魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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2.すこや課、現場入りします

4話

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 青い月の光を背に、大きな体躯のワーウルフがシオンを睨みつけていた。


 頭上から降ってくるような怒声に、シオンの足はすくむ。
 遮音された薄暗いテントの閉塞感と、彼の圧倒的な威圧感が、嫌でも密室を想起させた。
 
 次第にシオンの体が大きく震えて、顔はみるみる青ざめた。



 彼に殺される、と思って恐怖したのではない。

 彼は、そんなことはしない。
 

 "この構図が駄目"なのだ。


「っ……す、すみません……、これは……違うんです」

 シオンの呼吸がにわかに荒くなる。
 バスケットを持っている手も、震えてうまく動かない。
 
 頭上から覆いかぶさるように大きな彼の影が、シオンの恐怖心をあまりに強く刺激する。


「……おい、」


 しばし静観していたものの、さすがに様子がおかしいと思った彼がシオンに一歩近づく。

 すると、シオンの手はビクリと跳ね、ついにバスケットを取り落としてしまった。


 先ほどまであたたかな湯気を放っていた串焼きがカゴから飛び出す。

 一拍あって、串が床の上で跳ねる。
 
 それは急に重さを得たかのように、ごろりといくつも床に転がった。


「すみません……っ、あなたが怖いんじゃないんです……すみません」


 先ほどまで懸命に笑顔を浮かべていたシオンが、消え入りそうな声で何度も謝罪の言葉を繰り返す。

 そのあまりに小さく弱々しい姿に、彼は動揺しているようだった。


 近づこうとすると、シオンは更に体を小さく丸め、ついにはその場にしゃがみ込んだ。

 シオンが必死に顔を上げると、そこには目に見えて慌てふためく彼の姿があった。

 シオンは心底申し訳ない思いを抱えながら、それでもうまく言葉を発せない。


「……っ、おい、誰かいるか!」


 彼がテントの外に向かって短く叫ぶ。

 シオンはぼんやりとしながら、その声に気が付いた何者かがテントの中に入ってこちらに近づく気配を感じた。


「大丈夫ですか」


 頭上から、聞き慣れた声が降ってくる。
 

「レヴィアスさん……?」


 貧血を起こしたようにシオンの視界にはすっかり白い霧がかかっていて、その姿をうまくとらえることが出来ない。

「今ここにはあなたと私だけです。何がありましたか」

「ごめんなさい……ワーウルフの彼は何も悪くないんです。ごめんなさい」

「質問を変えます。今の体調はどうですか」


 少しずつ視界に色が戻り、目の前にレヴィアスが立っていることが分かった。

 いつもと変わらない、凛とした佇まいにほっとする。
 

 だが次の瞬間、テントの外からさす光を背負ってこちらを見下ろされているその光景を前に、シオンは再び体がカクカクと震えるのを感じた。


「体調……はい……ちょっと、貧血のような状態で……」
 
「この震えは?」
 
「すみません、私……以前勤めていた会社で、上司に長時間、密室で激しく叱責された経験があって」


 それを聞いて、レヴィアスがピクリと眉を動かした。

 情けない話を聞いて呆れただろうか、とシオンは泣き出したい気持ちになる。


「それで、似たような環境だとすごく……緊張してしまって」


 シオンはできるだけゆっくりと息を吐こうと努める。

 その様子を見たレヴィアスが、テントの入口を大きく開ける。
 それから幕内にいくつか明かりを灯して、シオンの横に跪くように座った。

 レヴィアスが目線の高さを合わせるように図らってくれたおかげで、シオンはそれまで感じていた圧迫感から解放され、ふう……と少し長めに安堵の息を吐く。


「ありがとうございます……面倒をかけてすみません」
 
「いえ。私の部下があなたを追い詰めたようで、申し訳ありません。……その様子だと、付き添うのは私ではない方が良いのでしょう。カイレンを呼びます」

 正直言って、ありがたい申し出だった。
 レヴィアスや先ほどのワーウルフに対する嫌悪感があるわけでは決してない。

 それでも、今は高い位置から見下ろされることや、男性の声に敏感になってしまっているという自覚があった。


 気を使わせてしまったことに罪悪感が募るが、ここは素直にカイレンに頼ることにする。


 ほどなくして、トタトタという軽快な足音とともに、血相を変えたカイレンが駆け込んできた。

 こちらに飛びつかんばかりの勢いだったが、カイレン本人もぐっと堪えたのだろう。
 目前で急ブレーキをかけると、カイレンはシオンの前に座り込んだ。


「シオンさん! 大丈夫ですか? ……少し休んでから、今日は私と一緒に城に戻りましょう」


 カイレンは両手を握りしめながら、心配そうにシオンの顔を覗き込む。

 彼女も仕事を終え、もう休む頃合いだっただろう。
 申し訳なさがシオンの胸にツキンと刺さった。

「ありがとう、でも駄目よ、カイレン。まだここで仕事があるもの。少しだけ一緒にいてくれる? そうしたら、私たちの宿泊用のテントまで戻るから」
 
「駄目ですって! なんて言おうと連れて帰りますよ!」


 カイレンが紅潮した頬を風船のように膨らます。

 
「あら、じゃあ私、勝手に飛竜に乗って城からまたここに戻ってきちゃうわよ」

「ええっ? ……うーん、もう……本当に大丈夫なんですか?」


 カイレンを困らせている事は重々承知しているのだが、シオンは怪我をしたわけでも、体自体の具合が悪いわけでもない。

 このフラッシュバックは初めてではなく、その都度仕事に没頭し手を動かすことで気を紛らわせてきたのだ。


「お願い。じっとしていると、余計に不安になっちゃうの」


 暗い会議室に押し込まれ、いかに自分が価値のない存在か、激しい言葉を繰り返しぶつけられ続けたあの時間。

 それらが黒くてドロリとした塊となり、背後からシオンにひたひた近づいてきているような気がしていた。
 


 ――手を止めてしまうと、あの時突き付けられた"自分の価値の無さ"が事実になってしまう気がして、怖くて立ち止まることが出来ないのだ。


「……テントの外にレヴィアス様がいますから、相談してきます。許可がおりなかったら、何としても諦めてもらいますからね!」

 ぷりぷりしながら、カイレンがテントの外に出ていく。
 その姿の愛らしさに、思わずくすりと笑ってしまった。

 カイレンが空気を穏やかにしてくれたからだろう。

 笑う余裕が生まれるほどに、シオンの状況は少しずつ落ち着いていた。


 結局、レヴィアスからは、今日は宿泊用のテントから出ず、カイレンの付き添いのもと安静に過ごすこと、翌日は最小限の労働にとどめる事、という条件付きで滞在が許可されることになった。

 話によると、レヴィアスも断固として魔王城に送還をという立場をとっていたようだ。

 しかし、無理やり返すと、こっそり戻ってくるかもしれません、とカイレンが泣き言を言ったのが効いたようで、「見えないところで飛竜から転がり落ちて行方不明になられるよりも、見えるところで保護すべき」というのがレヴィアスの最終的な判断だった。


「これも、シオンさんの絶妙な飛竜騎乗スキルの賜物ですね!」
 

 と、カイレンが嫌味たっぷりでシオンに言った。

 ……これでも、低空飛行ならひとりでも出来るようになったのに。

 要らぬところで名誉が傷ついたようで非常に不満が残る結果となったが、カイレンに礼を言って、共に宿泊用のテントへと戻ることにした。


 足は前に踏み出せている。


 大丈夫。


 シオンはそう何度も胸の奥で繰り返した。
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