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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」
~救国、成し~
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勇の手によって遂にエイミー・ネメシスが消滅し。
その願いは届き、本物のエイミーはその命を救われた。
この事実はいわば戦争の終結を意味する事に他ならない。
少なくとも勇達にとってはもう戦う理由は無いのだから。
勇が魔装を解いて自身が羽織っていたアンダーウェアを脱ぎ。
それを倒れていたエイミーの体を覆う様にそっと被せる。
しかしもう魔装を纏う必要は無いと思ったのだろう。
片腕で抱え、そっと立ち上がる。
周囲へと威嚇の視線を送りながら。
「俺がやれる事はもう済んだ。 後はどうする? 続けるか? それとも―――」
だがその一言を前に誰しもが顔を横に振っていて。
誰一人身構える者など居はしない。
エイミーの作戦が失敗して。
勇がこの場所に訪れて。
そして信奉する者が怪物へと変わった。
それだけの事が起きて、戦う意思が残っている訳が無かったのだ。
するとそんな時、先程まで世界地図を表示していたモニターが突如として強く明るい光を灯した。
『ブラボォー!! ブラボォーだ、ユウ=フジサキ!!』
そして突然、張りのある大声が場に轟く。
同時に鳴り響いたのは大きな拍手の音。
なんとモニターそこに映ったのはブライアンの姿だったのだ。
突然の彼の登場が指令室の人間達の驚きを呼び込む。
「ブ、ブライアンさん!?」
もちろんそれは勇も同様で。
ひん剥いたかの様な真ん丸の目玉を浮かべる程の動揺っぷりである。
勇もこれはさすがに予想の範疇外だった様だ。
『一部始終は全て観させてもらったよ。 しかしまさかあのエイミー議員が怪物だったとはなぁ……』
映像の向こうでブライアンが頭を抱え、『うう~ん』と声を唸らせる。
しかしそれはどこか演技的で。
腕の間からは口角の上がった口元がチラリと覗いている。
『だがまさかユウ=フジサキがその事を知っていたなどとは思いもしなかった!! これでは怪物に政権を渡しそうになったと我が国が世界から笑いものにされてしまいかねんッ!!』
そこまでわざとらしい姿を見せるブライアンを前に、勇も堪らず「フフッ」と微笑みを零す。
たちまち垣間見えるのは茶番劇。
その意図に勇も気付いたのだろう。
しかしそれに乗る事が今一番の手だと思ったからこそ。
勇はブライアンに向けて遠慮せずに済んだのだ。
「そうですね。 でも、俺達もそろそろ力が尽きる頃でね、今総攻撃を受ければきっと負けは必至でしょう」
だからこそ、勇はブライアンに、周囲に聴こえる様に大声で叫びを返す。
「だから俺は、アメリカ合衆国大統領ブライアン=ウィルズに停戦協定を提案する!!」
停戦協定。
それはすなわち、互いに引き下がろうという意思。
勝利でも敗北でもなく、戦う事を止めて同時に手を引くという事だ。
ルール無き戦争を止める手立てとして使われる事の多い、人としての理性で戦いを制する手段の一つである。
それは当然、こんな戦いであろうとも効果を発揮する。
エイミー・ネメシスという人外の存在が消えた今、両陣営を指揮するは紛れも無く人間。
人と人ならば、交渉は成立するのだから。
『よしいいだろう!! エイミー=ブラットニーが倒れた今、私ブライアンが再び大統領を名乗り、各位に宣言しよう!! これより我々アメリカ合衆国はグランディーヴァとの停戦協定に合意するッ!!! よってこれ以降の彼等への攻撃は国家への反逆行為とみなす!!』
そう、これはブライアンが仕組んだ茶番。
こうなる事は全て彼の思惑通りだったのだ。
彼も政治家であり、戦略家。
国のメンツを保ちながらエイミー・ネメシスという猛毒を抜き去る事が出来ると考えての事。
こう考えついたのは、勇からエイミーの真実が書かれていたであろう紙を受け取った時から。
その時からたった数分で勇の思惑を読み取り、彼を使って見せたのである。
さすがは最高峰の国をまとめる代表者と言った所か。
だが彼の思惑はここで留まる事は無い。
『そして同時に、エイミー議員率いるアースレイジー関係者は全員捕らえねばならんなぁ。 何せ怪物が指揮していた団体だからな!! お、そういえばここに居る人間はほぼ関係者ではないかぁ!!』
「「「なっ!?」」」
するとその瞬間、司令部と外を繋ぐ扉が激しく開かれる。
間髪入れず現れたのは、黒の強化スーツを着込んだ兵隊達。
銃を構えた特殊部隊員が突如として雪崩れ込んで来たのだ。
「アースレイジー関係者に告ぐ!! 全員抵抗を止めて大人しく拘束されろ!! 抵抗しなければ危害は加えないッ!!」
まるでこう雪崩れ込む事を前提とした様な、予め決められていたと言わんばかりのタイミングで。
これにはさすがのアースレイジー側も堪らず手を挙げ、無抵抗を示さざるを得ない。
特殊部隊員達は全員、引き金を引けばすぐにでも皆殺しに出来る程の重武装を誇っていたのだから。
たちまち特殊部隊員達が指令室を駆け回り、兵士達を拘束していく。
その中には当然、高官達やロドニーの姿も。
ブライアンはその目を半ば細めながらロドニーの行く末を静かに見つめていて。
『残念だよロドニー。 君は信頼出来る人間だと思っていたんだが』
「まさか……まさかブライアン、貴様謀ったな!!」
『人聞きの悪い事を言わないでくれたまえ。 謀っていたのは君だよロドニー。 私の情報を彼女達に売り渡していたのは実に頂けなかった』
「くそぉぉぉぉ!!! ブライアァーーーンッ!!」
彼とて普通の人間で、老人で、兵隊を前に抵抗など出来る訳も無い。
無念の遠吠えが如き叫びを上げながら、間も無く指令室から運び出されていく。
彼だけでは無く、全てのアースレイジー関係者があっという間にその場から姿を消していて。
余りにも手際の良い特殊部隊員達の動きはまさに訓練の賜物と言えるだろう。
気付けば指令室に残ったのは勇達三人と、映像に映されたブライアンのみとなっていた。
そう、これも全てブライアンの指示によるものなのだ。
勇の行動と彼等への敵対心を逆手に取り、ブライアンがこう仕組んだのである。
戦いを演出し、アースレイジー関係者を一挙に集め。
勇を囮として現れるエイミー・ネメシスが討ち倒されるのを待ち。
その上で一か所に集めたアースレイジー関係者を一斉に捕縛するという、まさに一網打尽。
当然これは前線で戦う兵士達も同様であり、既に手は打たれている。
何せ彼等の居る場所は海の上、逃げ場はどこにも無い。
今頃は自分達の過ちに気付き、項垂れている頃だろう。
「全く……ブライアンさんにはやられましたよ、こんな手を打ってるなんてさ」
画面の向こうで自慢げに胸を張るブライアンを前に、勇の表情はどこか浮かない。
それも当然か。
勇としても今起きた出来事が余りの用意周到さで呆れるばかりだったから。
望むべきシチュエーションではあるが、まんまと出汁にされた事にもはや苦笑するしかなく。
そこまでして守るべきメンツだったのだろうかと疑いたくもなろう。
しかしその結果がブライアン自身に何をもたらすのか、それがわからない勇では無い。
「でもいいんですかブライアンさん、こんな事をすれば貴方は―――」
『ああ、わかっているさ。 事が落ち着けば、きっと私は退任を要求されるだろう。 そして私はそれを潔く受け入れるつもりだよ』
四人だけとなった場でブライアンが見せたのは、先程からとは打って変わったしんみりとした様子。
ここに至るまでの想いを馳せ、優しい微笑みを浮かばせた彼の姿がそこにあった。
『それに、エイミー議員がその命を賭して国を守ろうとしたんだ。 その上司である私が同様の事を出来ねば立つ瀬があるまい?』
「ブライアンさん……」
『だから私は後悔などしていない。 むしろ今までよくやれたと思っている。 最後までやりきれない事だけは心残りだけどね』
次の大統領選まではあと半年。
それを考えれば僅かな不在期間だと言える。
その程度であれば国の指揮系統はそれほど揺らぎはしない。
副大統領も居るのだ、世界が滅びさえしなければこの国はすぐにでも立ち直れるだろう。
そんな要素もあったからこそ、こう踏み切る事が出来たのだ。
『それと安心したまえ、君達との停戦協定は履行された。 破棄される事は無い。 むしろ君達への惜しまぬ援助を約束しようじゃないか。 少なくとも私が在任している間はね。 退任してもきっと副大統領が引き継いでくれるだろうさ』
「ブライアンさん……ありがとうございます」
『こちらこそ礼を言おう、ユウ=フジサキ。 愛する我が祖国に自由を取り戻させてくれて、本当にありがとう』
その時ブライアンが見せたのは、日本式の深いお辞儀。
必要以上に体を倒して示される、彼の誠意が強く反映された感謝の証だった。
そうしたのは相手が日本人だからだろうか。
勇自身はお辞儀の作法など知りもしない。
でも少なくとも示された意味は誰が見てもわかる程にハッキリとしていて。
本来有り得るはずも無い大国の長による傾倒は、日本人であろうとも滅多に見ない程に堂々とした姿だったのだから。
一方その頃、大西洋上―――前線海域。
エイミー・ネメシスの打倒によって戦いが終わりを告げ。
敵意を乗せた攻撃は停戦の指示を受けて沈静化を迎えていた。
とはいえ敵性勢力の七割はマヴォ達の手によって沈黙し、洋上の空へと灰色の煙を吐き出す戦艦の残骸が幾つも浮かんでいる。
停戦を迎える前から戦いは既に勢いを弱めていた様だ。
それでもアメリカ軍戦力全体の半割未満でしかなく、その強大さは言うまでも無いだろうが。
そんな最中、一つの艦の上で兵士達と共に救助作業に勤しむマヴォの姿が。
停戦後にマヴォが救助を開始し、それに追従する様に他の兵士達が手伝い始めたのだ。
確かにこの惨状を引き起こしたのは彼自身に他ならない。
しかしそれでも手を差し伸べた彼を糾弾する者は居なかった。
彼の起こした事が恨みや憎しみを超えた誠意ある行動だったからこそ、誰もが見習おうと心を突き動かされたのだ。
一方で、無人となった残骸の上で大の字になって寝ころぶ瀬玲とナターシャの姿も。
大事こそ無いが完全に疲れ果て、大きく肩を揺らして呼吸を繰り返す。
二人としてはギリギリの戦いだった様で、体の節々が疲労で震えて止まらない程。
爆撃の嵐を潜り抜けた所為で女性らしからぬ煤塗れの姿へ変貌しており、自慢の髪も真っ黒だ。
ナターシャはまだ髪を束ねていたおかげで表層上だけに済んでいたが、瀬玲へのダメージは深刻そのもの。
身丈程の長い髪が所々に縮れ上がり、普通に手入れをしただけではどうしようもない。
切らねばならないと項垂れつつも、勇への落とし前の方法を脳裏に巡らせニヤける瀬玲の姿がそこにあった。
ディックと獅堂も戦いの終わりをマヴォ達から伝えられ、洋上に浮かび上がっていて。
彼等も死と隣り合わせとも言える戦いを潜り抜け、疲労困憊の様子。
汗まみれで火照った体を癒す様に、波風を受けて涼む二人の姿がそこにあった。
「おう、お前等、よく頑張ったじゃあねぇか」
「お、剣聖殿か……」
マヴォが一息を付いている時、突如として剣聖が現れては労いの言葉を投げ掛ける。
剣聖自身もどうやら満足出来た様だ。
その証拠と言わんとばかりに大きな歯を見せつけた万遍の笑みが顔に浮かび上がっていて。
とはいえ、目の前に映る光景を前に、そんな表情が無くとも満足出来た理由がわからなくも無い訳で。
「全く、アンタはどこまで一体どこまで規格外なんだ」
「クハハッ!! まぁ一方的にゃあ変わりねぇからなぁ、こういう遊びも必要なんだぁよ!!」
剣聖が〝遊び〟と称したその残滓に、マヴォはただただ苦笑するばかりである。
何せ、遥か海の向こうに―――甲板を重ね合わせて浮かぶ二隻の空母が聳え見えたのだから。
巨大な空母の上に同規模の空母が乗せられており、更によく見れば上空母の艦底には二隻の護衛艦が突き刺さっている
どうやって浮いているのかも不明、どうやって乗せて刺したのかも不明である。
ただそれが剣聖という存在の恐ろしさであり強大さをありありと醸し出していて。
同時に、そんな彼と対峙する事になった艦隊に同情の念を禁じ得ないマヴォなのであった。
こうして、グランディーヴァとアメリカ軍による戦争はたった三時間と五分程度で幕を閉じた。
余りの一瞬の出来事に、この機会を虎視眈々と狙っていたであろう諸国さえも何する事さえ叶わず。
あるべき姿へと戻る事に成功したアメリカ合衆国がそんな国さえも跳ね退ける大国へと甦る日もそう遠くは無いだろう。
世界が滅ばない限り。
国は、人は、また立ち上がる事が出来るのだから。
その願いは届き、本物のエイミーはその命を救われた。
この事実はいわば戦争の終結を意味する事に他ならない。
少なくとも勇達にとってはもう戦う理由は無いのだから。
勇が魔装を解いて自身が羽織っていたアンダーウェアを脱ぎ。
それを倒れていたエイミーの体を覆う様にそっと被せる。
しかしもう魔装を纏う必要は無いと思ったのだろう。
片腕で抱え、そっと立ち上がる。
周囲へと威嚇の視線を送りながら。
「俺がやれる事はもう済んだ。 後はどうする? 続けるか? それとも―――」
だがその一言を前に誰しもが顔を横に振っていて。
誰一人身構える者など居はしない。
エイミーの作戦が失敗して。
勇がこの場所に訪れて。
そして信奉する者が怪物へと変わった。
それだけの事が起きて、戦う意思が残っている訳が無かったのだ。
するとそんな時、先程まで世界地図を表示していたモニターが突如として強く明るい光を灯した。
『ブラボォー!! ブラボォーだ、ユウ=フジサキ!!』
そして突然、張りのある大声が場に轟く。
同時に鳴り響いたのは大きな拍手の音。
なんとモニターそこに映ったのはブライアンの姿だったのだ。
突然の彼の登場が指令室の人間達の驚きを呼び込む。
「ブ、ブライアンさん!?」
もちろんそれは勇も同様で。
ひん剥いたかの様な真ん丸の目玉を浮かべる程の動揺っぷりである。
勇もこれはさすがに予想の範疇外だった様だ。
『一部始終は全て観させてもらったよ。 しかしまさかあのエイミー議員が怪物だったとはなぁ……』
映像の向こうでブライアンが頭を抱え、『うう~ん』と声を唸らせる。
しかしそれはどこか演技的で。
腕の間からは口角の上がった口元がチラリと覗いている。
『だがまさかユウ=フジサキがその事を知っていたなどとは思いもしなかった!! これでは怪物に政権を渡しそうになったと我が国が世界から笑いものにされてしまいかねんッ!!』
そこまでわざとらしい姿を見せるブライアンを前に、勇も堪らず「フフッ」と微笑みを零す。
たちまち垣間見えるのは茶番劇。
その意図に勇も気付いたのだろう。
しかしそれに乗る事が今一番の手だと思ったからこそ。
勇はブライアンに向けて遠慮せずに済んだのだ。
「そうですね。 でも、俺達もそろそろ力が尽きる頃でね、今総攻撃を受ければきっと負けは必至でしょう」
だからこそ、勇はブライアンに、周囲に聴こえる様に大声で叫びを返す。
「だから俺は、アメリカ合衆国大統領ブライアン=ウィルズに停戦協定を提案する!!」
停戦協定。
それはすなわち、互いに引き下がろうという意思。
勝利でも敗北でもなく、戦う事を止めて同時に手を引くという事だ。
ルール無き戦争を止める手立てとして使われる事の多い、人としての理性で戦いを制する手段の一つである。
それは当然、こんな戦いであろうとも効果を発揮する。
エイミー・ネメシスという人外の存在が消えた今、両陣営を指揮するは紛れも無く人間。
人と人ならば、交渉は成立するのだから。
『よしいいだろう!! エイミー=ブラットニーが倒れた今、私ブライアンが再び大統領を名乗り、各位に宣言しよう!! これより我々アメリカ合衆国はグランディーヴァとの停戦協定に合意するッ!!! よってこれ以降の彼等への攻撃は国家への反逆行為とみなす!!』
そう、これはブライアンが仕組んだ茶番。
こうなる事は全て彼の思惑通りだったのだ。
彼も政治家であり、戦略家。
国のメンツを保ちながらエイミー・ネメシスという猛毒を抜き去る事が出来ると考えての事。
こう考えついたのは、勇からエイミーの真実が書かれていたであろう紙を受け取った時から。
その時からたった数分で勇の思惑を読み取り、彼を使って見せたのである。
さすがは最高峰の国をまとめる代表者と言った所か。
だが彼の思惑はここで留まる事は無い。
『そして同時に、エイミー議員率いるアースレイジー関係者は全員捕らえねばならんなぁ。 何せ怪物が指揮していた団体だからな!! お、そういえばここに居る人間はほぼ関係者ではないかぁ!!』
「「「なっ!?」」」
するとその瞬間、司令部と外を繋ぐ扉が激しく開かれる。
間髪入れず現れたのは、黒の強化スーツを着込んだ兵隊達。
銃を構えた特殊部隊員が突如として雪崩れ込んで来たのだ。
「アースレイジー関係者に告ぐ!! 全員抵抗を止めて大人しく拘束されろ!! 抵抗しなければ危害は加えないッ!!」
まるでこう雪崩れ込む事を前提とした様な、予め決められていたと言わんばかりのタイミングで。
これにはさすがのアースレイジー側も堪らず手を挙げ、無抵抗を示さざるを得ない。
特殊部隊員達は全員、引き金を引けばすぐにでも皆殺しに出来る程の重武装を誇っていたのだから。
たちまち特殊部隊員達が指令室を駆け回り、兵士達を拘束していく。
その中には当然、高官達やロドニーの姿も。
ブライアンはその目を半ば細めながらロドニーの行く末を静かに見つめていて。
『残念だよロドニー。 君は信頼出来る人間だと思っていたんだが』
「まさか……まさかブライアン、貴様謀ったな!!」
『人聞きの悪い事を言わないでくれたまえ。 謀っていたのは君だよロドニー。 私の情報を彼女達に売り渡していたのは実に頂けなかった』
「くそぉぉぉぉ!!! ブライアァーーーンッ!!」
彼とて普通の人間で、老人で、兵隊を前に抵抗など出来る訳も無い。
無念の遠吠えが如き叫びを上げながら、間も無く指令室から運び出されていく。
彼だけでは無く、全てのアースレイジー関係者があっという間にその場から姿を消していて。
余りにも手際の良い特殊部隊員達の動きはまさに訓練の賜物と言えるだろう。
気付けば指令室に残ったのは勇達三人と、映像に映されたブライアンのみとなっていた。
そう、これも全てブライアンの指示によるものなのだ。
勇の行動と彼等への敵対心を逆手に取り、ブライアンがこう仕組んだのである。
戦いを演出し、アースレイジー関係者を一挙に集め。
勇を囮として現れるエイミー・ネメシスが討ち倒されるのを待ち。
その上で一か所に集めたアースレイジー関係者を一斉に捕縛するという、まさに一網打尽。
当然これは前線で戦う兵士達も同様であり、既に手は打たれている。
何せ彼等の居る場所は海の上、逃げ場はどこにも無い。
今頃は自分達の過ちに気付き、項垂れている頃だろう。
「全く……ブライアンさんにはやられましたよ、こんな手を打ってるなんてさ」
画面の向こうで自慢げに胸を張るブライアンを前に、勇の表情はどこか浮かない。
それも当然か。
勇としても今起きた出来事が余りの用意周到さで呆れるばかりだったから。
望むべきシチュエーションではあるが、まんまと出汁にされた事にもはや苦笑するしかなく。
そこまでして守るべきメンツだったのだろうかと疑いたくもなろう。
しかしその結果がブライアン自身に何をもたらすのか、それがわからない勇では無い。
「でもいいんですかブライアンさん、こんな事をすれば貴方は―――」
『ああ、わかっているさ。 事が落ち着けば、きっと私は退任を要求されるだろう。 そして私はそれを潔く受け入れるつもりだよ』
四人だけとなった場でブライアンが見せたのは、先程からとは打って変わったしんみりとした様子。
ここに至るまでの想いを馳せ、優しい微笑みを浮かばせた彼の姿がそこにあった。
『それに、エイミー議員がその命を賭して国を守ろうとしたんだ。 その上司である私が同様の事を出来ねば立つ瀬があるまい?』
「ブライアンさん……」
『だから私は後悔などしていない。 むしろ今までよくやれたと思っている。 最後までやりきれない事だけは心残りだけどね』
次の大統領選まではあと半年。
それを考えれば僅かな不在期間だと言える。
その程度であれば国の指揮系統はそれほど揺らぎはしない。
副大統領も居るのだ、世界が滅びさえしなければこの国はすぐにでも立ち直れるだろう。
そんな要素もあったからこそ、こう踏み切る事が出来たのだ。
『それと安心したまえ、君達との停戦協定は履行された。 破棄される事は無い。 むしろ君達への惜しまぬ援助を約束しようじゃないか。 少なくとも私が在任している間はね。 退任してもきっと副大統領が引き継いでくれるだろうさ』
「ブライアンさん……ありがとうございます」
『こちらこそ礼を言おう、ユウ=フジサキ。 愛する我が祖国に自由を取り戻させてくれて、本当にありがとう』
その時ブライアンが見せたのは、日本式の深いお辞儀。
必要以上に体を倒して示される、彼の誠意が強く反映された感謝の証だった。
そうしたのは相手が日本人だからだろうか。
勇自身はお辞儀の作法など知りもしない。
でも少なくとも示された意味は誰が見てもわかる程にハッキリとしていて。
本来有り得るはずも無い大国の長による傾倒は、日本人であろうとも滅多に見ない程に堂々とした姿だったのだから。
一方その頃、大西洋上―――前線海域。
エイミー・ネメシスの打倒によって戦いが終わりを告げ。
敵意を乗せた攻撃は停戦の指示を受けて沈静化を迎えていた。
とはいえ敵性勢力の七割はマヴォ達の手によって沈黙し、洋上の空へと灰色の煙を吐き出す戦艦の残骸が幾つも浮かんでいる。
停戦を迎える前から戦いは既に勢いを弱めていた様だ。
それでもアメリカ軍戦力全体の半割未満でしかなく、その強大さは言うまでも無いだろうが。
そんな最中、一つの艦の上で兵士達と共に救助作業に勤しむマヴォの姿が。
停戦後にマヴォが救助を開始し、それに追従する様に他の兵士達が手伝い始めたのだ。
確かにこの惨状を引き起こしたのは彼自身に他ならない。
しかしそれでも手を差し伸べた彼を糾弾する者は居なかった。
彼の起こした事が恨みや憎しみを超えた誠意ある行動だったからこそ、誰もが見習おうと心を突き動かされたのだ。
一方で、無人となった残骸の上で大の字になって寝ころぶ瀬玲とナターシャの姿も。
大事こそ無いが完全に疲れ果て、大きく肩を揺らして呼吸を繰り返す。
二人としてはギリギリの戦いだった様で、体の節々が疲労で震えて止まらない程。
爆撃の嵐を潜り抜けた所為で女性らしからぬ煤塗れの姿へ変貌しており、自慢の髪も真っ黒だ。
ナターシャはまだ髪を束ねていたおかげで表層上だけに済んでいたが、瀬玲へのダメージは深刻そのもの。
身丈程の長い髪が所々に縮れ上がり、普通に手入れをしただけではどうしようもない。
切らねばならないと項垂れつつも、勇への落とし前の方法を脳裏に巡らせニヤける瀬玲の姿がそこにあった。
ディックと獅堂も戦いの終わりをマヴォ達から伝えられ、洋上に浮かび上がっていて。
彼等も死と隣り合わせとも言える戦いを潜り抜け、疲労困憊の様子。
汗まみれで火照った体を癒す様に、波風を受けて涼む二人の姿がそこにあった。
「おう、お前等、よく頑張ったじゃあねぇか」
「お、剣聖殿か……」
マヴォが一息を付いている時、突如として剣聖が現れては労いの言葉を投げ掛ける。
剣聖自身もどうやら満足出来た様だ。
その証拠と言わんとばかりに大きな歯を見せつけた万遍の笑みが顔に浮かび上がっていて。
とはいえ、目の前に映る光景を前に、そんな表情が無くとも満足出来た理由がわからなくも無い訳で。
「全く、アンタはどこまで一体どこまで規格外なんだ」
「クハハッ!! まぁ一方的にゃあ変わりねぇからなぁ、こういう遊びも必要なんだぁよ!!」
剣聖が〝遊び〟と称したその残滓に、マヴォはただただ苦笑するばかりである。
何せ、遥か海の向こうに―――甲板を重ね合わせて浮かぶ二隻の空母が聳え見えたのだから。
巨大な空母の上に同規模の空母が乗せられており、更によく見れば上空母の艦底には二隻の護衛艦が突き刺さっている
どうやって浮いているのかも不明、どうやって乗せて刺したのかも不明である。
ただそれが剣聖という存在の恐ろしさであり強大さをありありと醸し出していて。
同時に、そんな彼と対峙する事になった艦隊に同情の念を禁じ得ないマヴォなのであった。
こうして、グランディーヴァとアメリカ軍による戦争はたった三時間と五分程度で幕を閉じた。
余りの一瞬の出来事に、この機会を虎視眈々と狙っていたであろう諸国さえも何する事さえ叶わず。
あるべき姿へと戻る事に成功したアメリカ合衆国がそんな国さえも跳ね退ける大国へと甦る日もそう遠くは無いだろう。
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