24 / 37
第3章 華の競い合い
第24話 初めての掖庭宮
しおりを挟む曄琳は教坊の庁堂の隅で正座をし、同僚の宮妓を前に楽器の音を聞いていた。楽器の不調を探ってほしいと言われて請け負ったのだが。
耳を働かせながらも、頭は別のことでいっぱいであった。
(思いの外、あっさり約束を取り付けられて拍子抜けかも)
断られるだろうも思いつつ暁明にふっかけた頼み事、『貧民街に行きたい』は二つ返事で受け入れられた。後日日取りを調整するとまで言われて、あの場は解散となった。
(母様の笛子だけでも回収しないと。私の持ち物と一緒に養母に売っぱらわれちゃたまらないもの)
曄琳が内教坊へ来て既に半年経っている。金に困っていそうな養母が、律儀に曄琳の私物をとっておくとは考えられない。
特に年末にかけては、春節に向けて家財の整理をする家が多い。不用品を市に出して売り捌くなら、秋から冬にかけてだ。夏の今のうちに戻れば、私物を全て回収できる可能性が高い。
「さー小曄! 行くわよぉ!」
ご機嫌な茗が七弦琴片手に曄琳の肩を叩く。
暁明に頼んだ通り、茗も四夫人選抜の面子に選ばれることとなった。俸禄上乗せの可能性があると知り、この師匠は完全に浮かれているようだ。
これからほぼ毎日、四夫人選抜まで老師として後宮へ入り浸ることになる。午前中は教坊で普段通り練習、午後は後宮で妃について練習。忙しい毎日だ。
曄琳は目の前の宮妓に、「皮を張り替えないと音色はそのままだと思います」と伝え、荷物を持つと、急いで茗とともに教坊を後にした。
◇◇◇
通明門で身辺の改めを受け、掖庭宮の中へと入る。
ここへ来るのは三度目か。一度目は幽鬼騒動。二度目は安妃の遺書探し。どれもお忍びだったため、実質初めて内部へ立ち入ることになる。
つい、あたりを見回してしまう。
さすが女の寝所というべきか、細かいところまで手入れが行き届いている。手摺ひとつとっても細かい彫りの装飾が施され、磨き上げられた床は鏡のよう。
掖庭宮は、大きく分けて四つの区画からなるらしい。
一つ目は、掖庭宮中央に位置する皇后の住まい・信宮だ。皇帝が滞在する宮も併設しており、後宮の禁中である。許可なく立ち入ることは禁じられ、選ばれた側近のみが出入りする場所となっている。
それを囲むように二つ目の区画、四夫人の宮が配置される。
貴妃は東の礼宮。淑妃は南の仁宮。徳妃は北の智宮。賢妃は西の義宮――それぞれ住まう妃の氏が宮の名につくことで住まいの持ち主を表す。先帝の安貴妃は東の礼宮に身を置いたため、当時は安礼宮と呼ばれていた。
今は四夫人不在により各宮は閉鎖され、安妃の遺品が未だ残る安礼宮を除き、他の三宮は、氏を外して仁宮、義宮と称する。
四夫人より下の嬪の住まいは、この四宮の周りを囲うようにして配置される。一つの宮を複数人の嬪で使うため、位が低くなるほど房室は手狭になる。よって、仮に皇帝の渡りがあると、別の宮に移るそうな。これが三つ目の区画である。
そして四つ目は、内侍省が置かれた女官、宮女の住まう区画である。ここは曄琳らの居住する雑居舎とつくりは変わらないようで、大勢の宮女が雑魚寝で集団生活をしていた。
――と、このような塩梅で、複数人の宮妓らと後宮内を歩きながら、案内の女官から説明を受ける。曄琳は丸い目を更に丸くして、観光気分で首を巡らす。
(ここに母様が住んでたんだと思うと変な感じ。私の生まれた場所なんだな)
感慨深いような、他人事のような。
曄琳は茗の後ろにくっついて歩きながら、ぼんやりとそう思った。
最後に女官に通されたのは、三つ目の区画に位置する集花堂と呼ばれる大庁堂であった。
「ここは四夫人選抜が行われる予定の場所です。皆様には本日より一月の間、それぞれ姫様方について管弦の手習いの指導をしていただきます」
女官は憮然とした表情で宮妓の顔を見渡した。雑な手つきで手元の巻物を確認すると、ため息を噛み殺す。
(あからさまな反応。お互いに仕事なんだから仕方ないでしょうに)
案内のときから思っていたが、女官らは今回の催しに対してあまりいい感情を持っていないようであった。
道中何度も心無い言葉を聞いた。彼女達なりにこちらに聞こえないよう声を潜めてはいたが、まさかひとりの宮妓に筒抜けだったと知れば、きっと青ざめたことだろう。それほど酷い罵詈雑言であった。
彼女らは部外者に後宮を踏み荒らされるのが気に食わないのだ。閉鎖的な宮仕えの官ならではの反応ともいえる。
曄琳は不快感を隠そうともしない目の前の女官に鼻を鳴らす。
「では、これより姫様方の房へお通しします。名を呼ばれましたら、前へ」
暁明曰く、曄琳は凌家の子女につくらしいが、果たして如何に。
「李 燦雲、呉 茗、沈曄琳。凌氏のもとへ行きますので、ついてきてください」
いの一番に名を呼ばれた。やはり凌家の子女のところで間違いないようだ。
曄琳は茗と顔を見合わせると、女官の背中についていった。
茗は曄琳の事情を知らない。故に、凌家という優良物件を引き当てて純粋に喜んでいるようで、鼻歌でも混じりそうな足取りで女官に従っていた。
(茗姐様以外の宮妓と組むことになるのは予想外だったけど……)
曄琳は斜め前を歩く燦雲を盗み見る。
彼女とは初対面だが、帯から魚袋を下げているところを見るに内人のようである。
年は二十代半ばぐらいか。長身の肢体がすらりと伸び、面立ちは下がり眉に、同じく垂れがちな 目許が上品な美人である。手は楽人らしく節くれ立っており、指先には胼胝ができていた。これだけで臈長けた女性であることは察せられた。
(優しそうな人でよかった。うまくやらないと)
自身が社交的な人間ではないという自覚がある曄琳である。
先行する女官の足が止まり、ようやく凌家の房に到着かと思われたとき、前方から少女の金切り声が聞こえてきた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる