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1.転職先は魔王城
4話
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「……これ以上はやめましょう」
静かに、ただ僅かにこちらの気持ちを慮るように茶髪の女性からそう告げられ、シオンは小さく頷いた。
今見たものは一体何だったのか。
シオンは震える手で口元を抑えながら、いつもよりも浅く、早くなった呼吸を落ち着けようと深呼吸する。
少しの沈黙があって、銀髪の男性がゆっくりと口を開いた。
「貴女が持つ選択肢は二つあります」
冷たく淡々と、何の感情も感じさせない声が部屋に響く。
それでも、ゆっくり、そしてはっきり伝えようとする姿は、誠実と表現できるのかもしれない。
「貴女の自我や記憶をそのまま残して”我々の世界”で再び生きるか、否か。それを、”互いに見定め、決める”のがこの場だと思ってください」
あの映像を見て否応なく理解をしつつあったものの、”再び生きる”という表現がシオンの心を鋭く刺した。
突然彼女を襲った、胸を鷲掴みにされるかのような痛みに悶え、固いアスファルトに倒れ伏した記憶が鮮明に蘇る。
ジワリと冷や汗をかきながら、しかしシオンはある一つの言葉に引っかかっていた。
「互いに、見定める……?」
銀髪の男性は、絵画の天使かのように整った美貌を微動だにせず、無表情にこくりと頷いた。
「君の前にも、この部屋で話をした人がいるんだよ。だけど、僕たちは彼を、”僕たちの世界”には招かなかった」
彼も乗り気じゃなかったしね、と軽い調子で金髪の男性が言い放つ。
そう言われて、シオンは扉に張り付いて耳を澄ませていた時に、微かに聞こえた人の声を思い出した。
会話の内容はわからなかったが、確かにあれはここにいる誰の声とも違っていた。
“僕たちの世界には招かなかった”
その言葉が、シオンの心にずっしりとのしかかった。
あの声の主も、自分と同じく元の世界での命が尽きているのだとしたら。
招かれなかった彼はどうなった?
もしもどこの世界にも受け入れられなかったら、”彼”や”私”は一体どうなるのだろう?
「だからね、君のことを教えてほしいんだ」
これは、"圧倒的優位にある相手"から投げかけられている言葉だ。
シオンの心の中に、嫌悪感が湧き上がる。
「紙に書いてあることは知ってるよ。君がこれまでどんな風に振る舞って、どう働いてきたのかもね」
“見て”きたから、と金髪の男性が妖しく、美しく微笑んだ。
幼げで中性的な容貌が、今は子供が持つ残酷さの象徴のようにすら感じられる。
「でもそれは、映像として見える部分だけ。僕が知りたいのは君の魂の部分」
見開かれた彼の桃色の瞳が、じわりと変色し、まるで夕日のように赤く染まった。
信じがたい光景に恐怖して声が出ないシオンを置き去りに、彼は大層楽しそうに口元を歪ませて笑う。
その唇の端から覗く異様に鋭利な犬歯が、彼らの言う“僕らの世界”を象徴しているような気がした。
「君は穏やかで柔らかで、周りの人のために一生懸命働いていたよね?」
席を立ち、ゆっくりとシオンの方へと近づいてくる。
シオンの体は危険信号を発しているのに、すくんでしまって動けない。
「でもそれは報われなかったみたいだ。手酷い裏切りだ」
憐れむように、悲しみの表情を浮かべる彼に対して、嫌悪感がますます高まる。
シオンはぎり、と唇を噛んだ。
「君の心はそれで手折られてしまったの?誰かに守られたかった?どのくらい苦しかった?辛かった?君は誰かにすがられては手を差し伸べていたけれど、君に手を差し伸べてくれた人はいた?」
(私の何を知っているっていうの?)
反発したい感情と裏腹に、まるで自分のことを隣で見ていたかのように語られる言葉に心が揺さぶられる。
矢継ぎ早に繰り出される言葉にはデリカシーの欠片もないけれど、こちらを侮蔑する響きも感じられない。
純粋に、問うているのだ。
「……ねえ、教えてよ、外から見ているだけじゃわからなかったんだ。君を裏切った奴らのことが憎い?どのくらい?殺せるなら殺したい?それとも目を瞑って、無かったことにしてしまいたい?」
彼の声色は異様なまでに明るく変化していた。
シオンは自分の感情が乱高下し、胸の中でぐちゃぐちゃになっていくのを感じていた。
自分の中に秘めていた柔らかい部分を土足で踏み荒らされるような感覚。
鼓動に合わせて、一度落ち着いたはずの呼吸が再び早くなっていくのを感じる。
渦巻いているのは怒りだろうか。
それとも、あの日感じた恐怖や絶望だろうか。
涙が一筋こぼれそうになるのを、シオンは必死に押し止める。
「バルドラッド様、」
冷たく落ち着いた声が、割り込むように響く。
滲む視界の端に、金髪の男性を制止しようとする銀髪の男性の姿が映った。
「……邪魔するつもり?レヴィ」
バルドラッドと呼ばれた金髪の男性が、ぎろりと睨むように銀髪の彼を振り返る。
先ほどまでの明るい調子からは想像できない迫力から、やはりこの場では彼が決定権者なのだと再認識した。
シオンは『大丈夫です』という思いを込めて銀髪の男性に目礼を送る。
バルドラッドはその様子を見て、ふうん。と何故だか上機嫌に笑った。
それから、改めてシオンに向き合って言葉を投げかける。
「俺達も、君も。失敗したくないのはお互い様でしょ?だからここで答え合わせしてよ」
無遠慮に心を切りつけるようにしながら通り過ぎていく彼の言葉たち。
その真意をなんとか捉えて理解して、一つでも言葉を返さなくては、と思考を働かせる。
そのためには……確認しなければ、いけないことがある。
シオンは一度ぎゅっと目を閉じた後、意を決してバルドラッドに向き直った。
「お互いに見定める必要がある、という割には一方的すぎませんか?」
その場に、沈黙が訪れた。
(最悪、殺されたりするのかな。いやでも、もう死んで……やだ、考えないでおこう……)
恐れを悟られないように、声が震えてしまわないように、ぎゅっとお腹に力を込める。
「私に与えられる選択肢が少ないということは……その意味合い含めてある程度分かったつもりです。私には、貴方達の問いに答えるしか、実際ほとんど道が残されていないんでしょう?」
バルドラッドはゆったりと構えて、背後にあった机に腰かける。
そして首を少しだけ傾げると、続けて?とでも言うように微笑んだ。
「でも、こんなに私が不利な状況で答えて……仮に貴方達が私のことを選んでくださったとしても、それは正しい理解に基づいた判断だったと言えますか?」
お腹に込めた力も限界だ。
シオンの声は震えていた。
それでも、軽薄な笑みを浮かべたままこちらの様子を眺めているバルドラッドの深紅の瞳を真っ直ぐに見据え、目を逸らすことはしなかった。
「私の魂を知りたいとおっしゃるなら、この状況はあまりにアンフェアです」
そう言い終えた瞬間、室温がぐっと下がったような張り詰めた空気を肌に感じる。
腕を組みながらゆったりと聞いていたバルドラッドの目が、一瞬にして鋭く変化する。
シオンは首元に刃を突き付けられているような緊張感を覚えて息を飲んだ。
「君のことを知りたいとは言ったけれど、君と僕が対等だとは一言も言ってないよ」
(怖すぎる!!)
ほとんど泣きそうになりながらも、シオンは口を真一文字に引き結んで彼を見つめ返した。
考えたくはないことだが、恐らく既に尽きた命。
今はその燃え残りのような時間だということなのだろう。
訳も分からないまま、消えゆくはずの意識をつなぎ留められ、本来知らなくても良かった自分の死をまざまざと見せつけられたうえで、こんな得体の知れない選択を迫られている。
なんと理不尽なことか!
それに対して何も言えないまま、最後の瞬間を自分で選ぶこともできないなんて、とても耐えられなかった。
「……レヴィ、ナナリー、分かったって、そんな怖い顔しないでよ」
バルドラッドが、やれやれというように大げさに肩をすくめた。
その言葉に促されるようにシオンが両脇の二人に視線を向ける。
レヴィと呼ばれた銀髪の男性は相変わらず表情もなく微動だにしていない。
一方で、茶髪の女性……ナナリーは、困ったような、申し訳なさそうな顔をこちらに向けていた。
「ごめんなさいね、うちのボスったら、無駄に尊大で傲慢で口が悪いクソガキみたいなところがあるんだけれど、嘘は言っていなくて……私たちは、本当に貴女のことを知りたいし、可能ならば貴女にこそ私達の世界に来てほしいと思っているの」
「うわっ、凄いね!全部悪口だね、酷い!」
膝を打って手を叩きながら、バルドラッドはひとしきり笑い転げた。
ややあって、机に腰かけていたところをひょいと降りる。
「確かに、君の言う通り情報が足りなさすぎるよね。そういう事なら、俺達の世界を見てもらうのが一番早いのかも」
そう言うと、彼はすっと右腕を顔の前に持ち上げる。
その動きに合わせて、足元にあった床が、まるで柔らかいシリコン板のようにぐにゃりと波打った。
あれっ、と思うか否かの間に、シオンは自らの体が宙に放り出されたかのような……ジェットコースターの急降下を思わせる感覚に襲われた。
(な、内臓全部出る――――!!!!)
静かに、ただ僅かにこちらの気持ちを慮るように茶髪の女性からそう告げられ、シオンは小さく頷いた。
今見たものは一体何だったのか。
シオンは震える手で口元を抑えながら、いつもよりも浅く、早くなった呼吸を落ち着けようと深呼吸する。
少しの沈黙があって、銀髪の男性がゆっくりと口を開いた。
「貴女が持つ選択肢は二つあります」
冷たく淡々と、何の感情も感じさせない声が部屋に響く。
それでも、ゆっくり、そしてはっきり伝えようとする姿は、誠実と表現できるのかもしれない。
「貴女の自我や記憶をそのまま残して”我々の世界”で再び生きるか、否か。それを、”互いに見定め、決める”のがこの場だと思ってください」
あの映像を見て否応なく理解をしつつあったものの、”再び生きる”という表現がシオンの心を鋭く刺した。
突然彼女を襲った、胸を鷲掴みにされるかのような痛みに悶え、固いアスファルトに倒れ伏した記憶が鮮明に蘇る。
ジワリと冷や汗をかきながら、しかしシオンはある一つの言葉に引っかかっていた。
「互いに、見定める……?」
銀髪の男性は、絵画の天使かのように整った美貌を微動だにせず、無表情にこくりと頷いた。
「君の前にも、この部屋で話をした人がいるんだよ。だけど、僕たちは彼を、”僕たちの世界”には招かなかった」
彼も乗り気じゃなかったしね、と軽い調子で金髪の男性が言い放つ。
そう言われて、シオンは扉に張り付いて耳を澄ませていた時に、微かに聞こえた人の声を思い出した。
会話の内容はわからなかったが、確かにあれはここにいる誰の声とも違っていた。
“僕たちの世界には招かなかった”
その言葉が、シオンの心にずっしりとのしかかった。
あの声の主も、自分と同じく元の世界での命が尽きているのだとしたら。
招かれなかった彼はどうなった?
もしもどこの世界にも受け入れられなかったら、”彼”や”私”は一体どうなるのだろう?
「だからね、君のことを教えてほしいんだ」
これは、"圧倒的優位にある相手"から投げかけられている言葉だ。
シオンの心の中に、嫌悪感が湧き上がる。
「紙に書いてあることは知ってるよ。君がこれまでどんな風に振る舞って、どう働いてきたのかもね」
“見て”きたから、と金髪の男性が妖しく、美しく微笑んだ。
幼げで中性的な容貌が、今は子供が持つ残酷さの象徴のようにすら感じられる。
「でもそれは、映像として見える部分だけ。僕が知りたいのは君の魂の部分」
見開かれた彼の桃色の瞳が、じわりと変色し、まるで夕日のように赤く染まった。
信じがたい光景に恐怖して声が出ないシオンを置き去りに、彼は大層楽しそうに口元を歪ませて笑う。
その唇の端から覗く異様に鋭利な犬歯が、彼らの言う“僕らの世界”を象徴しているような気がした。
「君は穏やかで柔らかで、周りの人のために一生懸命働いていたよね?」
席を立ち、ゆっくりとシオンの方へと近づいてくる。
シオンの体は危険信号を発しているのに、すくんでしまって動けない。
「でもそれは報われなかったみたいだ。手酷い裏切りだ」
憐れむように、悲しみの表情を浮かべる彼に対して、嫌悪感がますます高まる。
シオンはぎり、と唇を噛んだ。
「君の心はそれで手折られてしまったの?誰かに守られたかった?どのくらい苦しかった?辛かった?君は誰かにすがられては手を差し伸べていたけれど、君に手を差し伸べてくれた人はいた?」
(私の何を知っているっていうの?)
反発したい感情と裏腹に、まるで自分のことを隣で見ていたかのように語られる言葉に心が揺さぶられる。
矢継ぎ早に繰り出される言葉にはデリカシーの欠片もないけれど、こちらを侮蔑する響きも感じられない。
純粋に、問うているのだ。
「……ねえ、教えてよ、外から見ているだけじゃわからなかったんだ。君を裏切った奴らのことが憎い?どのくらい?殺せるなら殺したい?それとも目を瞑って、無かったことにしてしまいたい?」
彼の声色は異様なまでに明るく変化していた。
シオンは自分の感情が乱高下し、胸の中でぐちゃぐちゃになっていくのを感じていた。
自分の中に秘めていた柔らかい部分を土足で踏み荒らされるような感覚。
鼓動に合わせて、一度落ち着いたはずの呼吸が再び早くなっていくのを感じる。
渦巻いているのは怒りだろうか。
それとも、あの日感じた恐怖や絶望だろうか。
涙が一筋こぼれそうになるのを、シオンは必死に押し止める。
「バルドラッド様、」
冷たく落ち着いた声が、割り込むように響く。
滲む視界の端に、金髪の男性を制止しようとする銀髪の男性の姿が映った。
「……邪魔するつもり?レヴィ」
バルドラッドと呼ばれた金髪の男性が、ぎろりと睨むように銀髪の彼を振り返る。
先ほどまでの明るい調子からは想像できない迫力から、やはりこの場では彼が決定権者なのだと再認識した。
シオンは『大丈夫です』という思いを込めて銀髪の男性に目礼を送る。
バルドラッドはその様子を見て、ふうん。と何故だか上機嫌に笑った。
それから、改めてシオンに向き合って言葉を投げかける。
「俺達も、君も。失敗したくないのはお互い様でしょ?だからここで答え合わせしてよ」
無遠慮に心を切りつけるようにしながら通り過ぎていく彼の言葉たち。
その真意をなんとか捉えて理解して、一つでも言葉を返さなくては、と思考を働かせる。
そのためには……確認しなければ、いけないことがある。
シオンは一度ぎゅっと目を閉じた後、意を決してバルドラッドに向き直った。
「お互いに見定める必要がある、という割には一方的すぎませんか?」
その場に、沈黙が訪れた。
(最悪、殺されたりするのかな。いやでも、もう死んで……やだ、考えないでおこう……)
恐れを悟られないように、声が震えてしまわないように、ぎゅっとお腹に力を込める。
「私に与えられる選択肢が少ないということは……その意味合い含めてある程度分かったつもりです。私には、貴方達の問いに答えるしか、実際ほとんど道が残されていないんでしょう?」
バルドラッドはゆったりと構えて、背後にあった机に腰かける。
そして首を少しだけ傾げると、続けて?とでも言うように微笑んだ。
「でも、こんなに私が不利な状況で答えて……仮に貴方達が私のことを選んでくださったとしても、それは正しい理解に基づいた判断だったと言えますか?」
お腹に込めた力も限界だ。
シオンの声は震えていた。
それでも、軽薄な笑みを浮かべたままこちらの様子を眺めているバルドラッドの深紅の瞳を真っ直ぐに見据え、目を逸らすことはしなかった。
「私の魂を知りたいとおっしゃるなら、この状況はあまりにアンフェアです」
そう言い終えた瞬間、室温がぐっと下がったような張り詰めた空気を肌に感じる。
腕を組みながらゆったりと聞いていたバルドラッドの目が、一瞬にして鋭く変化する。
シオンは首元に刃を突き付けられているような緊張感を覚えて息を飲んだ。
「君のことを知りたいとは言ったけれど、君と僕が対等だとは一言も言ってないよ」
(怖すぎる!!)
ほとんど泣きそうになりながらも、シオンは口を真一文字に引き結んで彼を見つめ返した。
考えたくはないことだが、恐らく既に尽きた命。
今はその燃え残りのような時間だということなのだろう。
訳も分からないまま、消えゆくはずの意識をつなぎ留められ、本来知らなくても良かった自分の死をまざまざと見せつけられたうえで、こんな得体の知れない選択を迫られている。
なんと理不尽なことか!
それに対して何も言えないまま、最後の瞬間を自分で選ぶこともできないなんて、とても耐えられなかった。
「……レヴィ、ナナリー、分かったって、そんな怖い顔しないでよ」
バルドラッドが、やれやれというように大げさに肩をすくめた。
その言葉に促されるようにシオンが両脇の二人に視線を向ける。
レヴィと呼ばれた銀髪の男性は相変わらず表情もなく微動だにしていない。
一方で、茶髪の女性……ナナリーは、困ったような、申し訳なさそうな顔をこちらに向けていた。
「ごめんなさいね、うちのボスったら、無駄に尊大で傲慢で口が悪いクソガキみたいなところがあるんだけれど、嘘は言っていなくて……私たちは、本当に貴女のことを知りたいし、可能ならば貴女にこそ私達の世界に来てほしいと思っているの」
「うわっ、凄いね!全部悪口だね、酷い!」
膝を打って手を叩きながら、バルドラッドはひとしきり笑い転げた。
ややあって、机に腰かけていたところをひょいと降りる。
「確かに、君の言う通り情報が足りなさすぎるよね。そういう事なら、俺達の世界を見てもらうのが一番早いのかも」
そう言うと、彼はすっと右腕を顔の前に持ち上げる。
その動きに合わせて、足元にあった床が、まるで柔らかいシリコン板のようにぐにゃりと波打った。
あれっ、と思うか否かの間に、シオンは自らの体が宙に放り出されたかのような……ジェットコースターの急降下を思わせる感覚に襲われた。
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