たのしい わたしの おそうしき

syarin

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人生で一番幸せな日。

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「私には愛する人がいる。貴女は只の政略と人質の為に娶ったに過ぎない。」

遠路遥々馬車に揺られて一月、遠く離れた異国の地。
お伽噺のお姫様と王子様の様に飾り立て、絵本でしか見た事無い様な荘厳な教会で式を挙げた後、私は、さっき夫となったばかりの人に天国から地に叩き落とされた。

まるで夢のようだと思っていた幸せは、全て白昼夢の様に消え失せる。

「離宮を一つ、住めるようにしておいたから、後はそこの使用人に全て申し付けてくれ給え。」

「……………左様、で、したか……。それは、申し訳ありません………。」

一瞬にしてカラカラに乾いた喉で、何とかそう返事をして、それから後は良く判らないまま……気が付いたら独り、暗い部屋に立ち尽くしていた。

誰も婚礼衣裳を着替えさせに来なかったが、未だ、幸せだった余韻から抜け出したく無かったから丁度良かった。


このドレスを脱げば、本当に全て終わってしまう気がして。



重厚で壮麗な装飾の施されたベッド、ソファ、テーブル、デスク、チェスト……。

特に私の為に用意された訳でも、色々な物が用意されている訳でもない、最低限の物しかない部屋だったが、それでも荘厳な設えに、少しだけ感嘆の溜め息を吐いた。

母国では、王の実の娘ではあるものの、王が療養先で見かけて一時期愛妾にして捨てた村娘を母に持つ私の扱いは下働きそのものだった。

卑しい身分と兄弟姉妹に蔑まれ、いびられながらも、城内に置かれ、恐らくだが、王子や王女、その下に使える使用人達のガス抜きに利用されていた。

だが、只愚かさを際立たせる為だけに課せられていると思っていた厳しい淑女教育は、こういう時の為の布石でもあったのだろう。

ある日呼び出されたと思ったら、急に栄養豊富な食事を三食与えられ、この国の御馳走や流行り料理等を食べ慣れさせられた。
同時に、下働きの厳しい労働が無くなり、傷だらけの体は魔法薬と侍女達の手入れでみる間に美しく整えられていく。

毎日、礼儀作法や基礎教養、この国の歴史や文化を叩き込まれたと思ったら清楚なドレスを着せられて、婚約者との顔合わせだと言われ、あれよあれよという間に、美しい青年と引き合わされていた。

何が何だか判らなかったが、青年の笑顔が眩しくて、エスコートしてくれる腕が、掌が、温かくて……。

こんな人が私の夫になるのだと、全ては報われたのだと、まるで自分がお伽噺の灰かぶり姫にでもなったかの様な心持ちで一月馬車に揺られて異国へと嫁いできた。



入国した翌日の挙式で、来賓も両国大使と外交官が数人だった。

でも、私の為にこの国の王子から贈られた純白の雲の様にふわふわしたシフォンをたっぷり使ったドレスに、朝露の様に真珠と宝石が煌めく長くて透けるベール。
華やかな花をふんだんにあしらったブーケに私はうっとりと酔いしれていた。

神秘的な光を齎す大きなステンドグラス。

その虹色の光に金髪を輝かせるこの国の第二王子シャルルゴールド・ブリオージュに、そっと指輪を嵌めて貰い、キスを手の甲に落とされた時、きっと………私は幸薄い人生全ての幸せを受け取ったに違いなかった。



ぼんやり、何をするでもなく窓の外の景色を眺めてみれば、そろそろ夜明けという濃紺の空に、白亜の王城がニョッキリと突き出ていた。

と、目端に鋭い光の反射を感じて反対側を見る。

そこには綺羅綺羅と朝陽を反射させる水面があった。

どうやら、この古めかしい離宮の南西に王城、南東に泉か池があるようだった。

まるで一枚の大きな絵画の様な景色に、私は暫く魅入られたように眺めていた。
濃紺が、世界を蒼白く染め上げた後、白々明けて、茜色の美しい朝焼けを見せる。

王城はその度に色彩を変え、輝いていた。

綺羅綺羅と生命を宿した宝石の様に奔放に輝く水面も、刻一刻と表情を変え、どれだけ眺めていても飽きさせない。

綺麗な景色……。私もこの風景に溶けてしまえれば良いのに……。

思わずそう考えて、ハッとする。

そうだ、このまま、……この幸せなまま、この綺麗なの中に溶け込んでしまおう。


こうして、私、イオラ・ブリオーシュは死ぬことにした。



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