たのしい わたしの おそうしき

syarin

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めでたしめでたし。お姫様のお話は終わり……

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最初に異変に気付いたのは、離宮の侍女達だった。

最初にイオラを部屋に案内してから一度も、食事や入浴処か着替えの手伝いすらしていなかった彼女達は、翌日に花と硝子珠を頼まれて以来、イオラの生気のない様子に恐怖してしまっていた。

故に、それぞれが互いに誰かが世話をしてくれただろう、何か有れば呼びに来るだろう、と言い訳して、イオラを案内した部屋を無視して過ごした。

幸いにも、三人しか侍女を配置しなかった古ぼけた離宮には、イオラの存在を無視しても忙しいほど沢山仕事が有った。

だが、ふと気付いた時に一週間も経過していて空恐ろしくなった三人は、誰が世話をしているのか確認して安心しようとし、逆に胃に鉛を詰め込まれた様な気持になるのだった。

イオラの世話をしたならば、三人の性格的にその愚痴なり話題なりを話さざるを得ないだろう。
それなのにこの一週間誰もその様な事は話さず、静かに和やかに仕事が進んでいた事実。それを見ないふりした結果だった。

三人は、恐る恐る部屋を覗き、使った形跡の無いベッドやバスルーム、跡形もなく消えた花嫁に戦慄した。

部屋は、何一つ物を動かした形跡も無く、クローゼットもバスルームもベッドも、全て三人の侍女達がイオラを案内する前に整えた状態のままであった。

「こ、婚礼衣裳のまま…って事よ…ね……?」

生きてるだろうか…。誰ともなく呟く。
食事を取らず一週間人間が生きれるのかどうか、三人には判らなかった。

怖くなった三人は、呼ぶまで誰も来るなと言われ、誰かが世話をしていると思っていたと口裏を合わせ、逃げるように部屋を後にした。

その後、暇さえあればそれとなく周囲を探したが、ついぞイオラを見つけることは出来なかった。


ーーーーー
ーーー


その頃、王城では、溜まった仕事に忙殺されていた王族達が久し振りに顔を合わせて昼食を取り、久し振りの団欒を楽しんでいた。

「全く、あの強欲な田舎王のせいで忙しい一年だったな…。」

国王が、ぐいっと白ワインを呷ってプハァ、と笑顔を見せてからやれやれ、と首を振って言う。

イオラの母国、アプリストス王国が条約を無視して不当に半島を占拠してから一年、元々国力の差は歴然だったため2ヶ月で奪還は出来たが、その後の条約の結び直し、戦の為に後回しにされた内政の細々したもののせいで、今日やっと王族達は一息吐けたのだ。

グリルされた白身魚の香ばしい身にナイフを入れながら、なごやかに談笑する。

「反対側の国境線で此方が遊牧民問題で隣国とゴタゴタしているあの時なら奪えると思ったんでしょうね……。国力は歴然なのに…。」

「まぁ、シャルルゴールド殿下が大分毟り取って来たんでしょ?停戦条約の際の賠償で……。大赤字でしょうから、暫くは大人しくしてくれますわね…。」

王太子が言葉を繋ぎ、王太子妃がニコニコと言った。

「本当はもっと毟り取りたかったんだけど、姫君を無理矢理押し付けられて……残念です。」

第二王子シャルルゴールドの苦笑と言葉に、王太子妃がポン、と手を叩いて言う。

「あら、そうだったわ、ご結婚なさったのよね♪おめでとうございます、だわ♪」

無邪気な声でいう王太子妃に、ハァ、とシャルルゴールドは溜め息を吐いた。
第二王子が身分の低い子爵令嬢(現在身分ロンダリングの為にとある公爵家と養子縁組の交渉中)と恋仲なのは周知の事実。無邪気な顔で言っているが、純然たる悪意から来る言葉だった。
元公爵令嬢の王太子妃と子爵令嬢は学園時代に何度も衝突した犬猿の仲なのである。

オホン、と王妃が咳払いし、団欒に持ち込まれた不穏な空気を払う。王太子が小声で妃を窘め、シャルルゴールドにすまない、と謝った。

「その王子妃なのだけれど、王は貴方の未来の妃に足りない箔とオツムを彼女で補えるのでは、と思って貴方の妃に据えたのよ。
気に入らなくても、白い結婚で二年ほどしてから功績のある騎士に下賜する手もあるのだから、それなりの扱いをしてあげなさいね?
……そうだ、今度の昼食会に連れて来ると良いわ。もう、彼女も此方の王族なのだから。」

「はい、母上。次回は連れてきます。
あの国の王族は皆我が儘で強欲なので、今は少し立場を判らせる為に放ってますが、不自由はさせないように手配してますので。」

変な女が自分より先に第二王子妃として王族の昼食会に出たと知ったら、愛しい子爵令嬢はどれ程怒るだろう……。

シャルルゴールドはそんな事を考えながら王妃の言葉に返答する。
王太子妃がニンマリ笑うのが恨めしかった。

だが確かに、下賜するにしても今は彼女も我が国の王族なのだから、余り冷遇は出来ないな、と思い直し、シャルルゴールドは昼食を終えた。

そんな様子を眺めながら、王妃はそっと嘆息した。

王妃も元は異国から嫁いできた王女だった。
だからこそ、嫁いできた王女が我が儘で強欲かどうかは判らないと思っていた。

ある意味、我が儘で強欲なのは可愛がられている証拠でもあるのだ。
そして、異国に嫁がせる時、親は万が一を考える。
よっぽど自国の情勢に不安がない限り、可愛い子は手元に、駒だと思う子を嫁がせる。

正に自分がそうであった、と王妃はワインを呑む振りをして自嘲の笑みを隠した。

第二王子の報告には、傷一つ無いたおやかな手を持つ礼儀や教養等の教育をしっかり施された姫君と書かれていたが、昨今、肌など魔法薬で幾らでも治せるし、我が儘姫と上級使用人では使用人の方が教養や礼儀作法がしっかりしてる、なんてザラにある話で……。

自国での日陰の扱いを思い出し、口の中のワインが苦くなる。

王妃は嫁いできて幸せだった。
王は純朴な性格で、王妃以外に余所見する事も無く、王妃が愛せば愛すだけ王も愛を返してくれた。
二人は会話を楽しみ、趣味を楽しみ、時に政治を教え合い、語り合い、気付かせ合った。

そうして三人の王子をもうけ、国も安泰。

だからこそ、新しく嫁いできた王女にも、少しでも良い環境を与えて安心させてやりたいと思っていた。

まさか結婚式の二日後に人知れず亡くなってるとは思わずに。



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