魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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1.転職先は魔王城

4話

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 徐々にピントが合うその映像は、あまりにも見慣れたシオンの通勤ルートのものだった。

 音はなく、ただ通りの様子が映し出されている。

 それでも、毎日聞いていた車の音や、バス停の前で挨拶を交わす学生の声が鮮明に思い出された。

 最寄りの駅へと向かう道で、曲がり角にはお気に入りのパン屋がある。
 もっとも、ここ数年は休日の外出が減り、立ち寄る機会もなかったのだけれど。
 
 ふと、そんないつもの道風景に、うつむき加減に歩くシオンの姿が映った。

 服装は、出勤時のオフィスカジュアル。
 コーディネートを考えるゆとりも無くて、一週間分の服を制服のようにローテーションして着ているからすぐわかる。
 

 ――これは今日の映像?


 それなら、やっぱり今日は仕事の日だったのだ。

 今さらどうしようもないけれど、手を付けるはずの仕事の山に思いを馳せて気が遠くなる。


 やがてカメラアングルはゆっくりと切り替わるが、中心には常にシオンがいる。

 つまりこの映像は、シオンを捉えるために撮影されたということだ。


 気味の悪さに戸惑いを感じながらも、シオンはその映像を食い入るように見つめていた。

 時々使う郵便ポストを通り過ぎ、駅に向かって歩く姿が淡々と映し出されている。


 ……ややあって、映像の中のシオンはよろりと体を揺らめかせた。


 一瞬棒立ちになってから胸元を抑え、ふらつきながらその場にしゃがみ込む。


「……何……?」


 なぜか、この瞬間に覚えがある。

 どくどくと、自分の脈が耳を打つ。
 緊張で乾いた唇が呼吸に合わせて震え、すっと血の気が引いていく。


 それでもなお、シオンはその映像から目を離すことができなかった。


 画面の中でしゃがみ込む自分が、小さく体を折りたたむように地面に手をつき、道路に倒れ込む。

 ……覚えている。

 鼻先に感じた、アスファルトの匂いを。
 遠くで聞こえる、街の人の声を。


 自分の身に起きた、この出来事を。


 あまりの恐怖に、たまらずシオンは口元を覆う。

 手の震えが、止まらない。
 
 ……その瞬間に、映像がふっとかき消えた。



「……これ以上はやめましょう」



 静かに、ただ僅かにこちらの気持ちを慮るように、茶髪の女性がそう言った。
 シオンは数回瞬きをしてから、小さく頷いた。

 ……今見たものは一体何だったのか。

 シオンは肩を震わせながら、浅くなった呼吸を落ち着かせようと深呼吸する。

 少しの沈黙があって、銀髪の男性がゆっくりと口を開いた。


「あなたが持つ選択肢はふたつです」


 冷たく淡々した声が、部屋に響く。

 感情こそ感じられないが、ゆっくり、そしてはっきり伝えようとする姿は、どこか誠実にも感じられた。

「あなたの自我や記憶をそのまま残して”我々の世界”で再び生きるか、否か。それを”互いに見定め、決める”のがこの場だと思ってください」


 ――再び、生きる。


 真っすぐな言葉がシオンの胸に深く刺さった。

 あの時突然襲ってきた、胸を鷲掴みにされたかのような痛み。
 呼吸すらできずに悶え、固いアスファルトに倒れ伏した記憶が鮮明に蘇る。
 
 頬が冷えて血の気が引いていくのを感じながらも、シオンはあるひとつの言葉に引っかかっていた。


「互いに、見定める……?」


 銀髪の男性は、絵画の中の天使のように整った美貌を微動だにせず、無表情にこくりと頷く。

 すると、軽い調子で金髪の男性が口を開いた。
 
「君の前にも、この部屋で話をした人がいるんだ。だけど、彼のことは"見送った"よ」

 彼も乗り気じゃなかったしね、と肩を竦める。

 そう言われて、シオンは扉に張り付いて耳を澄ませていた時に聞こえた声を思い出した。

 会話の内容はわからなかったが、確かにあれはここにいる誰の声とも違っていた。


 ――見送った。
 

 その言葉が、シオンの心にずっしりとのしかかる。

 あの声の主も、自分と同じく元の世界での命が尽きたのだとしたら。

 ……見送られた彼は、どうなったのだろう?
 
 もしもどこの世界にも受け入れられなかったら、私は……一体どこへ行ってしまうのだろう。
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