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第二十二節「戦列の条件 託されし絆の真実 目覚めの胎動」
~いつかまた会う時グローリーヴィジット~
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六日間も共に過ごせば自然とその仲も自然な形へと成っていくものだ。
共に拳を交わした者同士であればなおさらの事だ。
武人ともあれば、その絆はなお硬く心に刻まれ千切れる事すら困難な程となろう。
パパパパァーーーンッ!!
朝の都の角で軽快な音が鳴り響く。
そこはイ・ドゥールの者達が修練の場として使われる大広間。
多くの者達が朝の修練で体を動かす中……二人の戦士が激しく動き回り、拳を交わしていた。
それはマヴォとウィグルイ……共に身軽な動きで互いの攻撃を躱し防ぎ致命打を避けつつ攻撃に転じる。
その様や互角では無いかと思われる程に、交互に繰り出される攻撃がリズミカルさを感じさせた。
それは伝統のゲームとしてイ・ドゥールが嗜む『攻芸』と呼ばれるもの。
交互に相手の意表を突く攻撃を繰り返し、それを躱せぬ者の負け……という単純な遊びではあったが、反射神経を養う事と戦闘訓練を行う事を兼ねた実戦形式ともあり……戦闘部族である彼等らしい遊びであると言えよう。
すると次第にマヴォの動きが徐々に気後れを感じるようになり……次第に彼の体が圧されていく。
ウィグルイの猛攻を前に、捌ききるのがやっとなマヴォは遂に彼の一手を前に手痛い一撃を見舞われ腰を大地へと落としたのだった。
「うぐっ……ハァ……ハァ……参った、降参だ……」
「ハハハ……なかなかの腕前であった!!」
ウィグルイが腰に手を充て、満足そうな笑みを浮かべる。
既に彼の体は全快とも言える程に回復しきっており、その実力を存分に発揮していた。
先陣を切ったアージは早々にダウンしており、彼等が争う傍で座り佇んでいた。
師父と呼ばれていたウィグルイの実力は伊達では無く……一対一であれば二人がこの様に連続で戦おうとも適う相手では無い程の腕前を見せつけた様だ。
「さぁ、朝飯前の鍛錬はここで終わりにしようか……朝食が待っておる故な」
この数日間、彼等はこの様にウィグルイのリハビリを兼ねた訓練に付き合っている。
彼だけでなくイシュライトや民達とも拳を交わし、鍛錬によって心を交わす毎日を送っていた。
そのおかげか、彼等の戦闘技術を学ぶ事でより実戦的な戦闘経験を得た二人はより卓越した鋭い動きを見せるようになっていた。
屋敷へと戻った彼等は手早く食事を終え、食後の休憩をゆるりと楽しむ。
イ・ドゥールの者達とて戦いの後はしっかりと休み、体を作るのだ。
それが彼等の強さの秘密の一端でもある。
「時に……一つ聞きたい事があるのだがぁ……」
憩いの時間とも言えるその時……食事を終えて茶をすするアージとマヴォへ不意にウィグルイからの質問が飛ぶ。
「ヌ? 答えられる範囲であれば応えよう」
「ウム……貴公らの実力について、な……各々の動きはまるで、イ・ドゥールに伝わる秘技の一つ……【命筋鍛錬法】を行使し創り上げられた体のそれに似ておるのだ」
命筋鍛錬法……それは命力を行使し、自身の肉体の限界を超えて成長を促す鍛錬方法である。
常人であれば命力を自身の力へと加える形での強化をする事に対し、この鍛錬法は命力を肉体を構成する筋肉や骨などへの成長・修復・強化を促すもの。
それは彼等が長い年月を以って守り通してきた究極の肉体鍛錬法である。
それがあったからこそ、彼等は魔剣を持たずともそれに足る肉体を鍛え上げて来たという訳である。
「うむ……似ているのも無理は無い。 恐らくは同一の鍛錬法を利用している……のだと思う」
「……思うとな?」
思わせぶりの言葉を前にウィグルイが首を大きく傾げるが、アージはその様子を前に軽く頷くと言葉を連ねた。
「これは決して貴公らの秘技が漏れた訳でも無い……たった一人の男が自ら考え、自ら実践し、そして自ら至り……我等に伝えられたモノだ」
アージの目の奥に映るのは……自身が出会い、認め、成長した男の背中。
「彼はたった二年でその結論を出し、自らの強さでそれを実現した上で我等にその強靭さを見せつけたのだ。 初めて見た時……俺は驚愕したものだ……『そんな鍛錬法があるのか』とな……」
「一人で……その男とは?」
「我々魔特隊……人と魔者を繋ぐ為に立ち上がった集団の中心に居る男……藤咲勇という男だ」
「人と魔者を繋ぐ……中心の者か……一度会ってみたいものよ」
興味深そうに思わず声を漏らすウィグルイを前に、アージが笑いを上げて彼へと言葉を返した。
「彼奴は強いぞ? 何せ命力は豆粒ほどしか無いが、究極なまでにその使い方を熟知している……なまじ命力がある奴では至れん境地に彼奴は居るのだ」
「ならばなおの事手合い願いたいものだのぉ……ハハハ」
「ウム……まぁ彼奴は戦い自体は好きじゃないからな、滅多には戦えんよ」
途端、傍で笑いながら「違いねぇ」とヤジを飛ばすマヴォ……そんな彼の笑いに釣られて二人もまた声を上げて笑い始めた。
「何、楽しそうじゃん?」
すると突然、そんな彼等の背後……館の入り口に声と共に一人の人影が姿を現した。
そこに立つのは瀬玲。
万全そうな様子を見せる彼女を前に、アージとマヴォの笑顔がいつの間にか驚きの顔へと変化していた。
「セ……セリなのか……? その髪は一体……!?」
「んーーー伸びた」
「人間ってそんなもんなのかよぉ……?」
「んな訳ない」
二人は彼女の髪が伸びた事を知らなかった。
今までも顔見せこそしていたものの、基本的に布団に包まれていたという事もあり気付かなかった様である。
瀬玲はテクテクと館へ入り込み、彼等の前に立つと……そのしなやかな髪を巻き上げながらウィグルイへを見つめ、声を上げた。
「長い間、治療の場を設けて頂いてありがとうございました。 おかげさまでこうして完治致しました」
瀬玲がそっと頭を下げ……そしてゆっくりと持ち上げると、彼女を見つめたままのウィグルイとの目が合う。
「気にする事は無い……貴女の都だ」
「いえ、その事なんだけど……私は敢えて言わせてもらう。 あの戦い、まともに戦っていたら私の負けだったと思う。 私が勝てたのは貴方が知らない力を見せつけたから。 意表を突けなければ私の勝ちが無いのは貴方もわかっているはず」
彼女の言葉に返さないウィグルイ……無言が彼女の言葉を肯定し、事実とした。
「だからあの戦いは無効……師父は貴方のまま、私はそうして欲しいと願ってる。 それではダメ?」
「……難しい所じゃのぉ……掟は掟―――」
「はぁ……融通が利かないわねぇ」
「―――だが……掟はもはや破られる」
その時……合わせた二人の目が大きく見開かれる。
途端、彼の顔が大きな笑みを作り、彼女の前ですっくと立ち上がった。
「今一度、師父の名を冠し、その上で問う……アイザワセリよ、貴公の目指す道は如何様か?」
彼女の目指す道……彼女の在り方……それは―――
「私は心を目指します……貴方達が掟に縛られずに自分達の好きに生きられる明日を創る為に」
彼を見つめる瀬玲の瞳には迷いなど一切無い。
それを前に観念したのか、ウィグルイは「フゥ」と溜息を吐くと視線を外して呟く。
「……あい分かった……なれば師父の名、これからも儂が名乗ろうぞ」
「ありがとうございます……そして、お世話になりました」
二人の会話を前に、とうとう都を離れる日が来た事を実感したアージとマヴォもまた立ち上がり……彼女に先駆け入口へと向かう。
そんな二人に付いていく様に……瀬玲もまた外へと向けて踵を返した。
なお蒼天。
日の下に晒された瀬玲達が都の入口へと立ち、多くの人々に見送られながらウィグルイとの挨拶を交わす。
「いつかまた、相見えようぞ」
「ウム。 この数日、実に充実した毎日であった……是非ともまた御指導願いたい」
「ウィグルイ殿、次会う時は負けねぇぜ」
「フホホ……威勢だけは達者だのぉ……儂とて負けぬわ」
各々の準備は既に整い、イ・ドゥールの民達と挨拶を交わし……彼等が用意してくれた御土産を手に都から足を踏み出した。
その先に待つのは笠本が乗る軍用車。
一歩、また一歩と足を踏み出し……彼女が誘うままに車へと近づく。
すると……民達の間をすり抜ける様に一人の人影が駆け抜け、彼女達の下へと馳せた。
「待ってください、セリ!!」
高らかに声を上げて現れた男は当然……イシュライト。
滑り込む様に彼女の前に姿を現した彼はじっと彼女と目を合わせ、「グッ」と堪える様に握り締めた自身の拳を彼女の前に突き出して言葉を贈る。
「セリ……私は諦めませんよ。 またいつか、必ず会いましょう……そして、その時は是非とも……お手合わせ願えますか?」
それは彼なりの別れの挨拶……先程の事があったからこその、一歩引いた言葉。
だが、そんな彼に向けて……彼女が笑う……。
「だからぁ……お手合わせとかそういうのはいいんだってば……」
「う……」
途端シュンとして俯くイシュライト……だがそんな彼を前になおの事笑顔のまま―――
「でも、遊びに来るっていうなら私の住む街を案内したげるからさ……必ず遊びに来てよね?」
その時、俯いた彼の顔がスッと持ち上がり……今までにも無い程の大きな笑顔を浮かべた。
「セリ……!! わかりました……必ず、必ず……遊びに……お伺いに参ります!!」
「ん……待ってるよ。 じゃあね、イシュ」
突き出されたイシュライトの拳に、そっと優しく瀬玲の小さな拳が「ツン」と付き合わされる。
その挨拶を最後に、彼女はイ・ドゥール全ての人へ向けて手を振り別れを告げた。
彼女達が乗り走り去る車を多くの人々が見送る中……イシュライトは期待を乗せた笑みを浮かべたままいつまでもいつまでも……民達が去ってもなお、彼女達が乗る車の行く跡を見つめ続けたのだった。
大地の凹凸で揺れる車中で三人が顔を合わせて座り、感慨深く彼等の姿を胸に刻む。
そんな折、アージが瀬玲へと優しく問い掛けた。
「……セリ、いいのか? あの様な約束をしてしまって……お前はもう魔特隊を辞めるのだろう?」
魔特隊を辞める事……それは特殊な魔者との関わりを禁じられる事を意味する。
それはすなわち、イシュライトやウィグルイとの約束を反故にするというものだ。
だがそんな彼の言葉を前に、瀬玲がキョトンとした顔を浮かべる。
そして不意に口角が僅かに上がると……大きな笑みを作り上げた。
「アハハ……そういえばそうだったねぇ……忘れてた」
「忘れてただとぉ……」
「イヒヒ……もうすっかりしっかりってね……さぁてどうしようか―――なんてさ、まぁなんとなくね、結果は出てるんだけどさ」
「ウヌ……?」
車中の壁に背を充て、肩肘を張って手を座席へ乗せると……その足を交互にパタパタと揺らせる。
小さく俯き、その顔に影を落とすが……途端にその顔が上がり、歯を見せる程の笑顔を覗かせた。
「今回の事でさ、わかっちゃったんだよねぇ……私、戦いが好きに成っちゃったかも」
「何ィ……!?」
突然の告白に耳を疑う二人。
「二人にとっては嬉しくない事も知れないけど、そう感じたのは事実。 そんで、私は今まで自分を殺して人の為に色々やってきた……でもそれはもうおしまい。 私は私らしく、私の為に私がやりたい事をやる……だからさ、皆に導いて欲しいんだ。 私が間違った方向に行かないようにさ」
彼女の答えを前に、驚く顔を浮かべていたアージの表情が徐々に真剣な顔付きへと戻っていく。
そしてその目をそっと彼女へ向けると、彼が低い声で返した。
「わかった……お前の事だ、きっとそれも容易であろう。 なれば俺達はその道を作るだけだ」
「……ありがと」
少女が抱いた幻想は、大人となって現実となる。
それが例え理想と掛け離れていたとしても、それが真に望む形とわかったなら―――
―――それが彼女にとっての最高の理想と成る。
そしてそれに気付いたから、彼女は再び前へ進む事を選んだ。
これからも彼女の苦難は続くだろう。
だが、彼女はもう迷わない。
自分の理想を知ったから。
その先に在る自分を見たいから。
彼女はただ、今はその為だけに……前へと進む。
第二十二節 完
共に拳を交わした者同士であればなおさらの事だ。
武人ともあれば、その絆はなお硬く心に刻まれ千切れる事すら困難な程となろう。
パパパパァーーーンッ!!
朝の都の角で軽快な音が鳴り響く。
そこはイ・ドゥールの者達が修練の場として使われる大広間。
多くの者達が朝の修練で体を動かす中……二人の戦士が激しく動き回り、拳を交わしていた。
それはマヴォとウィグルイ……共に身軽な動きで互いの攻撃を躱し防ぎ致命打を避けつつ攻撃に転じる。
その様や互角では無いかと思われる程に、交互に繰り出される攻撃がリズミカルさを感じさせた。
それは伝統のゲームとしてイ・ドゥールが嗜む『攻芸』と呼ばれるもの。
交互に相手の意表を突く攻撃を繰り返し、それを躱せぬ者の負け……という単純な遊びではあったが、反射神経を養う事と戦闘訓練を行う事を兼ねた実戦形式ともあり……戦闘部族である彼等らしい遊びであると言えよう。
すると次第にマヴォの動きが徐々に気後れを感じるようになり……次第に彼の体が圧されていく。
ウィグルイの猛攻を前に、捌ききるのがやっとなマヴォは遂に彼の一手を前に手痛い一撃を見舞われ腰を大地へと落としたのだった。
「うぐっ……ハァ……ハァ……参った、降参だ……」
「ハハハ……なかなかの腕前であった!!」
ウィグルイが腰に手を充て、満足そうな笑みを浮かべる。
既に彼の体は全快とも言える程に回復しきっており、その実力を存分に発揮していた。
先陣を切ったアージは早々にダウンしており、彼等が争う傍で座り佇んでいた。
師父と呼ばれていたウィグルイの実力は伊達では無く……一対一であれば二人がこの様に連続で戦おうとも適う相手では無い程の腕前を見せつけた様だ。
「さぁ、朝飯前の鍛錬はここで終わりにしようか……朝食が待っておる故な」
この数日間、彼等はこの様にウィグルイのリハビリを兼ねた訓練に付き合っている。
彼だけでなくイシュライトや民達とも拳を交わし、鍛錬によって心を交わす毎日を送っていた。
そのおかげか、彼等の戦闘技術を学ぶ事でより実戦的な戦闘経験を得た二人はより卓越した鋭い動きを見せるようになっていた。
屋敷へと戻った彼等は手早く食事を終え、食後の休憩をゆるりと楽しむ。
イ・ドゥールの者達とて戦いの後はしっかりと休み、体を作るのだ。
それが彼等の強さの秘密の一端でもある。
「時に……一つ聞きたい事があるのだがぁ……」
憩いの時間とも言えるその時……食事を終えて茶をすするアージとマヴォへ不意にウィグルイからの質問が飛ぶ。
「ヌ? 答えられる範囲であれば応えよう」
「ウム……貴公らの実力について、な……各々の動きはまるで、イ・ドゥールに伝わる秘技の一つ……【命筋鍛錬法】を行使し創り上げられた体のそれに似ておるのだ」
命筋鍛錬法……それは命力を行使し、自身の肉体の限界を超えて成長を促す鍛錬方法である。
常人であれば命力を自身の力へと加える形での強化をする事に対し、この鍛錬法は命力を肉体を構成する筋肉や骨などへの成長・修復・強化を促すもの。
それは彼等が長い年月を以って守り通してきた究極の肉体鍛錬法である。
それがあったからこそ、彼等は魔剣を持たずともそれに足る肉体を鍛え上げて来たという訳である。
「うむ……似ているのも無理は無い。 恐らくは同一の鍛錬法を利用している……のだと思う」
「……思うとな?」
思わせぶりの言葉を前にウィグルイが首を大きく傾げるが、アージはその様子を前に軽く頷くと言葉を連ねた。
「これは決して貴公らの秘技が漏れた訳でも無い……たった一人の男が自ら考え、自ら実践し、そして自ら至り……我等に伝えられたモノだ」
アージの目の奥に映るのは……自身が出会い、認め、成長した男の背中。
「彼はたった二年でその結論を出し、自らの強さでそれを実現した上で我等にその強靭さを見せつけたのだ。 初めて見た時……俺は驚愕したものだ……『そんな鍛錬法があるのか』とな……」
「一人で……その男とは?」
「我々魔特隊……人と魔者を繋ぐ為に立ち上がった集団の中心に居る男……藤咲勇という男だ」
「人と魔者を繋ぐ……中心の者か……一度会ってみたいものよ」
興味深そうに思わず声を漏らすウィグルイを前に、アージが笑いを上げて彼へと言葉を返した。
「彼奴は強いぞ? 何せ命力は豆粒ほどしか無いが、究極なまでにその使い方を熟知している……なまじ命力がある奴では至れん境地に彼奴は居るのだ」
「ならばなおの事手合い願いたいものだのぉ……ハハハ」
「ウム……まぁ彼奴は戦い自体は好きじゃないからな、滅多には戦えんよ」
途端、傍で笑いながら「違いねぇ」とヤジを飛ばすマヴォ……そんな彼の笑いに釣られて二人もまた声を上げて笑い始めた。
「何、楽しそうじゃん?」
すると突然、そんな彼等の背後……館の入り口に声と共に一人の人影が姿を現した。
そこに立つのは瀬玲。
万全そうな様子を見せる彼女を前に、アージとマヴォの笑顔がいつの間にか驚きの顔へと変化していた。
「セ……セリなのか……? その髪は一体……!?」
「んーーー伸びた」
「人間ってそんなもんなのかよぉ……?」
「んな訳ない」
二人は彼女の髪が伸びた事を知らなかった。
今までも顔見せこそしていたものの、基本的に布団に包まれていたという事もあり気付かなかった様である。
瀬玲はテクテクと館へ入り込み、彼等の前に立つと……そのしなやかな髪を巻き上げながらウィグルイへを見つめ、声を上げた。
「長い間、治療の場を設けて頂いてありがとうございました。 おかげさまでこうして完治致しました」
瀬玲がそっと頭を下げ……そしてゆっくりと持ち上げると、彼女を見つめたままのウィグルイとの目が合う。
「気にする事は無い……貴女の都だ」
「いえ、その事なんだけど……私は敢えて言わせてもらう。 あの戦い、まともに戦っていたら私の負けだったと思う。 私が勝てたのは貴方が知らない力を見せつけたから。 意表を突けなければ私の勝ちが無いのは貴方もわかっているはず」
彼女の言葉に返さないウィグルイ……無言が彼女の言葉を肯定し、事実とした。
「だからあの戦いは無効……師父は貴方のまま、私はそうして欲しいと願ってる。 それではダメ?」
「……難しい所じゃのぉ……掟は掟―――」
「はぁ……融通が利かないわねぇ」
「―――だが……掟はもはや破られる」
その時……合わせた二人の目が大きく見開かれる。
途端、彼の顔が大きな笑みを作り、彼女の前ですっくと立ち上がった。
「今一度、師父の名を冠し、その上で問う……アイザワセリよ、貴公の目指す道は如何様か?」
彼女の目指す道……彼女の在り方……それは―――
「私は心を目指します……貴方達が掟に縛られずに自分達の好きに生きられる明日を創る為に」
彼を見つめる瀬玲の瞳には迷いなど一切無い。
それを前に観念したのか、ウィグルイは「フゥ」と溜息を吐くと視線を外して呟く。
「……あい分かった……なれば師父の名、これからも儂が名乗ろうぞ」
「ありがとうございます……そして、お世話になりました」
二人の会話を前に、とうとう都を離れる日が来た事を実感したアージとマヴォもまた立ち上がり……彼女に先駆け入口へと向かう。
そんな二人に付いていく様に……瀬玲もまた外へと向けて踵を返した。
なお蒼天。
日の下に晒された瀬玲達が都の入口へと立ち、多くの人々に見送られながらウィグルイとの挨拶を交わす。
「いつかまた、相見えようぞ」
「ウム。 この数日、実に充実した毎日であった……是非ともまた御指導願いたい」
「ウィグルイ殿、次会う時は負けねぇぜ」
「フホホ……威勢だけは達者だのぉ……儂とて負けぬわ」
各々の準備は既に整い、イ・ドゥールの民達と挨拶を交わし……彼等が用意してくれた御土産を手に都から足を踏み出した。
その先に待つのは笠本が乗る軍用車。
一歩、また一歩と足を踏み出し……彼女が誘うままに車へと近づく。
すると……民達の間をすり抜ける様に一人の人影が駆け抜け、彼女達の下へと馳せた。
「待ってください、セリ!!」
高らかに声を上げて現れた男は当然……イシュライト。
滑り込む様に彼女の前に姿を現した彼はじっと彼女と目を合わせ、「グッ」と堪える様に握り締めた自身の拳を彼女の前に突き出して言葉を贈る。
「セリ……私は諦めませんよ。 またいつか、必ず会いましょう……そして、その時は是非とも……お手合わせ願えますか?」
それは彼なりの別れの挨拶……先程の事があったからこその、一歩引いた言葉。
だが、そんな彼に向けて……彼女が笑う……。
「だからぁ……お手合わせとかそういうのはいいんだってば……」
「う……」
途端シュンとして俯くイシュライト……だがそんな彼を前になおの事笑顔のまま―――
「でも、遊びに来るっていうなら私の住む街を案内したげるからさ……必ず遊びに来てよね?」
その時、俯いた彼の顔がスッと持ち上がり……今までにも無い程の大きな笑顔を浮かべた。
「セリ……!! わかりました……必ず、必ず……遊びに……お伺いに参ります!!」
「ん……待ってるよ。 じゃあね、イシュ」
突き出されたイシュライトの拳に、そっと優しく瀬玲の小さな拳が「ツン」と付き合わされる。
その挨拶を最後に、彼女はイ・ドゥール全ての人へ向けて手を振り別れを告げた。
彼女達が乗り走り去る車を多くの人々が見送る中……イシュライトは期待を乗せた笑みを浮かべたままいつまでもいつまでも……民達が去ってもなお、彼女達が乗る車の行く跡を見つめ続けたのだった。
大地の凹凸で揺れる車中で三人が顔を合わせて座り、感慨深く彼等の姿を胸に刻む。
そんな折、アージが瀬玲へと優しく問い掛けた。
「……セリ、いいのか? あの様な約束をしてしまって……お前はもう魔特隊を辞めるのだろう?」
魔特隊を辞める事……それは特殊な魔者との関わりを禁じられる事を意味する。
それはすなわち、イシュライトやウィグルイとの約束を反故にするというものだ。
だがそんな彼の言葉を前に、瀬玲がキョトンとした顔を浮かべる。
そして不意に口角が僅かに上がると……大きな笑みを作り上げた。
「アハハ……そういえばそうだったねぇ……忘れてた」
「忘れてただとぉ……」
「イヒヒ……もうすっかりしっかりってね……さぁてどうしようか―――なんてさ、まぁなんとなくね、結果は出てるんだけどさ」
「ウヌ……?」
車中の壁に背を充て、肩肘を張って手を座席へ乗せると……その足を交互にパタパタと揺らせる。
小さく俯き、その顔に影を落とすが……途端にその顔が上がり、歯を見せる程の笑顔を覗かせた。
「今回の事でさ、わかっちゃったんだよねぇ……私、戦いが好きに成っちゃったかも」
「何ィ……!?」
突然の告白に耳を疑う二人。
「二人にとっては嬉しくない事も知れないけど、そう感じたのは事実。 そんで、私は今まで自分を殺して人の為に色々やってきた……でもそれはもうおしまい。 私は私らしく、私の為に私がやりたい事をやる……だからさ、皆に導いて欲しいんだ。 私が間違った方向に行かないようにさ」
彼女の答えを前に、驚く顔を浮かべていたアージの表情が徐々に真剣な顔付きへと戻っていく。
そしてその目をそっと彼女へ向けると、彼が低い声で返した。
「わかった……お前の事だ、きっとそれも容易であろう。 なれば俺達はその道を作るだけだ」
「……ありがと」
少女が抱いた幻想は、大人となって現実となる。
それが例え理想と掛け離れていたとしても、それが真に望む形とわかったなら―――
―――それが彼女にとっての最高の理想と成る。
そしてそれに気付いたから、彼女は再び前へ進む事を選んだ。
これからも彼女の苦難は続くだろう。
だが、彼女はもう迷わない。
自分の理想を知ったから。
その先に在る自分を見たいから。
彼女はただ、今はその為だけに……前へと進む。
第二十二節 完
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