魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

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2.すこや課、現場入りします

5話

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 レヴィアスは内心大きく動揺していた。

 まるで何かから身を守るように体を小さく縮めて震えているシオンの姿。

 レヴィアスは表情にこそ出さなかったが、自分の感情が揺さぶられるような感覚を覚えていた。
 
 ふと、彼女が初めてバルドラッドと対峙した時に見せた、強さと脆さを思い出す。


 圧倒的に優位なバルドラッドに対して、真正面から立ち向かう強さ。
 その一方で、触れただけで崩れてしまいそうな"何か"も秘められている。


 ……恐らく、バルドラッドが知りたがったのはその"何か"についてだったのだ。


 カイレンに連れられてシオンがテントを後にする様子を見届けたが、彼女はすれ違いざまに気丈に笑って会釈をした。

 顔色が幾分かよくなってはいたが、それでもどこか痛々しさを感じる笑顔だった。


 ――直接的な暴力行為はないと聞いたが、レヴィアスの配下であるワーウルフとの間で起きたトラブルだ。


 彼女からすれば、それをこちらの気に病ませまいとしての行動なのだろう。

 しかし一方で、これ以上立ち入らなくて結構、と明確な一線をひかれたようでもある。


 無人になったテントの中を照らす明かりを消す。

 すると、出口あたりに遠慮がちに佇む青毛のワーウルフの姿が見えた。


 屈強で大きな体躯の、周囲から一目置かれる若者だ。
 荒いコミュニケーションも多いワーウルフ族らしく、普段から強気で、まだ若いがリーダーシップもある。

 しかし、今は肩も尾もがくりと落とし、小さくうなだれながらカイレンとシオンの後ろ姿をこっそりと見送っていた。
 

「ガルオン」


 背後から声をかけると、鮮やかな青毛に覆われた逞しい肩がビクリと震えた。

 おずおずとこちらを振り向く顔には、いつもの覇気は無い。


「レヴィアス様……俺……すみませんでした」


 何があったのかは概ねガルオンから聞いている。

 事の顛末を説明する表情と声には、自分の行いとその結果に対する後悔が滲んでいるようだった。

「あいつに謝りたいけど、またあんな風にさせちまったら、と思って……」

 失敗して落ち込んだ子供のように、足元をじっと見てぼそぼそと呟く。


 ――どうしたものか。


 引き金は確かにガルオンだったが、問題はおそらく彼女の中にある。

 しばし考え、レヴィアスは静かに口を開いた。


「……対話の機会を設けることを、彼女に提案しておく」


 受け入れられるかどうかは彼女の判断次第だ、と付け加える。
 それを聞いたガルオンは、一瞬嬉しそうに目を見開いた後、一転して神妙な面持ちで頷いた。

 彼なりに、シオンとどう関わるべきなのか真剣に考え始めているのだろう。

 ガルオンは、テントの中に転がってしまった串焼きと空になったバスケットを、大事そうに拾い上げる。
 
「あの時、俺のことなんて無視することだってできたのに……」

 ガルオンからは、テントで作業をしている時に、差し入れをして回っているシオンから声をかけられたと聞いていた。

 振り向いたときに、シオンは一瞬はっとした顔をしたが……それでも、ひるまずガルオンに差し入れを手渡そうとしたのだという。


 ガルオンはぼそっと呟くと、すっかり冷めてしまった串にかぶりついた。

 

「……旨いっすね」



 ぱたぱた、と青毛の立派な尾が数回揺れて、テントの床を静かに叩いた。







 賑わっていた炊き出しの片付けを横目に見ながら、レヴィアスは魔塔研究員たちのテントへと歩みを向けた。

 建物の復旧が済んだとしても、汚染された環境が浄化されなければ、いずれハーピーたちは住処を変える選択を迫られる。
 
 少しずつ明かりが消え始めた作業現場とは対照的に、研究者たちのテントには煌々とランプが灯されていた。

「ノイル、進捗はどうだ」

「やあレヴィアス。相変わらず不景気な顔してるねえ」

 視線だけ上げたノイルの顔も、決して景気が良いとは言えない。

 しかしそれでも、いつもより僅かに頬の血色を感じた。


「進捗はしてるよ。持ってきてもらった薬品の片っ端から、"効果なし"」


 ――なるほど、確かに進捗はしている。


 レヴィアスは静かに頷いた。
 研究員たちは二人のそんな様子を見て、気まずそうに笑う。


「大丈夫、レヴィは理解してるよ。効果がないってわかるのは、大進歩だ。残りの試薬の中に当たりがないと言っている訳じゃないからね」

 ま、当たりがあるとも断言できないけど?と言いながら、ノイルは手元のノートに新たなバツ印を書き入れた。

「土壌成分を基に、生体内で合成可能な毒素にアタリをつけてたんだけど……ここまでハズレが続くなら、攻め方を変えようか」

 んー、と大きく伸びをして、ノイルは新しい紙に何やら図を書き込んでいく。

「の、ノイル様……もしかして」

 研究員が恐る恐るノイルの手元を覗き込む。

「あみだくじ。どうせ総当たりするなら、ゲーム性必要でしょ?」


 各所から、ため息交じりの笑い声が漏れた。

 手を止めた研究員たちが、わらわらとノイルの近くに集まると、次々とクジに名前を書いていく。

 総当たりに異論を唱える者はおらず、そこには彼らの気概が滲んでいた。


「でもさあ、予想通りしんどい作業になったけど、皆案外体調崩してないよね」

 そう言いながら、ノイルがあみだくじを赤いペンでさらさらとなぞる。
 くじの行く末を見守りながら、研究員が口を開いた。

「そうですね、いつもならそろそろ仮眠……いや、救護用のベッドが埋まる頃ですけど、脱落者は今のところゼロです」


 救護ベッドでのポーション漬けは、魔塔名物だ。

 それが、未だベッドは空で、強烈な疲労回復用ポーションの瓶は未開封。

 その脇におびただしい数の滋養強壮ドリンクの空き瓶が転がっているが、それはさしたる問題ではない。

「前から思ってたんですけど……なんかシオンさんが手伝いに来てくれると体が楽になるんですよね」

 試薬をスポイトで吸い上げながら、ひとりの研究員がつぶやいた。

 すると、周りも同調する。

「あー、わかる。作業効率上がるからなのかな?」

「でも人員が単純に増えた時とは、また違う感覚なんだよなあ」

「それそれ。疲れ方が違う感じするよな」

 思い出したように、皆口々に不思議な感覚に言及する。


 それを聞いて、レヴィアスは思案した。


 ……転生者が持つ"ギフト"だろうか。


 彼女は"精神干渉系の魔法を無効化する"というギフトを持っている。

 これは、面接の冒頭でバルドラッドが強烈な"洗脳"の魔法を行使したことで明らかになっていた。
 
 後日、本人にもそのことが伝えられたが、面接中に洗脳しようとしていたバルドラッドへ冷たい視線を向けていた。


 そして、今回発現したのは……別のギフトだ。


 不意に、ノイルと目が合う。

 彼は人差し指を立て、口元に寄せる仕草をした。


 ――喋るなと言うことか。
 

 副作用も無く、広範囲に影響を与えるギフト――その利用価値の高さは、考えるまでもなかった。

「やっぱあれじゃない? なんか華やぐよねえ、この陰鬱な実験室の雰囲気が、こう、ぱっと明るくなって」

 ノイルが適当なことを言うと、研究員たちが頷いた。

「ということで、作業の成果は明日のお楽しみ」

 ひらひらと手を振るノイルに見送られ、レヴィアスは魔塔のテントを後にする。
 ふと、カイレンとシオンが使うテントが目についた。

 小さな人影が外幕に影絵のように映し出され、やがて明かりがふっと消える。
 
 上空に目をやると、警戒にあたる飛竜の姿があった。
 

 ――ふと、少し前まで感じていた頭痛が、引いているのを感じる。


 これも、彼女の"ギフト"によるものだろうか。
 
 首元を夜風が吹き抜け、まだ手を付けていない報告書のことを思い出す。

 やがて、レヴィアスは自身が使うテントへとひとり歩き出した。
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