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2.すこや課、現場入りします
5話
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◇
レヴィアスは内心大きく動揺していた。
まるで何かから身を守るように体を小さく縮めて震えているシオンを目の前にして、レヴィアスは表情にこそ出さなかったが、自分の感情が揺さぶられるような感覚を覚えた。
シオンは、いつも忙しく走り回りながらも努めて明るく振る舞っている。
自分の役割を全うしようとする姿勢のゆるぎなさと、正面から周りを巻き込んでいく姿は、指揮官のように目立つものではないが、間違いなく他者を鼓舞する特殊能力たりうると感じていた。
ふと、彼女と初めて対面した時に、バルドラッドとのやり取りの中で見せた強さと脆さを思い出す。
明らかに優位な位置にいるバルドラッドに対して、シオンは恐らく決死の思いで立ち向かっていた。
その一方で、彼女の内面には、触れただけで崩れてしまいそうな"何か"が秘められている。
……恐らく、バルドラッドが知りたがったのはその"何か"についてだったのだ。
雑草のような逞しさを感じさせながら、先ほどのような危うい姿も見せる。
レヴィアスの中にあるシオンという人物像が、揺らいでいた。
カイレンに連れられてシオンがテントを後にする様子を見届けたが、彼女はすれ違いざまに気丈に笑ってこちらに向かって会釈をした。
レヴィアスと向き合っていた時よりも顔色が幾分かよくなり、急を要するような体調からは回復したのであろうことは推察できたが、それでもどこか痛々しさを感じる笑顔だった。
直接的な暴力行為はなかったと聞いているが、レヴィアスの配下であるワーウルフとの間で起きた今回のトラブルだ。
彼女からすれば、それをレヴィアスの気に病ませまいとしての行動なのだろう。
しかし一方で、これ以上立ち入らなくて結構、と明確な一線をひかれたような心地もしていた。
連れ立ってテントから出ていく二人を見送り、無人になったそのテントの中を照らしている明かりを消す。
すると、テントの出口あたりに遠慮がちに佇む青毛のワーウルフの姿が見えた。
屈強で大きな体をしていて、周囲から一目置かれている若者だ。
荒いコミュニケーションも多いワーウルフ族の中でぶつかり合ってきたせいもあり、普段から強気で、まだ若いがリーダーシップもある。
しかし、今は肩も尾もがくりと落とし、小さくうなだれながらカイレンとシオンの後ろ姿をこっそりと見送っていた。
「ガルオン」
背後から声をかけると、鮮やかな青毛に覆われた逞しい肩がビクリと震えた。
おずおずとこちらを振り向くその顔には、いつもの覇気は無い。
「レヴィアス様……俺……すみませんでした」
何があったのかは概ねガルオンから聴取が済んでいる。
事の顛末を説明するガルオンの表情や声には、自分の行いとその結果に対する後悔と悲しみが滲んでいるようだった。
「あいつに謝りたいけど、またあんな風にさせちまったら、と思って……」
落ち込んだ子供のように、足元をじっと見てぼそぼそと呟く。
(どうしたものか)
恐らく、ガルオンの行動は人間であるシオンに対して威圧的で、決して褒められるものではなかったのだろう。
だが、シオン自身はガルオンに対して処罰感情を抱いてはいないようだった。
シオン本人が語っていたように、今回の出来事とは別に、彼女が抱えている何らかの問題があるのだろう。
ガルオンの行動が引き金になったことは間違いないものの、シオンは"ガルオンが怖いわけではない"とも明言していた。
それは、こちらの心情や彼への処遇を気遣って濁したのではなく、"彼女に起きているこの現象"のことをこちらに正しく伝えようとしたからこその言葉だと感じていた。
しばし考え、レヴィアスは静かに口を開いた。
「……対話の機会を設けることを、彼女に提案しておく」
受け入れられるかどうかはシオンの判断次第だ、と付け加える。
それを聞いたガルオンは、一瞬嬉しそうに目を見開いた後、一転して神妙な面持ちで頷いた。
彼なりに、シオンとどう関わるべきなのか真剣に考え始めているのだろう。
ガルオンは、テントの中に転がってしまった串焼きと空になったバスケットを、大事そうに拾い上げる。
「あの時、俺のことなんて無視することだってできたはずなんです」
ガルオンからは、テントで作業をしている時に、差し入れをして回っているシオンから声をかけられたと聞いていた。
振り向いたときに、シオンがはっとした顔をしたということも、
それでも、彼女はひるまずガルオンに差し入れを提供しようとしたのだという。
ぼそっと呟くと、すっかり冷めてしまった串にかぶりついた。
「……旨いっすね」
ぱたぱた、と青毛の立派な尾が数回揺れて、テントの床を静かに叩いた。
◇
賑わいを見せていた炊き出しの片付けが始まっているのを横目に見ながら、レヴィアスは魔塔研究員たちが使っているテントへと歩みを向けた。
魔物との戦闘で被害を受けた土地や施設の復旧が終わったところで、汚染された環境が浄化されなければ、いずれハーピーたちは住処を変える選択を迫られることになる。
少しずつ明かりが消え始めている作業現場とは対照的に、研究者たちのテントには煌々とランプが灯されていた。
「ノイル、進捗はどうだ」
「やあレヴィアス。相変わらず不景気な顔してるねえ」
視線だけあげてこちらを見るのノイルの顔も、決して景気が良いとは言えない。
しかしそれでも、いつもよりも僅かに頬に血色があるように感じた。
「進捗はしているよ、持ってきてもらった薬品の片っ端から、"効果なし"って判明してる」
なるほど、確かに進捗はしている。
レヴィアスは静かに頷いた。
研究員たちは二人のそんな様子を見て、気まずそうに笑っていた。
「大丈夫、レヴィは理解してるよ。効果があるかわからないものに対して、効果がないってはっきり言えるようになるのは大進歩だ。残りの試薬の中に当たりがないと言っている訳じゃないからね」
ま、当たりがあるとも断言できないけど?と言いながら、ノイルは手元のノートに新たなバツ印を書き入れた。
「でも、攻め方は変えた方がいいかも。サンドワーム生息地の土壌成分を基に、生体内で合成できそうな毒素にアタリをつけて試薬の優先順位を立ててたけど、ここまでハズレが続くと一回その考えから離れた方がよさそうな気がしてきてさ」
んー、と大きく伸びをしてから、ノイルは新しい紙に何やら図を書き込んでいく。
「の、ノイル様……もしかして」
研究員が苦笑いしながらノイルの手元をのぞき込む。
さらさらと動くその手は、横に連なる梯子のようなものをずらっと描いていた。
「あみだくじ。どうせこのままだと総当たりになりそうなんだし、ちょっとゲーム性持たせた方が良くない?」
各所から、はは……というため息交じりの笑い声が漏れる。
手を止めた研究員たちが、わらわらとノイルの近くに集まると、私はここ、俺はこっちとクジに名前を書いていく。
ノイルに振り回されることが多いように見えて、研究員たちもどこかでそれを楽しんでいるのだろう。
総当たりになりそう、というところに異論を唱える研究員はおらず、そこには彼らの気概と、今回のサンドワームによる被害の複雑さが滲んでいた。
「でもさあ、結構しんどい作業になるとは思っていたけど、皆案外体調崩してないよね」
そう言いながら、ノイルがあみだくじを赤いペンでさらさらとなぞる。
「そうですね、いつもならそろそろ疲労もピークになる頃なので、仮眠……いや、救護用のベッドが埋まるかと思ってましたけど、脱落者は今のところゼロです」
日が経つにつれ救護ベッドでポーション漬けにされる研究員が増えていくのは、魔塔名物だ。
それが、未だベッドは空で、強烈な疲労回復用ポーションの瓶は未開封できれいに並べられたままとなっている。
その脇にはおびただしい数の滋養強壮剤ドリンクの空き瓶が転がっているが、それはさしたる問題ではない。
「以前から少し感じていたんですけど……なんかシオンさんが手伝いに来てくれるとだいぶ楽になるんですよね」
試薬をスポイトで吸い上げながら、一人の研究員がつぶやいた。
すると、周囲の数人も同調する。
「あー、それはわかるかも。純粋に作業効率上がってるからなのかな?」
「でも人員が単純に一人増えた時とは、また違う感覚なんだよなあ」
「それそれ。疲れ方が違う感じするよな」
思い出したように、皆口々に不思議な感覚に言及する。
それを聞いて、レヴィアスはふむ、と思案する。
……転生者が持つ"ギフト"の影響なのかもしれない。
まず、彼女は"精神干渉系の魔法を無効化する"というギフトを持っている。
これは、面接の冒頭でそのスキルに気が付いたバルドラッドが、彼女に対して"洗脳"の魔法を行使したことによって明らかになっていた。
バルドラッドの精神干渉の魔法を受けて平然としている姿にレヴィアスとナナリーは思わず顔を見合わせたのだが、シオンはその力に全く気が付いていない様子だった。
これは後日正式に検証を行い、その結果を本人も承知している。
面接中に洗脳の魔法をかけられそうになっていたことを知り、バルドラッドに対して冷たい視線を向けていた。
あの時にバルドラッドが言っていた"複数持ち"というのは、このことだったのか。
レヴィアスは、面接の中でバルドラッドが漏らしていた言動を思い出した。
不意に、ノイルと目が合うと、人差し指を立てて口元に持っていく仕草をした。
なるほど、確かにシオンが持つギフトのことは身内であれ迂闊に話を広めない方が良いだろう。
ポーションについては各所で開発、研究が進んでいるものの、その副作用に課題感が残っている。
例えば、肉体の回復速度をあげるポーションは、その瞬間のパフォーマンスは高いが、精神が摩耗して倦怠感が長引きやすい。
また、疲労回復のポーションは、筋肉や魔力が分解される副作用があり、多用すると結果的には虚弱体質になりかねない。
これらの副作用が無く、かつ複数名に対して影響を与えるギフトの利用価値の高さは考えるまでもない。
「やっぱりあれじゃない?なんか華やぐよねえ、この陰鬱な実験室の雰囲気が、こう、ぱっと明るくなって」
ノイルが適当なことを言うが、案外それに頷く研究員は多い。
副作用を引き起こさない、緩やかな効果のしかただからこそ、疑問に思われることも少ないのだろう。
「ということで、作業の成果は明日のお楽しみにしておいて。夕方までには今日搬入してくれた分の試薬に関する結果は出終わると思うから」
ひらひらと手を振るノイルに見送られ、レヴィアスは魔塔のテントを後にする。
ふと視線を動かした先に、カイレンとシオンが使うテントが見えた。
小さな人影が外幕にまるで影絵のように映し出され、やがて明かりがふっと消える。
上空に目をやると、周囲を緩やかに警戒している飛竜の姿があった。
ふと、少し前までツキツキと痛みを感じていた頭痛が引いているのを感じる。
これも、彼女の"ギフト"によるものなのだろうか。
そんなことを考えながら、まだ手を付けていない報告書がいくつか残っていたことを思い出す。
やがて、レヴィアスは自身が使うテントへとひとり歩き出した。
レヴィアスは内心大きく動揺していた。
まるで何かから身を守るように体を小さく縮めて震えているシオンを目の前にして、レヴィアスは表情にこそ出さなかったが、自分の感情が揺さぶられるような感覚を覚えた。
シオンは、いつも忙しく走り回りながらも努めて明るく振る舞っている。
自分の役割を全うしようとする姿勢のゆるぎなさと、正面から周りを巻き込んでいく姿は、指揮官のように目立つものではないが、間違いなく他者を鼓舞する特殊能力たりうると感じていた。
ふと、彼女と初めて対面した時に、バルドラッドとのやり取りの中で見せた強さと脆さを思い出す。
明らかに優位な位置にいるバルドラッドに対して、シオンは恐らく決死の思いで立ち向かっていた。
その一方で、彼女の内面には、触れただけで崩れてしまいそうな"何か"が秘められている。
……恐らく、バルドラッドが知りたがったのはその"何か"についてだったのだ。
雑草のような逞しさを感じさせながら、先ほどのような危うい姿も見せる。
レヴィアスの中にあるシオンという人物像が、揺らいでいた。
カイレンに連れられてシオンがテントを後にする様子を見届けたが、彼女はすれ違いざまに気丈に笑ってこちらに向かって会釈をした。
レヴィアスと向き合っていた時よりも顔色が幾分かよくなり、急を要するような体調からは回復したのであろうことは推察できたが、それでもどこか痛々しさを感じる笑顔だった。
直接的な暴力行為はなかったと聞いているが、レヴィアスの配下であるワーウルフとの間で起きた今回のトラブルだ。
彼女からすれば、それをレヴィアスの気に病ませまいとしての行動なのだろう。
しかし一方で、これ以上立ち入らなくて結構、と明確な一線をひかれたような心地もしていた。
連れ立ってテントから出ていく二人を見送り、無人になったそのテントの中を照らしている明かりを消す。
すると、テントの出口あたりに遠慮がちに佇む青毛のワーウルフの姿が見えた。
屈強で大きな体をしていて、周囲から一目置かれている若者だ。
荒いコミュニケーションも多いワーウルフ族の中でぶつかり合ってきたせいもあり、普段から強気で、まだ若いがリーダーシップもある。
しかし、今は肩も尾もがくりと落とし、小さくうなだれながらカイレンとシオンの後ろ姿をこっそりと見送っていた。
「ガルオン」
背後から声をかけると、鮮やかな青毛に覆われた逞しい肩がビクリと震えた。
おずおずとこちらを振り向くその顔には、いつもの覇気は無い。
「レヴィアス様……俺……すみませんでした」
何があったのかは概ねガルオンから聴取が済んでいる。
事の顛末を説明するガルオンの表情や声には、自分の行いとその結果に対する後悔と悲しみが滲んでいるようだった。
「あいつに謝りたいけど、またあんな風にさせちまったら、と思って……」
落ち込んだ子供のように、足元をじっと見てぼそぼそと呟く。
(どうしたものか)
恐らく、ガルオンの行動は人間であるシオンに対して威圧的で、決して褒められるものではなかったのだろう。
だが、シオン自身はガルオンに対して処罰感情を抱いてはいないようだった。
シオン本人が語っていたように、今回の出来事とは別に、彼女が抱えている何らかの問題があるのだろう。
ガルオンの行動が引き金になったことは間違いないものの、シオンは"ガルオンが怖いわけではない"とも明言していた。
それは、こちらの心情や彼への処遇を気遣って濁したのではなく、"彼女に起きているこの現象"のことをこちらに正しく伝えようとしたからこその言葉だと感じていた。
しばし考え、レヴィアスは静かに口を開いた。
「……対話の機会を設けることを、彼女に提案しておく」
受け入れられるかどうかはシオンの判断次第だ、と付け加える。
それを聞いたガルオンは、一瞬嬉しそうに目を見開いた後、一転して神妙な面持ちで頷いた。
彼なりに、シオンとどう関わるべきなのか真剣に考え始めているのだろう。
ガルオンは、テントの中に転がってしまった串焼きと空になったバスケットを、大事そうに拾い上げる。
「あの時、俺のことなんて無視することだってできたはずなんです」
ガルオンからは、テントで作業をしている時に、差し入れをして回っているシオンから声をかけられたと聞いていた。
振り向いたときに、シオンがはっとした顔をしたということも、
それでも、彼女はひるまずガルオンに差し入れを提供しようとしたのだという。
ぼそっと呟くと、すっかり冷めてしまった串にかぶりついた。
「……旨いっすね」
ぱたぱた、と青毛の立派な尾が数回揺れて、テントの床を静かに叩いた。
◇
賑わいを見せていた炊き出しの片付けが始まっているのを横目に見ながら、レヴィアスは魔塔研究員たちが使っているテントへと歩みを向けた。
魔物との戦闘で被害を受けた土地や施設の復旧が終わったところで、汚染された環境が浄化されなければ、いずれハーピーたちは住処を変える選択を迫られることになる。
少しずつ明かりが消え始めている作業現場とは対照的に、研究者たちのテントには煌々とランプが灯されていた。
「ノイル、進捗はどうだ」
「やあレヴィアス。相変わらず不景気な顔してるねえ」
視線だけあげてこちらを見るのノイルの顔も、決して景気が良いとは言えない。
しかしそれでも、いつもよりも僅かに頬に血色があるように感じた。
「進捗はしているよ、持ってきてもらった薬品の片っ端から、"効果なし"って判明してる」
なるほど、確かに進捗はしている。
レヴィアスは静かに頷いた。
研究員たちは二人のそんな様子を見て、気まずそうに笑っていた。
「大丈夫、レヴィは理解してるよ。効果があるかわからないものに対して、効果がないってはっきり言えるようになるのは大進歩だ。残りの試薬の中に当たりがないと言っている訳じゃないからね」
ま、当たりがあるとも断言できないけど?と言いながら、ノイルは手元のノートに新たなバツ印を書き入れた。
「でも、攻め方は変えた方がいいかも。サンドワーム生息地の土壌成分を基に、生体内で合成できそうな毒素にアタリをつけて試薬の優先順位を立ててたけど、ここまでハズレが続くと一回その考えから離れた方がよさそうな気がしてきてさ」
んー、と大きく伸びをしてから、ノイルは新しい紙に何やら図を書き込んでいく。
「の、ノイル様……もしかして」
研究員が苦笑いしながらノイルの手元をのぞき込む。
さらさらと動くその手は、横に連なる梯子のようなものをずらっと描いていた。
「あみだくじ。どうせこのままだと総当たりになりそうなんだし、ちょっとゲーム性持たせた方が良くない?」
各所から、はは……というため息交じりの笑い声が漏れる。
手を止めた研究員たちが、わらわらとノイルの近くに集まると、私はここ、俺はこっちとクジに名前を書いていく。
ノイルに振り回されることが多いように見えて、研究員たちもどこかでそれを楽しんでいるのだろう。
総当たりになりそう、というところに異論を唱える研究員はおらず、そこには彼らの気概と、今回のサンドワームによる被害の複雑さが滲んでいた。
「でもさあ、結構しんどい作業になるとは思っていたけど、皆案外体調崩してないよね」
そう言いながら、ノイルがあみだくじを赤いペンでさらさらとなぞる。
「そうですね、いつもならそろそろ疲労もピークになる頃なので、仮眠……いや、救護用のベッドが埋まるかと思ってましたけど、脱落者は今のところゼロです」
日が経つにつれ救護ベッドでポーション漬けにされる研究員が増えていくのは、魔塔名物だ。
それが、未だベッドは空で、強烈な疲労回復用ポーションの瓶は未開封できれいに並べられたままとなっている。
その脇にはおびただしい数の滋養強壮剤ドリンクの空き瓶が転がっているが、それはさしたる問題ではない。
「以前から少し感じていたんですけど……なんかシオンさんが手伝いに来てくれるとだいぶ楽になるんですよね」
試薬をスポイトで吸い上げながら、一人の研究員がつぶやいた。
すると、周囲の数人も同調する。
「あー、それはわかるかも。純粋に作業効率上がってるからなのかな?」
「でも人員が単純に一人増えた時とは、また違う感覚なんだよなあ」
「それそれ。疲れ方が違う感じするよな」
思い出したように、皆口々に不思議な感覚に言及する。
それを聞いて、レヴィアスはふむ、と思案する。
……転生者が持つ"ギフト"の影響なのかもしれない。
まず、彼女は"精神干渉系の魔法を無効化する"というギフトを持っている。
これは、面接の冒頭でそのスキルに気が付いたバルドラッドが、彼女に対して"洗脳"の魔法を行使したことによって明らかになっていた。
バルドラッドの精神干渉の魔法を受けて平然としている姿にレヴィアスとナナリーは思わず顔を見合わせたのだが、シオンはその力に全く気が付いていない様子だった。
これは後日正式に検証を行い、その結果を本人も承知している。
面接中に洗脳の魔法をかけられそうになっていたことを知り、バルドラッドに対して冷たい視線を向けていた。
あの時にバルドラッドが言っていた"複数持ち"というのは、このことだったのか。
レヴィアスは、面接の中でバルドラッドが漏らしていた言動を思い出した。
不意に、ノイルと目が合うと、人差し指を立てて口元に持っていく仕草をした。
なるほど、確かにシオンが持つギフトのことは身内であれ迂闊に話を広めない方が良いだろう。
ポーションについては各所で開発、研究が進んでいるものの、その副作用に課題感が残っている。
例えば、肉体の回復速度をあげるポーションは、その瞬間のパフォーマンスは高いが、精神が摩耗して倦怠感が長引きやすい。
また、疲労回復のポーションは、筋肉や魔力が分解される副作用があり、多用すると結果的には虚弱体質になりかねない。
これらの副作用が無く、かつ複数名に対して影響を与えるギフトの利用価値の高さは考えるまでもない。
「やっぱりあれじゃない?なんか華やぐよねえ、この陰鬱な実験室の雰囲気が、こう、ぱっと明るくなって」
ノイルが適当なことを言うが、案外それに頷く研究員は多い。
副作用を引き起こさない、緩やかな効果のしかただからこそ、疑問に思われることも少ないのだろう。
「ということで、作業の成果は明日のお楽しみにしておいて。夕方までには今日搬入してくれた分の試薬に関する結果は出終わると思うから」
ひらひらと手を振るノイルに見送られ、レヴィアスは魔塔のテントを後にする。
ふと視線を動かした先に、カイレンとシオンが使うテントが見えた。
小さな人影が外幕にまるで影絵のように映し出され、やがて明かりがふっと消える。
上空に目をやると、周囲を緩やかに警戒している飛竜の姿があった。
ふと、少し前までツキツキと痛みを感じていた頭痛が引いているのを感じる。
これも、彼女の"ギフト"によるものなのだろうか。
そんなことを考えながら、まだ手を付けていない報告書がいくつか残っていたことを思い出す。
やがて、レヴィアスは自身が使うテントへとひとり歩き出した。
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