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第3章 華の競い合い
第23話 書庫の攻防
しおりを挟む「今日お呼びした本題ですが、あなたには四華の儀で凌家の姫が四夫人に選ばれるよう、動いてもらいます」
微笑ましく思っていた曄琳の気持ちを暁明はいとも容易く踏みにじる。
堂々と八百長宣言か。
曄琳は知らず持ち上がっていた口角が下がるのを感じた。
「つまり、選ばれる妃は既に決まっていると?」
「そうではありません……が、凌家に関しては四夫人に入れておきたい」
暁明は難しい顔で腕を組む。
「四華の儀は楽を重んじる寧楽国の伝統ある妃選抜の儀。管弦の手で妃の位が決まる、厳正な場です。家柄だけならば、凌家が四夫人の座を射止めるのは容易い。しかし」
「楽器の腕を加味となると、危うい?」
「そうです。卑賤なく、芸事の優劣がそのまま妃の位に直結する。故に、凌家の姫を落とすわけにはいかないのです」
言い分は理解できる。
暁明がここまでして凌家の姫を必要としているのは、ひとえに彼女が『凌家』の人間だからだ。
楽が物をいうこの国でも、人脈、財力、発言力は何者にも替えられぬ力がある。力ある家と繋がる利点は、全てそこに集約される。
けれど、結局は全てが権力闘争の場なのだ。
淳良に必要なのは温かい家族ではなく、己を強く、国を強くする力。市井の子なら、あれくらいの歳は鼻を垂らして野を駆けているだろうに。
淳良に課せられたものの大きさを思えば、自然と胸は痛む。
「そんなに……凌家の力が重要なんですか?」
「……と、言いますと?」
暁明は予想外の質問だったのか、目を見張っている。彼の視線が僅かに左にそれる。言うか言うまいか悩んでいる様子だ。
明らかに聞く相手を間違った。一介の宮妓が出張っていい話ではない。
曄琳は慌てて首を振る。
「別に、どうしても知りたくて聞いたわけじゃなくて、ですね。少し気になっただけなので」
「……いえ」
暁明は瞬きひとつすると、いつもの完璧な笑みを張り付けた。
「主上の後ろ盾が欲しいのです」
つまりは、後見人。
それは、今は摂政として皇太后が担っていると聞く。彼の後ろ盾は皇太后だと思っていたが、違うのか。
曄琳が首を傾げると、暁明は更に続ける。
「現在政権は皇太后陛下のもとに一極集中しています。幼い主上が政を執ることは難しく、仕方のないことではあるのですが……もう数年もすれば、あの方から政権を奪うときがきます」
奪うとはなんとも物騒な言い回しだ。
皇太后――朧妃は、淳良の生母・安貴妃が亡くなったことで、代わりに皇太后として立后したと聞く。当時朧妃は淑妃。先帝との間に子を成せなかった朧妃にとって、大出世の出来事であったろう。
摂政が就く流れとしてはとても自然だと思うのだが、暁明の言い方には引っかかりがある。曄琳は現在の政治中枢の事情まではさすがに把握していないため、想像するしかないが――。
(もしかしなくても、主上と皇太后はあまり折り合いがよくない?)
摂政は、特に淳良ほど年若いなら必要なことのはずである。しかし奪うとまで表現されると、皇太后が現在その摂政の域を超える政治を行っていると言っていようなものだ。
曄琳の顔色が曇ったことを悟ってか、暁明が言葉を重ねる。
「政も色々と面倒なのですよ。日々派閥は動いている。あと数年もすれば主上が己の力で朝廷を動かすようになります。そのときに、主上をお支えする後ろ盾が必要となるのですよ」
「それを、凌家に担わせると」
「かの家の影響力、発言力を鑑みても申し分ない。凌中書令も人格者。後ろ盾として欲しい要素は揃っています」
自分から聞いておいてなんだが、深入りしてはいけない政治事情に片足を突っ込んでしまった気がする。
胃に重石が入ったような気分だ。
「……これは、私が聞いてもいい話でしたか?」
「さあ? どうだと思います?」
何だその言い回しは。
曄琳は暁明の切れ長の目を見つめる。その瞳には挑戦的な色が見え隠れしているようで。
(これは……試されている)
彼は何かを計ろうとしている。こちらの態度、聞き方、言い回し。何が引っかかったのかはわからないが、暁明の中であれほどの内容を曄琳に話しても良いという引き金があったのだ。
(外朝の内情を赤裸々に話せる相手は限られる。信頼できる高官や側近、同僚、あとは妻? 皇帝陛下に皇族…………皇族?)
そういえば、曄琳も血統上では皇族ではなかったか。
暁明に目を見られたことを思い出す。
紅い目。
あれを見て彼が何を思ったのか。
(いや、まさか。まさか……ね)
宮廷において櫻花妃の逃亡は不貞の大罪人扱いであるはず。ならば、曄琳に皇族の疑いをかけるというのはおかしな話だ。
(私の思い過ごし……いや、思い過ごしであってほしい)
今の曄琳にすぐ逃げ出せるだけの足もつてもない。何も知りませんという顔をして、暁明に大人しく従う他ない。
先に耐えきれなくなったのは曄琳の方だった。
曄琳はまだこちらをじっと見てくる男から視線を外す。すると視界の端で暁明が薄く笑ったような気がして。曄琳は舌打ちしたい衝動を抑える。
こういうまどろっこしい駆け引きは嫌いだ。けれど今は生き残るため四の五の言ってられない。
「ぐ、具体的にこれから私は何をすれば?」
話題を変えようと話を振る。声は震えてなかったはずだ。
暁明は笑みを崩さず、先程の話題はなかったかのように、新しい話題に乗ってくれた。
「凌家の姫の老師のひとりとして付いて、周りの妨害を牽制してもらいます」
「さらっと言いますけど、私は何かすごいことができるわけじゃないんですからね?」
「耳があるでしょう。耳聡いあなたなら、他の人間より早く気づいて動くことができる。それは強みですよ」
褒められてるのか、いいように利用されているのかわからない。まあ、おそらく後者だと思うが。
曄琳はすんと鼻を鳴らすと、暁明の前に二本指を立てた。
「請け負います。けど、私からも二つ、頼み事があります。これを聞いてくだされば、以後しばらくは少監の指示にきちんと従います」
「聞きましょう」
しばらくはと言っておいたのは、曄琳なりの反抗だ。
暁明が腕を組む。
「ひとつ、私の師匠である茗という女性も今回の選抜に入れてください。私はこんな見た目なので、周りから反感を買いやすいのです。うまく立ち回るためにも、知り合いが側に欲しいです」
これは全て真実だ。
曄琳がわりかし寡黙な方であることを差っ引いても、自身に対する周りの目は冷たいものであることが多いのは自覚済みだ。特に容貌が物を言う後宮であれば尚の事。やりづらい場面が増えてくると想像できる。
曄琳の提案に、暁明はすんなりと頷いた。
「わかりました。茗という宮妓も老師に加えるよう、掖庭局に伝えておきましょう。もう一つは?」
曄琳はその丸い目をきゅうっと細めた。
「一度、私をもといた貧民街に連れて行ってもらえませんか?」
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