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1.転職先は魔王城
5話
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突然に体を襲う浮遊感と、真っ逆さまに落下する感覚にシオンは思わず固く目を閉じ、悲鳴を上げる。
「ひっ……!!」
(し、死んだ!これは死んだ!!いや、もう死んでる!!)
脳内で思考が大暴れしている中、背後から何かに体をガシッと支えられ、ピタッと浮遊感がやむ。
硬い何かの上に横座りするような体勢になり、浮遊感がすっかり落ち着いたのを感じて、シオンはそっと瞼を開いた。
眼下にはまるでテレビの自然派特番で流れるような、密度の高い青々とした深い森と、それらを突き破るように切り立つ岩肌の山脈が広がっていた。
(イヤーーーー!!?)
いくつもの山頂を見下ろしているという事実から、今自分がいる場所の高度を想像して再び目がくらみそうになる。
恐怖をぐっと押し殺して改めて自分の身の回りを確認すると、お尻の下には日の光を浴びてぬらぬらと光る立派な鱗。
顔の前で、恐らくはシオンが今座っている"何か"の呼吸に合わせて揺らめいているその鱗は、蒼白なシオンの顔を映し出すほどに艶やかで大きい。
それは紛れもなく、絵本や映画の世界で見た竜の肌そのものであり、シオンはその背に腰かける形で飛行しているのである。
その事実に、声にならない悲鳴を吐息に変えて漏らしながら反射的に体をのけ反らせると、バランスを崩した体を支えるように背後からぎゅっと腕が回される。
「失礼」
耳の後ろから響く、平坦で硬質な声。
恐怖のあまり振り返ることはできないものの、それは先ほどまで机を挟んで向き合っていた、レヴィと呼ばれた銀髪の男性の声であることが理解できた。
どうやら突然空中に放り出されて自由落下しようとしていたシオンを、こうして抱えて竜に乗せてくれたのは彼なのだろう。
「着陸まで少しこのままで」
その言葉にシオンがコクコクと小さく頷きを返すと、竜はくるりと旋回して少しずつ高度を下げていく。
今起きている全てのことが超常現象過ぎて、細かいことはもはやどうでもよくなってきている。
……とはいえ、シオンは心の中で叫ばずにはいられない。
(やっぱりあの金髪の人、無茶苦茶だよ!!)
後ろから腕一本で抱えられるようにしながら大人しく竜の背に身を預ける。
すると、以前出張で飛行機に乗ったときの感覚を思い出し、次第におっかなびっくりではあるものの、陸を見下ろす程度の余裕が生まれてきた。
森林や山が多い点は日本の風景にも通ずるところがあるものの、生えている木々の様子や山肌に見える岩石の色合い、時折すれ違う鳥の群れ、すべてが今までに見たことのない姿をしている。
目の前に広がる光景に、改めてここが元の世界とは異なる空間なのだということを痛感させられた。
竜は、森林を構成する木々一本一本の姿がよく見える程の高度まで少しずつ、滑らかに高度を変えて飛行する。
「……わ……あ」
やがて、眼前にそびえる巨大な城が深い森の中から姿を現した。
中世ヨーロッパの要塞を思わせる佇まいで、写真や絵画でしか見たことのない建築物に思わず感嘆の声が漏れる。
しかし同時に、その城の付近を人の背丈の何倍も大きな獣が闊歩し、空にはまさに怪鳥といった風貌の巨大な鳥が力強く羽ばたきながら旋回している様子も視界に映り込み、シオンは再び強烈な目眩を覚えた。
竜は城壁を越えて緩やかに旋回し、城内の開けたところに着陸する。
羽ばたきに合わせてぶわりと舞う砂埃が落ち着く頃に、先ほどの二人の姿があることに気がついた。
バルドラッドが緩く手を挙げてこちらに向かって合図する。
「レヴィアス、随分とゆっくりだったね」
「竜での飛行も初めてでしょうから、安全確保のためです」
シオンを抱えていた腕がふっと離れる。
どうやら、彼は音もなく先に竜から飛び降りたようだ。
さて、着陸しているとはいえ、ちょっとした家の塀よりも少し高い竜の背から、どう降りたものか。
ただでさえ動きにくいスーツを腕捲りしたり、右から降りるか左から降りるか……とシオンが四苦八苦していると、レヴィアスがこちらに向けて腕を伸ばした。
シオンはありがたく、その手を取り竜から飛び降りる。
「すみません、ありがとうございます……」
「ふうん」
バルドラッドが、その様子を見て何か言いたげに眉をあげる。
「なんか意外だね、今度からリクルーターはレヴィアスに任せようかな」
「お断りします」
「何度もこんなことやる想定しないで下さい、バルドラッド様……」
心なしか疲労感を滲ませた様子のナナリーが、妙に楽し気なバルドラッドをたしなめた。
気づけば、シオンを除く全員が、先ほどのスーツ姿ではなく、まるで軍服のような装いをしている。
そこにあしらわれた刺繍や装飾は、実際の軍隊のそれというよりもやはり"異世界"の冒険譚を思わせた。
目の前に広がる城塞の風景と相まって、いよいよこの空間の中で異質なのは自分という存在なのだ……とシオンは強く実感する。
「ここが私たちの居城、魔王城よ」
軍服の上に白衣を纏ったナナリーが、微笑みながら竜の鼻先を撫でる。
ああ眼福。まさに女神の麗しさだ。
"魔王城ってなに"という疑問すらも吹き飛ばしてしまうほどに、絵になる光景だ。
すると、バルドラッドがその脇でにやりと笑ってふんぞり返った。
「そして僕がこの城の主、魔王バルドラッドだ!」
「まっ……魔王!?」
さすがに聞き流すことが出来なかった。
先ほどからのやり取りから、三人のおおよその立場の違いは察していたものの、どこかの立派なお家柄の貴族様とかその辺だろうと想像していた。
「威厳があるだろ?」
賛同しがたいが、威圧感は確かにある。
シオンは、ひくり、と自分の頬がひきつるのを感じていた。
「そして君に任せたいのは、この城の中で進んでいる仕事や働く魔物たちの管理、登用、育成……要は、君たちが"人事"と呼ぶような仕事全般だ!」
……魔王城で、人事?
確かに、シオンはこれまで勤めていた会社では、人事職や部署間の調整を行うようなハブ役を担っていた。
冒頭にバルドラッドが言っていた、これまでの経験を生かしてもらわないと困る、というのはそういう意味だったのか。
……それにしても、魔王城で、人事?
そもそも、魔王城って何してるの?
え、魔物って魔王に雇用されてるの?
私、魔王城に就職するの?
ありとあらゆることに想像が追いつかずシオンはしばし無言になる。
「ちなみに僕は最初から君を気に入ってる。だから採用する。あとは君の返事次第だ」
嘘でしょ、という言葉を必死に飲み込む。
気に入っている?
あれだけズケズケと人のパーソナルな部分に踏み込んでおいて?
混乱した頭で必死に考えながら、ふと先ほどのナナリーの言葉を思い出す。
『無駄に尊大で傲慢で口が悪いクソガキみたいなところがあるんだけれど、嘘は言っていなくて』
……なるほど、だ。
「あの……返事って、ここでもし断ったら私はどうなっちゃうんですか?」
するとナナリーが、眉根を寄せながらシオンに一歩近づく。
「ごめんなさい、正直それは私達にもわからなくて……。転生候補者が世界のはざまに流れ着くこと自体も多くはないの。"この世界"のほかにも転生先の候補となる世界が存在するという可能性は否定できないけれど、私達のもとを通り過ぎて行った魂が行き着く最終地点については、何もわからないわ」
少し同情するような瞳でこちらを見つめるナナリーの、その言葉に嘘がないことはよくわかった。
そして、だからこそその言葉がずしりと重くシオンにのしかかる。
このチャンスを逃した先に、別のチャンスが巡ってくる……そんな保証はどこにもないのだ。
「このお城……魔王城は、何のためにあるんですか?……貴方のやりたいことは何ですか?」
おずおずと、シオンは口を開いてバルドラッドに質問した。
彼は一瞬驚いたような顔をすると、少しだけ眼光を和らげて笑った。
「気が遠くなるほど長くてつまんない魔物たちの一生を、あっという間に感じるくらいに楽しくしてやりたいんだ」
「ひっ……!!」
(し、死んだ!これは死んだ!!いや、もう死んでる!!)
脳内で思考が大暴れしている中、背後から何かに体をガシッと支えられ、ピタッと浮遊感がやむ。
硬い何かの上に横座りするような体勢になり、浮遊感がすっかり落ち着いたのを感じて、シオンはそっと瞼を開いた。
眼下にはまるでテレビの自然派特番で流れるような、密度の高い青々とした深い森と、それらを突き破るように切り立つ岩肌の山脈が広がっていた。
(イヤーーーー!!?)
いくつもの山頂を見下ろしているという事実から、今自分がいる場所の高度を想像して再び目がくらみそうになる。
恐怖をぐっと押し殺して改めて自分の身の回りを確認すると、お尻の下には日の光を浴びてぬらぬらと光る立派な鱗。
顔の前で、恐らくはシオンが今座っている"何か"の呼吸に合わせて揺らめいているその鱗は、蒼白なシオンの顔を映し出すほどに艶やかで大きい。
それは紛れもなく、絵本や映画の世界で見た竜の肌そのものであり、シオンはその背に腰かける形で飛行しているのである。
その事実に、声にならない悲鳴を吐息に変えて漏らしながら反射的に体をのけ反らせると、バランスを崩した体を支えるように背後からぎゅっと腕が回される。
「失礼」
耳の後ろから響く、平坦で硬質な声。
恐怖のあまり振り返ることはできないものの、それは先ほどまで机を挟んで向き合っていた、レヴィと呼ばれた銀髪の男性の声であることが理解できた。
どうやら突然空中に放り出されて自由落下しようとしていたシオンを、こうして抱えて竜に乗せてくれたのは彼なのだろう。
「着陸まで少しこのままで」
その言葉にシオンがコクコクと小さく頷きを返すと、竜はくるりと旋回して少しずつ高度を下げていく。
今起きている全てのことが超常現象過ぎて、細かいことはもはやどうでもよくなってきている。
……とはいえ、シオンは心の中で叫ばずにはいられない。
(やっぱりあの金髪の人、無茶苦茶だよ!!)
後ろから腕一本で抱えられるようにしながら大人しく竜の背に身を預ける。
すると、以前出張で飛行機に乗ったときの感覚を思い出し、次第におっかなびっくりではあるものの、陸を見下ろす程度の余裕が生まれてきた。
森林や山が多い点は日本の風景にも通ずるところがあるものの、生えている木々の様子や山肌に見える岩石の色合い、時折すれ違う鳥の群れ、すべてが今までに見たことのない姿をしている。
目の前に広がる光景に、改めてここが元の世界とは異なる空間なのだということを痛感させられた。
竜は、森林を構成する木々一本一本の姿がよく見える程の高度まで少しずつ、滑らかに高度を変えて飛行する。
「……わ……あ」
やがて、眼前にそびえる巨大な城が深い森の中から姿を現した。
中世ヨーロッパの要塞を思わせる佇まいで、写真や絵画でしか見たことのない建築物に思わず感嘆の声が漏れる。
しかし同時に、その城の付近を人の背丈の何倍も大きな獣が闊歩し、空にはまさに怪鳥といった風貌の巨大な鳥が力強く羽ばたきながら旋回している様子も視界に映り込み、シオンは再び強烈な目眩を覚えた。
竜は城壁を越えて緩やかに旋回し、城内の開けたところに着陸する。
羽ばたきに合わせてぶわりと舞う砂埃が落ち着く頃に、先ほどの二人の姿があることに気がついた。
バルドラッドが緩く手を挙げてこちらに向かって合図する。
「レヴィアス、随分とゆっくりだったね」
「竜での飛行も初めてでしょうから、安全確保のためです」
シオンを抱えていた腕がふっと離れる。
どうやら、彼は音もなく先に竜から飛び降りたようだ。
さて、着陸しているとはいえ、ちょっとした家の塀よりも少し高い竜の背から、どう降りたものか。
ただでさえ動きにくいスーツを腕捲りしたり、右から降りるか左から降りるか……とシオンが四苦八苦していると、レヴィアスがこちらに向けて腕を伸ばした。
シオンはありがたく、その手を取り竜から飛び降りる。
「すみません、ありがとうございます……」
「ふうん」
バルドラッドが、その様子を見て何か言いたげに眉をあげる。
「なんか意外だね、今度からリクルーターはレヴィアスに任せようかな」
「お断りします」
「何度もこんなことやる想定しないで下さい、バルドラッド様……」
心なしか疲労感を滲ませた様子のナナリーが、妙に楽し気なバルドラッドをたしなめた。
気づけば、シオンを除く全員が、先ほどのスーツ姿ではなく、まるで軍服のような装いをしている。
そこにあしらわれた刺繍や装飾は、実際の軍隊のそれというよりもやはり"異世界"の冒険譚を思わせた。
目の前に広がる城塞の風景と相まって、いよいよこの空間の中で異質なのは自分という存在なのだ……とシオンは強く実感する。
「ここが私たちの居城、魔王城よ」
軍服の上に白衣を纏ったナナリーが、微笑みながら竜の鼻先を撫でる。
ああ眼福。まさに女神の麗しさだ。
"魔王城ってなに"という疑問すらも吹き飛ばしてしまうほどに、絵になる光景だ。
すると、バルドラッドがその脇でにやりと笑ってふんぞり返った。
「そして僕がこの城の主、魔王バルドラッドだ!」
「まっ……魔王!?」
さすがに聞き流すことが出来なかった。
先ほどからのやり取りから、三人のおおよその立場の違いは察していたものの、どこかの立派なお家柄の貴族様とかその辺だろうと想像していた。
「威厳があるだろ?」
賛同しがたいが、威圧感は確かにある。
シオンは、ひくり、と自分の頬がひきつるのを感じていた。
「そして君に任せたいのは、この城の中で進んでいる仕事や働く魔物たちの管理、登用、育成……要は、君たちが"人事"と呼ぶような仕事全般だ!」
……魔王城で、人事?
確かに、シオンはこれまで勤めていた会社では、人事職や部署間の調整を行うようなハブ役を担っていた。
冒頭にバルドラッドが言っていた、これまでの経験を生かしてもらわないと困る、というのはそういう意味だったのか。
……それにしても、魔王城で、人事?
そもそも、魔王城って何してるの?
え、魔物って魔王に雇用されてるの?
私、魔王城に就職するの?
ありとあらゆることに想像が追いつかずシオンはしばし無言になる。
「ちなみに僕は最初から君を気に入ってる。だから採用する。あとは君の返事次第だ」
嘘でしょ、という言葉を必死に飲み込む。
気に入っている?
あれだけズケズケと人のパーソナルな部分に踏み込んでおいて?
混乱した頭で必死に考えながら、ふと先ほどのナナリーの言葉を思い出す。
『無駄に尊大で傲慢で口が悪いクソガキみたいなところがあるんだけれど、嘘は言っていなくて』
……なるほど、だ。
「あの……返事って、ここでもし断ったら私はどうなっちゃうんですか?」
するとナナリーが、眉根を寄せながらシオンに一歩近づく。
「ごめんなさい、正直それは私達にもわからなくて……。転生候補者が世界のはざまに流れ着くこと自体も多くはないの。"この世界"のほかにも転生先の候補となる世界が存在するという可能性は否定できないけれど、私達のもとを通り過ぎて行った魂が行き着く最終地点については、何もわからないわ」
少し同情するような瞳でこちらを見つめるナナリーの、その言葉に嘘がないことはよくわかった。
そして、だからこそその言葉がずしりと重くシオンにのしかかる。
このチャンスを逃した先に、別のチャンスが巡ってくる……そんな保証はどこにもないのだ。
「このお城……魔王城は、何のためにあるんですか?……貴方のやりたいことは何ですか?」
おずおずと、シオンは口を開いてバルドラッドに質問した。
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