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第六節「人と獣 明と暗が 合間むる世にて」
~戦って良かったって思えたから~
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「今日はお二人でこちらに乗って現地へ向かって頂きます」
城を出た勇達を待っていたのは若葉色の外装を有する高機動車。
多数の人員を災害地などに運ぶ事を可能とした、自衛隊が誇る人員輸送車両である。
中には既に四人程の自衛隊員が乗り込んでおり、勇達が乗り込むのを待つ姿が。
他にも色々と何かしらの機器が積まれており、作戦準備は万端の模様。
「私は宣言通りここに残ってお二人の面倒を見ます。 隊員さん方に作戦内容を伝えておりますので、困った時は彼等に相談してくださいね」
「わかりました。 二人をよろしくお願いします」
ここまで話を聞けばこれ以上の説明はもう不要だろう。
そう交わしたのを最後に勇とレンネィが後部扉から車両へと乗り込んでいく。
二人を迎えた車両の後部は非常に広々としていて。
左右の壁面に椅子が並べられ、詰める様に座れば十人は乗れそうな程だ。
快適さよりも人員輸送を考慮しているだけに、乗り心地は良さそうでは無いが。
それでも二人が乗るとあって、ちゃっかりと柔らかそうな座布団が乗せられている。
福留や自衛隊員の細やかな配慮なのだろう。
「それではお気をつけて!」
福留の見送りの下、隊員達によって後部扉が閉められ。
間も無く低く唸る様なエンジン音を掻き鳴らしながら車両が発進していく。
そうして車両はフェノーダラ城を離れ、目的地である福島へと向けて走り去っていった。
「何事も無ければ良いのですが……」
後に残された福留はただただそう願うばかり。
何があるかもわからない以上、今の彼には他に出来る事は残されていないのだから。
そんな時ふと空を見上げ、流れ行く雲をじっと見つめる。
今日は晴れ間も僅かしか覗かない曇りの日。
空を覆うのは密度を感じさせる雲ばかりだ。
日にちを跨げば雨が降り出してしまいそうな程に。
そんな雲達がしっとりとした空気を滲ませていて。
それがまるで不穏な空気と感じさせる様な息苦しさをもたらしていた。
◇◇◇
大型車両が北へと向けて高速道路を軽快に駆けていく。
当然、一般車両から見えない様にと窓は封じられているのでバレる心配は一切無い。
ただ、中で座る勇としてはそんな事よりも何よりも。
たった今自身の身に起きている問題に対して不満を隠し切れない。
それが何かというと―――
「レンネィさん、何でそこなんですか」
「あら、こんなに椅子があるんだからどこに座ってもいいじゃない?」
椅子に用意された座布団は左右の椅子に一個づつ置かれている。
その片方に勇が座っていたのだが。
何故かレンネィはその勇の隣に座っていて。
しかも妙に近い。
というよりも肌と肌が重なる程の密着状態。
ふと勇が視線だけを振り向かせて見れば、たちまち目のやり場に困って戻していく。
何せそれほどまでに豊満な体付きと露出の多い服装な訳で。
腕に関してはロンググローブを纏っていたのだが、「暑い暑い」とわざわざ勇の方側だけ捲る始末である。
明らかに意図的としか見えず、勇の寄った眉間がなかなか戻らない。
「レンネィさんの座布団は向こうにあるんだから向こうに座ってくださいよ」
「んー私としてはカタい方が座り心地はいいかなぁって。 フフッ」
それもそのはず。
何せこんな言い訳を続け、乗り込んだ後からずっと勇に密着し続けているのだから。
暑いなら普通は密着しないし、あいにく車内には冷房完備で言う程酷くはない。
しかしこうして頑なに離れようとはしないのだ。
それに例え勇が動いても、ほぼ同時に彼女も動くので。
そんな状況が続いて現在、反対側には既に自衛隊員の体が。
つまり、既に離れる余地は残っていないという事なのである。
これで勇も困らざるを得ないという訳だ。
「これより約一時間程で現地へ到着予定です。 丁度昼を挟むので昼食を摂っておいてください」
そんな駆け引きが落ち着いた頃を見計い、自衛隊員から二人に弁当が差し出される。
予め用意しておいたのであろう幕の内弁当だ。
手渡された途端にひんやりとした冷たさが手に伝わっていく。
今までずっと冷蔵庫に仕舞ってあったのだろう。
そうなるとレンジが欲しくなるものだが、ここまでしてもらって我儘を言える訳も無く。
「それと現地で迷わない様にこの装備をお渡し予定です。 食事をしながらでも良いので説明を聞いていてください」
その次に隊員が示したのは、前座席との境に置き積まれた大きな箱。
樹脂製で使い込まれているが、まだまだ現役と言わんばかりの強固な肩掛け箱である。
肩に掛ける為の幅広ベルトもしっかり備えており、持ち運びには事欠かない。
その一つを自衛隊員が開いて見せると、中から所狭しと詰められた内包物が姿を現した。
一つはスマートフォン、それも激しい運動を考慮しての耐圧・耐衝撃仕様。
GPSとマッピング機能を搭載し、一度通った場所をしっかりと記録してくれるという代物である。
充電用の小型バッテリーも箱に備えられており、作戦中に電池切れの心配は無いそうだ。
もう一つは過酷な環境下での生存を可能とする簡易サバイバルキット。
簡素な寝袋や濾過キット、携帯電灯などの衛生器具などが纏められた道具一式で。
前回レンネィが長期に渡って遭難していた事を考慮して用意された装備だ。
もちろん数日分の保存食料と水、それとすぐにでも食べられる様にと数個のおにぎりが添えられていた。
他にも夏場なので虫よけスプレーなどの対虫道具や医療キットも含まれている。
あくまで日本の山中ともあって危険な生物はそこまで多くは無いだろうが油断は禁物だ。
変容区域の生物は『こちら側』にとってはいわば未知の生命体ばかり。
未知の病原体やウィルスを媒介している可能性も否定出来ないので対策は大事と言えるだろう。
いずれも長期滞在を想定した装備ばかり。
持ち運び続けるのにも相当な労力が必要そうだ。
しかしこうなるのも当然か。
今回は討伐では無く、あくまで現地調査。
森の中に何があるかを調べ、その情報を持ち帰る事が優先となる。
戦う事になるのは、その現地で戦う必要が出来た場合のみ。
故に、森にある物が何かわかるまでは滞在し続ける事となるという訳である。
もちろんこれは勇もレンネィも了承済み。
自衛隊員からの説明を前に、弁当を摘まみながらしっかりと耳を傾ける。
「もし何かある様でしたら我々の携帯に連絡願います。 既にアドレスは登録済みですので。 また森の中は広域なので、逐一マップを確認して調査に役立ててください。 それと、森から出れば我々も直ぐに向かえます。 その場合は出来れば一報ください」
「わかりました。 何かあったら対応お願いしますね」
「ええ。 我々も逐一GPSで位置情報を追っています。 なので場合によっては何かしら助力出来る事があるかもしれませんから、その時は遠慮なくおっしゃってください。 説明は以上となります」
丁寧な説明を前に、勇もレンネィもただただ感心するばかりだ。
思わず箸やフォークを掴む手が止まってしまう程に。
レンネィは愚か勇でさえもこれだけの装備を目にした事は無く。
テレビなどではたまに見掛ける事もあるが、今こうして目の前に現れる日が来るとは思いも寄らず。
これが例のサポートの一環と思えば、その規模に驚きもするだろう。
とはいえ、ザサブ戦の時と比べれば小規模もいい所だが。
あの大人数を投入した戦いを前には何を取っても霞むだろう。
投入した人員、装備、施設、そして死傷者数……いずれも群を抜いて多かったのだから。
もう二度とあんな戦いはしたくないと思える程に。
だが、どうやら世界はその記憶を忘れさせてはくれない様だ。
「それと、これは個人的な話なのですが。 実はこの間の熊本での戦いの時、自分もあの戦場に居まして」
その途端、勇が思わず「えっ」と唖然を見せる。
そう、この隊員もまたあの激戦の最中に居たのだ。
それも彼だけではない。
今この場に乗り合わせた全員があの戦場から生還した者達なのだという。
これには勇も驚きを隠せない。
まさかあの戦いの中に居た者達がこうして目の前に居るとは夢にも思わなかったから。
それと同時に引け目も感じてならない。
あれだけ息巻いておきながら犠牲者も多く出し、挙句の果てに一度力尽きて。
その結果、窮地にまで追い込んでしまった。
今まで勇はその事をあまり表には出さなかったが、胸中では苦しかったのだ。
自分が不甲斐ない所為で犠牲者を多く出してしまったのだと。
結果的に勝てたけど、自分の非力さにも気付かされて。
だから今勇はこう思ってならない。
「この人達に恨み事を言われても仕方ない」と。
仲間の命を守れなかった自分にそれを否定する事は出来ないのだと。
全ては自分の責任なのだと―――
でもそれはきっと、勇の考え過ぎだったのだろう。
「自分、貴方がたの戦いを見て……とても感動しました」
「え……」
なんと隊員は恨み言を言う所か、勇に敬意を払っていて。
彼以外の隊員も惜しげも無く頷く様子を見せつける。
「魔剣使いという存在の凄さと力強さ。 そして不屈……あれだけの気迫は我々でもなかなか見せられる物ではありません。 今ここで亡き仲間達に代わって礼を言わせてください。 我々を勝利に導いてくれた事を感謝します」
果てには感謝の意までをも捧げていて。
勇は惚けるばかりで、返す言葉も見つからない。
隊員達は決して怨んではいなかったのだ。
戦場に送り出した時も、終わった後に倒れた勇を運んだ時も。
最初から、今の今までずっと。
ただ勇が思い違いをしていたに過ぎなかったのである。
その事実を理解した時、言い得ぬ高揚感が全身を駆け巡り。
途端に生まれたとある感情が涙腺をこれと無い程にまで刺激する。
でもこの場で泣く事はとても恥ずかしいと思ったから。
ここまで褒められて、感動で泣くなんて男らしいとは思わなかったから。
口をグッと抑え、感情を抑え込む。
泣きたい気持ちだけをただひたすらに。
そうして露わとなったのはたった一つ―――喜び。
抑えられた口が解き放たれた時、その喜びが表情として浮かび上がる。
歯が丸見えとなる程の「ニッカリ」とした大きな笑みで返す事によって。
それ程に嬉しかったのだ。
こうして感謝された事が。
今までよりも何よりも。
ここまで「戦って良かった」と思えた事が無い程に。
その興奮たる衝動が知らぬ内に勇の頬を赤く染め上げていて。
そんな様子が微笑ましくてならず、隊員達にも笑みを呼ぶ。
横に座っていたレンネィにもまた同様に。
ただ彼女はそれだけには飽き足らない様で。
赤く染まった勇の頬をツンツンと指で突つき始める始末だ。
「あら、赤くなっちゃって可愛いわねぇ、ユ・ウ・君……フフッ!」
「ちゃ、茶化さないでくださいよぉ、もう……」
それが勇にはやはり気に喰わなかった様で。
でも怒るに怒れず、頬を膨らませる事しか出来ず。
それが隊員達にはツボだったのか、たちまち車内は笑いの渦に。
しかしそれも勇にとっては心地のいい笑い声で。
恥ずかしながらも、これとない安堵に包まれながらその空気を存分に味わう。
こうして楽しむ事も今はまだ許されるから。
車両は北上を続け、もう間も無く福島へと到達しようとしている。
気付けば目的地に辿り着くまではもう残り僅かの地点へ。
その許された僅かな時間の中で、勇達は思う存分に喜びを享受し続けたのだった……。
城を出た勇達を待っていたのは若葉色の外装を有する高機動車。
多数の人員を災害地などに運ぶ事を可能とした、自衛隊が誇る人員輸送車両である。
中には既に四人程の自衛隊員が乗り込んでおり、勇達が乗り込むのを待つ姿が。
他にも色々と何かしらの機器が積まれており、作戦準備は万端の模様。
「私は宣言通りここに残ってお二人の面倒を見ます。 隊員さん方に作戦内容を伝えておりますので、困った時は彼等に相談してくださいね」
「わかりました。 二人をよろしくお願いします」
ここまで話を聞けばこれ以上の説明はもう不要だろう。
そう交わしたのを最後に勇とレンネィが後部扉から車両へと乗り込んでいく。
二人を迎えた車両の後部は非常に広々としていて。
左右の壁面に椅子が並べられ、詰める様に座れば十人は乗れそうな程だ。
快適さよりも人員輸送を考慮しているだけに、乗り心地は良さそうでは無いが。
それでも二人が乗るとあって、ちゃっかりと柔らかそうな座布団が乗せられている。
福留や自衛隊員の細やかな配慮なのだろう。
「それではお気をつけて!」
福留の見送りの下、隊員達によって後部扉が閉められ。
間も無く低く唸る様なエンジン音を掻き鳴らしながら車両が発進していく。
そうして車両はフェノーダラ城を離れ、目的地である福島へと向けて走り去っていった。
「何事も無ければ良いのですが……」
後に残された福留はただただそう願うばかり。
何があるかもわからない以上、今の彼には他に出来る事は残されていないのだから。
そんな時ふと空を見上げ、流れ行く雲をじっと見つめる。
今日は晴れ間も僅かしか覗かない曇りの日。
空を覆うのは密度を感じさせる雲ばかりだ。
日にちを跨げば雨が降り出してしまいそうな程に。
そんな雲達がしっとりとした空気を滲ませていて。
それがまるで不穏な空気と感じさせる様な息苦しさをもたらしていた。
◇◇◇
大型車両が北へと向けて高速道路を軽快に駆けていく。
当然、一般車両から見えない様にと窓は封じられているのでバレる心配は一切無い。
ただ、中で座る勇としてはそんな事よりも何よりも。
たった今自身の身に起きている問題に対して不満を隠し切れない。
それが何かというと―――
「レンネィさん、何でそこなんですか」
「あら、こんなに椅子があるんだからどこに座ってもいいじゃない?」
椅子に用意された座布団は左右の椅子に一個づつ置かれている。
その片方に勇が座っていたのだが。
何故かレンネィはその勇の隣に座っていて。
しかも妙に近い。
というよりも肌と肌が重なる程の密着状態。
ふと勇が視線だけを振り向かせて見れば、たちまち目のやり場に困って戻していく。
何せそれほどまでに豊満な体付きと露出の多い服装な訳で。
腕に関してはロンググローブを纏っていたのだが、「暑い暑い」とわざわざ勇の方側だけ捲る始末である。
明らかに意図的としか見えず、勇の寄った眉間がなかなか戻らない。
「レンネィさんの座布団は向こうにあるんだから向こうに座ってくださいよ」
「んー私としてはカタい方が座り心地はいいかなぁって。 フフッ」
それもそのはず。
何せこんな言い訳を続け、乗り込んだ後からずっと勇に密着し続けているのだから。
暑いなら普通は密着しないし、あいにく車内には冷房完備で言う程酷くはない。
しかしこうして頑なに離れようとはしないのだ。
それに例え勇が動いても、ほぼ同時に彼女も動くので。
そんな状況が続いて現在、反対側には既に自衛隊員の体が。
つまり、既に離れる余地は残っていないという事なのである。
これで勇も困らざるを得ないという訳だ。
「これより約一時間程で現地へ到着予定です。 丁度昼を挟むので昼食を摂っておいてください」
そんな駆け引きが落ち着いた頃を見計い、自衛隊員から二人に弁当が差し出される。
予め用意しておいたのであろう幕の内弁当だ。
手渡された途端にひんやりとした冷たさが手に伝わっていく。
今までずっと冷蔵庫に仕舞ってあったのだろう。
そうなるとレンジが欲しくなるものだが、ここまでしてもらって我儘を言える訳も無く。
「それと現地で迷わない様にこの装備をお渡し予定です。 食事をしながらでも良いので説明を聞いていてください」
その次に隊員が示したのは、前座席との境に置き積まれた大きな箱。
樹脂製で使い込まれているが、まだまだ現役と言わんばかりの強固な肩掛け箱である。
肩に掛ける為の幅広ベルトもしっかり備えており、持ち運びには事欠かない。
その一つを自衛隊員が開いて見せると、中から所狭しと詰められた内包物が姿を現した。
一つはスマートフォン、それも激しい運動を考慮しての耐圧・耐衝撃仕様。
GPSとマッピング機能を搭載し、一度通った場所をしっかりと記録してくれるという代物である。
充電用の小型バッテリーも箱に備えられており、作戦中に電池切れの心配は無いそうだ。
もう一つは過酷な環境下での生存を可能とする簡易サバイバルキット。
簡素な寝袋や濾過キット、携帯電灯などの衛生器具などが纏められた道具一式で。
前回レンネィが長期に渡って遭難していた事を考慮して用意された装備だ。
もちろん数日分の保存食料と水、それとすぐにでも食べられる様にと数個のおにぎりが添えられていた。
他にも夏場なので虫よけスプレーなどの対虫道具や医療キットも含まれている。
あくまで日本の山中ともあって危険な生物はそこまで多くは無いだろうが油断は禁物だ。
変容区域の生物は『こちら側』にとってはいわば未知の生命体ばかり。
未知の病原体やウィルスを媒介している可能性も否定出来ないので対策は大事と言えるだろう。
いずれも長期滞在を想定した装備ばかり。
持ち運び続けるのにも相当な労力が必要そうだ。
しかしこうなるのも当然か。
今回は討伐では無く、あくまで現地調査。
森の中に何があるかを調べ、その情報を持ち帰る事が優先となる。
戦う事になるのは、その現地で戦う必要が出来た場合のみ。
故に、森にある物が何かわかるまでは滞在し続ける事となるという訳である。
もちろんこれは勇もレンネィも了承済み。
自衛隊員からの説明を前に、弁当を摘まみながらしっかりと耳を傾ける。
「もし何かある様でしたら我々の携帯に連絡願います。 既にアドレスは登録済みですので。 また森の中は広域なので、逐一マップを確認して調査に役立ててください。 それと、森から出れば我々も直ぐに向かえます。 その場合は出来れば一報ください」
「わかりました。 何かあったら対応お願いしますね」
「ええ。 我々も逐一GPSで位置情報を追っています。 なので場合によっては何かしら助力出来る事があるかもしれませんから、その時は遠慮なくおっしゃってください。 説明は以上となります」
丁寧な説明を前に、勇もレンネィもただただ感心するばかりだ。
思わず箸やフォークを掴む手が止まってしまう程に。
レンネィは愚か勇でさえもこれだけの装備を目にした事は無く。
テレビなどではたまに見掛ける事もあるが、今こうして目の前に現れる日が来るとは思いも寄らず。
これが例のサポートの一環と思えば、その規模に驚きもするだろう。
とはいえ、ザサブ戦の時と比べれば小規模もいい所だが。
あの大人数を投入した戦いを前には何を取っても霞むだろう。
投入した人員、装備、施設、そして死傷者数……いずれも群を抜いて多かったのだから。
もう二度とあんな戦いはしたくないと思える程に。
だが、どうやら世界はその記憶を忘れさせてはくれない様だ。
「それと、これは個人的な話なのですが。 実はこの間の熊本での戦いの時、自分もあの戦場に居まして」
その途端、勇が思わず「えっ」と唖然を見せる。
そう、この隊員もまたあの激戦の最中に居たのだ。
それも彼だけではない。
今この場に乗り合わせた全員があの戦場から生還した者達なのだという。
これには勇も驚きを隠せない。
まさかあの戦いの中に居た者達がこうして目の前に居るとは夢にも思わなかったから。
それと同時に引け目も感じてならない。
あれだけ息巻いておきながら犠牲者も多く出し、挙句の果てに一度力尽きて。
その結果、窮地にまで追い込んでしまった。
今まで勇はその事をあまり表には出さなかったが、胸中では苦しかったのだ。
自分が不甲斐ない所為で犠牲者を多く出してしまったのだと。
結果的に勝てたけど、自分の非力さにも気付かされて。
だから今勇はこう思ってならない。
「この人達に恨み事を言われても仕方ない」と。
仲間の命を守れなかった自分にそれを否定する事は出来ないのだと。
全ては自分の責任なのだと―――
でもそれはきっと、勇の考え過ぎだったのだろう。
「自分、貴方がたの戦いを見て……とても感動しました」
「え……」
なんと隊員は恨み言を言う所か、勇に敬意を払っていて。
彼以外の隊員も惜しげも無く頷く様子を見せつける。
「魔剣使いという存在の凄さと力強さ。 そして不屈……あれだけの気迫は我々でもなかなか見せられる物ではありません。 今ここで亡き仲間達に代わって礼を言わせてください。 我々を勝利に導いてくれた事を感謝します」
果てには感謝の意までをも捧げていて。
勇は惚けるばかりで、返す言葉も見つからない。
隊員達は決して怨んではいなかったのだ。
戦場に送り出した時も、終わった後に倒れた勇を運んだ時も。
最初から、今の今までずっと。
ただ勇が思い違いをしていたに過ぎなかったのである。
その事実を理解した時、言い得ぬ高揚感が全身を駆け巡り。
途端に生まれたとある感情が涙腺をこれと無い程にまで刺激する。
でもこの場で泣く事はとても恥ずかしいと思ったから。
ここまで褒められて、感動で泣くなんて男らしいとは思わなかったから。
口をグッと抑え、感情を抑え込む。
泣きたい気持ちだけをただひたすらに。
そうして露わとなったのはたった一つ―――喜び。
抑えられた口が解き放たれた時、その喜びが表情として浮かび上がる。
歯が丸見えとなる程の「ニッカリ」とした大きな笑みで返す事によって。
それ程に嬉しかったのだ。
こうして感謝された事が。
今までよりも何よりも。
ここまで「戦って良かった」と思えた事が無い程に。
その興奮たる衝動が知らぬ内に勇の頬を赤く染め上げていて。
そんな様子が微笑ましくてならず、隊員達にも笑みを呼ぶ。
横に座っていたレンネィにもまた同様に。
ただ彼女はそれだけには飽き足らない様で。
赤く染まった勇の頬をツンツンと指で突つき始める始末だ。
「あら、赤くなっちゃって可愛いわねぇ、ユ・ウ・君……フフッ!」
「ちゃ、茶化さないでくださいよぉ、もう……」
それが勇にはやはり気に喰わなかった様で。
でも怒るに怒れず、頬を膨らませる事しか出来ず。
それが隊員達にはツボだったのか、たちまち車内は笑いの渦に。
しかしそれも勇にとっては心地のいい笑い声で。
恥ずかしながらも、これとない安堵に包まれながらその空気を存分に味わう。
こうして楽しむ事も今はまだ許されるから。
車両は北上を続け、もう間も無く福島へと到達しようとしている。
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