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第二十六節「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」
~寄り添い合いたい~
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【アストラルエネマ】。
これは無限の命力を宿す者の総称である。
その類稀なる才能を発現させた者は須らく歴史に偉業を残した。
伝承でこの様な記述さえ残す程に。
〝この才を抱きし者、幾百の時を経て地に生まれん
十の山を焼き、十の湖を枯らしてもなお命果てる事無し
それさえも息を吐く様に、飲水の如く易と成すであろう〟
まさしく、語りに偽り無し。
彼等の成した偉業は奇跡そのものだった。
故に、かつて人は彼等を現人神と崇めたという。
世界を安寧に導いてくれるであろう存在として。
けれど彼等は須らく、生き続ける事は無かった。
才に恵まれたからこそ、常人である事を辞められなかったのだ。
だが今、常人の枠を超えた【アストラルエネマ】がここに誕生する。
己の体の弱さに嘆く事も無く。
信じた者が教えてくれた技術で体を鍛えて。
多くの絆を背負い、覚悟と決意でその身を滾らせる。
その神々しく輝く姿、まさに神の如し。
夜の闇夜すら掻き消して、都庁一階をくまなく照らし出す。
阿修羅の王さえも慄かせる程の威圧感までをも解き放って。
そうして立つ者こそ―――田中 茶奈。
身に纏う命力鎧はもはや鎧ではない。
全身を覆い尽くすまでの、極大光の塊である。
その姿を前に、人々は見惚れる事となるだろう。
かつてその才者を崇めた『あちら側』の民衆と同様に。
それも現場に居た者達だけではなく、この映像を観た全ての者が。
それ程までに、美しかったのだ。
〝白極光の女神〟と思わず称してしまうまでに。
「【アストラルエネマ】……これ程かあッ!!?」
その圧倒的な命力を前にして、ギューゼルが堪らず唸る。
慄きの余り、巨大な上半身を、顎をも引かせて。
伝説に違わぬ存在を目の当たりにしたからこそ、退かずには居られなかったのだ。
「まかさこやつ、力を―――抑えていたぁ!?」
きっと今まで、ギューゼルは【アストラルエネマ】という存在を舐めていたのだろう。
長生きも出来ない常人が凡人に讃えられているだけなのだと。
枠を超えた自分を前にすれば、ただ命力が多いだけのちっぽけな存在なのだと。
でもそれは違っていた。
少なくとも、茶奈だけは。
今目の前に立つのは、命力の何たるかを心得た者だ。
つまり、ギューゼルと同じ立ち位置に居る無限命力の所持者という事だ。
戦慄しない訳が無い。
驚愕しない訳が無い。
例え体が細くても、柔らかくても。
こうして見せた命力は間違い無く―――ギューゼルよりも遥かに上なのだから。
その出力も、その密度も、その規模さえも。
もちろん、茶奈もただ加減していた訳ではない。
この場で扱うに相応しい命力量を測っていたのだ。
叩きつつ命力出力を調整しながら。
その末に今、放出するべき命力量が定まった。
都庁を振動崩壊させる事無く。
それでいてギューゼルを上回る程で。
更には自分が最も動きやすいという最適解が。
その答えから出来上がったものこそが、【命力全域鎧装】の真なる姿。
グ オ ォ ォーーーーーーンッッッ!!!!!
波動音が唸る。
鳴動が重なる。
大地を、壁を、建物をも揺らしながら。
全てが多重低鳴音を反射し、周囲全者の鼓膜を突く。
まるで、耳元で無数の拡音器を打ち鳴らされたかの様に。
しかもその音が、波動が、茶奈の戦意をも体現しよう。
振動が周囲の埃や破片を跳ね上げ、蠢いていく。
彼女を中心にした渦巻きの様な紋様を描いて。
そして今、その紋様が突如として弾け飛ぶ。
ギューゼルへと戦意を向けた事によって。
「はぁぁぁッッ!!!」
「来いッ!! 【アストラルエネマ】ァァァ!!!」
ならば、二人が再び激突する事は必然。
その咆哮が発端となり、二人が遂に飛び出した。
埃を、砂塵を消し飛ばしながら。
ッドォォォーーーーーーンッ!!!
間も無く、二人の間に突風が巻き起こる。
二人の拳が付き合わされたのである。
生まれた衝撃は凄まじく、衝撃波が周囲の壁や入口の鉄格子を打ち砕く。
それだけの威力を誇っていたが故に。
しかしてその衝撃を生んだのは、巨木の如き剛腕拳と小枝の如き華奢拳のぶつかり合い。
ともなれば誰しもが後者の負けと思うだろう。
だが―――
「ごぉぉぉうッ!?」
この時跳ね上がっていたのは、なんとギューゼルの拳だった。
それも拳に纏っていた命力装甲さえ粉々に打ち砕かれて。
拳が潰されていたからではない。
単純に威力で押し負けたのだ。
しかもそれで終わりではない。
途端、茶奈の姿がギューゼルの懐から消え失せる。
まるで景色に溶けていくかの様に。
ボッゴォ!!!
ただし、そう認識する間も与える事は無い。
〝消えた〟と思った瞬間には、ギューゼルの体が腹部から屈曲させられていたのだから。
茶奈が一瞬にして側腹部へと回り込み、脇腹へと拳を打ち込んでいたのである。
目にも止まらぬ速度で、分身の如き鋭角残光までをも刻み込んで。
「ゴブォッ!?」
あの巨体がたちまち宙に浮く。
苦悶を顔に滲ませながら。
ドズンッ!!
更には背が反り上がる。
吹き飛ぶ間さえ与える事無く、茶奈の追撃が頸椎を打ち抜いていたのだ。
そしてギューゼルは慄く事となるだろう。
頭上で輝く両拳を振り上げていた茶奈を前にして。
柔らかな体をこれでもかという程に反り返して。
己の力を込めて、篭めて、籠めて、激烈光の力と換えよう。
その力を解き放てばもはや、大きいだけの相手など小石となんら変わりはしない。
振り下ろした拳はまるで彗星の如し。
残光が、命燐光が、尾光として鳴音と共に解き放たれる。
ドッギャァァァーーーーーーッッッ!!!!
その威力、ギューゼルの体を介して床を大きく沈めさせる程に強大。
たちまちクレーターが形成され、無数の破片が天井にまで跳ね上がる。
それも周辺の壁や床を砕き、硝子を外へと四散させながら。
茶奈の動きはもはや常軌を逸している。
一線を越えているはずのギューゼルさえも捉えられない程に。
動くよりも速く。
考えるよりも速く。
本能よりも速く。
更には移動慣性さえも圧し殺して。
大地を蹴り、空気を蹴る。
大気干渉を是とする命力特性を生かした、壁無き壁蹴りからなる超高速移動。
そうして大気中を自由に移動する姿はまるで光だ。
茶奈は今、光そのものと成ったのだ。
そう、今の茶奈は魔剣無しで翔べるのである。
それも自由自在に、意思の赴くままに。
更なる加速さえも実現させて。
床へと打ち込まれたギューゼルを前にして、茶奈が空かさず空気を叩いて跳ねる。
距離を取り、体勢を整える為に。
激しく高揚しても、心はとても冷静なままで。
反撃の警戒と己の消耗をを鑑みて、最適解を導き出した様だ。
今の攻防だけでも相応に体力を消耗するからこそ。
「ハァッ、ハァッ……」
それに【フルクラスタ】に息継ぎが必要という弱点は、最適化した今も健在。
だからこうして逐一体勢を整え、呼吸を整えなければならない。
力が強過ぎる故のデメリットといった所か。
「ガハッ……グッ、カフッ!!」
対するギューゼルはと言えば、まだ生きている。
クレーターに埋め込まれたその身を引き起こし、うつ伏せで肘膝を付いていて。
でもそれ以上は起き上がれない。
自慢の防御力も甲斐無く、吐血する程の損傷を負っていたが故に。
たった四撃。
たったそれだけであのギューゼルが地に伏した。
それ程に最適化された【フルクラスタ】の攻撃性能が段違いだったのだろう。
しかし、その過剰とも言える攻撃力が―――おごりを生んだ。
ギューゼルは明らかに弱っている。
窪みの段差が邪魔をして表情こそ伺えないが。
吐血の様子も隠せず、肩をも震わせていて。
すぐに立つ事も叶わず、四つん這いのままだ。
そんな相手を見た時、茶奈の脳裏に一つの欲が過る。
「このまま押し切れば勝てる」という、焦りから生まれた欲が。
その欲が今、茶奈を再び跳ねさせていた。
『これなら、これなら倒せる―――うあああーーーッッ!!!』
それは声にならない叫びだった。
誰にも聴こえない、命力壁に阻まれた雄叫びだった。
だからこそ叫べる。
己の心を昂らせる為に。
悟られる余地さえ与える事無く。
ただ、悟る余地は無くとも―――悟る予知は出来るだろう。
茶奈がギューゼルへと飛び掛かった瞬間、それは起きる。
突如として床が砕け、巨腕が飛び出してきたのだ。
「なっ!?」
なまじクレーターに隠れていたから気付けなかったのだろう。
その巨体だからこそ出来る芸当が茶奈の不意を突く。
あろう事か、茶奈の片足首を掴み取ったのである。
「獲ったァァァーーーッ!! フハハハァーーーッ!!」
「あああっ!!」
全ては、茶奈をおびき出す為の囮だったのだ。
ギューゼルの負った傷こそ、体現した通りに深い。
尋常ではない吐血具合を見るに、弱っているのは嘘では無いのだろう。
しかしそれを敢えて隠さず見せつけた。
弱っていると見せつけ、茶奈に付け入る隙を与える為に。
卑怯?
それは違う。
これが『あちら側』における生き方だ。
生きる為に何でもする、その集大成とも言える戦術だ。
生き残る者こそが正しいという世界であるが故に。
そして今ようやくその戦術が実った。
究極の【アストラルエネマ】、茶奈を捕らえるという偉業を成し遂げて。
ギューゼルの腕が、体が持ち上がる。
己に秘めた力を振り絞り、起死回生の逆転を果たす為に。
茶奈の体をも振り上げて。
本能の赴くまま、獣の如き雄叫びを上げながら。
「アストラルエネマァ!!ヲォァアアアーーーッッッ!!!!」
ゴギンッッッ!!
しかもその拳が茶奈の細足を握り折る。
命力の鎧に包まれていようとも強引に、容赦無く。
「~~~ッッ!!!!」
その時走った激痛が、茶奈に音無き声をもたらす事に。
余りにも強引だったから、余りにも強烈だったから。
しかもギューゼルはなお止まらない。
その力のままに茶奈を床へと叩き付けたのだ。
ドッガァァァ!!!
『がッ!?』
痛みに悶える暇すら与えない。
反撃する余裕すら与えない。
ギューゼルももはや必死だ。
一分一秒でも早く茶奈を殺さねば、自分が殺されてしまうから。
長い年月を生きて培ってきた生存本能が「敵を殺せ!!」と叫ぶからこそ。
だから叩き付けたのは一発だけではない。
二発、三発……敵が肉片となって飛び散るまで辞めるつもりは無い。
その度に大きく腕を振り上げ叩き落す。
強引に、力の限りに。
その叩き付けは【フルクラスタ】の防御性能さえ砕き貫く程に強烈。
床へと打ち当たる度に光が、命力が弾けて砕け飛び。
茶奈の口から鮮血が吐かれ、命力鎧に混じって紅く染め上げる。
「潰すゥ!! 破壊してやる!! バラバラにッ!!」
ドッゴォ!!
バゴォ!!
バギャンッ!!
もはやそこに神々しい女神たる姿は微塵も残されていない。
今や鬼神に囚われ、死に追いやられる寸前の生贄だ。
もう反撃する事さえ出来ないのだろう。
抵抗する事さえままならないのだろう。
ただ振られ、叩き付けられるがままに。
その瞳は掠れ、意識も乏しくて。
激痛苦痛が茶奈の心を削り取る。
そうして再びその華奢な体が振り上げられる。
最後の一撃と言わんばかりに高々と。
「終 わ りだァァァーーーーーーッ!!」
これでもし叩き付けられれば、茶奈は死ぬだろう。
間違いなく、ただの肉塊と化すだろう。
薄れ行く意識の中で、そう悟ったから。
故に今、その視界が真白に塗り潰される。
ギューゼルの視界も同様にして。
バグォォォーーーーーーンッッッ!!!!
それは爆音。
全ての音を掻き消す程に強烈な。
でもこれは決して、叩き付けで起きた音では無い。
茶奈を振り上げたギューゼルの腕が爆破された音である。
「な ん だとォォォッッ!!?」
その衝撃は凄まじく、茶奈を手放すどころか巨体までをも吹き飛ばしていて。
たちまち壁へと激突し、その身を激しく強くめり込ませさせる。
爆炎による火傷までをもその身に刻んで。
一方の茶奈は、振り上げられた勢いのままに二階の彼方へ。
ただし力の無い姿に変わりは無いが。
しかしそんな事よりも何よりも。
ギューゼルはただただ驚く他無かった。
自身をこうまでさせた存在がとても信じられなかったから。
「キッ、キサマはあッ!!?」
そう、信じられる訳も無かったのだ。
それを成したのが、心輝だったのだから。
この時、心輝が業炎を振り撒きながら華麗に着地を果たす。
あれだけの損傷を受け、力尽きたはずにも拘らず。
それどころか戦闘開始時よりもずっと荒々しく、力に溢れた姿を見せつけていて。
しかも身纏う炎さえも明らかに違う。
今まではただの赤炎だった。
でも今纏っているのは―――白炎。
それもまるで火花の様に閃出していたのである。
「ば、馬鹿な……キサマは枯れたハズ、キサマは砕いたハズッ!!!」
これに驚かない訳が無い。
戦慄しない訳が無い。
先程、心輝は渾身の一撃で戦闘不能に陥ったはずなのに。
命力も尽きて、炎を出す事さえ困難だったはずなのに。
なのにこうしてまた目の前に現れて。
それもまるで別人の様に強くなっている。
明らかに異常としか思えなかったのだ。
「へへっ、俺は不死身のォ、心輝様よおッ!!」
そんな相手に向けるのは相変わらずの調子良い姿で。
唇の血糊を親指で拭って弾き、不敵な笑みを見せつける。
その内に秘めたる闘志を、白炎と共に露わとさせながら。
彼等の戦いはなお、熾烈を重ね続けるだろう。
意外な伏兵の登場をきっかけとして。
これは無限の命力を宿す者の総称である。
その類稀なる才能を発現させた者は須らく歴史に偉業を残した。
伝承でこの様な記述さえ残す程に。
〝この才を抱きし者、幾百の時を経て地に生まれん
十の山を焼き、十の湖を枯らしてもなお命果てる事無し
それさえも息を吐く様に、飲水の如く易と成すであろう〟
まさしく、語りに偽り無し。
彼等の成した偉業は奇跡そのものだった。
故に、かつて人は彼等を現人神と崇めたという。
世界を安寧に導いてくれるであろう存在として。
けれど彼等は須らく、生き続ける事は無かった。
才に恵まれたからこそ、常人である事を辞められなかったのだ。
だが今、常人の枠を超えた【アストラルエネマ】がここに誕生する。
己の体の弱さに嘆く事も無く。
信じた者が教えてくれた技術で体を鍛えて。
多くの絆を背負い、覚悟と決意でその身を滾らせる。
その神々しく輝く姿、まさに神の如し。
夜の闇夜すら掻き消して、都庁一階をくまなく照らし出す。
阿修羅の王さえも慄かせる程の威圧感までをも解き放って。
そうして立つ者こそ―――田中 茶奈。
身に纏う命力鎧はもはや鎧ではない。
全身を覆い尽くすまでの、極大光の塊である。
その姿を前に、人々は見惚れる事となるだろう。
かつてその才者を崇めた『あちら側』の民衆と同様に。
それも現場に居た者達だけではなく、この映像を観た全ての者が。
それ程までに、美しかったのだ。
〝白極光の女神〟と思わず称してしまうまでに。
「【アストラルエネマ】……これ程かあッ!!?」
その圧倒的な命力を前にして、ギューゼルが堪らず唸る。
慄きの余り、巨大な上半身を、顎をも引かせて。
伝説に違わぬ存在を目の当たりにしたからこそ、退かずには居られなかったのだ。
「まかさこやつ、力を―――抑えていたぁ!?」
きっと今まで、ギューゼルは【アストラルエネマ】という存在を舐めていたのだろう。
長生きも出来ない常人が凡人に讃えられているだけなのだと。
枠を超えた自分を前にすれば、ただ命力が多いだけのちっぽけな存在なのだと。
でもそれは違っていた。
少なくとも、茶奈だけは。
今目の前に立つのは、命力の何たるかを心得た者だ。
つまり、ギューゼルと同じ立ち位置に居る無限命力の所持者という事だ。
戦慄しない訳が無い。
驚愕しない訳が無い。
例え体が細くても、柔らかくても。
こうして見せた命力は間違い無く―――ギューゼルよりも遥かに上なのだから。
その出力も、その密度も、その規模さえも。
もちろん、茶奈もただ加減していた訳ではない。
この場で扱うに相応しい命力量を測っていたのだ。
叩きつつ命力出力を調整しながら。
その末に今、放出するべき命力量が定まった。
都庁を振動崩壊させる事無く。
それでいてギューゼルを上回る程で。
更には自分が最も動きやすいという最適解が。
その答えから出来上がったものこそが、【命力全域鎧装】の真なる姿。
グ オ ォ ォーーーーーーンッッッ!!!!!
波動音が唸る。
鳴動が重なる。
大地を、壁を、建物をも揺らしながら。
全てが多重低鳴音を反射し、周囲全者の鼓膜を突く。
まるで、耳元で無数の拡音器を打ち鳴らされたかの様に。
しかもその音が、波動が、茶奈の戦意をも体現しよう。
振動が周囲の埃や破片を跳ね上げ、蠢いていく。
彼女を中心にした渦巻きの様な紋様を描いて。
そして今、その紋様が突如として弾け飛ぶ。
ギューゼルへと戦意を向けた事によって。
「はぁぁぁッッ!!!」
「来いッ!! 【アストラルエネマ】ァァァ!!!」
ならば、二人が再び激突する事は必然。
その咆哮が発端となり、二人が遂に飛び出した。
埃を、砂塵を消し飛ばしながら。
ッドォォォーーーーーーンッ!!!
間も無く、二人の間に突風が巻き起こる。
二人の拳が付き合わされたのである。
生まれた衝撃は凄まじく、衝撃波が周囲の壁や入口の鉄格子を打ち砕く。
それだけの威力を誇っていたが故に。
しかしてその衝撃を生んだのは、巨木の如き剛腕拳と小枝の如き華奢拳のぶつかり合い。
ともなれば誰しもが後者の負けと思うだろう。
だが―――
「ごぉぉぉうッ!?」
この時跳ね上がっていたのは、なんとギューゼルの拳だった。
それも拳に纏っていた命力装甲さえ粉々に打ち砕かれて。
拳が潰されていたからではない。
単純に威力で押し負けたのだ。
しかもそれで終わりではない。
途端、茶奈の姿がギューゼルの懐から消え失せる。
まるで景色に溶けていくかの様に。
ボッゴォ!!!
ただし、そう認識する間も与える事は無い。
〝消えた〟と思った瞬間には、ギューゼルの体が腹部から屈曲させられていたのだから。
茶奈が一瞬にして側腹部へと回り込み、脇腹へと拳を打ち込んでいたのである。
目にも止まらぬ速度で、分身の如き鋭角残光までをも刻み込んで。
「ゴブォッ!?」
あの巨体がたちまち宙に浮く。
苦悶を顔に滲ませながら。
ドズンッ!!
更には背が反り上がる。
吹き飛ぶ間さえ与える事無く、茶奈の追撃が頸椎を打ち抜いていたのだ。
そしてギューゼルは慄く事となるだろう。
頭上で輝く両拳を振り上げていた茶奈を前にして。
柔らかな体をこれでもかという程に反り返して。
己の力を込めて、篭めて、籠めて、激烈光の力と換えよう。
その力を解き放てばもはや、大きいだけの相手など小石となんら変わりはしない。
振り下ろした拳はまるで彗星の如し。
残光が、命燐光が、尾光として鳴音と共に解き放たれる。
ドッギャァァァーーーーーーッッッ!!!!
その威力、ギューゼルの体を介して床を大きく沈めさせる程に強大。
たちまちクレーターが形成され、無数の破片が天井にまで跳ね上がる。
それも周辺の壁や床を砕き、硝子を外へと四散させながら。
茶奈の動きはもはや常軌を逸している。
一線を越えているはずのギューゼルさえも捉えられない程に。
動くよりも速く。
考えるよりも速く。
本能よりも速く。
更には移動慣性さえも圧し殺して。
大地を蹴り、空気を蹴る。
大気干渉を是とする命力特性を生かした、壁無き壁蹴りからなる超高速移動。
そうして大気中を自由に移動する姿はまるで光だ。
茶奈は今、光そのものと成ったのだ。
そう、今の茶奈は魔剣無しで翔べるのである。
それも自由自在に、意思の赴くままに。
更なる加速さえも実現させて。
床へと打ち込まれたギューゼルを前にして、茶奈が空かさず空気を叩いて跳ねる。
距離を取り、体勢を整える為に。
激しく高揚しても、心はとても冷静なままで。
反撃の警戒と己の消耗をを鑑みて、最適解を導き出した様だ。
今の攻防だけでも相応に体力を消耗するからこそ。
「ハァッ、ハァッ……」
それに【フルクラスタ】に息継ぎが必要という弱点は、最適化した今も健在。
だからこうして逐一体勢を整え、呼吸を整えなければならない。
力が強過ぎる故のデメリットといった所か。
「ガハッ……グッ、カフッ!!」
対するギューゼルはと言えば、まだ生きている。
クレーターに埋め込まれたその身を引き起こし、うつ伏せで肘膝を付いていて。
でもそれ以上は起き上がれない。
自慢の防御力も甲斐無く、吐血する程の損傷を負っていたが故に。
たった四撃。
たったそれだけであのギューゼルが地に伏した。
それ程に最適化された【フルクラスタ】の攻撃性能が段違いだったのだろう。
しかし、その過剰とも言える攻撃力が―――おごりを生んだ。
ギューゼルは明らかに弱っている。
窪みの段差が邪魔をして表情こそ伺えないが。
吐血の様子も隠せず、肩をも震わせていて。
すぐに立つ事も叶わず、四つん這いのままだ。
そんな相手を見た時、茶奈の脳裏に一つの欲が過る。
「このまま押し切れば勝てる」という、焦りから生まれた欲が。
その欲が今、茶奈を再び跳ねさせていた。
『これなら、これなら倒せる―――うあああーーーッッ!!!』
それは声にならない叫びだった。
誰にも聴こえない、命力壁に阻まれた雄叫びだった。
だからこそ叫べる。
己の心を昂らせる為に。
悟られる余地さえ与える事無く。
ただ、悟る余地は無くとも―――悟る予知は出来るだろう。
茶奈がギューゼルへと飛び掛かった瞬間、それは起きる。
突如として床が砕け、巨腕が飛び出してきたのだ。
「なっ!?」
なまじクレーターに隠れていたから気付けなかったのだろう。
その巨体だからこそ出来る芸当が茶奈の不意を突く。
あろう事か、茶奈の片足首を掴み取ったのである。
「獲ったァァァーーーッ!! フハハハァーーーッ!!」
「あああっ!!」
全ては、茶奈をおびき出す為の囮だったのだ。
ギューゼルの負った傷こそ、体現した通りに深い。
尋常ではない吐血具合を見るに、弱っているのは嘘では無いのだろう。
しかしそれを敢えて隠さず見せつけた。
弱っていると見せつけ、茶奈に付け入る隙を与える為に。
卑怯?
それは違う。
これが『あちら側』における生き方だ。
生きる為に何でもする、その集大成とも言える戦術だ。
生き残る者こそが正しいという世界であるが故に。
そして今ようやくその戦術が実った。
究極の【アストラルエネマ】、茶奈を捕らえるという偉業を成し遂げて。
ギューゼルの腕が、体が持ち上がる。
己に秘めた力を振り絞り、起死回生の逆転を果たす為に。
茶奈の体をも振り上げて。
本能の赴くまま、獣の如き雄叫びを上げながら。
「アストラルエネマァ!!ヲォァアアアーーーッッッ!!!!」
ゴギンッッッ!!
しかもその拳が茶奈の細足を握り折る。
命力の鎧に包まれていようとも強引に、容赦無く。
「~~~ッッ!!!!」
その時走った激痛が、茶奈に音無き声をもたらす事に。
余りにも強引だったから、余りにも強烈だったから。
しかもギューゼルはなお止まらない。
その力のままに茶奈を床へと叩き付けたのだ。
ドッガァァァ!!!
『がッ!?』
痛みに悶える暇すら与えない。
反撃する余裕すら与えない。
ギューゼルももはや必死だ。
一分一秒でも早く茶奈を殺さねば、自分が殺されてしまうから。
長い年月を生きて培ってきた生存本能が「敵を殺せ!!」と叫ぶからこそ。
だから叩き付けたのは一発だけではない。
二発、三発……敵が肉片となって飛び散るまで辞めるつもりは無い。
その度に大きく腕を振り上げ叩き落す。
強引に、力の限りに。
その叩き付けは【フルクラスタ】の防御性能さえ砕き貫く程に強烈。
床へと打ち当たる度に光が、命力が弾けて砕け飛び。
茶奈の口から鮮血が吐かれ、命力鎧に混じって紅く染め上げる。
「潰すゥ!! 破壊してやる!! バラバラにッ!!」
ドッゴォ!!
バゴォ!!
バギャンッ!!
もはやそこに神々しい女神たる姿は微塵も残されていない。
今や鬼神に囚われ、死に追いやられる寸前の生贄だ。
もう反撃する事さえ出来ないのだろう。
抵抗する事さえままならないのだろう。
ただ振られ、叩き付けられるがままに。
その瞳は掠れ、意識も乏しくて。
激痛苦痛が茶奈の心を削り取る。
そうして再びその華奢な体が振り上げられる。
最後の一撃と言わんばかりに高々と。
「終 わ りだァァァーーーーーーッ!!」
これでもし叩き付けられれば、茶奈は死ぬだろう。
間違いなく、ただの肉塊と化すだろう。
薄れ行く意識の中で、そう悟ったから。
故に今、その視界が真白に塗り潰される。
ギューゼルの視界も同様にして。
バグォォォーーーーーーンッッッ!!!!
それは爆音。
全ての音を掻き消す程に強烈な。
でもこれは決して、叩き付けで起きた音では無い。
茶奈を振り上げたギューゼルの腕が爆破された音である。
「な ん だとォォォッッ!!?」
その衝撃は凄まじく、茶奈を手放すどころか巨体までをも吹き飛ばしていて。
たちまち壁へと激突し、その身を激しく強くめり込ませさせる。
爆炎による火傷までをもその身に刻んで。
一方の茶奈は、振り上げられた勢いのままに二階の彼方へ。
ただし力の無い姿に変わりは無いが。
しかしそんな事よりも何よりも。
ギューゼルはただただ驚く他無かった。
自身をこうまでさせた存在がとても信じられなかったから。
「キッ、キサマはあッ!!?」
そう、信じられる訳も無かったのだ。
それを成したのが、心輝だったのだから。
この時、心輝が業炎を振り撒きながら華麗に着地を果たす。
あれだけの損傷を受け、力尽きたはずにも拘らず。
それどころか戦闘開始時よりもずっと荒々しく、力に溢れた姿を見せつけていて。
しかも身纏う炎さえも明らかに違う。
今まではただの赤炎だった。
でも今纏っているのは―――白炎。
それもまるで火花の様に閃出していたのである。
「ば、馬鹿な……キサマは枯れたハズ、キサマは砕いたハズッ!!!」
これに驚かない訳が無い。
戦慄しない訳が無い。
先程、心輝は渾身の一撃で戦闘不能に陥ったはずなのに。
命力も尽きて、炎を出す事さえ困難だったはずなのに。
なのにこうしてまた目の前に現れて。
それもまるで別人の様に強くなっている。
明らかに異常としか思えなかったのだ。
「へへっ、俺は不死身のォ、心輝様よおッ!!」
そんな相手に向けるのは相変わらずの調子良い姿で。
唇の血糊を親指で拭って弾き、不敵な笑みを見せつける。
その内に秘めたる闘志を、白炎と共に露わとさせながら。
彼等の戦いはなお、熾烈を重ね続けるだろう。
意外な伏兵の登場をきっかけとして。
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