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こうして、お姫様は幸せになりました。
しおりを挟む茜色も消えて、朝の清々しい白金色の日差しと、小鳥の囀り。
本来なら初夜で乱れたであろうベッドは、誰にも使用されずに綺麗なまま、そこに存在していた。
微かに、どこかから楽しそうな話し声が聞こえてので、私はそっと声のする方へと歩きだす。
近付けば、キャッキャと楽しそうに話しているのは私の事だったと気付く。
私が哀れで惨めだと。
初夜も独りで過ごし、古ぼけた離宮に追いやられ、更には、呼ばないので着替えも風呂も夕食も放置してやった、と楽しそうに笑いあっていた。
哀れで惨め……。
そうね……、このまま生きていけば、又、母国と同じ様に扱われる哀れで惨めな日々が待っているかもね。
でも、今は違うわ。私、とっても幸せなの。
毎日、栄養たっぷりの食事を三食食べて、素敵な王子様の元に嫁いできたのよ。
素敵な部屋、素敵なドレス……。まるでお姫様でしょう?
厳しい下働きなんてしなくて良い、自由な生活。素晴らしい絵画の様な景色を、誰にも邪魔されずに好きなだけ眺めたの。
そして、この幸せなまま、私の生涯は閉じるのよ。
だって、もうあんな惨めな生活には戻れないもの。
「ねぇ、貴女達。」
「ヒイッ!」
音もなく背後に現れて、挙式以来丸一日飲まず食わずな上に一睡もしていない、色の無い顔で声を掛けた花嫁姿の私に、幽霊を見たかと背筋を凍らせてるとは露知らず、私は三人の侍女に笑い掛けた。
「ねぇ、沢山の花と、夜光液を塗った造花を閉じ込めた硝子珠が欲しいの。これで、買えるだけお願い。」
結婚指輪として昨日貰った金の指輪を差し出せば、彼女達は渋々、といった表情で了承し、指輪を持って去っていった。
無地の金の指輪の内側に、母国とこの国の紋章が刻まれただけのシンプルなもの。まさか結婚指輪だとは思わなかったのだろう。
指輪交換の時に互いに交わしたものの、離宮に着く前に王子は指輪をさっさと外していた。
そうなれば結婚指輪には未練など無かった。
魔法で着の身着のまま体を浄化し、部屋から窓の外の景色を飽かず眺める。
翌日、離宮前にうず高く積み上げられた花々と硝子珠を少しずつ池の小舟に積んでいたら、いつの間にか夕方になっていた。
何一つ労働せず、美しい花を弄ったり、野の花を摘んだりと遊び呆けて一日を過ごすなんて、なんて優雅なんだろう。
私は心から自由で、幸せだと、思えた。
空が暮れ泥み、一番星が輝き出す。私の人生にも幕を降ろす時間がやってきた。
小舟に乗り込み、ゆっくりと池の中央へと漕ぎ出す。
一つずつ、硝子珠を静かに水面に沈めていく。
数本ずつ束ねて重石を着けた花々も、ゆっくりと沈めていく。
ガーベラ、トルコ桔梗、チューリップ、スイートピー。
渋々だったにも関わらず、色とりどり、華やかな花を沢山揃えてくれた侍女に感謝しなくちゃ。
ヒヤシンス、ラナンキュラス、アネモネ……。どれも綺麗ね。
段々楽しくなってきて、絵本で見た婚姻パレードをしているお姫様の様に、束ねた花をあちこちに投げていく。
そう、幸せいっぱいで、王子様と一緒にパレードをするの。
押し寄せて祝福してくれる民衆に花を投げて幸せのお裾分けをするのよ。
産まれてからずっと王城の奥で下働きをさせられて、民衆なんて見たこともないけれど……。
「はぁ……満天の星空だわ……。」
花を全て投げ入れた私は、小舟に寝そべって星を眺めた。
ギシ、ギシ…と、古びた小舟が冷たい風に微かに揺れる。
警備の為に常に灯りが有った王城内とは違い、真っ暗な池の回りは星を一際輝かせた。
小舟の下にも、私が投げ入れた硝子珠のぼんやりとした灯りが見える。
「なんて素敵なのかしら……。」
まるで、星達が一条の涙を流して私の死を悼んでくれているかのように流れ星が、つい、と一つ流れた。
それが何だか嬉しくて。
私はシーツで足にくくりつけた大きな石を、小舟から静かな水面へと落とした。
ーーーーー
ーーー
ー
ぶくぶくと、沢山の泡が私の回りを躍りながら昇っていく。
硝子珠に照らされたその美しい泡を視線で追い掛けながら、私はゆっくりと沈んでいく。
頂いた綺麗なリボンで両手とブーケをくくりつけ、祈るように胸元に抱く。
肩に巻いたベールがヒラヒラ綺羅綺羅と舞っている。
水底は、私が思い描いていたより素敵な様子だった。
右に左にと靡く無数の水草、その合間に花が咲き乱れる。
沢山の蝶が飛び交うように、小さな美しい小魚が群れを成して泳いでいた。
何て幻想的な光景……。
思わず洩らした感嘆の溜め息が、ぷくり、と大きな泡となってむにむにと昇っていく。
それを視線で追い掛ければ、思った通り、差し込む月光と硝子珠の灯りに私の髪の毛はまるで天の川の様に煌めいていた。シフォンのドレスは揺蕩う雲のよう。
ふわり、ふわりと私は揺れて、水底から沢山の泡を天へと昇らせる。
揺れる水面の先の星空は、まるですすり泣く様に小刻みに震え、泡と一緒に天へと昇ろうとする私を優しく迎えてくれるようだった。
視界ににゅるりとスライムが過る。池の掃除係にスライムを放っているのだろう。
これなら、三日もあれば私は綺麗に骨になって、醜い姿を晒さなくて済む……。
もし、誰かが私を見つけても、きっと、何て素敵なお墓だろうって感心するんじゃないかしら……なんてね。
そんな事を考えながら、私は最後の息を吐き出した。
ーーーーー
ーーー
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