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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」
~Deux salut <二人の救世> 勇とデュラン①~
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遂に勇とデュランが相まみえる。
世界を分かつ団体の代表同士が。
でもその雰囲気は極めて穏やかで。
ディックが去った後でも互いに微笑みを向け合い続けていて。
「これで落ち着いて話が出来るね。 少し、話をしないかい?」
「そう言われるとデジャヴを感じるよ。 アルディにはそれで一杯食わされたからな」
「はは、彼は賢いからね。 でも安心してくれ、私は彼の様な頭脳派ではないからさ」
事実はどうあれ、謙遜する姿はまるで勇そのものだ。
そこに共感を感じてしまうからこそ、勇も思わず苦笑を浮かべずにはいられない。
「それに、それだけの時間を稼いでくれと仲間達に頼んであるからね。 きっと彼等はやってくれるさ」
「なんだ、考えてる事は同じか。 俺も皆に頼んだんだ、デュランと話をさせて欲しいってさ」
「それはそれは……」
しかもどうやら行動原理まで似ているらしい。
こうもなると、たちまち互いの笑い声が部屋一杯に広がっていて。
こうして話す様は友人同士にさえ見える程に平和的だ。
するとそんな時、何を思ったのかデュランが動きを見せ。
近くに置かれていたワイン棚へと足を運んでいく。
「折角だし、ワインでも一杯如何かな?」
その棚の中から、一際古そうな銘柄の瓶を一本手に取り。
二つのワイングラスと共に元の場所へ。
随分な余裕を見せるデュランに、勇も堪らずタジタジだ。
「悪いが遠慮するよ。 あんまりアルコールには馴れてないんだ」
というのも、単純に好意を受け取れないからであるが。
連れない返事に、デュランもどこか残念そう。
「そうか。 まぁかくいう私も最近ようやくワインの味を楽しめる様になったクチだけどね」
仕方なく自分だけのグラスへと僅かに注ぎ、クイッと軽く一飲み。
西洋人だからだろうか、その飲み方は実に様になっている。
「随分余裕だな」
「はは、どうせもうすぐこのワイン達も全て台無しになるだろうし。 少しでも楽しまないと作った人に申し訳が立たないからね。 これだけ美味しい物を無駄にするのは少し口惜しい」
こんな事でさえ配慮するのが、デュランなりの優しさといった所か。
戦いを示唆している所が頑なな意思表示にさえ感じさせてならないが。
僅かな染みを帯びたワイングラスが傍の机に「コトリ」と置かれ。
再び落ち着いた雰囲気がその場を包む。
そんな中口を開いたのは―――またしてもデュランだ。
「所で、先程の男は……もしかしてリデルの旦那かい?」
先程からずっと気になっていたのだろう。
ディックの言葉が耳から離れなかったから。
そこに秘められた秘密と、今ここに勇が居る現実。
その二つの関連性を察して。
「ああ。 ディックは俺達の仲間でさ、リデルさんとは偶然知り合ったんだ」
「そうか、それでか……合点がいったよ」
デュランはディックの存在を知らなかった。
リデルから詳しく知らされていなかったからだ。
もちろん、素性を調べるくらいはしたのだが。
精々「嫁を捨てた薄情な夫」程度の認識で。
でもまさかそんな人物がグランディーヴァに所属しているとは思っても見なかったのだろう。
そして二人がまだ愛し合っていたという事も。
「という事は、彼女は私よりも彼を選んだ、という訳かな……」
その事実に気付かされた時、今まで包んでいた温和な雰囲気に陰りが生じる。
デュランの顔に哀しみが帯びた事によって。
当然だろう。
愛人関係とはいえ、デュランは間違いなくリデルを愛していて。
その愛をこうして覆されてしまったのだから。
信じていた人に裏切られるという事。
それによって受ける心の傷は計り知れない程に深い。
デュランも感受性に富んだ人物だからこそ、哀しまずにはいられなかったのだ。
ただ、それはまだ一方的な思い込みに過ぎないが。
「確かにリデルさんが作戦の真実を教えてくれたのは事実さ。 でも彼女はデュランの事も心配していたんだ。 デュランは優しい人だから止めて欲しいってな」
「リデルがそんな事を? そうか、彼女も私の本質に気付いていたんだね……」
「ああ、心を痛める程にな。 だから俺はここに来た。 お前を殺す為でも倒す為でもなく、止める為に」
勇もそんな相手に嘘で追い打ちする様な真似はしない。
受け取った想いを真っ直ぐ運び、正直に打ち明けるだけだ。
例えそれが敵を励ます様な行為となろうとも。
「そんなに優しいのに何で【救世同盟】の思想を広げようとしているんだ? 俺にはお前が苦しんでいる様にしか見えない。 リデルさんだって……ッ!」
そんな勇が運んできたのはリデルの優しさだけではない。
苦しみも、悲しみも、何もかもを引っ提げて来た。
その全ての感情を与えたデュランにぶつける為に。
その理由を知る為に、今こうして言葉を交わす事を望んだのだ。
けれど、その想いはもう―――デュランには届かないのかもしれない。
「そうだね。 きっと私は苦しんでいるのだろう。 でもね、それでも引けない理由があるんだよ」
デュランが胸元に拳を掲げて強く握り締める。
まるで己の内に秘めていた感情を握り潰すかの様に。
「私は使命を果たさなければならない。 同志デュゼローが成すべきだった救世を。 私が代わりとなって」
「ッ!?」
「その為に私は私である事を捨てたのさ。 世界を救う為に、あの人の想いを継ぐ為に」
そしてその拳が振り払われた時、デュランの真の素顔が露わとなる。
その内に秘めたる力を体現した、凛とした表情と眼光を向ける姿を。
まるで後光が輝いている様だった。
陽光を浴び、カーテンから漏れる燐光を受け。
ブロンドの髪が靡き、瞬きを受け入れて。
黒いローブすら更なる漆黒に染め上げてしまう程の光を背にした姿はまさに象徴そのもの。
先程までの弱さも穏やかさも残されてはいない。
今勇の前に立つのはもはや人としての男ではない。
【救世同盟】の象徴として立つ男、〝デューク=デュラン〟がそこに居たのだ。
「だから私は引き下がらないよ。 今私が望むのは世界を救う事ただ一つ。 その望みを叶える為ならどんな犠牲も厭わない。 例え愛する人をこの手に掛けようとも……!!」
この様な自己犠牲の極みとも言える想いを秘めたのがデュランという男。
「それが同志デュゼローから引き継いだ―――〝デューク=デュラン〟の信念なのだから……!」
だからこそ彼はもう引くつもりも顧みるつもりも無い。
デュゼローが突き進もうとした信念を受け継ぎ、世界を救う為に【救世同盟】の信念を推し貫く。
それ成そうとする意思を折る事はもはや不可能。
例え愛するリデルが反旗を翻しても。
彼女の想いを届けた者が自分と同じ心の持ち主でも。
仇成す者ならば涙を飲んで退けられるのがデュランという男なのである。
「わかってもらえたかな? 私の確固たる意志を」
「―――ああ。 やっぱり戦わなきゃならないんだな、俺達は……」
本当なら話し合ってわかり合えば一番良かっただろう。
理解し合えれば、それだけで良かったのだろう。
でも互いに人間だから。
例え命力で言葉が通じても。
その意図を理解し合えても。
共に曲げようとも曲がらない鋼の意思を持ち合わせているから。
だから二人が戦う事は避けられない。
鋼の意思が真の意味で折れるその時まで。
「そうだね。 でも、それが一番単純でわかり易い決着だという事でもあるから……きっとこうする事が我々にとってのベストなのだろうさ」
そう、人間だから。
蟠りを抱いたまま痛み分けするよりも。
誤解を招いたまま話で解決するよりも。
殴って、蹴って、斬って、叩き伏せるだけ。
これが何よりもわかり易い結果を導く事もある。
少なくとも戦士である二人ならばなおさらであろう。
今の一言がたちまち、場を包んでいた穏やかさを掻き消して。
二人の間に緊張感が伴い始める。
肌にピリリと掻く様な感触を催す程の、戦意を孕んだ緊張感が。
「ただ、そのベストが作られたモノでなければ、だがね」
「……どういう意味だ?」
その雰囲気に従う様に、デュランの一言にも僅かな鋭さが帯びる。
相手の心を掻き毟ろうとせんばかりの敵意が篭められていたのだ。
「簡単な事さ。 私か君、あるいはどちらもが騙されて、こうして相対しているとしたら?」
「何が言いたい!?」
「……わからないならこう訊いてみるとしよう。 君は何故天士という存在を信じられる?」
「ッ!?」
「何故君はア・リーヴェとかいう存在を信じて疑わない? 根拠も何も無い存在を。 その者が騙している可能性だって有り得るはずだ。 それに従う君の行いは、まるで盲目的に信仰する狂信者の様にしか見えない……!」
そしてその口から連ねられたのは―――天士の存在への疑問。
考えても見ればこんな疑問を持つのも当然だろう。
世界の真実を話し、救う方法を教えてくれて、真の敵まで教えてくれる。
こんなご都合主義とも言い切れる程に都合の良い相手が突然現れたのだから。
普通の人間なら、こんな自称神の様な存在をこうも易々と信じられるはずもない。
いや、実際に信じて来なかった者の方が多いと言えるのではないだろうか。
実際の話で例えるならば、レンヌの北に存在するモン・サン=ミッシェル礼拝堂がいい例だ。
この建築物は神の声に従った者が造ったとされている。
しかしその実態は、再三に渡る神の忠告を悪魔のお告げだと疑った挙句の果てで。
最後には額に穴を開けられ、そこで初めて神の所業だと気付いて行動に移した―――という伝説が遺されている。
その真偽は定かでは無いが、人間が疑う生物である事を如実に表した例だと言えるだろう。
ただ、これはデュランが天士の本質を知らないからこそ。
ア・リーヴェの様な天力子化した天士とは、言わば前向きの意思が幽体化した様なものだ。
つまり意思そのものという事。
故に、意思を伝えるという行為は、彼等にとっては言葉ではなく同調に近い。
そして〝伝える〟というプロセスも必要としない。
意思がダイレクトに伝わるからこそ。
彼女達は信じる、信じないの次元を超越した存在なのである。
でもきっと、それを以って説得する事は今の勇には出来ないだろう。
それは決して知識や知恵が無いから、という訳ではない。
まだ人類が天士の本質を理解出来る程に成熟していないから。
勇が理解出来たのも、他の人よりも比較的事実を受け入れやすい性質を持っていたからに過ぎない。
それをデュランの様な敵意を抱いた者へ伝えるなど、叶うはずもないのだ。
「それは多分、今の人間じゃ理解出来ないかもしれない。 天士っていうのは信仰とか嘘偽りとか、そういう所の話じゃないんだ。 もう一つ上の、言葉という概念を必要としない世界の住人だから―――」
「そう、それがもしかしたら真実なのかもしれないね。 でも私達はそれを否ずとする理念を持っているからこそ、相容れないだろうさ」
ズズズ……
そんな一言が言い放たれた途端、場を地響きが包み始める。
デュランが部屋を揺らしているのだ。
その膨大なまでの命力を昂らせる事によって。
「そう、相容れない。 でも私はもうその覚悟は出来ている。 君はどうだい?」
それはもはや訣別の一言。
今までの戯れを終わらせる為の。
ゴゴゴゴ……
地響きは次第に強まり、部屋の隅々を激しく揺らしていく。
窓に亀裂が入り、食器が落ちて割れてしまう程に強く強く。
もうデュランの戦意は充分に高まりきっている。
―――だがそれは勇もまた同様だ。
「ああ。 俺ももう、覚悟は出来ているさッ!!」
「なら始めるとしよう。 救世主を決める為の戦いを……!!」
二人の力は既に部屋に押し留められない程の広がりを見せ。
陽光すら弾く程に強い命光を迸らせる。
それが成せる程に二人は、強い。
そして二人の意思を、戦意を乗せた視線をぶつけ合った時―――
ドッガァァァーーーーーーッッッ!!!!
―――突如として屋敷の半分が炸裂する。
二人が全力で外へと飛び出したからである。
跳躍の余波はそれ程までに凄まじかったのだ。
その勢い、共に彗星の如く。
たちまち揃って敷地さえも飛び出し、畑だけが広がる大地へと降り立つ。
戦意を互いにぶつけたままで。
そんな二人を遮るものはもう―――何も存在しない。
世界を分かつ団体の代表同士が。
でもその雰囲気は極めて穏やかで。
ディックが去った後でも互いに微笑みを向け合い続けていて。
「これで落ち着いて話が出来るね。 少し、話をしないかい?」
「そう言われるとデジャヴを感じるよ。 アルディにはそれで一杯食わされたからな」
「はは、彼は賢いからね。 でも安心してくれ、私は彼の様な頭脳派ではないからさ」
事実はどうあれ、謙遜する姿はまるで勇そのものだ。
そこに共感を感じてしまうからこそ、勇も思わず苦笑を浮かべずにはいられない。
「それに、それだけの時間を稼いでくれと仲間達に頼んであるからね。 きっと彼等はやってくれるさ」
「なんだ、考えてる事は同じか。 俺も皆に頼んだんだ、デュランと話をさせて欲しいってさ」
「それはそれは……」
しかもどうやら行動原理まで似ているらしい。
こうもなると、たちまち互いの笑い声が部屋一杯に広がっていて。
こうして話す様は友人同士にさえ見える程に平和的だ。
するとそんな時、何を思ったのかデュランが動きを見せ。
近くに置かれていたワイン棚へと足を運んでいく。
「折角だし、ワインでも一杯如何かな?」
その棚の中から、一際古そうな銘柄の瓶を一本手に取り。
二つのワイングラスと共に元の場所へ。
随分な余裕を見せるデュランに、勇も堪らずタジタジだ。
「悪いが遠慮するよ。 あんまりアルコールには馴れてないんだ」
というのも、単純に好意を受け取れないからであるが。
連れない返事に、デュランもどこか残念そう。
「そうか。 まぁかくいう私も最近ようやくワインの味を楽しめる様になったクチだけどね」
仕方なく自分だけのグラスへと僅かに注ぎ、クイッと軽く一飲み。
西洋人だからだろうか、その飲み方は実に様になっている。
「随分余裕だな」
「はは、どうせもうすぐこのワイン達も全て台無しになるだろうし。 少しでも楽しまないと作った人に申し訳が立たないからね。 これだけ美味しい物を無駄にするのは少し口惜しい」
こんな事でさえ配慮するのが、デュランなりの優しさといった所か。
戦いを示唆している所が頑なな意思表示にさえ感じさせてならないが。
僅かな染みを帯びたワイングラスが傍の机に「コトリ」と置かれ。
再び落ち着いた雰囲気がその場を包む。
そんな中口を開いたのは―――またしてもデュランだ。
「所で、先程の男は……もしかしてリデルの旦那かい?」
先程からずっと気になっていたのだろう。
ディックの言葉が耳から離れなかったから。
そこに秘められた秘密と、今ここに勇が居る現実。
その二つの関連性を察して。
「ああ。 ディックは俺達の仲間でさ、リデルさんとは偶然知り合ったんだ」
「そうか、それでか……合点がいったよ」
デュランはディックの存在を知らなかった。
リデルから詳しく知らされていなかったからだ。
もちろん、素性を調べるくらいはしたのだが。
精々「嫁を捨てた薄情な夫」程度の認識で。
でもまさかそんな人物がグランディーヴァに所属しているとは思っても見なかったのだろう。
そして二人がまだ愛し合っていたという事も。
「という事は、彼女は私よりも彼を選んだ、という訳かな……」
その事実に気付かされた時、今まで包んでいた温和な雰囲気に陰りが生じる。
デュランの顔に哀しみが帯びた事によって。
当然だろう。
愛人関係とはいえ、デュランは間違いなくリデルを愛していて。
その愛をこうして覆されてしまったのだから。
信じていた人に裏切られるという事。
それによって受ける心の傷は計り知れない程に深い。
デュランも感受性に富んだ人物だからこそ、哀しまずにはいられなかったのだ。
ただ、それはまだ一方的な思い込みに過ぎないが。
「確かにリデルさんが作戦の真実を教えてくれたのは事実さ。 でも彼女はデュランの事も心配していたんだ。 デュランは優しい人だから止めて欲しいってな」
「リデルがそんな事を? そうか、彼女も私の本質に気付いていたんだね……」
「ああ、心を痛める程にな。 だから俺はここに来た。 お前を殺す為でも倒す為でもなく、止める為に」
勇もそんな相手に嘘で追い打ちする様な真似はしない。
受け取った想いを真っ直ぐ運び、正直に打ち明けるだけだ。
例えそれが敵を励ます様な行為となろうとも。
「そんなに優しいのに何で【救世同盟】の思想を広げようとしているんだ? 俺にはお前が苦しんでいる様にしか見えない。 リデルさんだって……ッ!」
そんな勇が運んできたのはリデルの優しさだけではない。
苦しみも、悲しみも、何もかもを引っ提げて来た。
その全ての感情を与えたデュランにぶつける為に。
その理由を知る為に、今こうして言葉を交わす事を望んだのだ。
けれど、その想いはもう―――デュランには届かないのかもしれない。
「そうだね。 きっと私は苦しんでいるのだろう。 でもね、それでも引けない理由があるんだよ」
デュランが胸元に拳を掲げて強く握り締める。
まるで己の内に秘めていた感情を握り潰すかの様に。
「私は使命を果たさなければならない。 同志デュゼローが成すべきだった救世を。 私が代わりとなって」
「ッ!?」
「その為に私は私である事を捨てたのさ。 世界を救う為に、あの人の想いを継ぐ為に」
そしてその拳が振り払われた時、デュランの真の素顔が露わとなる。
その内に秘めたる力を体現した、凛とした表情と眼光を向ける姿を。
まるで後光が輝いている様だった。
陽光を浴び、カーテンから漏れる燐光を受け。
ブロンドの髪が靡き、瞬きを受け入れて。
黒いローブすら更なる漆黒に染め上げてしまう程の光を背にした姿はまさに象徴そのもの。
先程までの弱さも穏やかさも残されてはいない。
今勇の前に立つのはもはや人としての男ではない。
【救世同盟】の象徴として立つ男、〝デューク=デュラン〟がそこに居たのだ。
「だから私は引き下がらないよ。 今私が望むのは世界を救う事ただ一つ。 その望みを叶える為ならどんな犠牲も厭わない。 例え愛する人をこの手に掛けようとも……!!」
この様な自己犠牲の極みとも言える想いを秘めたのがデュランという男。
「それが同志デュゼローから引き継いだ―――〝デューク=デュラン〟の信念なのだから……!」
だからこそ彼はもう引くつもりも顧みるつもりも無い。
デュゼローが突き進もうとした信念を受け継ぎ、世界を救う為に【救世同盟】の信念を推し貫く。
それ成そうとする意思を折る事はもはや不可能。
例え愛するリデルが反旗を翻しても。
彼女の想いを届けた者が自分と同じ心の持ち主でも。
仇成す者ならば涙を飲んで退けられるのがデュランという男なのである。
「わかってもらえたかな? 私の確固たる意志を」
「―――ああ。 やっぱり戦わなきゃならないんだな、俺達は……」
本当なら話し合ってわかり合えば一番良かっただろう。
理解し合えれば、それだけで良かったのだろう。
でも互いに人間だから。
例え命力で言葉が通じても。
その意図を理解し合えても。
共に曲げようとも曲がらない鋼の意思を持ち合わせているから。
だから二人が戦う事は避けられない。
鋼の意思が真の意味で折れるその時まで。
「そうだね。 でも、それが一番単純でわかり易い決着だという事でもあるから……きっとこうする事が我々にとってのベストなのだろうさ」
そう、人間だから。
蟠りを抱いたまま痛み分けするよりも。
誤解を招いたまま話で解決するよりも。
殴って、蹴って、斬って、叩き伏せるだけ。
これが何よりもわかり易い結果を導く事もある。
少なくとも戦士である二人ならばなおさらであろう。
今の一言がたちまち、場を包んでいた穏やかさを掻き消して。
二人の間に緊張感が伴い始める。
肌にピリリと掻く様な感触を催す程の、戦意を孕んだ緊張感が。
「ただ、そのベストが作られたモノでなければ、だがね」
「……どういう意味だ?」
その雰囲気に従う様に、デュランの一言にも僅かな鋭さが帯びる。
相手の心を掻き毟ろうとせんばかりの敵意が篭められていたのだ。
「簡単な事さ。 私か君、あるいはどちらもが騙されて、こうして相対しているとしたら?」
「何が言いたい!?」
「……わからないならこう訊いてみるとしよう。 君は何故天士という存在を信じられる?」
「ッ!?」
「何故君はア・リーヴェとかいう存在を信じて疑わない? 根拠も何も無い存在を。 その者が騙している可能性だって有り得るはずだ。 それに従う君の行いは、まるで盲目的に信仰する狂信者の様にしか見えない……!」
そしてその口から連ねられたのは―――天士の存在への疑問。
考えても見ればこんな疑問を持つのも当然だろう。
世界の真実を話し、救う方法を教えてくれて、真の敵まで教えてくれる。
こんなご都合主義とも言い切れる程に都合の良い相手が突然現れたのだから。
普通の人間なら、こんな自称神の様な存在をこうも易々と信じられるはずもない。
いや、実際に信じて来なかった者の方が多いと言えるのではないだろうか。
実際の話で例えるならば、レンヌの北に存在するモン・サン=ミッシェル礼拝堂がいい例だ。
この建築物は神の声に従った者が造ったとされている。
しかしその実態は、再三に渡る神の忠告を悪魔のお告げだと疑った挙句の果てで。
最後には額に穴を開けられ、そこで初めて神の所業だと気付いて行動に移した―――という伝説が遺されている。
その真偽は定かでは無いが、人間が疑う生物である事を如実に表した例だと言えるだろう。
ただ、これはデュランが天士の本質を知らないからこそ。
ア・リーヴェの様な天力子化した天士とは、言わば前向きの意思が幽体化した様なものだ。
つまり意思そのものという事。
故に、意思を伝えるという行為は、彼等にとっては言葉ではなく同調に近い。
そして〝伝える〟というプロセスも必要としない。
意思がダイレクトに伝わるからこそ。
彼女達は信じる、信じないの次元を超越した存在なのである。
でもきっと、それを以って説得する事は今の勇には出来ないだろう。
それは決して知識や知恵が無いから、という訳ではない。
まだ人類が天士の本質を理解出来る程に成熟していないから。
勇が理解出来たのも、他の人よりも比較的事実を受け入れやすい性質を持っていたからに過ぎない。
それをデュランの様な敵意を抱いた者へ伝えるなど、叶うはずもないのだ。
「それは多分、今の人間じゃ理解出来ないかもしれない。 天士っていうのは信仰とか嘘偽りとか、そういう所の話じゃないんだ。 もう一つ上の、言葉という概念を必要としない世界の住人だから―――」
「そう、それがもしかしたら真実なのかもしれないね。 でも私達はそれを否ずとする理念を持っているからこそ、相容れないだろうさ」
ズズズ……
そんな一言が言い放たれた途端、場を地響きが包み始める。
デュランが部屋を揺らしているのだ。
その膨大なまでの命力を昂らせる事によって。
「そう、相容れない。 でも私はもうその覚悟は出来ている。 君はどうだい?」
それはもはや訣別の一言。
今までの戯れを終わらせる為の。
ゴゴゴゴ……
地響きは次第に強まり、部屋の隅々を激しく揺らしていく。
窓に亀裂が入り、食器が落ちて割れてしまう程に強く強く。
もうデュランの戦意は充分に高まりきっている。
―――だがそれは勇もまた同様だ。
「ああ。 俺ももう、覚悟は出来ているさッ!!」
「なら始めるとしよう。 救世主を決める為の戦いを……!!」
二人の力は既に部屋に押し留められない程の広がりを見せ。
陽光すら弾く程に強い命光を迸らせる。
それが成せる程に二人は、強い。
そして二人の意思を、戦意を乗せた視線をぶつけ合った時―――
ドッガァァァーーーーーーッッッ!!!!
―――突如として屋敷の半分が炸裂する。
二人が全力で外へと飛び出したからである。
跳躍の余波はそれ程までに凄まじかったのだ。
その勢い、共に彗星の如く。
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