
優しそうな目つきと笑顔を浮かべた細身の男がそっと声を上げる。
「どうも、こんにちは勇君……初めまして……という事になのかな?」
「は、はぁ……」
勇の家に訪れた男……それは獅堂であった。
「その反応は……ヒドイなぁ福留さん、僕の事説明してくれていると思ったのに……」
福留という言葉を聞いて勇が気付く……彼は関係者なのだと。
「僕の名前は獅堂 雄英……詰まる所……これさ」
そう答えると、獅堂は勇の前に出した左手の平の上に「ポヤァ」っとした光のモヤを浮かばせた。
それは紛れも無く命力の光。
「えっ……まさか貴方も魔剣使いなんですか……?」
「はは、本来その言葉を外で発する事はNGだよ、勇君?」
「あ……」
彼の言う事は最もである。
勇達の存在はいわば秘匿された存在……バレる事に繋がる発言等はご法度と言える。
だが心輝達がそういった事も無く普通に口に出していた事で抵抗を失っていたのだろう……指摘された事で勇はどうやらその事に改めて気付いた様だ。
「そろそろ頃合いかなと思ってね、君に会いに来たんだ。 良かったら家に上がらせてもらえるかな?」
「あ、は、はい……どうぞ」
獅堂を玄関に招くと、勇はスリッパを取り出し彼に履かせて家に上げた。
掃除したてのリビングは綺麗に整っており、それが獅堂の目に映り興味を惹く。
「へぇ、綺麗に掃除出来てるじゃないか。 君はもっとガサツな人間かと思っていたのに」
「え、掃除してたのを知ってるんですか?」
「そりゃもちろん、窓の外から丸見えだったよ」
「あ……」
リビングの窓を覆うカーテンは掃除の際に開いたままであった。
とはいえ……彼に掃除している様を今までずっと見られていたと思うと、「何故ずっと眺めていたのか」という疑問を浮かばずにはいられない様で。
戸惑いから僅かに動きをギクシャクさせ、それが獅堂の僅かな微笑を呼んだ。
「と、とりあえず椅子にどうぞ。 何か飲み物は要りますか? 大したもの無いですけど」
「丁寧にどうも……飲み物は平気だよ、すぐに帰る予定だからね」
勇が窓際のソファーへ手を差し伸べると、獅堂はそれに従ってソファーに腰を掛ける。
勇もまたその対面にあるクッションに座り込むと、それを見計らって獅堂が話し始めた。
「君の事は実は割と早い段階から知っててね、本当ならもっと早く会いたいなって思ってたんだ」
「そ、そうなんですか……」
「うん、福留さんにも色々と世話になってたし、君の助けになればいいなと思ってさ」
彼の言葉から再び出る福留の名。
勇はそこで疑問に思う……「何故福留は彼の事を教えてくれなかったのか」、と。
だがそんな事など思う由も無く、獅堂の言葉は続く。
「結局、君の助けになれる事は殆ど無くて……はは、申し訳ないと思ってるよ」
「殆ど……何か俺……獅堂さんに助けてもらった事があったんですか……?」
眉を細めてそう返すと……獅堂はもたれた背を起こし、そのまま肘を自身の膝へと突く。
前屈させた体から頭を勇へ向け……ニッコリとした笑顔を浮かべさせた。
「まぁあれは僕の落ち度でもあるんだけどね……ジョゾウ達の事は覚えてるだろ?」
「あ……じゃ、じゃあもしかして……!?」
「そう……僕がカラクラの王で、人間であり、そして魔剣使いでもある獅堂という男さ」
それはジョゾウを差し向け、勇達に協力を仰ぐよう命令した者。
同時に、彼等を送る羽目になった原因を作った者でもある。
「ロゴウの件は本当に済まない事をしたと思っているよ。それによって出た犠牲も―――」
「ジョゾウさん達は元気にしてますか……?」
勇がハッキリとした声で獅堂の言葉を遮る。
あの時の戦いの結果は彼にとって思い出したくない程に凄惨な結果だった。
ライゴとミゴ……僅かとはいえ共に過ごした仲間を目の前で失った悲しみは未だ拭えていない。
だから勇は話題を切り替えた……あの時の戦いを思い出せば今にでも泣けそうだったから。
「―――ジョゾウは今や僕の親衛隊の隊長さ。 仲間は失ったけど、それがきっと彼を強くしてくれたんだと思う……勇君、君の様にね」
穏やかに語る獅堂の声はまるで勇を励まそうとしている様にも感じられた。
だがそれと同時に、止めた筈の話題がチラリと覗き……それが妙に勇の心に引っかかりを生む。
「さっきも言ったけど、君の事は色々知っているよ。 先週は特に大変だったね……ナイーヴァ……彼等は強かったんだろう?」
―――先週の事まで知ってる……この人は一体……―――
勇の心に疑問が木霊する。
福留を通して知ったのだろうか。
何故彼はそこまで知ろうとしたのか。
どこか腑に落ちない……そんな想いが駆け巡る。
「君も色々戦いの中苦労したんだろうね、彼等に勝てて良かったと思うよ……」
―――それは違う……あれは苦労なんかじゃない―――
「『あちら側』の人間も助けられたし、君は凄いね」
―――あれは徒労だ……アイツラに仕掛けられた無意味な殺戮だ!!―――
「獅堂さん、貴方は一体何が言いたいんですか……?」
勇の突然の一言に、獅堂が口を止める。
勇の顔に日の光に当たり、その真剣な眼差しを克明とさせていた。
「労いなのであれば素直に嬉しい……けど、それ以上はもう……止めてください」
「……何故だい?」
獅堂の笑顔が少し歪み、片側の笑窪が僅かに沈む。
その様はどこか……滑稽な作り笑いともとれる様相を伴う。
「俺は……そんな言葉の為に戦っている訳じゃない……ロゴウとの戦いも、ナイーヴァとの戦いも……あれは本人達の意思であってそうじゃない!」
「……」
「あの戦いはどっちもおかしいんだ……なんであんな戦いになってしまったのか……人の意思が介在していて根底が見えなさすぎるんだ!」
勇は獅堂に思い切り心の内の引っかかりを吐き出した。
どちらの戦いも、何か第三者的な力が掛かっている……勇にはその様にしか見えなかった。
ナイーヴァはそれがはっきりしていた……だがロゴウは違う。
ジョゾウははっきり言っていたのだ、ロゴウは彼と同じ争いの無い世を願っていた者だと。
『平和』を願う者が何故『平和』を壊す事を良しとして動いたのか……余りにも不自然過ぎたのだ。
「獅堂さん……貴方は何か知っているんじゃないのか……ロゴウの事を……!!」
勇は獅堂の緩んだ目へ、意思を篭めた鋭い眼光で睨み付ける。
途端互いの視線が合い、静かな間を生む。
だが獅堂は怯む事無く……視線を遮る様にその目をゆっくりと瞑らせた。
パチッ……パチッ……
すると突然獅堂がゆっくりと両手を合わせ始める。
そしてそれは徐々に拍手となってリビング一杯にその音を掻き鳴らし始めた。
「さすがだ……さすがだよ勇君……君はだから面白い……」
「ッ!?」
獅堂の瞑っていた目がゆっくり開く。
途端作り笑いの様な顔がグニィと歪み、口角が異様なまでに高く上がっていった。
そこに生まれたのは……気色悪い程の笑顔を作り上げた獅堂の顔。
「フフフ……君は本当に面白い奴だ……今までに見た事が無いくらい、純粋で、真っ直ぐで、それでいて、愚かでさ」
「何ッ……!?」
勇が警戒し、突いていた膝を持ち上げる。
すると突然獅堂がその笑みを慌てた様な顔に戻して勇の前に両手をかざした。
「わおわおわお……まぁまぁ落ち着きたまえ、僕は今日は戦うつもりなんて全く無いんだから」
だが勇は上げた膝を戻す事無く警戒を続ける。
そんな中獅堂はわざとらしく「ふぅ」と溜息をすると話を続けた。
「じゃあ最後だけ……ちょっと君の心を聞かせておくれよ」
「心……?」
「そうさ、君の心……君の想いって奴……」
獅堂が右手の人差し指を上に向けて伸ばす。
「君は人の心が変わらないって思うかい……?」
「……それは謎掛けなのか……?」
「違う違う、君の意見を聞きたいだけさ」
獅堂からの掴み所の無い質問。
だが勇の答えは……意思は決まっていた。
「変わりたい……そう思わない限り……人の心は変わらないと思う」
「ふむ……成程」
獅堂は何かを納得したかの様にウンウンと頷き勇の意見を聞き入れる。
そして何を思ったのか彼はおもむろに立ち上がった。
途端、獅堂の体が日を遮り、屈んだまま睨みつける勇に影を落とす。
自らの顔をも影に包み、沈む様な不敵な笑みを浮かべた彼が勇を見下した。
「……ありがとう勇君、面白い意見が聞けて良かったよ……今日はここで退散させてもらうとするさ。 また会える日を楽しみにしてるよ」
「もう二度と会いたくないですね……」
勇は立ち上がりながらそう答えると、獅堂はその言葉にショックを受けたような素振りで言葉を返す。
「連れないなぁ勇君……安心しなよ、近いうちにまた会えるからさ」
「それは味方としてか、それとも敵としてなのか……?」
「さぁね、君の気持ち次第さ」
獅堂はそう言い残すと玄関の方へ歩いていく。
勇は見送る様子すら無く、彼が去るのをリビングで微動だにせずじっと佇んでいた。
「そうそう、これは本心だから言わせておくれよ……」
「……」
「僕は本当に君の事が好きなんだ。 正義とか友情とかそういうのを人前で恥ずかしげもなく素でやり通す君の心がさ」
その時獅堂の顔に浮かぶのは自然な笑み。
今の一言が本心を示しているのか……その表情から見れば明らかだろう。
玄関に降りて靴を履きながら獅堂が語り続ける。
「スーパーヒーロー……かっこいいよねぇ、憧れちゃうよ……僕もそんなのに成れたらいいなって思ってるんだ」
「……」
「それじゃあね、正義のヒーロー藤咲勇君……大変お邪魔致しました」
そう言い残し、獅堂は勇の家から出ていった。
革靴が石畳みを叩く音が外から響き、その音は次第に小さくなっていく。
間も無くその足音は聞こえなくなり、静寂が勇の家を包んだ。
静寂が場を支配する中……勇が動きも見せず静かに佇む。
だが勇の瞳は意思を感じさせない虚空を映し、体も玄関の方を向けまま。
ただじっと……微動だにする事無くその場に立ち尽くしていた。
翌日も授業がある場合は少し残念だと思う時もあるが、それでも早く帰れるというだけで心躍る者は多いだろう。
家に帰る時にはまだ日差しは高く……リビングのカーテンの隙間から差し込む光が明かりの灯っていない室内を照らし、人気の無い静かな空間で宙を舞う埃の姿を映す。
一足早く帰ってきた勇が家の中へ入ると、そんな様子が視界に映り込んだ。
「そういや……先週掃除機かけてないよな……今のうちにやっちゃうか……」
部活をやらなくなって久しい勇は、家に帰った後の空いた時間で家事をする事が増えた。
両親が共働きという事もあって掃除などが疎かになりがちであった勇の家であったが、そうなってからというものの家の中はいつも彼の手によって整頓されている。
そういう行動を始める様になったのも、ちゃなが家に来たのがきっかけ。
女の子を埃まみれの家に泊める訳にはいかない……そう思った勇が彼女に配慮したのが最初だった。
勇が掃除機をかけながら想いに浸る。
ちゃなが来てから色々な事があったものだと。
彼女が家に訪れてからもう9ヶ月……もうすぐ1年ともなろう事に感慨深ささえ感じさせる。
今では後から風呂に入る事に抵抗も感じないし、彼女がパジャマで居ても普通に接せる。
至って普通の事かもしれないが、9ヶ月前の勇を思えば間違いなく成長したと言えるだろう。
リビングの掃除を済ませると、掃除機を片し……次は洗面所へと向かう。
洗面所の扉に付けられていた「使用中/未使用」と書かれた札もいつの間にか無くなっており、引っ掛けるフックだけが虚しく残っていた。
もはやそれにすら目を向ける事無く扉を開くと、洗濯物が溜まった洗濯籠を軽々と持ち上げる。
その中には当然、ちゃなの身に付けていた下着等も入っている訳で。
洗濯機に洗濯物を放り込んでいると……不意に洗濯物に紛れた誰かのパンツが視界に入り、そっと目を背ける。
多少なりに羞恥心はあるが、それも気付けば抵抗無く取り扱える様になっていた。
そんな時、ふと彼の脳裏に心輝とあずーの姿が浮かぶ。
仲が良いのか悪いのかよく判らないあの兄妹の事を。
「もしかしたら俺は田中さんの事……妹みたいな風に思い始めてるのかもしれないな……」
確かに年もそんなものだろう……もし彼女が正式にこの家の一員となったら、やはり彼女は妹になるのだろうか。
「今更妹なんて言われても……まぁ今のままみたいな関係で続くよな、普通」
誰にも聞こえない独り言が増える中、勇は一人で家事を続ける。
気付けば一通りの家事は済み、残るは今朝の朝食で使った皿を洗うのみ。
いつもの様に台所に立ち、食器を洗い始めようと袖を捲る。
すると間も無く家の呼び鈴が家中に鳴り響き、来客到来を告げた。
「ん、誰だろう……?」
勇が蛇口から漏れる水から引き戻し、掛けてあったタオルで湿った手を拭う。
自身に掛けていた「うさ」と書かれたうさぎ柄のエプロンを脱ぎ、ダイニングチェアの背もたれに掛けて玄関へと向かった。
「はい、どなたですか?」
扉を開き、顔を覗かせた勇の前に現れたのは初めて会う男。
優しそうな目つきと笑顔を浮かべた細身の男がそっと声を上げる。
「どうも、こんにちは勇君……初めまして……という事になのかな?」
「は、はぁ……」
勇の家に訪れた男……それは獅堂であった。
「その反応は……ヒドイなぁ福留さん、僕の事説明してくれていると思ったのに……」
福留という言葉を聞いて勇が気付く……彼は関係者なのだと。
「僕の名前は獅堂 雄英……詰まる所……これさ」
そう答えると、獅堂は勇の前に出した左手の平の上に「ポヤァ」っとした光のモヤを浮かばせた。
それは紛れも無く命力の光。
「えっ……まさか貴方も魔剣使いなんですか……?」
「はは、本来その言葉を外で発する事はNGだよ、勇君?」
「あ……」
彼の言う事は最もである。
勇達の存在はいわば秘匿された存在……バレる事に繋がる発言等はご法度と言える。
だが心輝達がそういった事も無く普通に口に出していた事で抵抗を失っていたのだろう……指摘された事で勇はどうやらその事に改めて気付いた様だ。
「そろそろ頃合いかなと思ってね、君に会いに来たんだ。 良かったら家に上がらせてもらえるかな?」
「あ、は、はい……どうぞ」
獅堂を玄関に招くと、勇はスリッパを取り出し彼に履かせて家に上げた。
掃除したてのリビングは綺麗に整っており、それが獅堂の目に映り興味を惹く。
「へぇ、綺麗に掃除出来てるじゃないか。 君はもっとガサツな人間かと思っていたのに」
「え、掃除してたのを知ってるんですか?」
「そりゃもちろん、窓の外から丸見えだったよ」
「あ……」
リビングの窓を覆うカーテンは掃除の際に開いたままであった。
とはいえ……彼に掃除している様を今までずっと見られていたと思うと、「何故ずっと眺めていたのか」という疑問を浮かばずにはいられない様で。
戸惑いから僅かに動きをギクシャクさせ、それが獅堂の僅かな微笑を呼んだ。
「と、とりあえず椅子にどうぞ。 何か飲み物は要りますか? 大したもの無いですけど」
「丁寧にどうも……飲み物は平気だよ、すぐに帰る予定だからね」
勇が窓際のソファーへ手を差し伸べると、獅堂はそれに従ってソファーに腰を掛ける。
勇もまたその対面にあるクッションに座り込むと、それを見計らって獅堂が話し始めた。
「君の事は実は割と早い段階から知っててね、本当ならもっと早く会いたいなって思ってたんだ」
「そ、そうなんですか……」
「うん、福留さんにも色々と世話になってたし、君の助けになればいいなと思ってさ」
彼の言葉から再び出る福留の名。
勇はそこで疑問に思う……「何故福留は彼の事を教えてくれなかったのか」、と。
だがそんな事など思う由も無く、獅堂の言葉は続く。
「結局、君の助けになれる事は殆ど無くて……はは、申し訳ないと思ってるよ」
「殆ど……何か俺……獅堂さんに助けてもらった事があったんですか……?」
眉を細めてそう返すと……獅堂はもたれた背を起こし、そのまま肘を自身の膝へと突く。
前屈させた体から頭を勇へ向け……ニッコリとした笑顔を浮かべさせた。
「まぁあれは僕の落ち度でもあるんだけどね……ジョゾウ達の事は覚えてるだろ?」
「あ……じゃ、じゃあもしかして……!?」
「そう……僕がカラクラの王で、人間であり、そして魔剣使いでもある獅堂という男さ」
それはジョゾウを差し向け、勇達に協力を仰ぐよう命令した者。
同時に、彼等を送る羽目になった原因を作った者でもある。
「ロゴウの件は本当に済まない事をしたと思っているよ。それによって出た犠牲も―――」
「ジョゾウさん達は元気にしてますか……?」
勇がハッキリとした声で獅堂の言葉を遮る。
あの時の戦いの結果は彼にとって思い出したくない程に凄惨な結果だった。
ライゴとミゴ……僅かとはいえ共に過ごした仲間を目の前で失った悲しみは未だ拭えていない。
だから勇は話題を切り替えた……あの時の戦いを思い出せば今にでも泣けそうだったから。
「―――ジョゾウは今や僕の親衛隊の隊長さ。 仲間は失ったけど、それがきっと彼を強くしてくれたんだと思う……勇君、君の様にね」
穏やかに語る獅堂の声はまるで勇を励まそうとしている様にも感じられた。
だがそれと同時に、止めた筈の話題がチラリと覗き……それが妙に勇の心に引っかかりを生む。
「さっきも言ったけど、君の事は色々知っているよ。 先週は特に大変だったね……ナイーヴァ……彼等は強かったんだろう?」
―――先週の事まで知ってる……この人は一体……―――
勇の心に疑問が木霊する。
福留を通して知ったのだろうか。
何故彼はそこまで知ろうとしたのか。
どこか腑に落ちない……そんな想いが駆け巡る。
「君も色々戦いの中苦労したんだろうね、彼等に勝てて良かったと思うよ……」
―――それは違う……あれは苦労なんかじゃない―――
「『あちら側』の人間も助けられたし、君は凄いね」
―――あれは徒労だ……アイツラに仕掛けられた無意味な殺戮だ!!―――
「獅堂さん、貴方は一体何が言いたいんですか……?」
勇の突然の一言に、獅堂が口を止める。
勇の顔に日の光に当たり、その真剣な眼差しを克明とさせていた。
「労いなのであれば素直に嬉しい……けど、それ以上はもう……止めてください」
「……何故だい?」
獅堂の笑顔が少し歪み、片側の笑窪が僅かに沈む。
その様はどこか……滑稽な作り笑いともとれる様相を伴う。
「俺は……そんな言葉の為に戦っている訳じゃない……ロゴウとの戦いも、ナイーヴァとの戦いも……あれは本人達の意思であってそうじゃない!」
「……」
「あの戦いはどっちもおかしいんだ……なんであんな戦いになってしまったのか……人の意思が介在していて根底が見えなさすぎるんだ!」
勇は獅堂に思い切り心の内の引っかかりを吐き出した。
どちらの戦いも、何か第三者的な力が掛かっている……勇にはその様にしか見えなかった。
ナイーヴァはそれがはっきりしていた……だがロゴウは違う。
ジョゾウははっきり言っていたのだ、ロゴウは彼と同じ争いの無い世を願っていた者だと。
『平和』を願う者が何故『平和』を壊す事を良しとして動いたのか……余りにも不自然過ぎたのだ。
「獅堂さん……貴方は何か知っているんじゃないのか……ロゴウの事を……!!」
勇は獅堂の緩んだ目へ、意思を篭めた鋭い眼光で睨み付ける。
途端互いの視線が合い、静かな間を生む。
だが獅堂は怯む事無く……視線を遮る様にその目をゆっくりと瞑らせた。
パチッ……パチッ……
すると突然獅堂がゆっくりと両手を合わせ始める。
そしてそれは徐々に拍手となってリビング一杯にその音を掻き鳴らし始めた。
「さすがだ……さすがだよ勇君……君はだから面白い……」
「ッ!?」
獅堂の瞑っていた目がゆっくり開く。
途端作り笑いの様な顔がグニィと歪み、口角が異様なまでに高く上がっていった。
そこに生まれたのは……気色悪い程の笑顔を作り上げた獅堂の顔。
「フフフ……君は本当に面白い奴だ……今までに見た事が無いくらい、純粋で、真っ直ぐで、それでいて、愚かでさ」
「何ッ……!?」
勇が警戒し、突いていた膝を持ち上げる。
すると突然獅堂がその笑みを慌てた様な顔に戻して勇の前に両手をかざした。
「わおわおわお……まぁまぁ落ち着きたまえ、僕は今日は戦うつもりなんて全く無いんだから」
だが勇は上げた膝を戻す事無く警戒を続ける。
そんな中獅堂はわざとらしく「ふぅ」と溜息をすると話を続けた。
「じゃあ最後だけ……ちょっと君の心を聞かせておくれよ」
「心……?」
「そうさ、君の心……君の想いって奴……」
獅堂が右手の人差し指を上に向けて伸ばす。
「君は人の心が変わらないって思うかい……?」
「……それは謎掛けなのか……?」
「違う違う、君の意見を聞きたいだけさ」
獅堂からの掴み所の無い質問。
だが勇の答えは……意思は決まっていた。
「変わりたい……そう思わない限り……人の心は変わらないと思う」
「ふむ……成程」
獅堂は何かを納得したかの様にウンウンと頷き勇の意見を聞き入れる。
そして何を思ったのか彼はおもむろに立ち上がった。
途端、獅堂の体が日を遮り、屈んだまま睨みつける勇に影を落とす。
自らの顔をも影に包み、沈む様な不敵な笑みを浮かべた彼が勇を見下した。
「……ありがとう勇君、面白い意見が聞けて良かったよ……今日はここで退散させてもらうとするさ。 また会える日を楽しみにしてるよ」
「もう二度と会いたくないですね……」
勇は立ち上がりながらそう答えると、獅堂はその言葉にショックを受けたような素振りで言葉を返す。
「連れないなぁ勇君……安心しなよ、近いうちにまた会えるからさ」
「それは味方としてか、それとも敵としてなのか……?」
「さぁね、君の気持ち次第さ」
獅堂はそう言い残すと玄関の方へ歩いていく。
勇は見送る様子すら無く、彼が去るのをリビングで微動だにせずじっと佇んでいた。
「そうそう、これは本心だから言わせておくれよ……」
「……」
「僕は本当に君の事が好きなんだ。 正義とか友情とかそういうのを人前で恥ずかしげもなく素でやり通す君の心がさ」
その時獅堂の顔に浮かぶのは自然な笑み。
今の一言が本心を示しているのか……その表情から見れば明らかだろう。
玄関に降りて靴を履きながら獅堂が語り続ける。
「スーパーヒーロー……かっこいいよねぇ、憧れちゃうよ……僕もそんなのに成れたらいいなって思ってるんだ」
「……」
「それじゃあね、正義のヒーロー藤咲勇君……大変お邪魔致しました」
そう言い残し、獅堂は勇の家から出ていった。
革靴が石畳みを叩く音が外から響き、その音は次第に小さくなっていく。
間も無くその足音は聞こえなくなり、静寂が勇の家を包んだ。
静寂が場を支配する中……勇が動きも見せず静かに佇む。
だが勇の瞳は意思を感じさせない虚空を映し、体も玄関の方を向けまま。
ただじっと……微動だにする事無くその場に立ち尽くしていた。
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外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~
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※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています
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